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絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
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真心教会2

 他にこの部屋の特徴を上げるとすれば、こたつがあって、その中でぬくぬくしながら三人でお茶菓子を食べているシスターがいるということだろう。

 まるで休憩中の旅館の仲居さんのようだ。

「もう本当に旅館を始めてしまえよ……」私は呟いた。

「「「あ、青柳さん、おはようございまーす」」」

 その三人が私に気が付くと、間延びした声を揃えてそう挨拶をする。

 三人とも全く同じ顔をしている。まるで現実で人間をコピー&ペーストしたかのようだ。

「お前らは相変わらずだなぁ、もっとシスターらしくしろよ」私は中には入らず、開いたドアの前で腕を組み、苦笑いをしながらそう言った。

「私たちは私たちらしくあればいいんですよぅ」

三人のうち一人が目を細め可愛らしくニコニコしながらそんなことを言う。

「あっそ、なぁ、真理亜と頭領(ドン)知らない?ここかと思ったんだけど……」

「「「二人なら礼拝堂のほうにいますよ」」」

 再び三人が声を揃える。急に声を揃えられたらいくら慣れている私でも少し圧倒されてしまう。

「今二人の元に行っても大丈夫かな?」私は三人のうちの誰に聞くでもなくそう言った。

「「「今朝の…」」」再び三人の声がそろいかける。しかしさすが三人で言う事でもないと思ったのかそこで言葉は止まり、こたつの上で三人が顔を見合わせると、そのうちの一人が「私が喋る!」といった風に二人に向けて自分の顔を指さすのを見せると、「今朝の礼拝はもうとっくに終わっていますし、っていうかだから私たちはここでくつろいでいるんですけど……、たぶん大丈夫ですよ」と私に向かって言った。

「そ、ありがと」

「いえいえ~」

「あんまりくつろいでると頭領(ドン)にちくるぞ」私は最後にそう言い残しておくことにした。

「「「それはやめてください」」」

三人は同じ顔を同じ風にしかめると、再び声を揃えてそう言った。



最初の広間のところに戻る。少年は私に言われた通りにストーブにあたっていた。外を無表情に眺めている。そして私に気づいた少年はこちらに顔を向けた。

「少年、こっちだ」私はそんな少年に近づき扉の方、礼拝堂の方へと促す。



       白


「少年こっちだ」と青柳さんに言われた僕は黙ってその後ろについて行った。どうやら入ってきたときに正面に見えたあの扉の向こうに行くようだ。僕が察するに向こうは礼拝堂、なのかな?青柳さんがその扉を意外と簡単に開ける。

 僕は恐る恐る青柳さんに続いて中に入っていった。

「へぇ」と、中に入った瞬間そんな声を漏らしてしまう。中はまさに絵にかいたような教会だった。

 床に固定された長椅子が二列に並んでいくつも置かれており、正面の壁には大きくて素朴な十字架が貼り付けられている。

 意外と天井は低い、いや極端に低いわけじゃないけれど、テレビとかで見たことのある教会の、空を仰ぎ見るような高さの天井ではなかった。

「でもなんだか教会って感じですね」前を行く青柳さんに話しかける。

「まぁ、教会だからな」

 青柳さんと二人で長椅子の列の間を歩いて行く。その向こうには黒い修道服に身を包んだ、二人の女性が立っている。二人とも僕と青柳さんを見ながら僕たちがやってくるのを黙って待っていた。

 いや、待たなかった。

あと数歩歩けば二人の前で足を止めても良い、という位置に僕と青柳さんが差し掛かったところで、向こうにいる二人のうちの一人、癖の強そうな金色の長い髪をした女性がずんずんとこちらのほうに歩いてくる。そして青柳さんを通り越すと…………え、僕?

僕の目の前に立ち、それからいきなり僕の顔面をがしっと両手で鷲掴みにする。

「え?え?」困惑する僕。

助けを求めるように僕は青柳さんに目を向けるのだが、青柳さんはそんな僕と金髪女性の様子を特に何といった風でもなく横目で見ているだけだった。

頬に当たる金髪女性の手は不思議と温かい。

「私の目を見なさい」

 透き通った声でありながらも、芯のある、力強い声で金髪女性はそう言って、自分の顔に僕の顔を力任せに近づける。

 近すぎる。

 キスされるのかと思って思わず身構えてしまったではないか。

 戸惑いながらも逆らうこともできそうになかったので、金髪女性に言われた通りに僕は彼女の目を見た。

 ………?……なんだかこの人、目が変?妙にキラキラしているような………、そう言うコンタクトレンズでもつけているのかな……?

長い間見つめ合う僕と金髪女性。教会内は静かで、青柳さんともう一人の女性は黙ってそんな僕たちを見ているようだった。

何だこの状況……。なんで、今日この日初めて会った人といきなりこんな事しているんだ僕は……。せめてもの救いはこの金髪女性の視線には青柳さんのような恐ろしさがないという事だ。それでも僕は、見つめ合っている間ずっと変な汗をかきそうになっていた。

まるで自分の心の裏側を見透かされているような瞳に、今考えていること、昔の記憶、トラウマ、様々なことが僕の瞳を通じて彼女に伝わっていくかのようだった。ただ無言で見つめ合っているだけなのに、思わず謝ってしまいそうになる。責められているかのような、気持ちになる。

ごめんなさい、生きていてごめんなさい。

だからそんなに僕を責めないで、責めるくらいなら、僕を殺してください。

「ふぅ」

金髪女性が大きく息を吐いてようやく僕の顔から両手を離した。僕はそのまま床に崩れ落ちそうになるが、何とか踏みとどまる。金髪女性は、僕のことについてはもういいのか青柳さんの方を向くと「またあんたも変な子を連れてきたわねぇ」と呆れたように言った。

………何だったんださっきのは。

「おはようございます。青柳さん」

修道服を着たもう一人の方の女性が何もなかったかのように青柳さんにそう挨拶をした。こちらの女性は老婆だ。顔に刻まれた皺がそれを物語っている。

「あなたが紅田白さんですね、青柳さんに話は聞いています」

今度はその老婆が青柳さんを追い越して僕の目の前に立つ。

 …………この人背高っ!

七十~八十代くらいの女性なのだが、腰は全く曲がっておらず、僕よりも身長が高い。百七十以上はあるだろうか……。

年を取っている分なんだか僕を見下ろす彼女の迫力というか、圧力が凄い。

「お、おおお、おはようございます!」

 僕は目の前に立ちはだかる彼女を見上げ、どぎまぎしながら答えた。目の前の彼女には失礼だが、正直言って恐怖でしかない。

「ふむ」

 老婆は検分するように僕をじろじろ見ると、何やら納得したような顔をして元いた位置に戻っていく。

「さて、まずは自己紹介をするべきなのでしょうね」

………私の名前は、と老婆が言いかけたところで、青柳さんがそれを遮り「少年、こっちの馬鹿みたいに背の高い婆さんが頭領(ドン)(ドン)で、こっちの馬鹿みたいな金髪が真理亜だ」

 ド、ドン?……マリア?

「馬鹿!そんな雑な紹介でいいわけないでしょう⁉」と、そんな青柳さんに金髪の女性が突っ込みを入れる。

「別に良いだろ?それであってるんだし……」

「いいわけない!何よ馬鹿みたいな金髪って⁉」

「コホン」と、そこで言葉を遮られてそのままにされてしまっていた老婆(……えっと頭領(ドン)、さん?)が、わざとらしく大きく咳払いをする。

 その瞬間言い合いをしていた青柳さんと、金髪女性(真理亜さん?)がびくりと身を震わせた。恐る恐る二人とも老婆の方に顔を向ける。

「…………まぁ、いいでしょう」

いくらか間をあけてそう言った老婆に二人はほっと胸を撫で下ろしたようだった。

………いいのかよ……、かなり雑な紹介だったと思うんだけど……。

 だが頭領(ドン)さんは本当にそれでいいらしく訥々と話し始めた。

「では、早速ですが青柳さん、紅田さん、老いた私の体の代わりとなって今日はあなた達に働いてもらいますよ?……世の中には多くの悩みを抱えた子供がたくさんいます。それを救ってもらいましょう。……いつだって世界の未来は子供たちが創る。子供を救うことはつまり、世界を救う事なのです」

 そこで老婆は言葉を切り、重大なことを今から口にするかのように少しだけ間をあけると、再び言葉を口にする。

「あなた達に救ってもらいます、世界を」



ここまで読んでいただき有難うございました。

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