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絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
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真心教会1

「昨日も言ったとおり、お前には今日から教会の手伝いをしてもらうからな」

「はぁ……、協会、ですか。教会って、真心教会の事でいいんですよね?」

「ああそうだ、っていうか昨夜話しただろ」

「まさか僕に真心教会が信仰している宗教に入信しろ、なんて言わないですよね?」

「そんな心配はいらないって、っていうかこれも昨日話したぞ?」

何にも聞いてねぇな。なんだ?私の胸を揉みしだくのに夢中になっていたのか?ベッドに入ってから話すべき話ではなかったかもしれない。

「あの、一応誤解を招く恐れがあるかもしれませんから言っておきますけど、……別に揉みしだいてはいませんよ?」

「嘘つけ、確実に右手をあてにきてただろ」

「ふふふふふ、白君て意外とエッチだね。千年とそういう事する、してたの?」

凛が言った。アニメ云々の話はもうどうでもよくなったらしい、意外と切り替えの早い娘だ。

「いや、だから違いますって、昨夜はただ、……えーっと………」

少年は悩ましそうに自分の額に人差し指をあてて、考え事をするような仕草を見せた。どうやら、昨日凛に言った、私と一緒に寝る際のうまい言い訳を忘れてしまったらしい。なので私は「抱き枕」と言って少年に助け舟を出してやることにした。

「そう!僕、抱き枕がないと夜よく眠れないから、それで仕方なく青柳さんと、ね?」

 途端、はじけるように少年はそう言って私の方を見る。

 私はこくんこくんと頷いておいてやることにした。

「ふうん、だったら別に千年じゃなくても、私で良い、だったのに……」

………凛がぼそりとそう呟くのを私の耳は確かに聞き取った。

 少年にも凛の呟きが聞こえたのか、少年は唖然とした顔で俯きがちな凛の横顔を見て、それから私の顔を見た

そんな少年を一瞥して私は何も言わずに目を伏せる。まぁ、無理はない少年のその反応は正しい。同年代の女の子にそんなことを言われれば誰でもそうなるだろう。

ただその思考の仕方は間違いだぞ?少年。

おそらく少年はこう考えているだろう、私と一緒に寝てもいいだなんて凛は自分に気があるのではないだろうか、と。

違う、そうじゃない。そう思うのも無理はないが、違う。凛が言いたいのは、………少年が私と寝るくらいなら、凛と少年が一緒に寝た方が凛にとってはマシ、だという事だ。

Wantじゃなくてbetter……、そこには凛が少年と寝たい、という意思はない。

そこにあるのはおそらく、嫉妬と、……焦りだろう。

「白君、あんまり千年と仲良くなる、すぎたらいけないよ?千年は私のだから」彼女のものとは思えない冷たい声で凛は言った。

 そしてすがるような目で私を見る。

「千年も、また私を独りにするの?千年も、私を捨てるの?」



 アパートの外に出てみると、駐車場が雪で埋もれていた。見渡すとこのアパートを管理している人なのか、初老の男性が白い息を吐きながら雪かきをしていた。他にも車のタイヤにチェーンを巻きつけている三十代くらいの男性を見かける。

 私はそれを見てすぐに、私の部屋の扉の前にいる少年の元へと戻っていく。

「駄目だ、車動かせそうにねぇや、動かせたとしてもエンジン温めるまで時間かかるだろうし……、歩くか」

「教会までですよね?歩いても十分くらいでしょうし、良いんじゃないですか?っていうか歩きましょうよ」

 少年は何やらうずうずしていた、その姿はまるで散歩に行きたがっている犬のようだ。私の返事を待たずに少年はアパートの外へと出ていく。私はその後ろを苦笑しながらついて行った。

 アパートの外に出て、雪の積もった道路に少年が足を踏み入れる。「ほほぅ…」と、その瞬間満足そうに少年は声を上げた。続けてザックザックとその感触を楽しむように雪の上を歩いていく。雪の上には少年の足跡がきれいに残っている。

 そして向かうは真心教会。

誰がやってくれたのかは分からないが、道路にはちょうど人が一人二人通る分だけ綺麗に雪かきしてあって、私はそこを歩きつつ少年の後ろをついて行く。

わざわざ雪かきがしてあるというのに少年はそこを歩こうとはせず、わざわざ雪の積もったところを歩き、ザックザックとリズムよく雪を踏みしめる音を鳴らす。

 本当に、根は明るい奴なんだなぁ、と少年の後姿を見て私は思う。

「こけるなよー」私は一応、そんな言葉を少年の背中に投げかけておいてやった

 空には重々しい雲が敷き詰められている。しかし積もった雪のおかげかそれを見ても不思議と重く、暗い気持ちにならない。むしろ清々しいくらいだった。身を裂くような寒さが私の身を引き締める。

 しばらく私と少年は二人で黙々と歩き続けていた。静かだった、車が全く通らないから余計静かだ。今、世界には私と少年の二人しかいないのではないだろうか、そう思ってしまうくらい静かだった。ただ少年の雪を踏みしめる音だけが目立って聞こえる。

「凛はさ……」その沈黙を私自身が破った。

 凛のことについては、一応少年に話しておいた方がいいだろう。

「私の本当の娘じゃないんだよ」そんな私の告白のような言葉はそのまま雪に解けて行ってしまうかのようだったが、少年は振り返りもせず「そうですか……」とポツリと漏らすだけだった。

「凛は、真心教会に捨てられてたんだ。」

「そうですか……」

「捨てられた時のあの子は、名前も不明、十歳くらいに見えたけど年齢も不明だった。十歳くらいに見えたのに、捨てられたあの子はその場から動こうとせずにずっとそこで体育座りしてたんだ。突然捨てられてどうすればいいか分からない、というよりは、親に命令されたから黙ってそれに従っているって感じだったな」

「……そうですか」

「あいつ言葉、変だろ?あいつさ初めて会ったときは一言も言葉を喋れなかったんだ、比喩とかじゃなくて、本当に一言も……。まるで赤ちゃんのような状態だった。一体、凛の親は何をしてたんだろうな………」

「そう、だったんですか………」

あまりもの少年のそっけない返事に私は言葉が詰まる。凛の話より足元の雪に夢中になっているのではないかと私は思ったが、急に少年は振り返ると「凛さんて、青柳さんに似ていますよね」と言って薄く笑った。

その様子に私も思わず微笑んでしまう。

「私の話聞いてたか?」

「聞いてましたよ」

「そうか……」

それならいいんだ。



その後再び私と少年は黙々と歩を進め、そして教会の前まで至った。

 ずっと前を歩き続けていた少年が足を止め、教会の屋根に刺さっている巨大な十字架を見上げていた。

「入るぞ」どこか不安げな少年の背中を私は手の平で軽くたたく。

「あっ、はい」



教会にはいると、中はいきなり広間のようになっており、火のついたストーブや、長椅子などが置かれおり最初はちょっとした休憩室のようになっている

 ストーブのおかげで中は温かい。少年は物珍しそうにあたりをきょろきょろ見ている。

 休憩室に入ってきてすぐの正面に何やら重々しそうな扉があるのだが、その扉の向こうが最近若い男女の結婚式とかでも使われたりもする礼拝堂となっている。

「少年ここでちょっと待ってて、私奥の方に行ってくるから。ストーブにでもあたってろよ、寒かっただろ」

 そう言い残して、私は一人で、礼拝堂の方ではなく、奥のほうへと続く廊下を歩いて行った。

 この教会、中は地味に広い。その広い分を礼拝堂に咲けばいいのではないだろうかと個人的には思うのだが、そんなことはなく、ほとんどは、十二畳くらいの畳の座敷だったり、黒板のある部屋だったり、図書室みたいに本が置かれた部屋だったり、……と、そんな諸々の部屋に割かれている。

 他にもいまだに誰が何に使うのか良く分からない部屋だったりが多い。というかこの教会部屋自体が多い、もう全部客間にして旅館でも始めたら?と思うくらいだ。

 私はそんな多数の部屋が脇に並ぶ中、一つの部屋の扉の前で足を止める。中からは何やら明るい笑い声が聞こえてきていた。その部屋のドアを私はノックもせずに開く。

 部屋の中は小上がりになっており、そこには六畳ほどの畳が敷かれている。流し台があったり、食器棚が合ったり、電子レンジやポットがあったりと中はちょっとした休憩室のようだ。


ここまで読んでいただき有難うございました。

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