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絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
27/44

野球3

そして、

 九回裏ツーアウト、八対七で五崎小のリード。

 今、バッターボックスに立っているあの四番バッターを打ち取ればスリーアウトでゲームセットだ。僕と青柳さんを有する五崎小の勝利となる。

 九回裏ツーアウト、八対七で五崎小のリード。

しかし、

満塁

状況はあまり良い状況とは言えなかった。

 「ラストだぞー、気合入れろー!」青柳さんがセンターから内野に向かってそう叫んだ。「ツーアウト、ツーアウトー!」と、それに続いてピッチャーもマウンドの上で声を上げる、狐みたいな形を作って右手を上げていた。「ツーアウトー!」内野にいるみんなが叫んだ。 

 なんだかみんな一体となっている風だった。

 僕はただ一人両腕を前方に見えるバッターボックスに向けて「打つなー、打ったとしてもこっちに飛んでくるなー」と心の中で何度もそう念じていた。

 何故か妙な胸騒ぎがする。

 嫌な、予感がする。

 これは今日に限ったことではないのだけれど、このような、ここ一番という場面の中にいるとここで僕に出番が回ってくるのではないかというような不安が頭をよぎるのだ。そしてそれは高い確率で僕に回ってくる。

 例えば、僕が高校生の時、ちょうどわからない問題のところで先生に指名されて答えろと言われたり。小学生の時、別に欲しくもないのに給食の余りをかけたじゃんけんに強制参加させられて、それに最後まで勝ち残ってしまったり。

 だいたいこういうときは事前に、あっ、僕に来るな、というのが何となくわかってしまうのだ。

 それが今もある、あっ、僕に回ってくるな、という嫌な予感が。

 「マジかよ……。」僕は念じながら忌々しくそうつぶやいた。

 俺が何をしたっていうんだ……。もうなんだか勝利ムードで五崎小のみんなは盛り上がっているんだから、このまま勝ってそれで終わればいいじゃないか……。

 僕だってそれを台無しにするつもりはない。

「カキンッ」バッターボックスから金属音がした。

その音を聞いた瞬間、僕は全身に何千本もの針を軽くあてられたかのような刺激を受けた。体中がぴりぴりとする。

 ボールは高く上がりながらこっちの方へと飛んでくる。

「あぁ!クソ!」僕は実際にそう口に出して言った。それから打球を振り返って見ながら後ろ向きに走る。かなり大きいあたりだ。

 しかし、幸か不幸か、深めにレフトを守っていた僕は、何とかそのボールがとれそうだった。………多少無理して走ればとれる可能性が出てくるぐらいには…。

僕は息を切らしながら、色からして雲にそのまま溶けてしまいそうなソフトボールに追い抜かれないように、走る。

走る。

なんでこんなに必死になって走ってるんだろうと自分でも思ってしまうくらい。

なんでそんなに必死になる?

心の奥底に眠るもう一人の自分に尋ねてみる。そしたら意外なことに返事があった。

「ハァッ、ハァッ、ハッ、だって、だって」

思わず心の声がそのまま口に出る。

「だってここで諦められるわけないじゃないか」

捕れそうなんだから、捕るしかない、僕にはこの試合関係ないけれど、目の前に五崎小のみんなを勝たせるチャンスが、喜ばせるチャンスが僕の前に転がっているのなら……いくら僕が無関係だと言っても「無視するわけにはいかないじゃないか」いくら僕だって「このくらいはする!」

「ハァ、ハァッ、ハァ」

 しかし。

走りながら、ソフトボールを目で追いながら、息を切らしながら、僕は思ってしまう。僕のこの腐れきった脳みそはある思考をしてしまう。

つまり、………あいつが喋りだす。

………これがもし、僕が主人公の感動的な王道野球漫画の一コマだとしたら、あの四番バッターは僕でなければいけない。

運動神経を消失した僕がツーアウト満塁の状況で、みんなが諦めムードの中ヒットを打って二叶小を勝利へと導くのだ。

もし僕が主人公であるならこうあるべきだった。

しかし現実はそんなに都合がよくなくて。

僕が物語の主人公であることなんて絶対になくて。

今回の野球の試合のこの一場面だけを見る限り、どうやら主人公はあの二叶小の四番バッターだったらしい。

奇跡的で感動的な王道ストーリーはいつも僕とは関係のないところで進行している。

僕の物語には感動はないし奇跡もない。

あるのは退屈だけだ。

生きるのが退屈。

 あーあ、もういいかな、走るの疲れた。

「うるさい、うるさい、うるさい、ヤメロ!」

 なんで僕、野球なんかしてるんだよ、意味が分からない。ここで僕が必死に走ってもどうせあのボールは捕れないだろう、わざわざあの四番バッターの引き立て役になってやる必要はない。だったらもう、ここで足を止めてしまった方が……

「走れー、少年!」

その時、声がした。

「走れー、捕れるぞ、頑張れ!」

 青柳さんだ。 

青柳さんがそう必死に叫ぶ声が耳に飛び込んでくる。

 ……………そう言えば、もし、万が一、僕がこのボールをキャッチすることができたとして……、その時青柳さんは喜んでくれるだろうか?褒めてくれるだろうか?……。

 あれだけこの試合に勝つことに必死になってる青柳さんだ、きっと喜んでくれる、きっと、褒めてくれる。

 ………………。

前言撤回。

悪いけど、ホントくだらない理由だけど……あの四番バッターを今回の主人公なんかにはしてやらない。

僕の知らないところ関係ないところであの四番バッターに奇跡的で感動的な物語なんか進行させてやるものか。

この物語の主人公は僕だ。

僕は走った。いまだに「走れー!」と声を張り上げている青柳さんの声を背中で聞きながら、走る。

ボールは今僕の頭上。

もう少しボールの高度が低くなれば、僕の足次第で手の届く距離。

それまで走る。ボールに追い抜かれないように、必死になって僕は走る。

ボールの飛ぶ高さが僕の頭のところまで低くなる。

しかし、ボールは完全に僕を追い抜いていた。

捕れない

僕はそう思った。

 このままでは捕れない。

 ので、

 僕は飛んだ。地面から両足を放し、地面にお腹から飛び込むように、ダイブするように、飛んだ。

 歯を食いしばりながら、必死になってグローブをボールに伸ばす。

 そして………。


 ドサッ、と地面が体をこする音。

 寒いからって厚着しておいてよかった……。していなければ今頃僕は腕やら膝やらすり傷だらけになっていたことだろう、なんせ体を投げ出しながら背面キャッチを試みたのだから……。

 静まり返るグラウンド。

 地面に腹這いになって荒く呼吸をする僕。

 視界に映るとうとう空から落ちてきた雪。

 そして、グローブの中に確かにあるボールの感触。ソフトボールだから、少し大きめの、確かな、感触。

 僕は立ち上がって内野の方を向き、グローブをはめた左手の腕を高々と上げた。

「スリーアウト、ゲーム終了だ」僕はぽつりとそうつぶやく。

 果たしてそれが聞こえたのかは分からないが、僕がそうつぶやいた瞬間内野にいる五崎小の子たちから歓声が沸き上がった。「やったー!」と、青柳さんも両手を上げて子供のように喜んでいる。ひぃ君はライトで良く分からないけどなんだかピョンピョンと跳ね回っていた。

 ……あぁ、そうか。と、目の前の光景を見て僕は思った。

僕がエラーをしたときは気まずそうにこっちをちらりちらりと見ていただけで決して僕を責めようとしなかったあの子たちだけれど……、僕がファインプレーをすればちゃんと喜んでくれるんだな。

それはそれは、嬉しいじゃないか。

そうか、僕はあの子たちとちゃんと一緒に野球をしていたのか……。

僕はこの世界に確かに存在していたらしい。

 存在していて、人の役に立つことができた。人を喜ばせることができた。人に影響を与えることができた。

それはつまり……。

「………ああ、そっか、僕って生きてるんだなぁ……。」

 何故か僕は泣きそうだった。

 ………………………………………………………………………………いや、泣いた。 



ここまで読んでいただき有難うございました。

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