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絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
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野球2

「じゃあ、少年はレフトを守ってくれ、ちなみに私はセンターだ、フフンいいだろう、センター守る奴ってなんだか外野の一番偉い奴って気がしないか?」

そう言われたので僕は今レフトを守っていた、ちょっと深めに。

 ちなみにセンター守る人が外野で一番偉い人に思えるかどうかについてはなんだかバカっぽい発想の用に思えるが、うん、僕もそう思う。野球のポジションの中じゃ、キャッチャー、ピッチャーに続いて三番目に、なんか、こう、できるやつがするポジションのような気がする。………まぁどうでもいい。

ライト、小学生たちの中じゃ一番背が低くて気の弱そうなひぃ君。

センター、三十七歳の青柳さん。

レフト、ここ一年間まったく運動をしていない健康不良の僕。

…………。

これは……、ボールが内野を抜けたらそのままホームランになってしまうかも知れない……。少なくとも僕はこっちにボールが飛んでくるな、と常に遠くのバッターボックスに向けて念を送っているほど飛んできたボールをキャッチする自信がない。

幸い、二叶小の一番バッター二番バッターの打球はすべて内野で処理され、外野はただ突っ立てるだけでよかった。

〇対〇、一回の裏、ツーアウト、ランナーなし。このままこの回は終わってくれ、と僕は心の中で手を組み祈る。

 そして三人目のバッターがバッターボックスに立つ。その瞬間「いけー、翔君!」と、二叶小のベンチが一際盛り上がった。おそらく期待のバッターなのだろう、ここから見ても彼の身長は高く、体格のいいのが分かる。

五崎小のピッチャーが第一球を投げる(ちなみに投げるボールはなぜかソフトボールだ、ソフトボールをピッチャーが上投げで投げて野球をしている。)「カキンッ」とバットがボールを叩く音が僕のいるところまで届いた。

そして打球は高く上がり……え?

嘘⁉こっちに飛んでくる⁉

打球はフライ性のあたりでこっちの方へ向かってきている。

やばいやばいとおろおろしながら僕はボールの飛んでいる高さと、勢いからどのあたりに落ちるか予想して前へと走り出す。

ボールはそのまま取れるか取れないかの微妙なタイミングで地面に落ちようとしていた。

前!前!前!と、不恰好にボールを見上げながら自分に言い聞かせて走る。

中・高と運動系の部活に入っていたんだ、これくらい捕れる運動神経がないとあの日々は何だったんだという話になる。それに小学生の前で恥をかきたくない!

必ず取らなければ……!

前!前!前!自分に言い聞かせる。

前!前!前!…………あ、これ無理!

レフトフライでアウトにするのは、自分の脚力と、予想したボールの落下地点から僕までの距離を考えたところ無理だと判断された。そこで僕は無難にワンバウンドしたところを捕ることにした。

…………まぁ、無理なものは無理だ。あのボールに飛び込んでエラーするよりはこっちの方が何倍もましだろう。

目の前で地面についてバウンドするボール。そのまま僕の胸元に飛び込んでくるボールを僕は右手にはめたグローブでキャッチ……………したかった。

キャッチしたかった。

しかしボールは僕のグローブの真上を通過し、流れるように、まるでそうなることは何千年も昔から決まっていたことであるかのように、僕の顔面に直撃した。

「ぐはっ‼」痛い!鼻がっ!

 ボールは僕の顔でまた跳ねて、センターにいる青柳さんの足元へコロコロと転がっていった。

「大丈夫か、少年?」

 自分のところに転がってきたボールを手に取りながら青柳さんは言った。

「……大丈夫です。」そう言って、右手で鼻を押さえながら青柳さんに向けてグローブをはめたままの左手を軽く上げた。

 怪我はないか?という意味で青柳さんは大丈夫か?と聞いたのだろうから僕は大丈夫ですと答えたけれど……、実際は大丈夫じゃなかった……、精神的な面で……。

 いやこれは恥ずかしい。

まさか自分の運動神経がこんなにも衰えていたとは思わなかった……。

「何やってんだよ!」「下手くそ!」と、ここで内野の小学生たちにやじを飛ばされたのなら、まだそっちの方が気が楽だったのだがしかし、みんな僕をちらりちらりと無言で振り返って見ては気まずそうにしているのだからいたたまれない……。

 遠慮しなくていいんだよ?皆……。

 …………声出していこうよ……。

 三番バッターに続いて四番バッターが立ったバッターボックスから「カキンッ」と再び軽快な金属音がグラウンドに響く。僕はビクッと体を震わせて打球を見た。

打球はバウンドしながら、内野を抜けて青柳さんのいるセンター方向へ転がる。なかなかの勢いで転がっているので、一応僕は青柳さんが取れないことを見越してセンターカバーにつく。

 しかし僕の目の前で、信じられないことが起こった。

青柳さんは自分のところに転がってきたボールを難なくとると、そのままファーストに向かって投げた。

 俗にいう、レーザービーム。

 あのボールは重力の影響を受けずにどこまでも飛んでいくんじゃないかというような勢いの送球だった。ファーストはそのボールを顔をそむけながらもなんとか捕り、バッターは会えなくファーストでアウトとなる。

 僕はポカーンと口を開けてそれを見ていた。

何気にボールを捕ろうとして中腰だったのが恥ずかしい。

「青柳さん、あなたは一体…」

何者ですか、と青柳さんの後姿に話しかけた。

青柳さんが振り返る。

 久しぶりに青柳さんの顔を見た気がした……。

青柳さんは「ヒ・ミ・ツ」と不敵な笑みを浮かべ、人差し指を自分の唇にチョンと当てながら、少し首を傾け、可愛らしく、言った。

「いや、そろそろ教えないと、だな……。」それから突然真顔になるとそう言った。


 一回裏が終わってベンチに戻る時。

「……あの、運動が苦手なんですか?」突然ひぃ君が僕のもとにやってきてそう聞いた。

「うーん、そうだね、苦手になっちゃった」昔はあれくらい簡単に取れたと思うんだけどなぁ、と思いながら正直に僕はそう言った。

「少年、君の打順は八番な、ちなみに私は五番だ、フフン良いだろう、四番よりも五番打ってる奴の方が真の実力者って感じがしないか?」青柳さんもやってきて僕にそう言う。

 四番よりも五番の方が真の実力者って感じがしないか?っていう話については、まぁ、うん、僕もそう思う。なんて言うか、もう数字を見ただけでもその安定感が半端じゃない気がする。四、五、……どうだろうか?五っていう数字の方が肩幅が広くて大きな背中を持っている感じがしないかな?…………まぁどうでもいい。

 五崎小、対、二叶小の野球の試合(何故かボールはソフトボール)は滞りなく進行した。空を覆う雲がどんどん黒く分厚くなってきて、天候が気になったけれど試合が終わるまでは心配なさそうだ。

寒空の下、真冬の風に吹かれながら……

僕がエラーをして

 青柳さんがホームランを打って

 僕が三振して

 青柳さんがレーザービーム発射して

 僕が三振して

 ひぃ君が三振して

 青柳さんがまたホームラン打って

 …………。青柳さんって………。


ここまで読んでいただき有難うございました。

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