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絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
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野球1

ひぃ君と呼ばれるこの子は一応青柳さんの名前を知っているのか……。

青柳さんは明らかにこの小学生たちが集まるグラウンドで唯一女性、しかも大人なので、僕から見たら若干浮いて見える存在なのだけれど、小学生たちはそうでもないようだ、まるで同年代の友達であるかのように自然に青柳さんと接している。

むしろ僕の方が小学生たちにとっては浮いた存在に見えるらしい。さっきからちらりちらりと突然やってきた転校生でも見るかのような視線が僕に浴びせられている。

「ひぃ君、悪いけれど、こっちの攻撃が終わるまででいいからこの新入りに、なぜ五崎小が二叶小と今から野球の試合をするのか、教えてやってくれ」

 新入りて、……僕は何に加入させられたのだろうか。

「あと、なぜ青柳さんがここで小学生と混じって野球をしているのかも知りたいんですけれど……。」

「それもひぃ君から聞けばいい」

「あの、青柳さんが僕に直接教えてくれればいいんじゃ……。」

「私は、ベンチからバッターにサイン送る必要があって、試合をよく見てなければいけないから、できない。」

「はぁ」

あんた監督なのかよ。

正直、僕と話していてでもそのくらいはできそうな気がしたが、そんなことを今青柳さんに言ったら「なめているのか!」とか言われかねないので、やめた。

何故か青柳さん、この試合にえらく熱を入れている、小学生たちと同様に。

「じゃあ頼んだぞひぃ君」そう言って青柳さんは向こうへ行ってしまった。

取り残された僕とひぃ君、「…………。」「…………。」

 頼まれたひぃ君だったが、横に並んで立つ僕とひぃくんの間には沈黙が続く。

「あぁ、えっと、うぅう」

僕の視界の端でおろおろとするひぃ君。

なぜ自分がいきなり、こんな得体の知れない奴とお話ししなければいけないんだ、とでも思っているのだろう。まぁ、無理もない、もし僕がひぃ君の立場だとしてもそう思う。

がんばれ、僕はもう君に頼るしかない、君なら僕にうまく事情を説明することができるはずだ、と僕は心の中でひぃ君を応援する。

「とりあえず座ろうか?」と僕がひぃ君の硬直した横顔を見てそう言うと、ひぃ君は何も言わずにコクンとこっちを見ずに頷いてベンチに飛び乗るように座った。

 僕もひぃ君の横に座った。

「…………。」

「…………。」

やはり沈黙が続く。ひぃ君はどうしたらいいものかと迷っているようだ、一向に何も喋らずに俯き、もじもじしながら地面についていない両足を軽くプラプラと揺らす。

「ここに集まっているのは皆何年生くらいの子たちなのかな?」

とりあえず何か話して喋りやすい雰囲気にしようと、僕はそんなことをひぃ君に話しかける。ひぃ君は「………いろいろです。三年生とか、六年生とか、です。」と絞り出すような声で言った。

 ひぃ君は小三くらいだろうか?ひぃ君のこの様子を見て僕もこのくらいの年の時は中学生と話すだけでもしどろもどろになったものだ、という事を思い出す。

 僕が小学生の時は自分より中学生以上の年齢の男はみんな不良に見えた。

 僕と同じかは分からないけれど、僕のそんな思い出を鑑みるとひぃ君が僕と話すのに緊張するのも無理はない。 

「ふうん、三年生とか、六年生、か。」

三年生から五年生という事でいいのだろう。

「ひぃ君は何年生なの?」

「………、えっと三年生です。」

「ふぅん、……学校は楽しい?」

「……まあまあ、かな。」

「……そっか」

……いまいち、ひぃ君の緊張がほぐしきれないのだけれど僕はここで本題に入ることにした。本題に入ろうとしたところで「プレイボール」とキャッチャーの後ろに立つ体格のいい男性が声を発した。

試合開始だ。

「ねぇ、あのさ、あの主審をしている人って誰なの?どう見ても大人の人だよね?」僕はひぃ君に顔を寄せて聞いた。

「あの人は、五崎小の加納君のお兄さんで、公平に審判するために毎回来てもらってるの。」

「ふうん……、あのさ、なんで君たちはここで野球の試合してるのかな?別に遊んでるわけじゃないんでしょ?それに毎回って……、何度もこんなことやってるの?」

「……えっと、最初は一回ちょっとやっただけなんですけど、なんかそれで僕たちが負けて、悔しいからもう一回ってなって、もう何回もやってます……。」

うん?いまいち要領を得ない……。最初の一回目はどうして行われたのだろか、それになぜ何回もやる必要があるんだ?

「……ごめんなさい」

「え、なんで謝ったの?」

「いや、……ごめんなさい」

僕が黙り込んだのがまずかったのだろうか……、怒っていると思ったのかな?

「最初の一回目はどうして二叶小の子たちと試合することになったの?」

「……たまたまです。最初は、五崎小の人たちがこのグラウンドで別のことをして遊んでいたんですけれど、後から二叶小の人たちがたくさんやってきて……、どうせなら一緒に遊ぼうってことになったんです。」

「それで一緒になって野球をしたんだ?」何ともほのぼのしい話だな、と僕は思った。

「はい、二叶小の人たちも僕たちもちょうど六人ずついたから、六対六で野球をしました。」

僕はあたりを見渡す、このグラウンド内にはどう見ても十二人どころでは済まない人数が集まっている、二十人以上はいるだろうか。

五崎小の一番バッターはいつの間にか塁に出たようだ、今二番バッターがバントを試みその打球が後ろにはねた。「ファール」と主審が声を張る。「スリーバント、アウト!」それからそうとも言った。

あらら、と僕は思う。他のベンチからも「あぁ…」とため息交じりのそんな声が上がった。

「人数は増えていったの?今このグラウンドには小学生が二十人位いるけど」

「……最初に試合して負けた時に、竹崎君が、ちゃんとしたメンバー揃えればこっちが勝つって二叶小の子たちに向けて言っちゃって、そしたら来週またやろうってことになって……。えっと……、それで、言ったとおりにメンバーを九人そろえてまたやったら今度はこっちが買っちゃって、で、次に二叶小の人たちが来週またやろう、って言い出して、それが、どんどん……」

「エスカレートしていったわけだ」僕は言った。

「………です。」

カキンッとバッターボックスから金属音が響いた、三番バッターがボールを打ったようだ、しかし打球は明後日の方向に飛んで行ってあえなくファールとなる。「ファール」と審判が言う。

「もう一年くらいやってるよ……。」はぁ、とひぃ君はため息交じりに言った。

「一年⁉」

「ひっ!…あ、ぅ、ごめんなさい……。」

「一年も五崎小と、二叶小は野球の試合を続けてるの⁉」

「……はい、そうです。………ごめんなさい…。」

「毎週?」毎週やっていたとしたら一年で四十回以上の試合をしてきたことになる。草野球なのに同じ相手とそんな回数やるのはいくらなんでも多すぎるだろう。

「……ううん」フルフルと首を横にふるひぃ君、サラサラの髪がぱさぱさとひぃ君の頬を叩く。

「最初は毎週だったけど、最近じゃ、一か月に二回、三回くらい……です。」

「……なんでそんなに」

「………分かんない……」

「アウト‼」三番バッターがピッチャーフライで打ち取られた。これでツーアウトだ。塁に出ていた一番バッターはいつの間にか盗塁したのか、二塁まで進んでいる。

「分からない、か……」

「……ごめんなさい」

「いいよ、別に怒ってるわけじゃないからさ。じゃあさ、もう一つ聞きたいんだけど…」

青柳さんはどうしてこの試合に参加してるのかな?と、ひぃ君に聞こうとしたところで四番バッターがピッチャーの初球を打ってひときわ大きな金属音がグラウンドに響いた、打球は高く上がり、レフト方向に向けてぐんぐんと飛んでいく。五崎小のベンチから「おぉ!」と期待の声が上がった。

僕とひぃ君もその打球を目で追った。

しかしボールは、深くレフト守っていた二叶小の少年に地面につくことなくキャッチされた。アウトだ。

「あぁ」とため息交じりの悲嘆の声が五崎小のベンチから漏れる。

僕も、思わず身を前に乗り出した状態から、背もたれに背中を預けた。

「アウト―」審判が言った。「スリーアウト、チェンジ!」

「どうして青柳さんも試合に参加しているの?」

「一応、審判とか、怪我とかしないようが人が見ておかなくちゃいけなくて、それを大人の人に頼んでるんです。それに今日は、こっちのチームの人数が足りなかったし……」

「それを青柳さんに頼んだの?」

「いや、教会に……」

「え、教会?」教会って?とひぃ君を見て僕は聞いたが、ひぃ君は「もう守備につかないと」と言って、トコトコと逃げるようにライトの方へ走って行った。 

「教会……」ひぃ君は確かにそう言った。教会に頼んだ、と。

また教会だ……、と僕は思う。

教会

教会?……良く分からない、なぜそこで教会という言葉が出てくるんだ?

もしかしたら協会だろうか。



ここまで読んでいただき有難うございました。

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