僕をどこかへ連れ去って
白
「白君好き!な食べ物、何?」
凛さんが突然そう言った。
「………そうめんとか、ですかね。薄味のものが僕は好みです。ヨーグルトとか……。」
僕は言った。
びっくりした、告白されたのかと思った……。
何てところで言葉区切ってくれてるんだよ……。
そんなことを思いながら。
「私の好きな食べ物はね?」
そんな僕の事情は知る由もない凛さんは、聞いて聞いてと言わんばかりにテーブルからこちらに身を乗り出してくる。はいはい聞きましょうと僕もちょっとだけ身を前に乗り出した。テーブルに腕を乗せる。
「チョコチャンクスコーン!」何故か凛さんは得意げに溌剌として言った。
「……………。」
………チョコ、だと?
「あの凛さん、もしかして舌に病気か何かお持ちなんでしょうか?」
「何を言う、してるの?チョコチャンクスコーンよく知る、しない?それとも嫌い?おいしい、だよ?ぱさぱさしていて喉が渇きそうなスコーンの中に砂粒みたいなチョコチップがところどころに埋め込む、されているの。」
これを聞いて僕は凛さんには食レポの才能がまったくないな、と思った。
「ちょっと硬めのスコーンをむしゃむしゃ食べる、したら、チョコチップのかりっと食感がたまに来る、して、その瞬間その甘い、が口の中に広がるの。あれが最高なんだ!」
「へぇ」
僕はチョコの話をされているだけで身の毛がよだちそうになっていた。青柳さんに食べさせてもらったあのチョコの食感や風味がフラッシュバックしないように必死で抑え込む。
「温かい、して食べるのもアリだよ。その場合食感が逆転してスコーンがサクッ、チョコがベトッってなるの。」
よく好きな食べ物の話だけでそんなに喋れるな、と凛さんの饒舌ぶりに軽く感心しながら僕は適当なところで相槌を打ちながら凛さんの話を聞く。それからだいぶ長い間チャンクスコーンの魅力について語ってくれた凛さんだったが、途中で自分ばっかり喋っていることを気にしたのか、突然はっとした顔つきになると無理矢理話を終わらせて押し黙ってしまった。
…………僕も何かしゃべった方がいいのかな?
特に凛さんと話すことなどないが、だからといってここで僕も黙ってしまうとさっきまで凛さんが一人で盛り上がって喋っていた分なんだかさみしい気がしたので「よくチョコレートなんて食べられますね。」と言った。
「え?チョコ食べる、変、かな?」
「僕はあんまり好きじゃないですね」
「なんで」首を傾げて凛さんは聞く。
「あれって甘すぎじゃないですか?」
「甘い、がなんで嫌い、なの?」
「別に甘いものが嫌いなわけじゃないんですけれど、ちょっとチョコレートの甘さはしつこすぎると思うんですよ。」
「…………なんで?」
「え?」
「なんで甘い、がしつこい、と嫌い、なの?」
「いや、なんでって言われても………」
そんな風になんでなんでって子供みたいに聞かれても困る……。甘さがしつこいからチョコレートが嫌い、ではだめなのだろうか。嫌いな理由の理由をなんて考えだしたらきりがないぞ?…………とそう思ったが一応は考えて見る、僕は一体なぜ甘さがしつこいのを嫌うのだろうか……。うーん
「なんで?」
言葉に詰まった僕に対して、もったいぶらずに早く教えろと言った風に凛さんはまたそう言った。さすがにここまで追及されるとは思わなかった僕はうろたえる。
「えっとですね、えっと、むぅ」と僕が返答に困って腕を組んで考えていたら。
「こら凛!あんまり少年を困らせるな。」とそんな声がしたので見れば、いつの間にかキッチンから出てきていた青柳さんがエプロンを脱ぎながらこっちを見ていた。
あぁ、貴重なエプロン姿が……、お願いして写真の一枚でも撮っておけばよかった、服のにおいを嗅いでしまったんだもう怖いものなんてなかっただろうに……。
「あれ、千年、どこか行く、するの?」
部屋の中をいそいそと動き回って、コートやらハンドバックやらを手に取る千年さんを見て凛さんがそう言った。よかった、追及の手からは免れた、と凛さんの意識が青柳さんに向いたことに僕はほっとする。
「ああ、またちょっと教会の手伝いに行ってくる。」
きょうかい?
「えー、また?今日は一日暇だって千年言う、したのに……。」
「さっき電話があったんだよ……、悪いけど夕方までには戻ってくるつもりだから留守番よろしくな?………よし、じゃあ行こうか、少年。」
青柳さんはさも当然のように僕にそう言った。
「へ?」
僕?
「え?なんで僕も……、きょうかいの手伝い?……そんな話しましたっけ?」
「…………。」
「…………。」
なんでここで無言な圧力が発動するんだ⁉
「えぇ⁉白君も行く、するの⁉ちょっと千年‼それじゃあ私が一人になる!」
驚いている僕をよそに凛さんはそんなことを言った。いや、違うよ凛さん問題はそこじゃない……。
「後で嫌っていうほど構ってやるから……。………行くぞ、少年、忘れ物はないか?」
いやだからなんで僕も行かなきゃいけないような雰囲気になっているのだろうか……。青柳さんと今日どこかへお出かけするなんて予定は入っていなっかたはずだが……。
「…………。」
「…………。」
僕はすっと立ち上がる。それから青柳さんが部屋から出ろとでも言うかのように顎をくいっ、と玄関の方に向けたので、僕は速やかに玄関まで向かった。
「じゃあ、凛、チョコチャンクスコーン買ってきてやるからいい子にしていろよ?」
「オレンジジュースもね⁉」
凛さんとそんなやり取りをした後青柳さんも玄関に来る、それから二人で玄関のドアから部屋を出た。青柳さんが玄関のドアの鍵を閉める、中に凛さんがいるのだから必要ない気がしたが、まぁここは人それぞれだろう。それから一回だけ軽くドアを引っ張った。
「悪いな無理矢理連れ出しちゃって。」
どうやら罪の意識は青柳さんにあったらしい。
「あの、今からどこに行くんですか?」
「……まぁ、とりあえず」
ついてきて?と青柳さんはアパートの敷地の奥へと向かう、僕は不信感を抱きつつも青柳さんについて行った。
そしてついたのがこのアパートの駐車場
部屋の住人たちの車がところどころにとめられている。青柳さんはその中の一台、真っ黒色の軽自動車に近づくと鍵を開けた。この車もそうだけど、青柳さんは会ったときにはいつも黒い服を着ているので黒色が好きなのかもしれない。自分に似合う色を好むとは中々いいセンスを青柳さんはしているな、と思った。(ちなみにエプロンは薄ピンク色のチェック柄だった。)
空は曇り空、今日も雪の予報だったけれど降りそうな気配は今のところない。
「後ろの席は荷物とかがいっぱい載っているから、悪いけれど助手席に乗ってくれるか?」
青柳さんは運転席のドアを開けると体を半分ぐらい突っ込んで、助手席に置かれたちょっとした荷物を後ろの席にポイポイと投げながら言った。
「あの僕、知らない人の車に乗っちゃいけないってお母さんにきつくいわれていて」
「そんな警戒しなくてもちょっとお出かけするだけだよ、それに知らない人って間柄でもないだろう私たちは。」
青柳さんは助手席の荷物を片づけ終わり、運転席に座らず外に立ったまま車のエンジンをかけてから僕を見ていった。エンジン音が駐車場に鳴り響く中僕と青柳さんは数秒間見つめ合った。
「私と一緒のベッドで抱き合って寝ることはできても、同じ車に乗ることができないか?」
青柳さんは僕をからかうようにニヤニヤして言った。
「う……」
それを言われると……、むしろ前者の方が事件性が高い。
むぅ、まぁ確かにお互い踏み込んでいるところまで踏み込んではいるのか、同じベッドで青柳さんと云々のことはさておくとしても、今日なんて同じ食卓囲んじゃったわけだし、しかも、僕は気にしていないけれど青柳さんは僕に借りを作ってしまったことを気にしているみたいだからお互い無関係と言うわけにもいかないのだろう。
「事情は車の中で話すから、とりあえず乗って。」
青柳さんが運転席に乗り込む。
「………僕を誘拐しても、僕の家がお金持ちなわけではないですからね?」
と言って、僕も促されるがまま、半ばやけくそになりつつも、助手席に座る。
怪しいからといってここで青柳さんの要求を断るほど僕は自分の身がかわいいわけでもない、それに青柳さんに誘拐されてみるのも面白いだろう、とそんな楽天的なことを思った僕なのだった。
果たして青柳さんは僕を誘拐することを指して言ったのか、はたまた僕の家がお金持ちじゃないことを指して言ったのか、「心配いらない」と言うと、アクセルを踏み車を発進させた。
もうどうにもならないような僕がこれからどうなってしまうのだろうか。
不思議と僕に不安はなかった。
ここまで読んでいただき有難うございました。




