妙案1
千
「あ~、マジで気色悪い。白君のせいだ。」
「僕のせいですか⁉」
「アハハハハハ!ちょっと笑わせる、しないでよ、リアルにお腹痛いんだから!」
「トイレ行ってきたらどうですか?」
「年頃の男の子がうちにいるのにそんなことできるわけないじゃん。」
「それは気にするんですね、部屋に下着干しっぱなしなのに。」
「えっ!ウソ⁉……あぁ!本当だ!」
「気づいてなかったんですか……。」
「見る、しないでえぇぇぇぇぇ!私のがある!うわっ、超恥ずかしい!」
「はは」
「どうして早く言う、しなかったのよ!……どうせまじまじと見る、していたんでしょ。」
「見てないですよ!一度見たら次からは見ないように心掛けていました!………できるだけ。」
「本当に?……必死になっているところがなんだか怪しいなぁ。」
「………七回くらいチラ見しました……。」
「ギャハハハハハハ、結構見る、してんじゃん!」
「ちょうど僕から見て視界の端になるところに干してあるんですもん。」
「アハハハハハハ!」
……引き戸の向こうのリビングから凛の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。私も台所で食器を洗いながらその声を聞いていると自然と顔がほころんだ。
……下着が干してあるのには私も気づかなかったな……。
凛はすっかり少年を気に入ってしまったようだ。さっきから必死に少年とおしゃべりをしている、年も同じくらいだから共通の話題とかがあったりするのだろう。
なんだかんだ言って相性のいい二人なのかもしれない。
……そのうち付き合いだしたらどうしよう。
いや、少年が悪い奴じゃないことは分かっているんだけど、さすがに凛と付き合わせるかどうかでいうとあまり賛成しない。鈍感そうだし、女心分かってなさそうだし、それに何よりあの性格だ……、なんか少年と凛が付き合いだしたらいつか少年が、「一緒に自殺してくれないか」とか言ってきそう。それか、しばらくして少年と凛が分かれることになって……少年がその反動で自殺しそう。……そしてそれを知った凛が責任を感じて心を病みそう……。
……さすがに考えすぎか。
いくら少年でもそんなことにはならないはずだ、多分。自分の思想に他人を巻き込むようなことはしないはず、多分。
でも少年にはそういう、簡単に自分の命を投げ出してしまうような危うさがあるのだよなぁ。うーむ、それさえなければ……。
逆に少年が恋を経験することによって、人生に活路を見出すとかそう言った考え方もあるか……。それなら凛も少年も幸せになれる。
付き合わせるぐらいなら……まぁ、百歩譲ってよしとしよう……。
でも結婚は駄目だ。
母さんそれだけは許さない。
……いや、だから考えすぎか。
凛が少年を好きだとも限らないし。……付き合うにしろ、付き合わないにしろこれからも少年には凛と仲良くやっていってもらいたいな。凛のあんなに楽しそうな姿は本当に久しぶりに見た。
私は皿洗いを一通り終えるとエプロンのポケットから煙草を取り出し口にくわえて火をつけた。
「ふぅう」
それにしても少年のことについては本当に心配だな、はっきり言って見ていられない。
おそらくは何日も眠れていないのであろうあの目のくま、自分で齧ってああなったのであろうぼろぼろの爪、痩せた体、……そしてあの死んだ目。
一体どれだけのストレスを抱えて毎日を過ごしているのだろうか。
本人は人生の半分以上の物事を諦めて生きていると言っていた。もう自分の人生にろくな期待はしない、と。
でもきっとあの子は諦めきれていない、どこかで自分の生きる、活きる場所を探し求めているはずだ。じゃないとあんなに苦しんだりはしない……あの日の夜のように。
自分はこのままじゃダメなんだとどこかで思っているはずだ、あの子の中では二人の自分が葛藤している。
人生を諦めて無気力に生きようとする自分と、このままじゃダメだと自分を厳しく律しようとする自分。さながら天使と悪魔のように、それがあの子を苦しめている。
あの子は言った「青柳さん、僕おかしくなっちゃいました。」と
あんなに不安定な状態で生きていけば日に日にストレスは積もり積もっていく、多分、いつか限界が来る。
その前にどうにかしてやりたい。
「いくらなんでも、自分にそんなことをする責任はないけど、職業柄、ああいう子は放っておけないんだよなぁ」
がしがしと自分の頭をかいて小さく私はそうつぶやいた。
「アハハハハハハ!」「フフフ、ハハハハハ!」
何を喋っているのか分からないが二人の大きな笑い声が再びリビングから聞こえてくる。
少年も凛も楽しそうだな。
少年は大丈夫だろうか。今楽しすぎると後からきっと寂しくなる……。
……。
「うーむ」
と、そこでタバコと一緒にエプロンのポケットに入れておいた携帯電話が鳴りだした。私は着信相手を確認し渋々それに出る。
「はいもしもし、何?休日にまで電話かけてきてからに、完全に嫌な予感しかしないんだけど。」
「―――――――。」
相手の声が聞こえる。
「はぁ!なんで私がそのことしなきゃいけないんだ!…っと。」
思わず自分が大声になって相手と話をしていることに気づく。この会話をリビングにいる凛や少年に聞かれるのはまずい。私はキッチンの中でできるだけリビングから離れた場所まで移動すると(狭いキッチンだからそんなに変わらないかもしれないけれど・・・。)小さい声でひそひそと通話主と話す。凛や少年はおしゃべりに夢中になっているようだから多分これで大丈夫だろう・・・。
「……うん……うん。それって、くー君と、椎名さんが担当だっただろう?あぁ、そうか椎名さんは今入院してんのか、じゃあくー君と茜ちゃんにやらせればいいだろ?………………はぁ?学校?なんで休日の日なんかに学校行くんだよ、そんなに真面目だったか?あの二人は?…………参観日⁉休日の日なんかにやるのかよ……。…………うん………うん……、時間はまぁ、大丈夫だけど……、予定もない、…………うん、…………うん……、それって私ひとりじゃ無理じゃない?…………そこは何とかしろって、丸投げかあんたは⁉さすがに私でもそれは無理だよ。…………うん………うん……、……はぁ、分かったよ。……とにかく手伝えばいいんだろ?……………うん、何とかやってみる。………うん、一つ貸しだからな。…………ハイハーイ、じゃ。」
通話が途絶える。
私は携帯電話を握りしめたままキッチンの隅で頭を抱え込みながらしゃがみ込んだ。
……最悪だ、今日はゆっくりできると思っていたのに……。
タバコの煙が目に染みる・・・・。
土曜に参観日するって、ひどい学校だな、そりゃ生徒の親は出席しやすいだろうけど生徒はたまったものじゃないだろう。くー君や茜ちゃんも大変だなぁ、……くー君の授業参観にはおばあちゃんが行くのだろうか……。
っと、そんなことを考えている場合じゃない。
私は腕時計を見る。三時十分……、げっ、そんなに時間ないじゃん。もっと早くに教えてくれればよかったのに……、まぁいいやどうせすぐ着くし。
でも私ひとりじゃ、ちょっと難しい仕事だなぁ……、体力的にきつい……、誰か助っ人がいてくれればいいのだけれど。誰か……うーん。
「あ。」
私ははっと閃く。……いやいや、でもさすがにそれは……いや、意外といいかもしれないぞ?
今、なんだかすごくいいことを思いつきそうなのだけれど……。
場合によっちゃああるいは……。
ここまで読んでいただき有難うございました。




