表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
21/44

ご飯1

「あっ!もう千年!料理しながらタバコ吸わないでよ!」

「バカバカ、これが一番集中できるんだよ。」

何やら引き戸の向こうの台所からギャーギャーと凛さんと千年さんが言い争う声が聞こえてくる。

僕はと言えば八畳ほどのリビングに正座していた

場所は青柳さんのマンション。ヘタレな僕は凛さんの期待を裏切るわけにはいかず結局僕が口ごもっていると半ば強引に「行こう行こう!」と、凛さんに連れてこられたのであった。

台所では何やらジュージューとフライパンで炒める音が聞こえてくる。

そしてガラッと閉ざされていた台所の引き戸が開いたかと思うと

中から凛さんが一リットル入り紙パックのオレンジジュースとグラスを片手で起用に持って出てきた。

「あ~、ご飯のにおいとタバコのにおいがごっちゃになって台所がすごいことになってるんだけど。うえぇ、気分悪い」

「はは」

僕は凛さんのその様子に苦笑いをした。

確かに台所からリビングに漂ってくる臭いは尋常なものではない、青柳さんは大丈夫なのだろうか……。

「いやぁ、それにしてもラッキーだった、白君がうちに来てくれたおかげでお昼ご飯がちょっと豪華になる、したよ。」

ニシシ、と凛さんが悪そうな顔をして笑う

いえいえ、どういたしまして。

この人もしかしてそのために僕をこの家に上げ込んだんじゃないだろうな……、もしそうだとしたらこっちの身にもなって欲しい

この部屋に入るのはこれでもう三度目になるのだがそれでも他人の家とはなんだか落ち着かない、もうずっと居住まいを正しっぱなしだ。

特に女性だけが生活している部屋というのが更に僕の居心地を悪くさせる、男の僕が上がり込んでしかも食事なんてとってもいいのだろうか

彼女たちが普段使っている食器や箸でだ。

……。

もうなんだか頭がこんがらがってきた。なんだ?僕が考えすぎなだけか?

ほぼ一年間人との付き合いがほとんどなかった僕だったからいきなりこんな状況になってこんなにも気にしているのだろうか。

普通の人だったら、何度かあっただけの人の家で気にせず食事もとるし、こんな、普通に彼女たちが普段着ているであろう下着が干してある部屋でくつろぐことができるというのであろうか……。 

いや、下着だけは本気でどうにかして欲しい。

凛さんは気づいていないのかな……。

凛さんはさっき台所からとってきたオレンジジュースをしみじみと飲んでいた。

台所の引き戸が再びガラッと開く。

見れば青柳さんがフライパンを右手に、大皿を左手に持って立っていた。引き戸は足であけたようだ。

口には火のついたタバコがくわえられている。

タバコの煙とフライパンから立ち上る湯気が絡まりながら天井へと舞い上がっていっていた。

「ほい」と、青柳さんは大皿をテーブルの上に置くとフライパンの中の麻婆茄子を大皿に移していく。

「うわぁ、おいしそう。そしてすごい臭い。」

凛さんが言った、匂いじゃなくて臭いになってしまっている。

「すごくいい匂いだろ?」

「千年がタバコをやめる、すればね、麻婆茄子とタバコの混ざったにおいで鼻がおかしくなる、しそうだよ。」

「おいおい、そんなんじゃファミレスの喫煙席で一生食事なんてできないぞ?」

「その時は禁煙席で食べる、するからいいよ……。とにかく今すぐタバコ吸うのやめる、してくれる?せっかくおいしそうなのに。」

「はいはい」

分かったよ、と青柳さんはポケットから携帯灰皿を取り出しそれにぐりぐりとタバコの吸い殻を押し付けてから入れた。

目の前の麻婆茄子。確かにタバコの残り香がまだ部屋に充満し麻婆茄子の匂いと絡み合ってすごいことになっているが、見た目はとてもおいしそうだ。

残念ながら料理姿を見ることはできなかったが(エプロン姿を見ることができたのだから良しとしよう)、青柳さんって料理できるんだなぁと僕は思った。

しばらくすれば、麻婆茄子単体の匂いを感じ取ることができた。

すごくいい匂いだ、僕は一瞬で食欲をそそられた。

それから青柳さんは昨日の残り物だという肉じゃがを温めなおして食卓に並べた、こんなにも豪華な食卓は久しぶりではないだろうか。

今目の前には食卓の中央に麻婆茄子が大皿ででんっと置かれており、一人ひとり皿に分けられた肉じゃが、それからさっきスーパーで買ってきたと思わしきアジの刺身が麻婆茄子の横に一パック置かれている。

「ほい、ご飯」

青柳さんから僕と凛さんにご飯が手渡される。

……温かい。

手渡されたご飯の温かさを肌で感じると、なんだかいつもより温かく感じられほっと落ち着いた気分になった。

この一年で初めて落ち着いた、安心した気持ちになることができた気がする。

一年……いやもっとか。

「それじゃあ、食べる、しよっか!」

凛さんがそう言った、なんだか嬉しそうだ。

青柳さんが昼食時に料理をすることになったので僕たちがご飯を食べ始めるころにはもう二時頃になってしまっていた。凛さんはおなかがぺこぺこだったのだろう、とにかくうれしそうに両手を合わせると「いただきます」と言って、並べられた料理達に箸を伸ばし始めた。

「少年、遠慮せず食べていいんだぞ?」

凛さんがおいしそうにご飯を食べる姿に思わず見とれていたら、青柳さんがそう言ってきた。

「あんまりお腹空いていないか?」

「……いや、空いてます。」

めちゃくちゃ空いている。空腹だ。

「いただきます」と言って、凛さんに負けじと僕も青柳さんが作ってくれた料理をがつがつと食べ始める。

おいしかった

正直言って久しぶりにちゃんとした昼食を食べた気がする

作り立ての昼食はこんなにもおいしいのか

こんなにもおいしくて、温かくて、心を和ませるのか……。

空腹と同時に自分の中の何かが満たされていくようだった。

食べ終わって、

久しぶりに満腹になったのを感じる。

……ていうか食べ過ぎた、普通に気持ち悪い。

あれだけあった麻婆茄子が、五人前くらいあった麻婆茄子がもうなくなってしまっている。

僕と同じように青い顔になってしまっている凛さんは食卓に肘をついて頭を抱えてしまっていた。

最初は、おいしいおいしいとバクバク食べていた僕と凛さんだったが、

後半の方はなんだか、大食い大会みたいになってしまっていてどちらがより多く食べられるか意地の張り合いになってしまっていた。

なんだかやめるにやめられないので二人ともとにかく食べ続けるしかなかった。多分二人とも何をしているのか分からなかったのだが、きっとこの戦いに勝利すればとにかく何かが生み出されるかもしれないと思い、とにかく食べた。

食べて、食べて、食べた。自分は何をしているんだこんなことをしても何にもならないんじゃないのか?と自分を疑ったこともあった、不安でいっぱいだった時もあった。しかし、この先には何かあるはずだと信じて二人ともとにかく食べ続けた。食べて、食べて、食べて………結局は何も生み出されなかった。

ただ気持ち悪くなっただけだった。

人生の縮図だろうか。

青柳さんが明日の分まで炊いておいたという炊飯ジャーの中のお米が空になってしまっており、その戦いの壮絶さを容易に語っている。

勝敗は分からない、多分最後まで僕たちの食べっぷりをニコニコして見ながら冷静に食事を進めていた青柳さんが勝者だ。

「お前らよく食ったなぁ、私も腕によりをかけて口元に紫煙をくゆらせて作った買いがあったよ。」

僕たちのそんな事情を知る由もない青柳さんは本当に嬉しそうにニコニコしながらそう言う。

凛さんを見ると口元を抑えていて今にも吐きそうになってしまっていた

凛さんと目が合う。

僕がどんな顔をして凛さんのその様子を見ていたのかは分からないが、凛さんは僕の顔を見るとプッと笑い始める。

「プハハハハハハ、アハハハハハハ!」

「……フフ、………アハハハハハハ!」

僕もつられて笑った、お互いのあまりにもの馬鹿らしさに滑稽さに声をあげて笑った。

「何だ、何か面白いことでもあったのか?」

いまだに訳がよく分かっていない青柳さんが突然声をあげて笑い始めた僕たちを不審がりながらも、青柳さんもまた僕等につられたのか口元に笑みを浮かべてそんなことを聞いてくる。

「い、いや、違う、何でもないよお母さん、フッフフフ、ちょっと、お母さん。白君面白すぎる。」

息も絶え絶えに涙目になりながらもそう言い終えると、凛さんは再び、アハハハハハ!と爆笑した。



ここまで読んでいただき有難うございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ