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絶望少年の行方。  作者: 鳩麦紬
第三章
19/44

少年の非日常と、彼女の日常

    白


午前七時三十分

とあるアパートの一室

そんな何でもない世界の片隅で

誰に見られることもなく

僕は目覚める。


また、今日が来てしまった。今日は特別な一日になるといいな……。

 

 そんなことを、目が覚めたベッドの上で思った。


 今日も、また。



 さて、

 今日は一時限目から大学の授業があるけれど、時間的にまだ余裕があるので目覚めたといえど慌てて体を起こすことはしない。家を飛び出さなきゃいけないぎりぎりの時間まで布団の中にいるつもりだ。朝食を食べるほど自分の体は大切にしていない。ただ布団の中でもぞもぞとする。

あれ、……ダックスは?……ダックスがいない……。

ダックス、というのはうちのアパートで飼っている犬の名前、ではなく(うちのアパートでペットを飼うことは禁止されている)。犬のぬいぐるみの名前だ。布団の中を手でガサゴソとまさぐったら寝ている僕の太ももあたりのところにいた。引っ張り出す。

犬のダックスフントのぬいぐるみだから、名前がダックス。

そんな風にものに名前を付けたのがいけなかったのか僕はこのダックスを買ってから(飼ってから?)かれこれ十三年たった今でも手放さずに持っている。小さいころにはほかにも狐のぬいぐるみやクマのぬいぐるみなどを持っていたことを覚えているけれどダックスのように名前は付けなかった。このダックスフントのぬいぐるみだけに名前を付けてそれをいまだに持っているのだから、やはり名前を付けたのがいけなかったのだろう。

十三年て……、愛着がわきすぎだろう……、大学生になって一人暮らしをしている今でもアパートの中では肌身離さず持っているのだから相当だ……。そろそろこのぬいぐるみにも魂が宿る頃ではないだろうか。

ダックスの毛並みを手で撫でながら、ダックスに染みついたにおいを鼻をあてて嗅ぐ。

十三年間、ダックスを洗濯したことは一度もない、なので人によってはダックスのにおいは悪臭ともとれるだろうが、僕はこのにおいが大好きだった。子供のころからずっとダックスのにおいを嗅ぐのが好きだった。

朝からダックスのにおいを目一杯堪能した僕は目覚めて二十分くらいしてようやくベッドから体を起こす。

自分の部屋を見渡してげんなりとした気分となる。……汚いのだ。……まぁ、いつものことだけれど。僕の部屋はまさに橋の踏み場もないような状態だ、目の前に広がる物物物、もしも芸術家が僕の部屋を見たらそのあまりにもの惨状に「これは芸術だ!」とか言い出すのではないだろうか(?)。そんな自慢の一作だ(?)。

…………僕は何を言っているのだろうか。朝に弱いせいか自分でもどうにも良く分からないことを考えてしまう。

それにしても………、身の回りの汚れは心の汚れだとかいうけれど。……あれは本当なんだな。………まぁ、僕の心の汚れがこの程度だとは思えないけれど。僕の心の汚れが身の回りの汚れだとしたら、そのあまりの巨大さと醜さに、地球の生態系が壊されてしまうだろう。

寝癖が気になったので、立ち上がってバスルームの洗面台へと向かう、鏡のを見たら予想通り髪の毛が僕の頭の上で暴れていた。まぁ、これはこれでかっこいいかな、と思って特にその寝癖を直そうとはしなかったが。

鏡の前であることに気づく。いや、確認する。再確認する。自分の首の周りに爪で引っ掻いたような傷がいくつもあるのだ。だいぶ前からあるのだけれどいまだに治らないどころかむしろ前よりひどくなってきているような気がする。どうしてこうなったのか原因は分からないが、まぁ、首がかゆくなった時とかに無意識に爪を立ててガリガリと掻いてしまうのだろう。こんな爪だし、ひっかき傷くらいできてもしょうがない。

僕は爪を噛む癖があるので(しかも十本の指全ての爪を)、おかげで僕の爪はボロボロで短かった。最後に爪を切ったのはいつだろうか、覚えていない。

それから着替えようと思って再びリビングへと戻ったが、このままでいいや、と思い、寝た時の恰好のままで大学へと向かうことにした。

荷物を持って、家を出る前に戸締りをこれでもかと確認し(鍵が締まっているか同じところを何回も確認してしまう、これだけで二十分くらいの時間をかけているだろう)家を出た。

玄関のドアの鍵がちゃんとかかったかの確認も怠らない、何度もドアを引っ張っ確認する。明らかに鍵は締まっているのだが、何度も何度もドアを引っ張って鍵がかかっているか確認してしまう。鍵を閉めた、と記憶している自分の脳が信じられないのだ。

何度も確認する。何度も何度も何度も何度も何度も。

僕は僕を信じることもできない。


大学の授業は真面目にうけている。というか、教室に来て席に座り先生が来て授業が始まってしまえばそれに注目する以外することはないだろう。前の席の人みたいに机に突っ伏して居眠りをするほど図太い神経を僕はしていないし、隣の席の人のように授業そっちのけで携帯電話を弄繰り回すほど携帯電話に意味を見出していない。

今日一日の授業を何事もなく、本当に何事もなく終え、僕は家に帰る。

鍵を開けて自分の部屋の玄関のドアをくぐる

この時の時刻が午後三時半、今朝家を出たのが午前八時半ごろだったので七時間ほど家を空けていたことになるのだが全くそんな気はしなかった。

部屋に入って、電気もつけずに僕はすぐに布団に潜り込む。

なんだか眠かった。

最近僕は常に眠い気がする。

眠っても眠ってもまだ眠い。

眠っても眠っても寝た気がしない。

なので

僕は寝た、ベッドで横になった


次に目を覚ました時には時刻が午後九時半になっていた。

あぁ、……晩御飯どうしよう。

何も準備していないし、買い置きなんてしていない。

よくあることだけれど僕は今日昼食を抜いていた。朝も何も食べていなかったのでつまりは今日一日まだ何も僕は口にしていないのだ。

さすがにお腹が空いていた。お腹が空いていたので冷蔵庫の中を開けてみたが、ほとんど何も入っていない。あるのは砂糖や醤油といった調味料や、後はサラダドレッシングくらいしかない。何も取り出さずに冷蔵庫の扉を閉める。

そういえば食パンがあった、ということを思い出し、棚の中からそれを見つけ賞味期限を確認する。一週間をとうに過ぎていた。

…………まぁ、いいか。

昔の、飢饉とかで飢えに苦しんでいた人は賞味期限が過ぎているから、とかそんな贅沢言わなかっただろう(そんな時代に賞味期限なんてものがあったかは知らないが)、そう思って袋を開け中から食パンを二枚取り出し、それをそのまま頬張る。

むしゃむしゃと、食べる。

食べ終わった。

食べ終わって、僕の今日一日の活動はこれで終わった。他にすることが無くなった。

眠い、なんだかすごく眠い。

頭が痛い、なんでだろう。

布団の中に再び潜り込む。

眠い、だけど眠れる気がしなかった。

さっき眠ったばかりなんだから当然か……、なのに眠いのはどうしてだろう。

ダックスを手に取る、においを嗅ぐ、いつものにおいだった。

時計を見る。もうすぐ午後十時だ、今朝起きたことがまるでさっきの事のようで、なんだか空しく思えてきた。

今日僕は何を喋っただろうか。

今日は一言も言葉を発していないかもしれない。

今日僕は何回笑っただろうか。

今日は一度も笑っていない。

今日僕は何を食べただろうか。

今日は食パンを二枚食べた。

今日は楽しいことあった? なかった。

今日一日どんなことがあった? 特に何も。

明日は特別な一日になるといいね。 そうだね。

今日も同じような一日が同じように終わる。

暗い部屋の中、僕はこんな日々が明日終わることを願いながら、布団の中でダックスを抱きしめ目を閉じた。



魔法使いたちの夜


鳥が飛んでいた。真っ黒い大きな鳥が、夜の空を覆い尽くしながら。

「あの鳥なんて名前だっけな」

 青柳千年は、建物が崩壊して、がれきの散乱している場所に立ち、その鳥を見上げながら、そうポツリとつぶやいた。

『カササギですよカササギ、オールバックみたいな髪型の頭しているじゃないですか』

 すると耳元のイヤホンからそう声が聞こえた。日向ぼっこでもしているかのような温かみのある声。

ああ、と千年は納得する。そう言えばそんな名前だったな。

『っていうかそれ、『影』ですよ、早く追いかけてやっつけちゃってください』

「分かってるよ」

青柳千年は走り出した。

カササギの真下に来るのにはそう時間はかからなかった。近くに来てみればその巨大さが良く分かる。飛行機くらいはありそうな巨大なカササギの形をした『影』だった。

近くまで来たものはいいが、相手は飛んでいる。それもはるか上空を。ジャンプしも届きそうになかった。

さてどうしたものかと千年が頭をひねらせていると、カササギの腹のあたりがもこもこと蠢いているのが分かった。

『攻撃が来ます!』少し切羽詰まったような、それでも暢気に聞こえる声がイヤホンからする。

 カササギの腹から小さな真っ黒い鳥が次々と生まれた。小さいと言っても子供の身長くらいはある大きさだった。

 その子供の身長大くらいの鳥たちが一斉に千年にくちばしを向けて襲い掛かる。まるで、爆撃機が標的に向かってミサイルでも打つかのようだった。

 千年はその鳥たち一匹一匹を目視してその動きを確認すると、極限の集中力を発揮した。呼吸すら集中の邪魔だとでもいうかのように呼吸を止める。

 最初の一匹が千年のいるところまで到達しようとしていた。千年はそれを走り出すことによって、自ら迎え討ちに行った。

高速で千年に向かってくる『影』。

高速で『影』に向かっていく千年。

『影』と千年がすれ違う。一匹すれ違ったら、次々と『影』の大群が千年とすれ違う。バタバタと羽音が耳障りだった。しかし一匹もそのくちばしが千年の体に食い込むことはなかった。まるでダンスでもしているかのように千年の体は舞い、銀色の刀が月明かりを時折反射させた。

全ての『影』が、千年を通過した。

あたりが静寂で満ちる。

通過した『影』はそのことごとくが切られていた。切られた影はそのまま大気に解けるかのようにじゅわじゅわと蒸発し始める。

『お見事です』

 ふー、と止めていた息を吐き出し、それから大きく深呼吸する千年。

 しかし、安心するのはまだ早かった。

巨大なカササギの『影』がまだ上空を飛んでいた。その姿は先ほどより小さくなったように見えるが、元が巨大だったのでそんなことは小さな差異でしかなかった。

「あれ、どうやって落とすよ」

『青柳さんには無理ですかねー、くー君の風で落としてもらうしかないかと』

「えー、じゃあさっきのは、水の泡かよ」

『くー君に指示を出しました、もうすぐそちらに到着すると思います』

「マジで水の泡かよ」

『しょうがないじゃないですか、青柳さんにはどうすることもできないんですから』

 千年はイヤホンから聞こえてきたその言葉に顔をしかめた。

 嫌な言葉だなそれ。

 まるで自分が無力だと言われているかのようで不愉快だった。

 夜空を見上げる、懐に手を入れるが煙草を置き忘れていることに気が付いて、小さく舌打ちをした。それでもタバコを吸う仕草をして見せた千年は紫煙の代わりに口から凍った吐息を漏らした。

突然、びゅうっと、巨大な風が千年の体を揺らした。立っていられないほどの風で、千年はなんとかその場に踏ん張る。

ばたつく髪の毛を抑え、風の吹く方向を目を細めてみれば、街灯に照らされて、一匹の黒い猫がたたずんでいた。

風が収まる。

上空を見上げれば、いつのまにか、カササギの『影』は、まるで先ほどの風でかまいたちにでもあったかのように、無残にもばらばらに切り刻まれていた。カササギは地面にゆっくりと落ちる、直下の民家を何件か下敷きにして大きな音を夜の街に響かせた。

「お見事」

 千年は振り返って、黒猫にそう言ってみせた。ポンポンと拍手をする。

 黒猫はにゃあ、と一鳴きすると、夜の闇に溶け込むようにどこかえといってしまった。

『お疲れ様でしたー、今日の夜のお仕事はこれですべて完了です』

「私は何もしていないけどな、くー君においしいところ全部持っていかれちまった」

『まあまあ、千年さんも十分かっこよかったですよー、写真に収めたかったくらいです』

 そんなこと言われても何もできなかったのは事実だ。千年は唇を尖らせてある一人の少年のことをふと思った。

 このまま何もしないつもりはない。

 このまま何もできないでいるつもりもない。

 しかし、どうすればよいのか分からないのもまた事実だった。

 少年が何を望んでいるのかが分からないから。

 何かできることはないものだろうか。

 


 






ここまで読んでいただき有難うございました!

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