凛2
「こんな目ない方がいいじゃないですか、こんなこんなこんなこんな、あなたから泥棒だとか、人に乱暴する人の目だとか言われる目はない方がいいじゃないですか。だったら潰しますよこんな目。」
「え、え?」
「気にしないでください、別にあなたのせいじゃないですから。こんな目をした僕がいけないんです。そう、僕が悪い、僕が僕が僕が僕が僕がボクガボクガボクガ!」
勢いをつけるようにして僕はチョキの形のまま自分の右手を顔から少し遠ざける。
そして今からその指を自分の両目に突き刺そうとしたとき、……がしっとその右手をとびかかるようにして僕に近づいてきた女性が両手で押さえた。
「待つ!待つ、して!」
僕の右手を両手で握ったまま懇願するようにして女性は言う。
「離してくださいよ。」
その手を振り払うように右手を力任せに動かす。
「ごめん、謝る、だから許す、して⁉」
「なんであなたが謝るんですか、謝るのはこっちですよ。ごめんなさい今すぐ死にますから許してください。」
「違う!違う!」
「何が違うんですか、死ねばいいんですよね?ねぇ⁉」
「違う、……違うぅぅ、……うぅぅ、………ふぇぇん……」
泣いた⁉
「あ、いや、あの、その、……え?」
「ふうぅぅん、ひっぐ、ぐすっ、うううぅぅぅ」
彼女は僕の右手を両手で握ったまま膝から崩れ落ちる。それに合わせて僕は前かがみになった。僕の右手を握ったままの両手を自分の額に当てて彼女は泣く。
泣く
「ごべんなざぁい、うぅう、ごめんなざい、うぅぁぁ、怖いよぉぉぉ、うぅぅ、ふぅぅん」
泣く
……しまった、やり過ぎた。
目を見ただけで僕のことを悪い人だなんて言うから、まず僕の目の話から離れてもらうためにやっただけなんだけど……まさか泣くとは。もちろん本当に目を潰すつもりなんてなかった、相手が謝って僕の下手に回ってくれればそれでやめるはずだったんだけど、彼女が僕の予想通りのリアクションを見せるものだから、なんだか途中から妙にノッてきてしまってやめるにやめられなくなってしまったのだ。
この人が泣いたので僕はそれに気を取られて動きを止めることができたけれど、泣かなかったら僕はどこまでやっていただろうか……、もしかしたら本当に自分の目を……、さすがにそれはないか……。
「うぅぅ、ぐすっ、ひぐっ、ふぅぅん」
……しかしこの女性、もっと気の強い女性かと思ったのだけれど、……僕が怖くてそう見せかけていただけなのかもしれない。
……なんか、悪いことしてしまったな……。
「あの、……分かりました、もうしませんから、右手離してください。」
「いやだぁぁぁ、潰すううぅうぁぁああぁぁ、うぅぅ、うぶぅ、あぁぁあぁぁ、ごべんなざいぃぃ」
「いや、だからもうしませんって!」
「うぅぅ、ひっぐ、ぐすっ、ひっぐ、ほっ、本当っ、にっ?」
僕が頷くと女性は恐る恐る僕の右手から自分の両手を離した。僕は彼女を安心させようと、その右手を着ているパーカーのポケットに入れる。
それからしばらくこの女性は泣いていた。時折彼女の呼吸が苦しそうだったので背中をさすったりもしてあげて(どんだけ怖かったのだ)、泣き止むのを僕は待った。
「千年の……、知り合いなの?」
やっと泣き止んだ女性が僕の顔を見上げて言う。
「ええ」僕は優しくそう言った。
「本当に?」
「ええ」
「…………。」
いまいちまだ信じられていないようだ。まぁ、さすがにあんなことすれば信じてもらうどころか僕の不審度が上がるだけだったろうから、しょうがないかもしれないが……。
うーん、何とかして僕が青柳さんの知り合いだということをこの女性に証明できないだろうか……。
「ごめんなさい、……私、まだあなたを信じる、できない……。」
涙をぬぐいながら女性は言った。
「ええ、分かってますだからどうにかして証明することができればいいんですけど……。」
「……『しょうめい』ってなに?」
「どうやって僕と青柳さんが知り合いだということを明らかにするかっていうことです。」
「……明らか……、よくわかんないけど、千年を起こす、すればいいんじゃない?」
それだ!
何だ、簡単じゃん!
早速僕は青柳さんに目を向けた。
「ぐー、ぐがー」
青柳さんはベッドの中で爆睡している。
……うわぁ、これ起きるかなぁ……。
「これ、……起きますかね?」
思わず青柳さんを指して「これ」とか言ってしまった。
「起きるよ、ちょっと見る、してて。」と言って女性が青柳さんの寝ているベッドのもとへと向かった。
「あ!ちょっと待ってください。青柳さんが目を覚ましたとして……、多分すぐまた寝ちゃいますよね?どうやって僕たちが知り合いだと確認するのか決めておいた方がいいんじゃ……。」
「んー、千年に君の名前を言う、させるとかでいいんじゃない?名前は?」
「紅田白です。」
「しろう?」
「しろ、です。」
「白、ね、分かる、した。」
お?僕の名前が人から突っ込まれないというのは珍しい、僕が名を名乗ればみんな何かしらリアクションを見せたり、大体失礼なことを言ってきたりするものなのだけれど。まぁ、今は僕の名前なん気にしている場合でもないか…。
ただ、そのことを少し寂しく思ってしまう自分がまた意外だった。
女性がベッドに近づき、青柳さんの体に布団の上から手を置く。
……どうやって起こすのだろうか……。
まぁ、普通に考えて、体をゆすったりして起こす、のかな?
僕がそんなことを考えて見ていると、女性は寝ている青柳さんの上に跨って馬乗りになり「おーい、起きる、しろ。」と言って青柳さんの頬を両手で何度もびんたした。
割と強めのやつをぺちぺちぺちぺちと……。
……うん、まぁ、それも一つの手ではあるよね……。
「う~ん」と青柳さんが唸る。
「千年!起きる、起きる、して!」
青柳さんが起きかけたことを確認すると、そう言って駄目押しとばかりに最後に一際大きなびんたを青柳さんの右頬に放ち、女性は青柳さんの上から退く。
「ああ⁉」
青柳さんは叩き起こされてすごく不機嫌そうだ、眉間にしわを寄せながら体を起こした。
「ほら!あの人見る、して!誰か分かる?」
そんな青柳さんのことを気にもしない様子の女性は僕を指さすと、青柳さんの視線の方向と同じ方向を見るようにして自分の顔を青柳さんの顔に近づける。
不機嫌そうな青柳さんに睨まれて僕は思わず肩をすくめてしまった。
「誰?」と女性が青柳さんを見て言う。
果たして青柳さんは……。
「少年。」と言った。
少年と言って、そして自分の仕事はこれで終わりだとでも言わんばかりに再び布団をかぶって横になるとまた「ぐがー、ぐがー」といびきをかいて、すぐに寝てしまった。
「…………。」
「…………。」
無言で見つめ合う女生と僕。
…………完全に忘れてた……。
青柳さんは僕のことを名前で呼ばないんだった……。まさかそれがここであだになるとは……。
証明は失敗した。
僕と目の前の女性が見合って沈黙している中、まるで僕をあざ笑うかのように、上の部屋かどこかは知らないけれど「アハハハハハ」という幾人かのそろった笑い声がどこからか微かに聞こえた。
「あ、あの、もう一度、もう一度起こしてください、次は名前を呼ぶように…」「いや、もういいよ。」
女性は僕から顔をそらしつつ言った。
ここまで読んでいただき有難うございました!




