二度目の夜
魔法使いたちの夜
『得体が知れませんねー、その男の子』
日向ぼっこでもしているかのような、温かみのある女の子の声が、イヤホンを通して青柳千年の耳にすっ、と入り込んでくる。
千年は、今日の『夜の仕事』をひと段落させ、ある場所へ向かっている途中だった。
「こら、そう言うこと言わない」
『青柳さんも良く一晩泊めてあげましたよ』
「そのまま返すわけにもいかないだろう、怪我の具合だっていつ悪くなるか分からないし、まあ、脳震盪起こしてただけみたいだけどな、もし大きなけがだったら、私も再生させるのに時間がかかっただろうし」
『またまた、何でも一瞬で治しちゃうくせに』
「脳は結構難しいんだよ」
『なるほど。ところで、青柳さん』
「何だ」
『その白さんって人どうするつもりですか?』
「どうもこうもないよ、ただ一晩止めてあげただけ、それ以上の事に干渉するつもりはない」
『つまりはほったらかしというわけですか』
「まあ、そうなるな、だけどそういう言い方はどうなんだ?」
『ますます得体が知れませんねー』
「葵、言いたいことがあるのならはっきり言えよ」
『もし、その白さんとやらが事件なんか起こしたらどうするんですか』
「事件て、何だよ」
『殺人とか、窃盗とか、自殺とか』
物騒な言葉を並べる葵に対し、思わず千年か足を止め、口をつぐんだ。
「そんなまさか」
しばらくして千年は笑って見せた。しかしあの夜の少年の言動を聞いた千年は一抹の不安を胸によぎらせる。
『最近の子供は何するか分からないですからねー』
「ああ、そういう言葉苦手なんだよな私」
『何でですか?』
「なんか、無責任だろ。まるで子供が自分からそうなって行ったみたいじゃないか。そうじゃなくて、そういう社会を作り出したのは今の大人たちだろ?そういう子供を育てたのは今の大人たちだろ、それをほっぽり出して、最近の子供は最近の子供は、とか言っている奴に説教なんかされたくないね」
『青柳さんはどうなんですか』
と、葵は言った。いつものように温かみのある声で。しかし千年にはその温度は感じられなかった。思わず口をつぐんでしまう。
『もし白さんが何か事件を起こした時に、無関心で、無責任でいられますか?』
「それは……」
『運命かもしれませんねぇ』
「運命?」
「ええ、きっと神様が、青柳さんに、白さんを助けろと言っているようなものではないですか。偶然の出会いも何かの縁、近くに住んでいるのでしょう、仲良くしてあげるといいですよ。」
「そうだな、また会うことがあれば、気にかけてやってもいいかもしれない」
いまだに千年の胸中にはびこるのは先ほど葵が言った、殺人、窃盗、自殺の言葉。
そんなことだけはあってはならないと千年は思った。
と、そこで千年があることを思いだした。
「そう言えばさ、私と白が出会った日の夜ってちゃんと『結界』張っていたよな?」
『当たり前ですよ、そうしないと『影』との戦闘で多くの一般人の犠牲者が出ちゃうじゃないですか』
「だよな。……でもだったら何で、少年は『結界』の中にいることが出来たんだ?」
白
「お手数ですが…、何かお客様の年齢を確認できるものをお持ちですか?」
「……え?」
「あのう…、こちら二十歳未満の方にはお売りできない商品となっております。」
「いや、あの…」
「当店ではたとえおつかいであったとしても未成年の方にはこういった商品をお売りしないことになっております。」
「は、はあ…」
「もう一度お聞きしますが、年齢を確認できるものを今お持ちでしょうか?」
「……持ってません。」
「では申し訳ありませんが、今回こちらをお売りすることができません……、次回ご来店の際には必ずお持ちするようにしてください。お待ちしております。」
それからふふっと彼女は悪戯っぽく笑って「本当はおいくつなんですか?」とレジの向こう側から身を乗り出してきてささやくように僕に話しかけてきたが、僕は聞こえないふりをしてそのまま店を出た。
場所はコンビニ、大学の帰りだ
僕がコンビニで何をしていたかと言うと、煙草を買おうとしていた……。
もちろん未成年が煙草を買えないことなんてコンビニの店員であるあの女性に言われなくても知っていたし、未成年とはに二十歳未満、生まれてから二十年も生きていない人間のことだということも知っている。
自分の年齢もちゃんと知っている十九歳だ。
それならなぜ、そんなわざわざコンビニで恥をかくような、未成年がタバコを買うという非常識なことをしたのかというと……、ばれないと思ったからだ。
たかだか一年の差だし、十九歳の僕はほとんど二十歳のようなものだろうそう思いタバコを買いに来たところを意外なことに店員から跳ね返された。
煙草を買うなんて初の試みだった、だからドキドキしながら思い切って店員さんに話しかけたのだが……
コンビニの前に平静を装って立っていた僕だったが、内心は動揺しまくりだった。寒さのせいか立っている足の震えが止まらない。
ガクガクガクガクガクガク
……が、頑張ったのに、勇気出したのに……、は、恥ずかしい!
……僕は二十歳になっても年齢を聞かれるのではないだろうか……。
そんな将来への不安を抱きながら僕はコンビニの前から立ち去り帰路についた。
歩きながら缶コーヒーの口を開ける、さっき買ったばかりなのに熱いというよりは温いというような温度になっていた。
一口飲み再び蓋をして空を見上げる。
星空はそこにはない、が代わりに落ちてくるのではないかと思うような黒くて分厚い雲が空を覆っていた
「今日、雪が降るんだったっけ……。」
と一人つぶやく、しばらく星空に目をそむけることはできなさそうだった……。
その日の夜、僕はまた夜道を歩いていた、いつものコースを。週に四日か五日行うようになった夜の散歩だが今日は少しだけいつもと違った感じだった
青柳さんと会ってから、いや別れてから考えた方が分かりやすいか、青柳さんと別れた日から数えて六日ぶりの散歩だ、こうして再び夜道を歩いていると、また青柳さんと出会ってしまうのではないかという期待と不安が入り混じったような気持ちが心の中に漂っていた。
会いたいか会いたくないかでいわれれば、まぁ、も一度会ってみたいとは思う。ちょっとおしゃべりしただけでいささかなつきすぎじゃないかと思うかもしれないが、青柳さん良い人だし、面白い人だし、………それに、………抱きしめてくれたので……、なんだか、もう一度会って見たかった。あの普通の人とは違った字雰囲気も僕を惹きつける要因の一つだろう。
ただ僕は、良い人に会うのはいいけれど、良い人と関わり続けるのはなんだか嫌だった。どうしても、良い人、優しい人を見るとそんなわけがないと思ってしまう。こんな人がいるわけがない、この人は本当の自分を裏に隠していて、本当は僕に対して嫌悪感を抱いているはずなのに良い人だと思われるように自分を偽っているだけなんだ、と思ってしまう。
………だからどうしても僕は人の悪いところばかりに目がいくようになって、そう言う人の見方をしていくうちにいつの間にか僕の周りは悪人だらけになってしまった。親も、友達も、皆皆、悪人にナッテシマッタ……、いや、してしまったノカ……。
だからもう青柳さんには会いたくない。優しい青柳さんがいたんだ、という事だけで僕の中では青柳千年と言う人物を完結させたいのだ。だから最近散歩に足が向かなかった。
もう一度青柳さんん位あってしまうのが怖かったから。
青柳さんに会いたいというのは本当、会いたくないというのも本当
なんだかこういうのって自分の中に自分が二人いるみたいで嫌だ。まるでもう一人の僕がもう一人の僕の行動を縛り付けているようで……。
今晩、もう一度青柳さんに出会うことになったとして、果たして僕はその再会を喜ぶだろうか、それとも嫌うだろうか……。それが分からないというのもまた嫌だった。
本当にこの僕は、何をするのか分かったもんじゃない。
僕は民家が両脇に軒を連ねる路地をひたすら歩く。
雪は結局今日は降らなかった、昨日あれだけ地方のニュース番組で、明日は例年にない寒波がこの地方を襲うから雪になるかもよ、みたいなことを言っていたのに、ただ曇っただけ。普通にがっかりした、雪は降らないくせに気温だけは一丁前に低くて寒くてがっかり感に磨きがかかる。
雪が降ると期待していた時はこの寒さも許すことができたが、こういつまでも降らずにもう今日は降らないんじゃないかと思い始めたころにはこの寒さもただ鬱陶しいだけになってしまったのだから不思議なものだ。
今晩僕が眠っている頃に降って、明日の朝一面の雪景色を見ることができるのではないだろうか、と、雪への期待については明日へと持ち越すことにした
ここまで読んでいただき有難うございました!




