朝3
「……もう泣くな」
青柳さんの服は胸のところが僕の涙やら鼻水やらで汚れてしまっていた。
僕は、この人に、どれだけ迷惑をかけるんだ、どれだけ自分の恥をさらすんだ。
「なぁ、少年」「嫌です!もう何も聞きたくありません!……もう、何も言いたくありません……。」
「……髪、もっと撫でてくださいよ。」
そう言うと、青柳さんが言うとおりに僕の髪を優しくなでてくれた。
こんな僕を青柳さんは今どんな風に見ているだろうか、きっと青柳さんは僕のことを気にかけてくれているだけなのに、僕はまた自分と向き合うことが嫌だから他人を突き飛ばしてしまった。
……いや、違う。
きっと青柳さんに何を言っても僕は変わらない、僕が何を言っても結局途中でぐちゃぐちゃになっちゃって、訳が分からなくなっちゃって、それが面倒くさくなった青柳さんが適当にそれっぽいことを言って有耶無耶なまま無理矢理話を終わらせるんだ。
きっとそうだ、
昨日今日会ったばかりの人に何を期待している。
今のところ青柳さんはいい人そうだけど、そんなの今だけに決まっている。この人だって本当は内側が汚いんだ。僕のことなんてどうでも思っているに違いないんだ。僕は他人なんだから。
青柳さんもみんなと一緒だ。
言いたいことだけ言ってあとは僕任せ、責任を取ってくれない。
それで何度も後悔してきた。
他人の言うことなんて信用できない。
何を言っても無駄だ
青柳さんなんてあてにならない
誰も僕を助けられないし、僕も僕を助けない
他人はしょせん他人
他人の言うことなんて真に受けるなアイツら何とも思っていない
言葉なんてただの音階の配列だ
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、ウルサイ!」
青柳さんの腕の中で声を張り上げる。
ああ、
また僕は、これじゃあまるで青柳さんにかまってもらいたいだけじゃないか
「……僕が悪いっていうのは分かっているんですよ。こんなおただの気持ちの持ちよう、考え方の違いなんです。……やるかやらないかなんです。僕はちゃんとわかっているんですよ。」
「あぁ、そうだな。」
「だから説教なんて意味はない……他人に何を言われてもわかっているとしか言いようがない……。」
「本当にそうか?本当に君は全部分かっているのか?」
「……。」
「……。」
「みんな、同じことを言うんですよ。」
「……そうか。」
「もう聞き飽きました。相手が言いたいことなんて大体想像できる。『辛いのは君だけじゃない、みんなだってそれを乗り越えてきてるんだ。』『君は自分に甘すぎる。』『ろくに人生を歩んでもいないくせに勝手なことを言うな』そんなの言われるまでもなくわっかているんですよ。」
「……分かっているなら、どうして……変わろうとしないんだ?」
「……失敗するのが怖い、変化するのが怖い、今のままでいたい、今のままのほうが楽、なんで僕が変わらないといけない、変わるべきは世界だ、僕はただ生きているだけなのに、なんで生きているだけの存在の僕は人から責められないといけない、それは僕に死ねと言っているようなものだ、そしてこんな僕は死んだ方がいい。」
「でも、変わりたいんだろう?」
「そんなこと言っていないですよ。」
「……。」
「あぁ、なんだかどうでもよくなってきました……。僕は何が苦しかったのでしたっけ?いま何の話をしているんですか僕ら?……もうどうでもよくなってきました……、つまりは、その程度のことなんですよ。だから僕はこのまま生きるだけです、何も問題はない。」
「こんなことを言ってはなんだけど、君、いつか本当に壊れるぞ?」
「……もう無理ですよ」
「いや…」「もういい」
青柳さんのことばを、音階の配列を、断ち切る。
「もういい、もういいです。……きっとそんなに深刻になることじゃない。きっと、またいつか気が変わる。」
「気が変わった時、きっと君は後悔する。」
「そうですね」
「未来の自分のためにも、今はちゃんとしておかないと…」「それは高校の教師から聞いたことがあります。」
「……はっきり言う、君は意味が分からない。言ってることもさっきからめちゃくちゃだし、……結局君は昨晩私に言ったように誰かに助けてほしいのか?助けてほしくないのか?」
「……助けてほしいけど、助けてほしくないです。……そもそも僕の何を助けるっていうんですか。」
「それを君の口から聞きたい」
「……。」
「待っていてばかりじゃ何も変わらないぞ?私は神様じゃない、君の口から何かを聞かない限り私は君を助けられないんだ、君の心なんて覗くことはできない。」
「……。」
「君はまだ本当の自分と向き合っていない。」
「……。」
「変なことを言って、他人にかまってもらいたいだけだ。」
「違う」
「君はただの恥ずかしがり屋だ」
「違う」
「本音を言うのが恥ずかしいから、自分の本心を察してもらうのを待っているだけだろ?」
「違う!勝手なこと言うな!」
「だったら自分の口でちゃんと言え!」
突然青柳さんが口調を荒げる。
とてもベッドの中で抱き合っているような男女のやり取りとは思えない。
「……いやだ」
そう僕は言った。
青柳さんの顔は見ない、見るのが怖いから。ただ青柳さんの服に顔をうずめる。
「……なぁ、少しずつでいい、少しずつでいいから本当の君を見せてくれないか?」
「……。」
僕がずっと黙ったままでいると、諦めたのか青柳さんが僕の頭から腕を解放しベッドから出ていこうとする。僕は放さない。
「少年、もう起きないと、君は学校があるんだろ?もう八時だぞ」
そんなことを青柳さんは言う。
「……学校なんて」「人は真面目でなければいけない、これは絶対だ。」
「……。」
「……。」
今までで一番の無言の圧力と、青柳さんの視線に気圧されてすっと僕は手を放した。
……まるで親みたいなことを言う。いや、親はこんなこと言わないか……。
僕も青柳さんに続いてベッドを出た。
「朝ごはんシリアルとかでいいか?」
キッチンへと向かった青柳さんが僕に聞いてくる。僕は
「いや、もう食べてる時間ないんで。それに一回家に帰って準備とかもしないといけないので……僕もう帰りますね。」
と言い、ジャケットを着て、ネックウォーマーを手に取り、忘れ物がないかを確認すると、携帯電話を忘れていたことに気が付いたので手に取り、もう一度忘れ物がないか徹底的に確認してから玄関へと向かった。
……結局青柳さんも僕をどうにかすることはできなかったな。
僕がこんななんだからどうにもできないのは当たり前なんだけど。
何度も言うけどそれは分かっているんだ。
悪いのは僕。
それでも……。
どうしても期待してしまう。
この人になら僕のことが分かってくれるのではないかと。
分かったうえでどうにかしてくれるんじゃないかと。
悪い僕を更生させて良い僕にしてくれるんじゃないかと。
期待していた分。
こうしてあっさりと帰されると。
なんだか見捨てられたような。
諦められたような気分。
なんだ、結局この人もそうなのか。
こんなに僕が苦しんでいるのに見て見ぬふりをするのか。
蓋だけ開けて。
中身が汚かったから。
それが何なのか知ろうともせずに。
中途半端なのに無理やり終わらせるのか。
逃げるのか。
生殺し。
期待させといて。
「うるさい。」
…………。
「……よし。」
ここまで読んでいただき有難うございました!




