彼らの懺悔に聞こえる話と母親の死との奇妙なデジャブ(既(き)視感(しかん))
「長い間、我々は不毛な話し合いを続けてきました。
それは、我々の今後の未来についてのことです。
我々は実に長い時間を掛けて、あらゆる人々と話し合い、その話し合いや、思想をその都度、再検証し世界に発信し、また、話が堂堂巡りになることも度々で、しかし、そこにこそ実は真実が見え隠れしてはいました。
結局、我々が認識しなくてはいけなかったこととは、我々にはこの先に進むべき方向性がもうなにもかも無かったと言うことですし、それがあらゆる宇宙空間では、当たり前の状態だったのです」
妹の沙耶から聞いた話を、彼らの話の流れなのか、雰囲気なのかで思い出した。
母親は台所の整理を突然し出した、と言った。整理しては台所の椅子に座り、考え込み、そして、また、ゆっくりとだが的確に整理し出したと言う。
沙耶はそう言って、こうも言った。
お母さんは、もうじき死ぬことが分かっているからこそ、自分のいない世界を思い描いていたのかもしれない。
今思うと、何かを考えているように見えていたけど、実際は自分のいなくなった未来をいつも見ていたんだね、と。
母親が死んでから一年が過ぎて、実家で朝飯を食べている時に、何気なく聞いた話だ。
私は当然、そんな日常の世界を見てはいなかったし、実家から離れた所で広告代理店の業務をせっせとこなしていた。
我々にはこの先に進むべき方向性がもうなにもかも無かったと言うことですし、と言うキャメロン系の件は、私の心を静かにだが、捉えて離さなかった。
進みべき方向性!それは時間が解決すと言うような代物では決してなく、また、だからと言って放置する世界でも無かった。
ただ、自分のいなくなった世界を、未来をただじっと見詰めている母親の姿が、薄暗い台所にいる情景として想像した。
「我々はまるで、自我を見付けた時と同じように、唐突に、行き着いていたのかもしれませんし、あるものは、もっと先にもっと新しい世界が待っているとも、なんとも希望的観測で話す者もいたのでしょうが、それは結果的には意味をなさないことを誰もが知っていたのでしょう。
我々の精神の開放はある一部から突発的に起きてきました。
それまで、我々は実は殆どの現象、所謂、未確認な現象や心霊的な現象を一切否定していましたし、実際我々は驚くくらい、そんな現象とは無縁な生き方をしていました。
見える物が全てであり、目で見て、自分の身体で確認出来る物が世界であることを妄信していたのです。
ことの始まりは我々の全体から3%ぐらいが始まりだったのかもしれません。
我々が信じていたのもは一体なんだったのでしょう?
そう思うこと自体が、立ち止まりであり、停滞を意味していましたから、そこに意味などありませんでした。
意味が無いと言いましたのは、今までの考えを基にしています。
我々は常に止まらずに突き進むことを由としていました。
この前進思考、プラス思考こそが、次なる我々の未来を照らしてくれる、太陽のような存在として確信していました。
その事については、全くもって同感なことだと今でも思いますし、別に異議を唱えることは致しませんが、しかし、時代は、我々に容赦なの無い大変革を提示してきていたのでした。
よく、あなた方の人類でも類似するような点が多く、やっぱりそれは全宇宙共通なのですね、と、驚いてしまうのですが、我々の中でも男性よりも女性に、女性の中でもより自然的な考えを持っている者たちが新しい感覚を獲得して行きました。
所謂、肉体と精神の離脱です。
それまでは肉体と精神は常にセットである、一緒であると言うことが長い間、通説であり、それ以外に考える余地など無かったのです。あなた方ではそんなに珍しくないことなのですが、我々の星では他の動植物もですが、生と死以外に、中間地点である幽体的な現象は殆どと言っていいほど、無かったのです。
考えたら、そのこと自体が、今までの宇宙の中で、この広大な宇宙の中で、偶然の様に発生した生命と、その生命から進化を遂げて知的生命体までに成長するなんてことは、ホントめったに無い状態が殆どなのに、ましてや生と死が幾万では数は少な過ぎますが、生と死を繰り返しているのに、精神的な世界から構築される中間の者が、全く、本当に何億年も表れなかったのです。
今でこそ我々は皆、次の段階以降にも足を踏み出しているのですが、我々は、まるでそれに対するアンテナを最初から付いてはいない、アンテナの無い知的生命体として生まれ、その日まで、気付かず、と言うか気付く訳も無く、ただ淡々と、日々を生き、ただ淡々と種の保存と繁栄だけを考えていたのです。
しかし、今でも謎なのですが、もし、仮に我々も最初っから先ほど言ったアンテナを付けて進化していたならば、もっと早くに現在のこの位置まで多くの人々を救うことが出来たのではないのかと、残念に思うのです。
特に、そのことで誰かが責められたり、責任を負うと言う事ではありませんでしたし、本当のところ、この状態をハッキリと成功の証であるとは到底言えた義理でも無く、ましてや、誰もが心の奥底では不安であり、まだまだ、主流である物質社会の何と言う落ち着き感、と何と言っても目で見える世界のなんとどっしりとしていて、奥ゆかしい世界なのだと改めて再認識する輩が出てきても、なんらおかしくなかったのです。
最初は本当に一過性の集団催眠的な現象だとして、時の科学者や実社会は過剰反応などせず、それみたことか?
と言って否定に入る組織も数多く生まれました」
オーランド系がこんなに話すとは正直、私は驚いていた。
しかし、考えようによっては彼は私に話しているのでは無く、独白しているような、そんな感じさえ受けた。
それはなぜなら、私に対して、相槌や反応を求めたり、私が本当に彼の話を聞いていたのか?
もしくは、理解していたのか?
と言う質問等の対話を一切しなかったからだ。
まだ、キャメロン系の方が、私と言う存在を多少は意識していて、会話に近いニュアンスを伴った話し方をしたのだが、それさえも、今考えると微妙な対話と言っていいのかもしれない。




