そして、彼らはやってきた
「工藤さん、いらっしゃいますか?」
玄関のチャイムが後ろの音だけ鳴って、玄関のドアをノックする音も一階から聞こえてきた。
電池が明らかに無くなっているな、そんなことを考えながら二階でさっきまで着ていたスーツを素早く着替えてジーンズと半袖シャツ姿で玄関に出た。
玄関には自治会の班長さんが立っていて、団地内でTVの共同アンテナを運営している運営費を集金に来ていた。
「昼間は工藤さん、出ていらっしゃるからこんな夜分にすいませんね」
と60近くのおばちゃんが玄関のドアを開けるとご挨拶するので、私も急いで一階の茶の間にある鞄から財布を取り出し、自治会費改め共同アンテナ費三か月分を払った。
私が住んでいるところは埼玉県で30年ぐらい前に区画整理した団地型の住宅街だった。
そこで、無謀にも私は中古の一軒家をローンで購入し、一人で住んでいた。
だから、たまにこうして自治会費改め共同アンテナ費三か月分の徴収に近所の自治会班長さんが来たり、回覧板もよく回ってきた。
ゴミだしの連絡や、自治会館の使用方法とかの連絡等が主だった。
失業中なのに出費はイヤだな~、そんなことを考えてドアを閉めた。
しばらくして、また玄関のチャイムがなり、多分、判子を押し忘れたことでさっきのおばちゃんが戻ってきたのかと思い、無造作に開けてしまった。
そして、そこには無造作に開けてはいけない人物たちが立っていたのだ。
「工藤さんのお宅ですか?」
白人の男のほうが流暢というか日本人みたいに話した。
私は一瞬、何かが欠けたような気がした。
欠けたとは、日常という中の当たり前に過ぎている時間を盲信していた自分への嘆き、だったり、自分本来の常識ある考えの一時的停止だったり、数え上げればキリが無いが、簡単に言ってしまえば不用心過ぎたってことと、ホントに虚を突かれたってことだ。
「はい、あなた達はいったい・・・」
「入ってもいいですか?こんなところで立ち話もなんですから!」
オーランド系(名前も知らないので)はそう言って狭い玄関から私の脇を通り過ぎようとし、さも当然といったように1階の茶の間に行こうとする、それに続けとばかりに今度はキャメロン系(クドイが名前が知らないので)も何の違和感もなく入ろうとした。
「ちょっと待って、靴、くつ、土足でしょう?それになんなんですか?あなた達は、勧誘ですか?あの、あれだ、あれ、宗教だ。なんて言ったかな、あ、エホバの商人とか何かなんですか?ちょっと、警察呼びますよ」
私の話など気にも留めずに、リストラ前に買った黒のソファーに行儀良く座って、私が追いかけてくるのを当然のように待っていた。
「くつ、靴!」
私がそう言って土足状態であろう彼等に注意をしようと足元を見てみたら、まるで、最初から靴を脱いで入ったかのように履いてはいなく、そして、彼らの近くにも当然のように靴は無かった。
「あれ?靴どうしたの!土足だったよね?」
私はそう言いながら、玄関を見たが、私以外の靴は存在しなかった。
「あの、靴は・・・」
「そんなことよりも、本題に入りたいと思います」
オーランド系はそう言って私に茶の間に早く戻ってくるように手を上げながら指示した。
「我々は、あなたを探していました、そして直ぐに見つけたんだけれども」
「手違いが私達にも発生して、やっと今日、このような形で会うことが出来ました」
と、今度はキャメロン系が日本女性のように完璧な日本語をペラペラと喋った。
「今後とも宜しくお願い致します」
彼らはそう言うと、一回ソファーから立って、礼をし、また何事も無くソファーに着席した。
はっきり言ってシュールな展開だった。
私もつられて頭を下げたのは言うまでもない。
とにかく、彼らが一見、良い人そうに見えるからといって油断する訳には絶対にいけなかった。
とは言え、ことを無闇に荒立てるのも芸が無いと思い、取り合えず冷たい飲み物でもいかがですか?
と、作り笑顔で聞いたが、二人とも結構と言って、それよりも一刻も早く私に説明したいようだった。
焦っている訳では決して無いが、切実にオーランド系とキャメロン系はそうしたがっていた。
で、とりあえず、自分の飲み物だけ、キッチンの冷蔵庫からペットボトルの緑茶を持ってきて、いそいそと畳の上に胡坐をかいた。
「我々は、ある使命といいますか、それを行なう為にあなたに会いに来ました。決して怪しいものではございません。決して宗教の勧誘でもございません」
オーランド系は実に誠実そうな表情で私に話しかけてきた。
私がオンナだったらイチコロみたいな、そんな、まるで映画のワンシーンにいきなり入ってきちゃいました的な錯覚を覚えてしまう空間だ。
「じゃあ、どっきりカメラか何かの撮影で、例えば彼女の服のボタンとかに超高性能小型カメラなんか付いていて、俺とかを、って、オレを撮ってんじゃないの?」
「それでもありません!」
と、今度はキャメロン系がきっぱりと否定して真剣な顔で私を直視した。
これがキャメロン・ディアスのファンだったらサインお願いしますとか言って色紙でも出すんだろうな、みたいなことは頭の片隅で考えながらも、しかし、やっかいなことに巻き込まれたことは事実として真摯に受け止め、早く、彼らが帰っていただき、出来れば二度と関わりたくないようにと祈ってもいた。
「いいですか、あなたは、工藤潤さんは人類の今後のことを、ジャッチすることをして頂くためにご連絡とお手伝いに参ったのです」
「ジャッチ?」
「決定です。人類のことを今後の未来も含め判断し、決定していただくのです」
「は、はあ、何がですか?何を決定するのですか?ああ、例えばワールドサッカーとかの予想みたいなものですか?もしくは夜のニュースとかでやっている街頭インタビューとかで、今後の日本はどうなると思いますか?とか今後の世界情勢はどうなっていくでしょう?みたいな、これは新しい街頭インタビューの進化版だ、勝手にお宅訪問した上で屈託の無い意見をお願いします、みたいな」
「違います。我々は真剣にあなたにお伝えしに参ったのです」
と、二人の白人はハモッて私に否定の言葉を喋った。
彼らの真剣さは、ある意味、私をもっと不安にさせる影響力があった。
こっちが冷静にならないと、大変な、例えば暴力沙汰とか、刃物沙汰になるんじゃないかな~的な、悪いイメージが沸いてきて、黙って様子をみることにした。
「我々はかなり遠いところから遣って来ました。そして、長い間、あなた達を観察し、理解しようとあらゆる情報を収集・勉強しました、そして、ひとまず、この地球に住んでいる人類を決定する人を決定することが、公平ではないのかと、そんな考えに彼女と話し合って、一致しました」
「人類は今のままでは、かなりの確立で悪い方向へ向かうと思われます」
今度は、女性のキャメロン系が話し始めた。
なにを今更、私は彼らの話に熱心に聞いているふりをしながら、心ではやっぱり宗教の勧誘だよ、と、参ったな~みたいな心境になっていた。
「それで、ちょうどこの辺で、人類を、人類を正しく見極めてジャッチしてくれる、そんな人物を見付け出して、その人物に今後の人類の未来や、今、現在でしなくてはいけないことを教えてやってもらいたいのです」
「は、はい?」
私は、そう素っ頓狂な声を出して返事をしたが、内心、またやっかいな状況に追い込まれたことに、ほとほと困ってしまった。
とんでもない展開だ、彼らは私を救世主としてお向かいに来たみたいな、人類を導いてください、みたいな、また、新手の宗教の勧誘を開発したのかな~等を考え、途方に暮れてしまった。
「はい、話の流れはなんとなく理解してきました。要するに私が、今の世の中に、この間違った世の中を世直しするみたいな、そんな感じでもっと積極的に世の中に、政治とか官僚みたいなものに立ち向かう、みたいな」
「日本だけではなく、もっと大きく言うと地球規模の、全人類にたいして、工藤さんが審判していくのです」
審判?
その言葉を聞いたときに『ターミネーター』の映画を思い出した。機械が人類に下す審判の日、核戦争を機械がやらかすやつだ、もしかして、そんな『ターミネーター』とか『アルマゲドン』とか、SF映画みたいなものに感化された人たちではないか?と言う不安が膨らんできた。
「いや~、そんな大それたことを、私なんかそんな資格なんかありませんよ」
「なにを言っているのですか?我々は色々な角度から様々な人々を見て、見極めて、工藤さんに辿り着いたのですよ!あなたはこの人類の中でもっとも適した人物なのです」
「そうです、あなたには十分以上の資格があるのです、あなたしか選ばれないのです」
と二人から真剣に説得され、満更でもないな、みたいには思える訳でもなく、なんか上手く話題を変える、みたいな方向を模索した。
「そう言って頂くのは嬉しいのですが、私は正直、その、失業中でして、あの、お恥ずかしいのですが40歳でリストラされたんですよ、ですから世直しとか、全人類の審判みたいなことは興味はあるのですが、就職してから、私の生活が安定してから活動したいのですが、どうでしょうか?」
私は二人の気を悪くさせないように様子を伺いながら、そう答えた。
「そうですね、具体的にどう私たちが工藤さんをバックアップ出来るのか、ご説明しないと、何をどうしていいか分からないですよね」
「ほんと、そうだ、今から我々の工藤さんに対するバックアップ体制の数々をお見せしたいと思いますので、一旦、外に出ましょう」
はい?なんという急展開、というか、やはり場所を変えて、彼らの本拠地、総本山みたいな道場に連れて行かれるのではと思い、不安が的中したのだと思い、
「いや~、今日は遅いですから、またにしませんか?」
と、咄嗟に言ったが、すぐそこですから、とオーランド系は気さくな感じで言って玄関を出た。続いてキャメロン系も出て、私はしぶしぶ玄関に向かった。
彼らは裸足じゃないのか?この辺に彼らの支部があるのかよ、とか考えて、ここはやはり、はっきりした態度で挑まないと後々ややこしくなるな、と決意を新たに玄関を出た。
しかし、そんな私の強固な決意など木っ端微塵に吹き飛ぶような場面が外には待っていたのだ。