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「これって部屋?」


 ガンポジット・ミサイルの内部には、外から見た大きさとは明らかに一致しない、八畳ほどの広さの部屋が広がっていた。床と壁は外装と同じ派手な赤と白のボーダー模様をしてたが、家具としては一人用の革製のソファ、ベッド、木の机と椅子が設置されただけの殺風景な風景だった。


「なんでミサイルの中にソファやら机があるの?」

「さあ。……発射から着弾までの時間を優雅に過ごすためじゃない?」


 綾香は面白くもない冗談を返す拓海を非難するようににらみつける。拓海はそんな彼女をよそに部屋の奥へと進み、机の上に置いてあった一冊のノートのようなものを手に取った。拓海はそのノートのページをぱらぱらとめくってみる。綾香も拓海の背中越しにノートの中身を確認する。中に書かれていた文字はどれも見慣れない文字で、なんと書いてあるのか二人にはまったく理解できなかった。


 ページの半ばほどで、不意に拓海はページをめくる手をとめた。そこには、理解不能な文字とともに、おそらくこのガンポジット・ミサイルだと思われる図のようなものが書かれていた。


「この文字って……さっきスマホの画面に送られてきた文字とすごく似てる」


 綾香は興奮の色を抑えきれないような声色でそうつぶやいた。拓海が木の椅子に座り、その図をじっくりと眺め始める。弾頭が下の状態でガンポジット・ミサイルが描かれ、その内部は二層に分かれていた。弾頭側の層には机やソファらしき絵が描かれていて、どうやらこの一層目にあたる部分に自分たちがいることをが推測できる。そして、二層部分に目を向けると、そこの右隅には小さな黒い菱形が描かれており、そのマークはミサイルの絵の外側へと線でつなげられている。その線の先には同じような文字が数語記述されているだけだったが、他の文字とは違い太字で強調されていた。


「このマークって何?」

「さあ」


 拓海と綾香は互いに顔を見合わせる。綾香の表情には不安と興奮の入り混じった感情が表れていた。拓海と綾香は手分けして小さな部屋の中を探索する。タイル張りの床、ばねの効いた黒革のソファ。すべてがありふれていて、それが逆にこの部屋の異様さを醸し出していた。


 綾香が何かを発見し、小さな驚きの声を発する。拓海が綾香に近づくと、綾香は部屋の隅っこ、壁紙の模様と同化して判別しにくくなっていた扉を指さした。拓海が両手でその扉を押すと、そこは梯子があった。さび一つない、シルバー色の金属製の梯子は暗くてよく見えない二階部分へとつながっている。


「行ってみるか?」

「え、本当?」


 綾香は一瞬躊躇うそぶりを見せながらも、湧き出る好奇心には抗え切れず、拓海の言葉にうなづいた。初めに拓海が、続いて綾香が梯子に登り始める。幼いときと同じような、二人だけの秘密の冒険。二人の不安は湧きあがる郷愁に覆われてしまっていた。拓海が綾香を置き去りにして急ぐように梯子を登っていく。梯子の上は暗く、最初の一段目にもたついた綾香からはすぐに拓海の姿が見えなくなる。綾香は拓海に待ってと声をかけるが、拓海からは先に行くぞという気のない返事しか返ってこない。綾香は小さくため息をつきながら、はしごを登る足取りを早めた。


 梯子は思っていたよりもずっと長かった。綾香は拓海の影を追い求めながら必死に梯子を上り続ける。すると、次第に二階部分の明かりがぼおっと見え始めた。結局綾香は拓海に追いつくことができないまま、二階部分に登り切り、先に着いたはずの拓海を探そうと辺りを見渡した。二階部分は一階部分と同じような大きさの部屋で、違いはと言えば、棚や段ボールなど雑多な品物で部屋が埋め尽くされていたことくらいだった。


「拓海? どこいるの?」


 綾香は近くに会った姿見に手をかけ、そう言った。しかし、拓海からの返答はなく、沈黙だけが痛いほどに綾香の胸に突き刺さった。


「そういうの面白くないからさ。早く出てきてよ」


 綾香は狭い室内を歩き回り、物陰に潜んでいるであろう拓海を探し始めた。歩く度にほこりが舞う中を綾香は歩き回ったが、どこにも拓海の姿はない。綾香の首筋に冷たい汗が流れ始める。心の隅に追いやられていた不安が顔をのぞかせ、綾香の動悸が少しづつ早くなる。


 ガタッという何かが動く音に綾香は肩を震わせる。物音がした方へ綾香が振り向くと、そこにはこちらに背を向けた人影が立っていた。綾香は一瞬だけ、それが拓海の姿だと勘違いをした。しかし、それは拓海ではなかった。ほこりの積もった段ボールと段ボールの間に立ったその存在は、まさに人影そのものだった。明かりのある部屋の中でなお、その存在が立っている場所だけが不自然に暗く、人型の影で覆われてた。まるでそこの空間だけが、ここではないどこか別の世界とつながっているかのようだった。


「誰!?」


 綾香は強い口調でそう怒鳴った。しかし、人影は綾香の言葉にひるむこともなく、むしろ綾香の方へとゆっくりと近づいてくる。


「आपण हे समजता का?」


 綾香はその場を動くことができず、助けを求めるかのようにもう一度周囲を見渡した。しかし、何度見たところで、彼女が探している拓海の姿はどこにもなかった。


「શું તમે આ સમજો છો?」


 人影は散らばった家具の間を縫うように歩き、綾香のすぐ目の前に立った。そして、いくら近くから見たところで、その存在はなおも影でよく見えなかった。


「これならわかるか?」


 突然の日本語に綾香はぴくりと反応する。人影は「これか」と低い声でつぶやいた後、ゆっくりと手を伸ばし、綾香の小さな頭にかざす。綾香は金縛りにあっているかのようになすすべもなく、固まったままだった。人影は手をかざしたまま静止し、何かを探る求めるかのように小さな吐息を断続的に漏らし始める。部屋全体が少しづつ暗くなり、無機質な沈黙が満ち始めた。


 綾香は助けを求めて叫ぼうと試みた。しかし、発せられた悲鳴は自分の喉から出たとは思えない、どこか現実感に欠けた音の塊のように感じられた。人影が笑う。笑っているように感じた。綾香は瞬きをすることも忘れ、ただ目の前の異様な存在から目を離すことができずにいた。


「馬鹿だなぁ」


 それは聞いたことのあるような女性の声だった。人影は綾香の両頬に手を当てた。氷のような冷たさが綾香の頬から伝わり、それが身体全体へと流れていった。黒い意識が内側から綾香の身体を覆いつくしていき、綾香の意識が非連続的な残像のつながりへと分断されていく。


「私だったらもっとうまくやれたのに」

 

 聞き覚えのあるその声が、綾香自分自身の声だと気が付いたと同時に、綾香の意識は深い泥の底へと沈んでいった。


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