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「やっぱ近くで見ると迫力あるね」


 綾香はガンポジット・ミサイルの側壁に手を当てながらそうつぶやいた。彼女の横にいた拓海もその言葉にうなづき、改めて目の前にあるガンポジット・ミサイルを下から見上げた。地方都市の郊外に位置するなだらかな丘に突き刺さった一発のミサイル。ビル三階分ほどの高さもあるそのミサイルは、弾頭を芝で覆われた地面の中にうずめる形で立脚し、さらに側面を彩る赤と白のボーダーというファンシーな模様が、非現実的な光景を一層不可思議なものに変えていた。


 綾香がぺちぺちとミサイルを叩いてみる。しかし、中身が詰まったスイカのような音が返ってくるだけで、そこにはミサイルにあるべきおどろおどろしさのおの字もなかった。丘の向こうにある林からシジュウカラの群れが一斉に飛び立ち、ツーピーツーピーという彼らの鳴き声が聞こえてくる。午前中は穏やかな春の日差しが注ぐ、絶好の行楽日和であったにもかかわらず、昼の十二時を過ぎたあたりから、所々に分厚い雲が漂い始めていた。そのせいもあってなのか、「観光地」であるガンポジット・ミサイルが着弾した丘に、拓海と綾香以外の「観光客」はいなかった。


「しょうがないよ。だって、このミサイルが飛んできたのって、私たちが高校生の時じゃん」


 綾香はスマホでガンポジット・ミサイルの写真を撮りながら、拓海に返答した。拓海はそんなものかと相槌を打ちながら、ミサイルの横に設置された案内看板に視線を移し、ミサイル着弾時の事細かな出来事を黙読し始めた。誰が何の目的で、このような何もない場所に、弾頭に爆弾が搭載されていないミサイルを発射したのか。結局それらは謎に包まれたままだと、案内掲示板は締めくくっていた。


 案内板を読み終わった拓海も、綾香にならってスマホを取り出し、下のアングルからガンポジット・ミサイルを写真に収めた。電子的なシャッター音とともに撮られた写真は、澄んだ青空が背景となって、情緒的な雰囲気を醸し出していた。綾香は拓海のスマホ画面をのぞき込み、感嘆の声を上げた。


「あとでさ、その写真、ラインで送って」


 拓海は「わかった」とうなづき、スマホを右ポケットの中に入れなおす。そして、拓海はもう一度ガンポジット・ミサイルを下から上まで改めて観察しなおし、見落とした情報がないかと案内板へと視線を戻した。


「というかさ、なんで沙希じゃなくて私を誘ったの? 彼女妬いちゃわない?」


  何でもないような口調で綾香がそう切り出した。拓海は少しだけ答えに窮したのち、くぐもった声で返答する。


「……沙希とは予定が合わなかったんだよ。それに、俺たちが幼馴染だってのは、沙希だって知ってるだろ」

「ふーん」


 綾香はガンポジット・ミサイルから目を離し、頑なに案内看板から目を離そうとしない拓海をいじわる気な表情で見つめる。


「今度は何が原因で喧嘩したの?」

「……沙希がサークルの飲み会でちょっとハメ外しすぎてたのを注意してさ、そのまま口喧嘩って感じ」


 綾香ははあとわざとらしくため息をつき、なおも彼女の方を振り向こうとしない拓海のわき腹をこづく。拓海は申し訳なさそうな表情のままゆっくりと顔をあげた。湿気を含んだ春風が二人の間を通り抜け、そのまま東の空へと消えていった。


「また私があんたら二人の間に入ってやらなきゃダメってことか。どんだけ私の胃を締め付けたら気が済むわけ?」

「何も言い返せないです」

「というか、あんたもよく沙紀の好き放題に付き合ってやれるよね。惚れた弱みにしても行き過ぎじゃない?」


 拓海は「そんなんじゃないから」とだけ返事をした。綾香は拓海に近寄り、彼の右手を強引につかんだ。彼の右手に身につけられたシルバーの時計がわずかな陽光を反射して鈍くきらめく。


「沙紀からもらった時計を四六時中つけといてまだそんなことを言うのかな? 拓海くん?」

「うるさいなぁ」


 拓海は右手を振り払い、掴まれた手首をわざとらしくさすった。綾香は打って変わって真剣な表情に変わり、拓海の方をまじまじと見つめる。拓海はその視線を感じながらも、それに気が付かないふりをしてもう一度ガンポジット・ミサイルへと視線を戻す。ミサイルは二人の会話を邪魔しまいとするかのように、街路樹のようにその気配をなるべく消そうと努めていた。中腹部に取り付けられた三枚の羽に、先ほど遠くで鳴いていたシジュウカラが数羽止まっているのが見えた。


「真面目な話さ。もういい加減に別れたら? 正直、沙紀も拓海のこと、もう好きでも何でもないと思うよ。このままずるずる付き合ってても何も良いことないって」

「別れるときは自分で決める。心配してくれんのはありがたいけどさ、やっぱまだ別れたいとは思えないんだわ」


 綾香は目を伏せ、唇をかみしめる。しかし、綾香はそんな自分の無意識の行為に気が付くと、それをごまかすように慌てて視線を元に戻した。綾香に顔を背けていたままだった拓海はそこでようやく綾香に向きなおり、わずかに口角を上げて見せた。綾香は何かを言おうとしてぐっと言葉を飲み込み、代わりにもう一度大きなため息をつき、肩をすくめてみせた。


「もうどうぞお好きにしてください。まあ、沙紀なんかより私と付き合ったほうがもっと幸せになれると思うけどなー」

「はいはい。まったくもってその通りですよ」


 拓海と綾香は二人して笑いあった。笑い声は開けた丘に響き渡り、羽に止まっていたシジュウカラが一斉に飛び立っていく。拓海と綾香は遠ざかっていく鳥を見送り、もう一度目の前のガンポジット・ミサイルへと視線を戻す。


「もうそろそろ、帰ろっか。あとさ、帰りに熊の屋に寄っていかない? ちょっと腹減ってんだ」

「お、いいね。行こう行こう。あ、それとさ、さっき撮った写真。忘れないうちに送ってよ」


 拓海はスマホを取り出し、綾香に言われるまま、ラインを通して先ほど撮った写真を綾香に送った。「送ったぞ」と拓海が綾香に伝えると、綾香も自分のスマホの画面を見つめ、送られてきた写真を確認しようとする。しかし、画面を見ていた綾香の表情が突然困惑した表情へと変わる。


「なんか、変なことした?」

「いや、別になんもしてないけど」


 綾香は自分のスマホを拓海の顔に突きつける。拓海のトーク画面には、先ほど送ったばかりの写真とともに見たことのない奇妙な文字のメッセージが表示されていた。文字はアルファベットですらない、見たことのないような記号の羅列だった。拓海は自分のスマホを確認したが、その画面にはそのようなメッセージを送った履歴は残っていなかった。


「写真送っただけでメッセージは送ってないし……。それに文字化けっていう感じでもないよなぁ」

「それにさ、拓海が送ってきた写真もちょっと変じゃない? ほら、ここ。実物にはこんな扉みたいな枠線ないよ」


 綾香が指さす部分をよく見てみると、確かに赤と白のボーダー模様の上に、扉のような長方形の枠線があった。拓海と綾香は写真と実物を見比べてみるが、実物には写真にあるような枠線は見えない。二人は互いに見つめあい、同じタイミングで小首をかしげた。拓海と綾香は不審げにミサイルのもとへと近づき、改めて扉のようなものを見つけようとする。


「写真に写っているのは、このへんだよね」


 綾香はそういいながらミサイルの側面に手を置き、そのまま何気なしにぐっと力を入れる。すると、錆びた自転車のチェーンのような甲高い金属音とともに、綾香が手を当てた場所がかすかに内側に開いた。綾香はあまりの出来事に一瞬固まり、戸惑いの表情を拓海に向けた。拓海はぐっと生唾を飲み込み、こくっとうなづいて見せる。綾香はそのまま扉にぐっと圧をかけ、ゆっくりと扉を開ける。二人が開いた扉からミサイルの内側をのぞき込むと、そこにあったのは赤と白のボーダーの壁紙が張られた奇妙な部屋だった。


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