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恋の魔女・ハルバレラの流したエーテルの涙は闇で輝く

 「ど、どうしてわ、ワタシの部屋に、は、は入ろうとするの…。」

暗い屋敷の通路の中ロンロはハルバレラと名乗る、宙に浮かぶ黒い塊と対峙した。

暗がりに慣れてきたロンロの目で見るその黒い塊は蠢いている。

先ほど彼女を掴んだ無数の手は今は確認できない。黒いモヤモヤの塊というだけである。


「霊じゃないっ…!霊にしてはエーテル濃度が高すぎる!!アナタ一体何!?霊だとしたら私の、生身の体を掴める筈なんて無い!」


「は、は…ヒヒヒヒヒ…や、やっぱり私ってそうなのね。ヒヒヒ…」

黒のモヤモヤはヒヒヒと薄気味悪く笑った。


「何なの!?一体…!!」


「わ、私は…ハルバレラ…。の、記憶を焼き付けた物…なんでしょうね…ヒヒヒヒ…ヒ。」


「エーテルに記憶を焼き付けた?ハルバレラの新しい研究の産物!?もしかして人工的に霊という存在を魔法か魔学で作り上げたの!?」

ロンロは驚いた。そんな研究今まで魔学専門組織にいた彼女でも聞いた事が無かったからだ。


「…な、泣いてる子がいたから…。ヒヒ…。」


「え?」


「わ、わ、私、この前、まだ夏頃だったカシラ?…行政側にこの街のある幼稚園に魔女のお、お姉さんとして、呼ばれたの…。まぁその…あの…そ、そ、その時ね。一人元気の無い子供がいて…。それで…。」


「え?はい…?」


「そ、その子に訳を聞いた、ら。ペットの犬が死んじゃったんですって。ヒヒヒヒ!」

ハルバレラと名乗る宙に浮かぶ黒い塊はなんだか色々喋り方がおかしい。


「えーと、それで…?」


「だからワタシ…ワタシ思ったの…。命ある者、死ぬ際にエーテルを体外に放出す、するでしょ…?現実の霊の仕組みはそ、それだわ。だからペットが死ぬ瞬間に…その放出するエ、エーテルを吸収して…そのエーテルがも、持っている情報をコピーすれば、良いって。」


「そんな、まるで魂のコピーだわ…。そんな事出来るの!?」


「人間は無理よ…犬猫とか、魂の情報が人間より少ないから出来る・・・は、筈よ。まだ実験段階だったんだけどね。ヒヒヒヒ…。」


「凄い…。それが出来たら例え死んでもエーテル媒体の中で意識を保つことが出来る…。」


「そ、そう。だから生きている時みたいに触れ合いはしないケド…。いや記憶だって完璧にコピー出来るか判らないワ…。で、で、でも!ちょっとしたコミュニケーションくらいなら取れるんじゃないかって思っテ…。実験してたの。」


「今年の夏ぐらいって。え、ついこの間!?そんな凄い魔法式をもう完成してたの!?流石『ロル』、ハルバレラ…。」


「完璧じゃ無かったワ…。それにエーテル媒体に閉じ込められた魂。うううん…性格にはその、元の魂のき、記憶なんだけど。それも可哀想かなって思って…。体も無くして一定の場所に閉じ込められて…食べる事も眠る事も出来ず、地獄デショ?それも可哀想にオモッタカラ…ヒヒ。実験休止シテタノ。」

黒い塊は気持ち悪く笑ったが、最後の方は少し元気無い発言の様に聞こえた。


「でもえーと…もしかして。今のアナタはその実験サンプルか何かに焼き付けられたハルバレラ、の記憶なの?とても信じられないけど…。」


「ワタシだって、不思議…ヒヒ。」


「えええ…。何なのアナタ…。」


「今のワタシが生まれたのは…お、恐らくそのペットの死後コミュニケーションの研究をしていた時の副産物ね…ヒヒヒ。でも何故、ここまで強くわ、私の記憶が焼き付けられたのかわ、わ、わからない!興味深いわヒヒヒヒヒイイアアアアハハハハハ!!」

なにか嬉しい事があったかのように黒い塊はモヤモヤの体を激しく揺さぶり高笑いを放つ。


「…じゃあその。本当にあなたハルバレラなのね…。性格には魂のコピー?今のそのモヤモヤした体は高密度のエーテル体なの?」

少し呆れ気味のロンロが呟く。


「そ、そ、その様ね。流石研究所を調べてた時の手際の良さ…。魔力その物は感じないから、アナタ魔学者ね。それも飛びっきり優秀そう…。お話が、説明が省けて、楽で、助かるワ。ヒヒヒ。」


「研究所探索から私を見ていたの!?」

驚いた様子で聞き返す。ロンロはあの時全くこの目の前のエーテル体の存在に気づいていなかった。


「え、エエ。ごめんなさい。言えなくて、ごめんね…ヒヒヒ。」


「ていうかその、貴女の家だから私の方が無断侵入なんですけど…。」

謝るのは本来ロンロの方である。最も法的にはこの家は数日前からこの街の行政側の所持する事となったのではあるが。


「だ、だってワタシ さっき目が覚めたばっかりだカラ…。ううん、さっき生まれたと言う方が正しいワ…。」


「え?え?わ、私何かしましたっけ!?他にこの屋敷に同時に侵入者がいて何かやったから!?」


「違う、人は貴女以外はイナイワ、私の意識が覚醒したのは、いや死後のペットとのコミュニケーションの実験装置が起動して、私の、き、記憶がエーテルに焼きついたのは…何かしらの大規模な魔力的振動が発生したからでしょうネ。恐らく、ヒヒヒ。」


「…あ!」

ロンロは思い出した。霊をエーテル・チャフで強制消滅させた時である。あの時のエーテル・チャフの爆散用のエーテル爆発。僅かではあるがその振動がトリガーになった可能性がある。


「ごめんなさい…。と、言っていいのか…。研究所に入る前にこの屋敷にいた本物の霊を消滅させる時に使ったエーテル・チャフを使ったから、魔力的振動ってそれかも…。」


「たったソレだけで起動はしないハズ…た、多分それ以前に、何かあったようネ…。アナタが投げたそのエーテル・チャフは最後のほんの一押し、ぐらいと思うワ。」


ロンロは少し考え込んでこれだと思って答える。

「それ以前だと…貴女の本体が起こしたと言われるエーテル暴走。きっとそれだと思う。」


「わ、わたし、ぼ、暴走シテタノネ!!!???」

黒いモヤモヤが活発にモヤモヤし始めた。大変驚いているようだ。


「そっか…その時の記憶無いんだ…。ゴメンナサイ。」


「い、イヤ大丈夫デス…。な、なんとなくだけど、今までで状況を把握シタカラ…。」

黒いモヤモヤの動きが元に戻る。いや活発になる前により少しスローになっている。


「生まれてまだ1時間も経ってないのに!?えええー!凄い!!」


「え、エエ。この屋敷全体のエーテル流動が感じられない…。魔女だから、生身の頃でも感じてたのに…。このエーテル体だと尚更よく判る。人の気配も配線の流動も、魔機からの振動も、何もカンジナイ。それに真っ暗。パパとママも使用人さん達もいない…。何かあったまでは判らないけど…。なんとなく察したわ。」


「えーとね、ハルバレラ…その、あのね…。」

流石に本人の記憶を持つ存在に「あなたは死にました」とロンロは言えなかった。もし自分が同じ立場だったとしたら…たちまちパニックを引き起こすであろうとも考える。混乱し錯乱、それこそ何をしでかすかも判らないとすら思えた。


「ワタシ…シンダノネ!!シ!死んだようねコレハ!!」

モヤモヤっと激しく震える。不思議と何か喜んでいる風にも感じられる。


「えええええっと!!…その…はい。エーテル暴走を引き起こしてその、焼き千切れた両足首だけ残して跡形もなく自室で燃え尽きたか吹き飛んだかで…。」


「ヒャヒャヒャッヒヒイヒヒヒヒイヒイイイヒイ!!!」

黒いモヤモヤの震えは止まらない。笑い転げているのであろうか?それとも自身の死を知ってがおかしくなったのか、ロンロには到底判らなかった。黒いモヤモヤの体からは何も判らない。身振り手振りや顔の表情というのはコミュニケーションにおいて重要である。


「アー、お、オカシい。ヒヒヒヒヒ。」

しばらく笑い転げたのか自虐的になったのか心がやられたのか、それは不明であったがモヤモヤ揺れていた黒の塊は落ち着きを取り戻す。


「だ、大丈夫?ハルバレラ…?」


「私、どうしてか判らないけど死んで良かったナって思ったワ。どうしてかしら?トテモトテーモスッキリした。ううん、もちろん悲しかった。デモ、どうしてだろう…。私、やっぱりエーテルの精神体ダカラ、記憶が完全じゃないのカモ…。」


「ハルバレラ…?死んでスッキリしたって、もしかして…。その、直接本人に聞くのも大分失礼だと思うけど何か悩んでた事あったの…?とても言い難くて失礼だけど、自殺とか…?」

死んだ本人?に自殺したのですかと聞くのも何か変だなと思ったロンロは自分で話しかけていて微妙な表情になっていた。


「悩み…い、い、一杯あった…。パパとママは、わ、私が魔女として成功してお金が沢山入ってくる様になってオカシクナッタ。この屋敷の、成金趣味もそう、全部両親が。…元は普通に働いていたノ。特別貧乏でも無かったし、私も不満はナカッタ。夫婦仲も子供心に良かったと思えてたワ。でも私が11の時にヒルッター理論で成功シテ、お金がなだれこんできて…子供だったワタシにはよく判らなかっタけど、パパは外で女を作った時もアッタ。ママだって…ママも…。」


黒い塊はゆらゆらとハルバレラの自室の前の廊下に立ち尽くすロンロの周りを円を描いてただよい始めた。暗がりに慣れた目でそれをロンロは目で追った。少し悲しい空気を感じた。もしかしたらエーテルが伝えているのかもしれない。ハルバレラの悲しい記憶を黒い塊のエーテルに乗せて、辺りに振りまいているかの様に。黒の塊・ハルバレラの独白は続く。


「わ、私、昔からひ、引っ込み思案で…上手く言葉を、気持ちを伝えられない。ヒヒ…。私、今でも。22歳にもなって友達がいないモノ…。喋り方もヘンだって言われるし、…ヒ。…ヒ。アナタの入ろうとした私の部屋だけど、だ、誰も入れたこと無いのヨ。掃除やベッドメイキングに来る使用人サンだって両親だって入れた事無いノ。し、シゴトではいくらか喋れるけど…。ヒヒヒ…。ワタシ、誰かに優しくされたかった。友達が欲しかった。ううん、きっとソウジャナイ。それ以前に私、マトモに相手にその目で見て貰いたかった…。私は自分に自信が無かったカラ…。誰かに優しくすればきっと、いつか自分に見返りがくると…でも現実はお金しか返ってこないのネ…ヒヒ……。」


「…。ハルバレラ、あなた魔女なんでしょ?」

ロンロが思わずぐるぐる回っている黒いモヤモヤを掴んだ。ガシっと。高密度のエーテル体であったこのハルバレラは生身のロンロの手でも触れられる存在であった。


「ハルバレラ…!私は貴女みたいな存在に!ううん!貴女の本だって論文だって一杯一杯目を通したわ!だって私は魔学者の道を歩んできたし!今もリッターフラン対魔学研究所にいるし!…あんまり職場は好きじゃないけど。まぁそれはともかく憧れなのよ!だって私は凡人だもの!魔力なんて無い!魔学を突き詰めれば突き詰める程自分に魔力が無い事に絶望するわ!もし私が魔女なら!魔女みたいに魔機に頼らず魔法を発言出来てたら!もっと色々とアイデアを魔学式にして形に出来るだろうって!いつだってそう思ってる!」


「え?ヒ? ヒヒヒヒヒヒ…?」


ガシっと掴んだ黒いモヤモヤを思いっきり自分の顔の前に引き寄せてロンロは叫んだ。

それは彼女が幼い頃に魔学の道を歩み始めて常に思っていた、長年溜め込んだ心の叫び。


「魔力が無いならって子供心に一生懸命勉強した!大学だって飛び級する程にね!無魔力人類型魔学式建築理論で博士号だって取ったわ!14歳よその時!!周りから天才って呼ばれた!でも違う!本当の天才は貴女よハルバレラ!貴女みたいな人の事を言うの!私だって判ってたし周りだって判ってた!私は常に『魔法使い・魔女程じゃない凡人にしてはよくやってる』という評価止まりなの!!それで自分に自信が無いってどういう事!!何が足りないって言うのよ!!!」


「アヒっ!!ご、ご、ゴメンナさい…。ヒ…。わ、ワタシってアナタを怒らせる事を言ったのネ…。」


「ちょっとカチンとしただけっ!!もっと胸を張って生きなさいっ!ヒルッター理論みたいな凄い物を生み出しているのに!!どーんとして良いのよそこはっ!!!


「ヒヒ…私、もう、そ、その。死んじゃってるんだけど…ヒヒヒヒ。」


「あ゛」

16歳の女の子とは思えない、普段からは想像もつかない低い唸り声が一瞬だけロンロの口から飛び出した。

勢いで出た言葉がちょっと無神経すぎたなと思った彼女は少し呻いた。


「ヒヒヒヒヒヒ…わ、私やっぱり本当のハルバレラじゃ無いワ…。自分がエーテル暴走を起こした事も忘れてるし…そ、それにこんなに自分の胸の内を話せるナンテ…。お、おかしいわヒヒヒイヒヒイイヒヒ!」


「ハルバレラ、その。ごめんなさい…。」

ロンロは腕から力を抜いて黒いモヤモヤのハルバレラを離した。

黒い塊はロンロの近くに留まってぷかぷか浮かんでいる。


「ダイジョブ…。なんか気持ち良かった…。ワタシこんなに胸のウチを明かした事は無かったカラ…。友達はいなかったから…。アリガトウ。」


「ハルバレラ…。」


「…ワタシ、その、う、生まれて初めて言うワ。エットネ…エート。こういう時どうしたら良いのかしら?ソウダワ。ソウソウ。きっとこうしたら良いワ。」

ハルバレラの黒い塊はモゾモゾと動いてにょーーんと黒い何かを伸ばしてロンロの胸の前で止まった。少し驚いて後ずさりするロンロ。その黒い何かは「手」、先ほどロンロを掴んだ手の一つと同じだった。


「なに?」


「エットネ…お、お、お、おおおお!!おおおおおおとととおも!!!もももおおおだ!!!」

黒い塊はブルブル震えている。その伸びた手も同じくブルブル小刻みに震えていた。


「もしかして…その、おともだち?」


「ヒアアアア!!先に言われた!!!そう!!それ!おともだち!お、お、おおお!!!おともだちにナッテクダサイヒイアアアアアアア!!!!!!」


「そんな大げさな…。私の方が遠慮する立場よ本来は。…私の名前はロンロ・フロンコ。16歳、見ての通り、ううん、今の貴女はエーテル体だから感じての通りって言った方が良いかな?同じ女の子よ。首都のリッターフラン対魔学研究所から依頼されてこの街の事件を調査しに来たの。よろしくね、ハルバレラ。」

ロンロはその手優しくを握った。エーテルの塊のその手は少し暖かく感じた。小刻みに震えていた手は握手されてしばらくすると大人しくなっていった。


「ワタシ…おともだちが出来たワ。う、う、生まれて初めてよ…魔女になる前だって自分に自信が無くて一人も…魔法使える事で気持ち悪がられでもいたかも…ううん、これを言うと私、また怒られるかも。ヒヒヒ。」


やがて手は本物の人間の様な形を作る。黒いモヤモヤは広がり、拡散して、人の形を成した。

長くてぼさぼさの髪型と、あの笑い顔、数多くの空から振ったハルバレラの死体が着ていた暗い色の紺のワンピースも。目の前のモヤモヤはロンロがこの二日間で飽きる程見たあの姿になっていく。

ロンロの目の前には、魔女ハルバレラの姿がくっきりと現れていた。

あの不気味な笑い顔、でも今はちょっと愛嬌と悲しさを感じる顔と一緒に。

この笑い顔はハルバレラの普段の表情だったのだ。

そのまま、空から降ってきていたのだった。


「ハルバレラ、アナタ、人の形に!?」


「あ、アレ?ドウシテカシラ…?」


「…生き返ったって訳じゃ無さそうだけど。」

ロンロがハルバレラの全身をマジマジと見て観察している。


「ソウネ、そっか、そういう事ね。」


「どういう事なの?霊じゃないし、足もちゃんとある…。体はなんかボヤけているけど。」

ペンライトの光をロンロが向けると光は体を貫通して廊下奥の暗闇を移した。


「アタシ、たった今、死んだの少し後悔したワ…。だって生まれて初めておともだちが出来たから…。目の前のロンロさんとおともだちになったワ。だから人の形が欲しかったのね…ヒヒヒ。エーテル体だから、想った事を形にしちゃったのネ。さっき手が一杯出て伸びたのもそうだわ…!部屋に入って欲しく無かったシ!ヒヒヒイヒイイヒ!!」


「そっか…。でもこれで貴女の姿も顔もちゃんと確認出来る様になった。私としては嬉しいな。」


「え…。エエ…?」


「おともだちなら目と目を見て話しましょ。ハルバレラ、あなた私と目を合わせて無いでしょ。」


「ヒィイイイイイ!そ、そ、そんなの無理!難しい!!上級者すぎ!!ムリムリムリ!!!」

何の上級者と言うのだろうか。


「貴女の提唱したヒルッター理論の方がよっぽど難しいです!はい!ほらっ!!」

ロンロはハルバレラの顔を掴んで正面に向けた。顔を掴んだ感触がフワっとしている。さっきより触っている感覚が薄いのは固まっていたエーテルが人の形に伸びて拡散したからであろう。


「ヒヒヒヒイヒ!!アヒィイイイア!!!し、刺激的ダワ!!!!コワイコワイコワイコワイ!!!!!」

あの笑顔を引きつらせてハルバレラが震えている。今度はしっかり感情が判る。


「怖くなんかありません!失礼でしょ女の子に!もう友達なんだからしっかり私の目を見てよね!!」


「ヒヒイヒヒ…が、がんばります…。」

うろたえていたハルバレラであったが瞳の奥には少しだけだが、それは嬉しさを感じていたのだろうか。その目は輝いて見える。彼女は死んだ後に、いや明確には生前の記憶を焼き付けたコピーではあるが。彼女はようやく一つ、その心からの願いを叶えた。お友達が、子供の頃から憧れ続けていた友人が出来たのだ。


「よしっ!!」

ロンロがハルバレラの顔から手を離して気合を入れ直す。

「さぁ貴女の部屋に入りましょ!私もリッターフランからの報告書しか読んでないからこの目で事故現場を見ておきたいの。本人もいる事ですしね。」


「え?エエエエエエエ!!!…やっぱり私の部屋、入るの??」

体を小さくしてハルバレラが上目遣いでロンロに訴える。やっぱり自分の部屋には入って欲しく無い様子である。


「ハルバレラ、その、貴女が死んだ…。正確には貴女のオリジナルが亡くなった現場だから。私だって今となっては少し抵抗あるけど…。どうしても入ってみたいの。じゃないと、この街の…ううん何でもない!!とにかく!私は何故こんな事になったのか知りたい!その為にこの街に来たから!」


喉まで上がってきていた「この街のエーテルを吸収し貴女の死体が無数に降り注いでいる」その原因を突き止めたいという言葉をロンロは寸前の所で抑えた。この情報はまだ彼女に伝えるのは早いと判断したからだ。その降り注いだ死体はとても惨い有様になっている、ともなればとてつもないショックをハルバレラが受ける可能性がある。


「…そ、ソウネ。ワタシ、自分の死については認識して受け止めているワ。オリジナルは死にたがってたみたいだし…。そ、そ、その辺りはよく覚えていないけど…。」


「ごめんねハルバレラ…。今となっては所属先のリッターフランからの仕事ってだけじゃないの。私個人としてもどうしても知りたい、原因を掴みたい。その事で応援もされたんだ私も、友達に…。」

シヴィーの激励を思い出す。彼はロンロを信じてくれて背中を押してくれた。今はそれがロンロにとってとても強い原動力になっている。シヴィーは今も何処かで死体を拾っているだろう。目の前のハルバレラの死体を。それは他人の目線が突き刺さり、応援はおらず、肉体的にも辛い。そんな彼にロンロは自分に与えられた役割で答えたかった。


「ロ、ロンロはおともだちが一杯いるのね…。羨ましいワ…。うん…なら…き、き、協力する…。私の部屋にいきましょう。私もおともだちになったのダカラ…。私も…。私だって…。うん。」


「ありがとう、ハルバレラ…。」


「ウウン…ワタシ、私だって自分がこうなった理由くらいハ、知りたいモノ…。でもそれより…。それより他人が始めて部屋に入るから、チョト、緊張してるカナ…ヒヒヒイヒイヒヒ…。ヒヒ。…コワイ。」


「もー!そんな事で怖がる事ありません!私のリッターフランの寮部屋だってめっっっちゃくちゃ散らかってるし!恥ずかしい事は無いんだから!」

変に自信を持ってロンロは胸を張って答えた。彼女の部屋は論文と本と服と興味本位で買った魔機で足の踏み場も無い程の凄まじい状況である。きっと目の前のハルバレラも絶句する有様であろう。


「部屋はキレイにしているワ…。」

ハルバレラは初めてロンロに呆れて返答した。


「あれ?そうなの?アラ、余計な事喋っちゃった。ハハハ…!」

「ヒヒヒ…!ハハハハッヒ!」


思わずハルバレラは笑った。不気味な笑い声であったが笑った。

この時ハルバレラは初めて友達と話して笑った。

それは生きている間には決して味わえなかった瞬間。

夢にまで描いていた瞬間を、恋の様に焦がれたこの時を。

ハルバレラの目からエーテルの涙が自然と流れた。


「ヒヒヒ…ハハハッ! ハハ…ハハッハハハ?ハッハアハ?」


不気味に笑うハルバレラの目から次々とエーテルの涙が落ちていく。

エーテルの涙は瞳から頬を伝って落ちると空中ですぐに光となって散っていった。

今まで経験した事が無かった涙にハルバレラは動揺した。何が起きているか理解出来なかった。


ただ、嬉しかった。


だから泣いた。エーテル体となった己の身を悲しむより、この瞬間の方がよっぽど泣けた。




私には、今、おともだちがいる。




あんなに欲しかった、おともだちがいる。




わたし、おともだちが出来たの。




わたし、同じ女の子のおともだちが出来たの。



わたし、わたしの目を見てくれる人と今、一緒にいるの。




ハルバレラの涙はしばらく止まらなかった。

やがて両足の膝をついて、両手で顔を隠して泣いた。

止めどなく流れる涙は、辺りに光の輝きとなって無数に散っていく。



「どうしたのハルバレラ…?」


心配そうにロンロも体を屈めて彼女に寄り添う。

それがまた、ハルバレラの涙をさらに止まらない物にした。



「ヒァ…ハハハハッヒ…ぐすっ…私、死んで良かったワ。この体に慣れて良かったわ…。ぐすっ…。」


「え?どうしてハルバレラ…?」


「おともだちと、目を見て、そして笑いあったワ…ぐすっ…。こんなの生きている間じゃ経験出来なかったモノ…。ワタシようやく…22年の生涯じゃ無理だったノ…。決して無理だった…。ぐすっ。」


ハルバレラの涙は止まらない。

ロンロは彼女の悲しみに触れた、それは流れ出るエーテルの涙が彼女の心に直接訴えかけてくるのがよりその想いを加速させた。ヒルッター理論はエーテルそのものに情報を載せて第三者に伝える術。この涙の仕組みは目の前の涙を流している女性、ハルバレラがエーテルの仕組みを解明した事で発見された事実でもあったのだった。


「ハルバレラ、私、まだ貴女と一杯お話がしたい。貴女の魔女としての仕事とか。でも今はそれよりも貴女が何を考えていたのかが一番知りたい。ハルバレラの本や論文を読んでいていつも考えてた。魔法式の事やそれを魔学に落とし込む事よりも興味があった事ががあるの。貴女は人を幸せにする技術を生み出していたから、それはどんな優しい人だろうって想ってたの。」


「ぐすっ…えっ?」


「【物理的な距離も含めて人の気持ちが誤解無く他の人に伝えられる事、それによって人間のコミュニケーションは新しい驚きと出会いと触れ合いが生まれる。新しい愛が生まれる。やがてそこから発展成長し新しい命が、新しい文化が。新しい輝きが。それが実現する美しい未来こそ、私の生涯通じての研究目標の一つです。】…ハルバレラ、貴女の著書の一節よ。何度も読んだから覚えちゃったくらい。」


「それ、凄い…わ、わ、わ、私の本で、そ、それを確かに書いたワ。」


「人を幸せにする事が出来る技術、魔法や魔学って本来そういうモノでしょって。凄く共感したんだから。だから私、昔から貴女のファンなのよ。」

照れくさそうに笑いながらロンロはハルバレラの目を見て話す。

ハルバレラの涙は驚きと、そして嬉しさでようやく止まった。


「う、うん…ロンロ…ロンロさんありがとう。ワタシ、変な事で泣いちゃって…。お、お、おかしいね。今日初めて逢ったのに…どうしてこんなに色々喋ったり笑ったり泣いたり…ど、どうしてだろう…ワタシ、経験無かったから…ワカンナイ…。でも、悪くないと思う…ヒヒヒハハッハ…。」



初めて逢った二人の距離がここまで近づいたのは当然だった。

ロンロはハルバレラの事を知っていた。著書で論文で、そしてリッターフランの報告書で。

何より無数の彼女の死体に触れた。


ロンロは彼女の事を常に考えていた。


ロンロはハルバレラの事を考え、想い、心の距離を既に彼女に出会う前に近づけていた。


振りそそぐハルバレラの死体の数々はやはりメッセージであった。


ハルバレラのメッセージであった。


そのメッセージを受け止めたのは、この街に僅か昨日足を踏み入れたロンロ・フロンコただ一人だけ。ロンロはハルバレラの死体を見て、無残に千切れ、転がり、血を流す彼女に触れて、その時に彼女の悲しみにも触れていた。



それはこの街の大地を殺そうとするメッセージではあるが…。

だがハルバレラ・ロル・ハレラリアの不器用な死体のメッセージを受け取ったのはロンロだけだったのだ。




ハルバレラは死んだ。



エーテルの炎に包まれて死んだ。


そして今も死に続けている、空から降り注ぐ身となって。



オリジナルのハルバレラが死んで12日目が経った。

彼女の明けない夜は仮初の体ではあるが、ようやく明けようとしている。






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