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ハジメマシテ、恋の魔女

 ハルバレラ・ロル・ハレラリア 女性 ××××年 ×月××日生。享年22歳。

身長165cm 髪色・瞳ともに黒

両親は製粉業を営む平民の出身であったが7歳の頃に突如魔女としての才能を開花。

11歳の頃に自身の魔法を定型にしその魔法式を魔学として応用可能にした技術「ヒルッター転送理論」で特許を取得。以降数々の自身の魔法を魔学知識として様々な特許を生み出し、それにより莫大な資産を手に入れ地元では一躍一族含め資産家・名士としての立場に置かれる。専門学術的な論文としてのみならず、一般書籍における著書も多数執筆。18歳の時、今までの魔学的知識発展の功績が認められて国から魔法使い・魔女の特権階級「ロル」の称号を受ける。


××××年 ××月×△日

突如自宅の自室でエーテル暴走を起こしそれに巻き込まれ死亡。

何かしらの魔法学研究の際に起きた事故と思われるが詳細は不明。

遺体は両足の足首が僅かに残るのみ。

残った足首の先端はエーテル熱により激しく焼き千切れていた様子。


××××年 ××月×○日

魔女ハルバレラ本人の死、翌朝からハルバレラの自宅がある街とその周辺に突如上空から無数に彼女の死体が降り注ぐ。全ての体組織から血液、毛髪、着ている服まで生前のハルバレラと一致。

降り注ぐ死体の数は現状でも二百体を超える。

この現象は今でも永続している。原因は一切不明。

彼女の生前発動した魔学式による発動とも推測されるも決定付ける証拠は未発見。


ヒルッター転送理論


彼女が11歳の時に発表したエーテル内に情報を組み込み転送させ、遠距離の魔機にて受信させ遠く離れた人物と高度で高密度な情報を共有可能にしたシステム。従来の通信システムにあったエーテルを電気信号等に変換せずとも少量のエーテル内に情報を組み込みそのエーテル自体に指向性を持たせ情報を発信する。これによりロスを…




etc


etc




ロンロは駐在所の二階、以前九名いたこの警察員死体処理班の内逃げ出したり休職したり、または退職してしまった六人の内三人が使用していた部屋を寝床として借り受けた。あの後散々泣き叫んだ後シヴィーに宥められてまるで小さな子供をあやすかの様に寝床に案内された。部屋は以前使用していた警察員が使っていた二段式ベッドと普通のシングルベッドがあり、何となく狭い空間で丸まりたかったロンロは二段式ベッドの下を借り受ける。明かりを消してベッドに潜り込んでからもふてくされて泣いていたが、やがて冷静になってきた。



(私はまだ子供だ…。あんなに喚き散らして、恥ずかしい。)



泣き叫んだ後は布団の中で自己嫌悪が始まったが、やはり何も解決しないのは判っていたのでしばらくすると涙目を擦りながら上半身を起こし、ベッドの傍に置いていたブラウン色のレザーリュックからタブレットを取り出した。それを持って再び寝転がりながら資料を読み始める。タブレットから発せられる光が暗闇の部屋の中でぼんやりとロンロの顔を照らす。慣れない事と驚きの連続で体は疲れていたが、気持ちの高ぶりはまだ収まっておらず彼女はとてもすぐに寝られる様な状況では無かった。


ロンロの顔よりも若干大きい程の薄い黒色の鉄板、表は薄型ガラス張りのモニターになっておりエーテルの力で動き、次々と読み込まれた書類をスクロールして読み進める。今や首都の企業・学校・行政・研究機関等はこれらの魔機が台頭し始めており一斉にペーパーレスの時代も訪れようとしている。一般人が内包している魔力では使用エーテル力に間に合わない為、ハルバレラの死体鑑定や水質判定で使用した物質判定測定機の様に自身の力だけで動かす事は出来ない。それ故に本体に外部エーテルバッテリーを搭載している。



(ヒルッター転送理論、今まさに使っているタブレットも物質判定測定機に連動させたポケットモニターにも使われている、これらはハルバレラが作り出した技術…。)



エーテルば光に近い魔力本来の原初の形態。

魔法使いや魔女で無くとも人が誰しも持っている魔力、大地から沸く魔力、それらの本来の姿。

この星の血とも神経とも命とも呼ばれる。魔力はエーテル化する事である程度大きく纏まれば光という形として目視出来るようにもなる時がある。ヒルッター転送理論はこのエーテルに直接情報を入力して指向性を持たせて目的対象に受信させる技術。微量の魔力を見えない光の手紙に変えてしまう技術。これにより魔学における情報処理分野は飛躍的に上昇した。ロンロの使う魔機を始めあらゆる物に応用して多くの人々がその恩恵を受けている。


ハルバレラは情報を遠方へ伝えるという技術にとても関心と興味を抱いていた。

それは物理的な距離だけではなく、まるで人と人との距離を縮めようとしている様でもあった。

心の中の声を届ける、それが彼女の研究テーマの大きな一つであったのをロンロは思い出す。








「物理的な距離も含めて人の気持ちが誤解無く他の人に伝えられる事、それによって人間のコミュニケーションは新しい驚きと出会いと触れ合いが生まれる。新しい愛が生まれる。やがてそこから発展成長し新しい命が、新しい文化が。新しい輝きが。…それが実現する美しい未来こそ、私の生涯通じての研究目標の一つです。」







ハルバレラの書いた著書の締めくくりを結ぶ一節。

資料を読みながらヒルッター転送理論の項を読み終わった後、ロンロは以前読んだ彼女の著書のこの言葉を思い出した。多くの人々の幸せを自身の才能を持って魔法魔学を発展させていく事で願った魔女、ハルバレラ。何故そんな彼女がこの街を滅ぼそうとするのか。この怪事件の犯人はハルバレラ以外にありえない。彼女以外一体どうやってこんな事をなしとげられる人間がいるというのか。何故、こんな優しい思想を持った彼女がこんなにも多くの人々を不幸にし、数多の命を奪うかもしれない事態を巻き起こしたのか。


ロンロはタブレットのスイッチを切り、再びレザーリュックの中に収納した。

資料を貰ってこの街への派遣が決まったその日の夜も、この街に向かう馬車の中でも散々読み漁った資料。三度読んだ所で新しい発見等何も無かったが、混乱していた頭の中で冷静さを取り戻す為に再び取り出して読んでいたのだった。




まだロンロの体も心も何処か興奮していたが…頭は冷静になってきた。

そしてそのまま布団を引き寄せて横になって目を瞑る。


(わからない…ハルバレラ。アナタはどうしてこんな事を起こしたの…?)


この街に足を踏み入れてから何度も思い返した疑問。

目を瞑ってもロンロの思考は止まらなかった。

だが段々と肉体の疲れが勝ってきたのか徐々に彼女の意識は眠りのまどろみの中に落ちていく…。






『 ドォォォオオオオオンン!!!!!!ガッシャアアアアナン!ガララガラララガラ…。 』





「うわぁぁあぁああ!!」

駐在所の外から大きな音がした。折角ベッドの中で眠りかけていたロンロは慌てて飛び起きた。

どうやらこの建物のすぐ近くにハルバレラの死体が空から落ちてきて、そして何か外に置いてある道具箱か荷台辺りをを巻き込んで夜中に盛大にやかましい音を立てた様である。




「ハルバレラ…ホントにもう何なのよ、アナタ…。」




今まで色々考えている事が一気に馬鹿らしくなったロンロである。

さっさと布団の中に潜り込んでさっさと寝る事に決めた。

他の警察員三人は隣の寝室から起きて来る気配すら無い。どうやらもう慣れっこのようで翌朝片付けれるつもりなのであろう。彼ら三人が心をやられず、そして今まで逃げ出さ無かったのも良く判る図太さであった。ある種、立派である。









夜が明けて朝になる。

ドアからトントントンと軽いノック音が三回聞こえてきたと同時にロンロは目が覚めた。


「朝だ、飯出来たから降りて来い。服もサグンが洗濯してくれたぞ。」


シヴィーがロンロを起こしにやってきた。

ロンロは寝ぼけ眼でポケットモニターのスイッチを押して時間を確認する。

まだ朝の5時30分であった。

早朝である。しかし街中に毎日何十体と降り注ぐ死体を回収して土の中に埋めるという作業はこのくらい早くから動き始めないと到底終わらない様である。普段から寝坊が多いロンロには少しキツかったが街に出て調査の事もある。


「…ふぁ~い!今準備して降ります~~!」


慌てて髪をレザーリュックから鏡と櫛を取り出して身なりを整える。

一応ロンロも女である。格好はまだ昨日のダブダブの改良男性制服のままであったが。

どたばたと準備と後片付けをして急いだものの10分程度の時間が経過した。

ようやくロンロが階段を駆け下りた。


「おはようロンロ、服を洗濯しといたよ。男の俺がやって失礼だったかもしれないけどね。」

サグンが挨拶をして昨日の血と土だらけの服を綺麗に洗濯した服をロンロに渡してくれた。


「おはようございます。わぁ、凄い綺麗になった。血痕もある程度落ちてる!ありがとうございます!」

ロンロは笑顔でそれを受け取った。


「シュングが飯当番なら俺は洗濯係なんだ。俺ら三人も服が返り血だらけになる事も多いからこういう血痕の染み抜きは慣れてんだ。出来るだけ落としといたよ。」

サグンが少し照れた様に言う。


「ようやく起きたか」

シヴィーが玄関の方からやって来た。


「あ、おはようございます!」

ロンロがシヴィーに向かって朝の挨拶をすると片腕だけ上げて返答してテーブルの椅子に座る。

外に出ていた様子で彼は隣の厩舎の方で馬の世話をしていた。食事がシュング、洗濯がサグンならば馬当番はシヴィーらしい。


「はいはーい、ロンロおはよう!朝食だよ!言っておくけど僕の腕が悪いんじゃない!全部この異変が悪いんだ!判るね!!」


そう言いながらキッチンの方からパンが山盛り盛られたバスケットとお皿にそれぞれ葉物野菜と目玉焼きが乗っかった品が運ばれてくる。それと、にんじんや葉物野菜とじゃがいもの入った野菜のスープ。


皆で「いただきます」と祈りを捧げて朝食を頂く。


「食べ終わったらコーヒーも入れるよ。水が原因で美味しくないかもだけど。」

シュングが苦笑いをしながら言う。


「パンは旨いな。パンは。この原料の小麦は事件前に収穫してたからだろうな。」

食べながらサグンが答える。


「卵は少し味が薄いというかなんと言うか…農家の地主も言ってたな最近元気が無くて、生産量も減っていると。この事件が関係する鶏のストレスが原因じゃないかとは言ってたが…。当たらずも遠からずだな。」

シヴィーが目玉焼きをフォークでつつきながら答える。この街周辺の有機物と魔力つまり大地のエーテルがハルバレラの死体に変換される為に吸い上げられ始めて今日で11日目。事件の影響で大地からのエネルギーが減り弱る草花、それを放牧等の時に食べて栄養にする家畜も次第に弱り始めた。順番に順調に、じわじわと人間の生活に影響が出始めている。


「まだ本格的に影響が出るのは先でしょうけど、何かしら栄養不足で小さな子供や老人が不調を訴えて倒れ始めるかもしれません。時間はあまり無い…。」

ロンロが食事の手を止めて神妙な顔つきになった。


「…」

「…」


シュングとサグンも言葉が詰まった。

事態は深刻になってきている。それがこの何処か味気ない朝食から体を持って感じられる。

余計に不気味さを掻き立てた。


「やれるだけをやろう。」

シヴィーがフォークを置き三人を見つめて答える。

「本国はご存知の通り俺らを、いやこの街を見捨てた。リッターフランというロンロの所属する研究所もだ。しかしロンロ、お前は気づいたな。王国警察機構と研究所が隠していた事実を。」


シヴィーはロンロの方に目線を送る。


「は、はいっ!…でもそれは時間経過で誰しもが判る事で、私は特に…。」

ロンロは俯いて答えた。昨日から俯いている事が増えてきている。


「それでもだ。」

シヴィーは続ける。

「俺は毎日死体回収で街に出てある程度人の噂も耳にする。しかしお前が辿り着いた結論の様な説は聞いた事が無い。この街のメディアもだ。新聞だって目を通しているがだ、怪事件を記事にはしているのは勿論だが何処かの施設が壊れたとか、俺らが上に献上したデータを元に今まで落ちた死体の数の王国警察機構の発表はだとか。魔学や他の専門家の論説を載せるとかその程度だ。この街の奴らはメディア専門家含めて未だロンロの出した結論にすら到達していない。」


シヴィーはさらに続ける。

その目は力強くロンロを見据えた。ロンロも顔を上げて彼の顔を見つめる。

その目も顔も、真剣そのものであった。

普段から仏頂面であまり表情を出さない彼の顔だが今は確かに瞳の奥に力がある。


「そしてお前の出した仮説、いや結論だな。この朝飯でこの舌と体で確かに感じる。お前の導き出した答えは恐らく正解だ、恐らくな。じゃなければこんな薄不味いスープで出来上がらん。」


「そ、そうだよ!じゃないと僕が一番納得しないよ!!!」

料理番のシュングが力強く頷く。料理が趣味である彼にとって数日前からの味の評価はなんとも納得しがたい物であったに違いない。


「だと良いんだがなー。」

サグンが呆れている。どうやらそれ以前にも珠に失敗はしていたらしい。


「…あーうるさい奴らだ。…まぁいい。だからロンロ、諦めるな。最後まで調べろ。きっと可能性はある。俺はお前にこの街の運命を賭ける。やってみろ!!」


「シヴィーさん…」

シヴィーに激励されてロンロはやる気を出した。

脳裏にチラつく昨日の出来事。たった三人でこの広い死体処理場を管理し、時に濡れながら時に土だらけになりながら、そして血だらけにもなりながら。彼らは今までこの街の為に精一杯力を尽くしてきた。何人もの仲間が逃げようとも、他の同僚からは見放されつつも。だからそれに答えなければと思った。


「俺らに魔法や魔学の専門的な知識は無い、お前に賭けるしかない。昨日この街に来たばかりで状況に振り回されて大変なのは判る。だが、それでもやってくれないか。」


「そうだよ、僕らだって協力するよ!まぁ普段は死体処理で忙しいだろけどさ!」

「穴掘りして埋めないと野犬が来て食い散らかすわ腐敗するわで大騒ぎだからさ、穴掘り止められないけど俺も出来るだけ!また旨い飯食いてー!」

シュングとサグンも続く。



「皆さん…判りました!私出来るだけやってみます!…ていうかですね!!元から今回の件を諦めてたつもりは一切!ありませんから!!!!」

声を上げて立ち上がってロンロは先制する。


「…あ、そうなのか?」

シヴィーがポカンとしたような表情をした。


「そうですよ!私そこまで弱くありません!リッターフラン研にしても昨日からムカついてますし!」


「いやてっきり昨夜は泣いてたから…そのなんだ、スマン…。」

やはりシヴィーは人付き合いが少し苦手なようだった。返答に困ってしまっている。


「ハッハハハハ!心配いらないね!ほらじゃあ一応カフェインは取れるから!薄不味いコーヒーどうぞ!」

シュングがそう言って立ち上がり、あらかじめテーブルの上に持ってきていたポットからコーヒーを注いでマグカップに入れてくれた。


「気持ちの整理ついてたんだなー。意外と大人だなーロンロは。」

サグンがコーヒーを注がれたコーヒーを飲みながら答える。


「なんですかサグンさん意外と大人って!この国の成人年齢は15歳からでしょ!16歳の私は去年からとっくに私は大人です!!あっ!コーヒーはミルクと砂糖ドバドバ入れてください!!」

まだ苦いのは苦手なロンロであった。

ブラックを飲んで美味しいという人とは分かり合えないとすら思っている子供舌だ。


「味覚は子供だわコレ。」

少し呆れながらもサグンは薄不味い弱った大地から染み出した、死に掛けた水で沸かして出来上がったコーヒーを飲み干した。



朝食と一息ついた休憩が終わりロンロはサグンが洗濯した昨日の服に着替える。

血痕は多少残っている物の大分目立たなくなっていた。早朝に起きて綺麗に洗って染み抜きをしてくれたのだろう。ロンロはとても有難く感じた。レザーリュックを背負い懐から夜寝る前に外した髪留めを取り出す。そして金髪の髪を再び整えて一つに結び、この街に来ての調査二日目が始まる。






駐在所の外に出た四人。


「さっき気合入れた所で悪いが!俺らは基本いつも通りだ!」

シヴィーがシュングとサグンに指示を出す様に声を上げる。


「了解!」

「アイアイサー!」


二人が元気良く返事をする。


「夜に落ちた死体も回収して後片付けしとけよ!なんか派手に巻き込んでたぞ!」

やはり昨夜の死体落下にシヴィーは気づいていた。本当にもう慣れっこなのだろう。


「は~い」

「へーーい」


後の二人もやはり昨夜の内に気付いていた様子。

やれやれとでも言いたげなけだるい返事を返した。


「ロンロ、俺は馬で街に出る。昨日と同じで荷台で悪いが乗っていけ。」


「はい!大丈夫です!もう慣れました!今日は死体もありませんし!」

元気良く返事をする。ロンロは何か自分もここの死体処理班に加わったかのような気分になる。

それも悪くないとも思い始めた。ここの人らは諦めていないからだ。

自分もそうだ、リッターフラン研究所に裏切られようとも決して諦めきれる事ではない。

多くの人の命と大地のエーテルエネルギーを吸われ続けるこの街自体の命が掛かっている。


「よし。昨夜ロンロが気付いたのは水だ。なんでも良い。二人も気付いた事があったら無線で報告してくれ。その時は俺が仲介して街にいるロンロに伝える。」




馬に荷台を引かせてそれにロンロが飛び乗る。

シヴィーも続いて馬に乗り、「死体運びの荷馬車」は手綱を引いた後、街に向かって前進を始める。

後ろの方でシュングとサグンの二人が手を振って見送ってくれていた。ロンロも思いっきり片腕を笑顔で後方の二人に向かって振り替えした。



景色がゆっくりと流れる。

この街に数多に降り注ぐハルバレラの死体。そのエネルギーはこの街の水に大地に、自然そのものである。ロンロが死体運び荷馬車の荷台から見る景色は昨日ここに来るまでに見た物と全く別物に見えた。

序々に死んでいく風景であると気付いたからだ。街道の横にある水路越しの、遠めに見える牧場も町へ続くこの道に生えている木々や草花も、遠めに見える山々も。このままではいずれ、きっと死んでしまうのだ。それを考えると少しだけ恐ろしくなってくる。



「ロンロ、今日は街の中で如何するんだ。何か目ぼしい探索場所でもあるのか?」

昨日と同じ様に振り返らずにシヴィーは話しかけてくる。


「はい、まずハルバレラの事をもっと知りたくて。オリジナルのハルバレラが亡くなった場所、つまり彼女の自宅の…出来れば研究室や寝室に入りたいなって。私のリッターフラン研究所の事件調査員としての身分で家屋探索は可能でしょうか?」

荷台の端に座りながらロンロは答える。

見放されたとは言え警察機構の、この国の本部から依頼されて派遣されて来たとは言えではある。

ただの研究員がそこまでの捜査権限があるかどうか不安でもあった。


「…巡査長の俺ではこの街の本署から捜査令状を貰わねば無利な案件だな。いやそもそも捜査令状が降りるかどうかも判らん。こんな事件が起こったとはいえ本来はハルバレラは資産家の名士だ。」

シヴィーがあっさりと答えた。正式な手続きでは無理そうである。


「やっぱり…。彼女、ハルバレラは【ロル】の称号を持っているんです。国内に二十人もいないって言われています。これは魔法使い・魔女として突出した能力と国の発展に尽力して成果を残した人物のみが国から直接貰える称号です。大変な名誉ですから…。」


「無理にでも入ってみろロンロ、俺も同伴する。」


「え?」

ロンロはキョトンとした


「建前上はお前はこの街の異変を止める為に本国首都の王国兵団警察機構より依頼を受けた立場の人間だ。いくら見捨てられようともそれは変わらない。」


「で、ですけど!」


シヴィーは顔を横にして目線をロンロの乗っている荷台に向ける。

「ならば事件現場に踏み込んで調査する権利もお前にはある筈だ。徹底的に踏み込め。でなければ何も解決しない気がする、事件の規模が規模だけにな。」


「わかりました。やれるだけ、やれるだけやってみます。」


「良し。」

そう言ってシヴィーはすぐにまた馬の進行方向を見つめ始めた。

「…何人か同僚が、事故現場保存の為の門番や屋敷警備をやっているだろうが…。上手く屋敷内に通して貰えれば良いんだがな。」

最後に独り言の様に呟く。


「じゃあ、その。ハルバレラの屋敷までお願いします!」


「ああ。」


「あ!その前に私が泊まる予定だったホテルへ!着替えとか荷物置いているので!ちゃんと着替えたいのでーー!!!道は!えーと地図をタブレットで出しながらナビゲーションして教えまーーーす!!!」

後ろでロンロが両手をブンブン振りながら猛烈にアピールする。

下着がそのまま昨日から着けっぱなしなのが彼女には大変に不満だったのである。


「はいはい…。」

少し呆れながらシヴィーが答えた。


この会話が一段落したその時、二人を乗せた左前方の、正確にはその空からヒュウウーーと風を切って何かが落ちてくる音がする。大人の人間程の大きさの物体。今やこの街の迷惑な風物詩と成り果てている元は名士で資産家だった大魔女ハルバレラ・ロル・ハレラリア、彼女が今朝も元気良く?空からこの街に落ちて来ている。きっと今日も数十体の魔女ハルバレラがこの街に降り注ぐのだ。いや既にもうこの街のあちこちで派手な音を立てながら降り注いでいるだろう。


「わわわわわっっ!!!」

ロンロがそれに気付いて慌てた声を出す。

今日は快晴で見通しが良く、落ちてくるハルバレラの死体がハッキリと確認できた。


「…今日もご苦労なこった。」

シヴィーはもう慣れた物で落ち着いて落下を見届けている。





『 ドガッシャアアアアン!! ガッシャアアアアアアア!ブチィ!!!  ゴロゴロゴロロ……。』




丁度着地点にあった民家の塀に直撃して落下したハルバレラの死体。

そのブロック壁を無残にも破壊。しかも首が落下時にブロックに直撃した為か頭が千切れてロンロ達が乗る馬車の目の前まで吹き飛んで来る。


物音を聞いて慌てて飛び出してきた民家に住む中年の女性が


「ギィアアアアアアアアアアアア!!!」


というハルバレラの無残な首なし死体と自宅の破壊された塀を見て悲鳴を上げる。



首はシヴィーとロンロの乗る死体運びの荷馬車の前にバウンドして転がってきた。

今日もハルバレラの死体はどんな酷い目に逢っても笑っている。



「もおおおおお!!!朝からビックリさせないでよーーーーーーっ!!!」

ハルバレラの生首に向かって荷台から乗り出してロンロが叫ぶ。

彼女も死体には慣れて来ている様だった。


「ロンロ、止まるぞ。死体を回収する。これが俺の今の所の本業なんでな。」

シヴィーは馬を止めて地面に降りて、悲鳴を上げる婦人を宥めて死体を回収する。

首なし死体を抱えてきて帰ってきたシヴィーは荷台に死体を乗せた。首も拾って。

折角の気合を入れて調査をする事に決めた決意の朝であったのだが、これで何度目か。そのロンロ気持ちは落下の衝撃で一緒に吹き飛んでしまった。驚きと衝撃という感情は時には何もかもを優先してしまう。何やらハルバレラに毎度毎度強制的に気分のリセットをかけられているかのような感覚に陥る。





今日もまた死体と共に荷台に同行し、共に馬に揺られるロンロであった。

 




「あーもう…屋敷には上がらせてよねハルバレラ…!」






同行者の生首・ハルバレラに向かってロンロは呟いた。






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