恋のエネルギー・星の命・街の体・全ての生命・ハルバレラ
ロンロが風呂から出て下着を着込み、そーっと脱衣所のドアを少しだけ開けると、そこには先ほどシヴィーが用意してくれた着替え用の予備警察員制服が綺麗に畳んで置いてあった。
(結構几帳面な人なのね…)
着ていた服は血だらけ土だらけの酷い有様だったので、ロンロは言われた通りこれに着替えることにした。
…大きい。大きいなんてもんじゃない。大の男用にあつらえた服が16才の少女ロンロに合う筈もなく。両手の袖はお化けのように垂れ下がり…そもそもシャツだけで膝ぐらいまで隠れる。ズボンなぞダブダブを通り越して半分以上引きずってしまう状態になった。
「サイズが違いすぎて服の機能を果たしていない…なんなのこれ…。」
もっとサイズの小さい奴とか、女性用の制服は無かったかのかと思ったが…どうやら男三人しかいないこの現在の死体処理置き場の駐在所には存在しなかったと思われる。シャツのタグを見てみると中サイズと書かれていたのでこれでも小さいのを持ってきてくれたのだろうけど。しょうがないのでシャツは精一杯腕まくりしてなんとか両手が出る様にして…ズボンは申し訳無いと若干思いながらカバンの中にあったエーテルナイフで膝辺りから物理的に切り取った。本来事件サンプルなんかを切り取って解析用に持ち帰る為の魔機であったが意外な所で役に立ったとロンロは思った。それでもズボンの長さ自体はロンロの足にピッタリの物となった。元々小柄な体系のロンロには余りにも大きすぎたのだった。ウエストはしょうがないのでベルトで縛る。なんとか服の様子を整えて長い髪を後ろで縛った所でロンロはリビングに戻った。大変な着替えであった。
「お風呂ありがとうございました…。」
自分でもダボダボで変な格好をしていると思ったので恥ずかしかったが、恐る恐る三人の前に出て風呂のお礼を言ってみた。…結果シュングとサグンはその姿を見て転げまわる程に大笑いした。いやシュングは実際にソファーに倒れこんで寝転がって大笑いしてしまっている。
「ぐぐぐぐぐ…!」
ロンロは顔を真っ赤にして顔をパンパンに膨らませて口を噤んでいる。
「あー…スマン。なるべく小さいのを用意したつもりだったが…申し訳ない。」
シヴィーが表情を崩さずとも何処か目が泳ぎ、それでいて申し訳無さそうにロンロに謝る。
「ひーーーー!!!はっはははっははあああ!!」
シュングは笑いすぎである。
「はははは!いやしかし流石に大きすぎたねこりゃ。いや悪いねホント…はっはっはははは!!」
サグンはフォローになってない謝罪をしてもまだ笑っている。
「ぐぐぐぐぐぐっぐぐぐぐぐぐ……!!!!」
更にロンロは顔をパンパンにして怒る。夕方の間、誰もやりたがらない大量の死体処理という大変な労働をしているんだ。と、一種尊敬の目を向けていた気持ちが帳消しになる程であった。
「笑いすぎだお前ら、シュング!さっさと風呂に入ってメシ作れ!!」
シヴィーが少し怒っって二人に言う。また少し責任を感じているらしい。
そもそもこの大き目の制服を着替えとして用意したのはシヴィー自身でもあるからにして。
とことんまでに不器用な人なのだろう。
「はははははっ!! はい…!はいっ!わかりました風呂入りますーヒヒヒアッハハ!!」
と、なんとか笑いを堪えて風呂場にいくシュングであったが、遠くからも笑い声がまだ聞こえてくる。
笑い上戸らしい。
「ぐぬぬぬぬぬっ!!」
飛び級して今の職業に付いたロンロは学生時代までバリバリの成績トップのエリートであり、リッターフラン対魔学研究所に就職してからも天才と持て囃された。こういうバカのされ方は始めてであった。
「…ほんと、すまんかった。それしか無かったんだ…。」
シヴィーが真面目に謝った。
「それはっ!しょうがなかったと思います…。私だって無計画にここの処理場まで付いてきましたし!」
むくれてロンロが返す。
「ははは…いやゴメンね。俺らも仲良くやってきたつもりだったけど仲間は去るし、仕事内容は今日見た通りだし…ちょっと鬱屈していた気持ちが晴れたよ。ありがと。」
サグンがフォローなのかそうでないのか判らない事を言う。一応謝っている。
何とか場が収まりかけた時、風呂場から「ハハッハハハハハハッハハハハ!!!!」というシュングのバカ笑いが聞こえてきた。思い出し笑いであろう。再びロンロは「ぐぬぬぬ!!」という声を上げる。「あのバカ!」とシヴィーが気まずそうに舌打ちした。
しばらくするとシュングが風呂から上がる。リビングに来るなりダブダブの格好をしたロンロから睨まれたので「ごめんごめん」とロンロに謝ってはいたものの顔は笑っていた。そしてリビングから少し離れたキッチンに向かい夕飯作りを始める。ここの料理当番は彼であるらしい。
キッチンの方からコンロに火がつく音と、トントントンという包丁で何かを切る男が聞こえてくる。
「この駐在所にもエーテルコンロがあるんですね。」
ロンロが感心したかの様に言う。
「元々のここの農家さん用の簡易的な寮兼休憩所だからね。敷地の広さを見たろ?ここの元の持ち主さんは結構な富豪農家だったからね。風呂も割と新しいエーテル式湯沸し機だし、設備としては文句ないねー。」
サグンが説明する。
「俺がこの街で警察員として着任した頃は何処も薪だったけどな。時代は変わるもんだ。」
シヴィーがまた新聞を目を通しながら返答した。
魔学を技術を利用した魔機は様々な生活の用途に入り込んで浸透してきている。さりとてまだ魔学が学問として成立して50年。それが応用されてこの様に家庭の家事を助けるような道具が誕生してからはまだ20年も経っていない。人類全てが魔学の恩恵に授かっている状態では無かった。特に田舎の方に行けばである。
しばらくするとさっきのロンロの姿の笑いがまだ残っているのか、上機嫌のシュングが夕飯のメニューを運んできた。メニューは白パンにベーコンとウィンナーの入ったスープ。それに赤いトマトが山盛りに乗った葉物野菜のサラダ。ロンロの分も用意された。ダブダブの服のままありがたくお礼をいって夕食を頂く。
料理はとても温かく、特にスープはここに到着してから何も食べていなかったロンロの胃袋に優しく潤いを与えて…くれなかった。不味い。不味いというか味が上辺だけしかしない。塩気やベーコンやウィンナーの加工肉食品から滲み出たエキスの味だけだ。
「いやーしかしねシュング。」
サグンが口を開く
「なんだい?」
シュングが返答する
「お前どんどん料理下手になってないか…?」
サグンの言葉にシヴィーも反応した。
「最初の頃は良かったんだが…なんかどんどんサッパリしてきているというか…。」
渋い顔をしてシヴィーも反応する。
ロンロは白パンやサラダも食べてみるが、パンはとても美味しかった。きっと外部のお店から買ってきたのだろう。ひょっとしたら今日の昼話を聞きに立ち寄ったあのパン屋のパンかもしれない。ここから一番最寄だろう。だがスープとサラダは…。何故サラダの味が不味いのか?ドレッシングの味しかしない。食材を洗いすぎたのだろうか?野菜がこんなに味を失う事があるだろうか?洗いすぎたにしたってそこまでボロボロに洗った訳じゃない。これは何だろうとロンロの中でもしかして…!と一つ閃いた事があった。それはとても不吉な閃きだった。
「それね、僕だって不思議なの!なんでだろね!最近作るスープやシチューはこう雑味が無いというか、料理の味に奥行きが無いでしょ!これでも料理趣味だからそりゃ気づいてたよ!不思議だなーって!今日は尚更酷いけどね!せっかくお客さんが来ているのにさ!」
シュングが己の料理に対して弁明する。
「判ってるならなんとかしろよお前…。メシまでマズイってお前…!」
サグンが少し怒って言う。仕事が重労働なのに加えて食べる物までマズイとあれば怒るのも無理は無かった。
「これは…」ロンロが少し感づいた。お風呂場で思ったお風呂のお湯の「軽さ」、もしかして料理にも関係しているのかと彼女の中で一つ共通点を見出した。
「シュングさん、ここの建物の水源は?街からの水道水?雨水をろ過するような貯水タンク?井戸水とか?」
「ん?ここは農家の人が昔から使っていたからその頃からある井戸だね。」
「そうなんですか…」スープをじっとロンロは無表情で見つめる。他の三人もロンロの返答を待って無言になる。彼女の中で何かが結びついた様でさっきから硬直してスプーンを持ったままスープの器を見つめて考え込んでいる。
「そんな…まさか!!ううん!!そんなの有り得ない!!!!」
バンっ!とそのまま両手をテーブルに叩きつけてロンロが椅子から立ち上がる。
「ど、どうしたのロンロ!?」
その様子を見たシュングが慌てて質問をする。他の二人も呆然としている。
「シュングさん!私ちょっとキッチンで調べ者をします!!」
激しくいきり立った様子でロンロはシュングに大声で宣言した。
「ど、どうぞ…。」
シュングは圧倒されてそのままキッチンの方角に手を上げていた。
ロンロはキッチンまで自分のブラウン色のレザーリュックを抱えてやって来た。
洗い場にあったコップに蛇口を捻り中に半分程の水を入れる。夕方頃に無数のハルバレラの構成物質を調べた所持品の魔機、物質構成判定機と上着のポケットからリュックに移していたポケットモニターを取り出す。まずコップの水にこの15cm程の物質構成判定機を通して水自体の構成物質を調べる。物質構成判定機の精度を上げて詳しく水の中にある物質の有無を調べる。次にカバンから水筒を取り出した。30cm程のかわいいオレンジ色の水筒。ロンロが出発する前に自宅でこの中に紅茶を入れていたのだ。元となった水は首都の水道水を沸騰させてからお茶にして覚ました物である。物質構成判定機のを水筒の中に突っ込んで連動していたモニターを操作してお茶の成分を差し引く。一度沸騰させてお茶の葉のエキスが溶け込んだとは言え元は首都の水道から供給された水である。詳しく調べればこの街から沸く井戸水と首都水道水の比較対象として使える。井戸水と水道水の違いはあれど何か判る筈だ。
「うそ…ホントなのこれ…!」
ポケットモニターに表示された情報にロンロは我が目を疑った。
足りない。圧倒的に足りないのだ。
水には本来有機物であるミネラル類や鉄分、首都水道水ともなれば消毒用液剤の成分が混じりこむ。
それが人間の味覚には雑味として認識される。山のせせらぎの湧き水は美味いだとか、都市部の水道水は薬の味がするというのは人間の味覚がそれらをきっちりと捕らえている証拠なのである。何故ならば水から供給されるミネラル分は人間が必要とする必須栄養素の数々が豊富に存在している。正に水は人間に対しても全ての生き物に対しても生命線、命の象徴である。
消毒用薬剤は地方都市であるこの街の井戸水には有り得ないとして省くとしても、それ以外の数値があまりにも少なすぎた。
死んでいる、いや死にかけている。この水は生物が飲むに適さない死にかけの水だ。
まるで、この井戸から供給される水は、魔学実験で使用するかのような、無機質な真水。
「お風呂で感じた違和感…これなんだ。この水には何もかも足りない…!!足りなさ過ぎる!!」
ロンロがキッチンで一人、驚きの余り言葉を失っているとシヴィーら三人がキッチンにやってきた。
「ロンロ、どうした急に。シュングの料理がそんなにアレだったか?」
シヴィーが少し驚いた様に尋ねる。
「シヴィーさん…。エネルギー・スポットの正体が判りかけました…。」
「なんだと!昼間話してた奴か!?」
流石にシヴィーの顔も驚きを隠せない。
「なんすかそのエネルギーなんちゃらって?」
「えーと、自分でも感じてますが僕の料理そんなにマズかった?ははは…。」
シュングとサグンの二人とも良く判らずに会話に入ってくる。
「リビングに戻ってお話します…。」
物質構成判定機とモニターを持ったままロンロはダブダブの服のままリビングに戻った。
ロンロは三人に語った。
この井戸水が死に掛けている事、本来ある筈の栄養素が抜けている事。我々が旨味と感じる成分の多くが水から供給されている事。それが原因でスープに味気が無い事を。
三人は驚きの表情を浮かべる。その後シュングだけは「よかったー!料理がマズかったのは僕のせいじゃないんだー!」とお気楽で安堵な表情を浮かべていたが、話はより一層深刻になった為にすぐに笑うのを止めた。
「…こんな事有り得るのかって、自分で言ってて不思議なんですけどね。でも実際…。」
ロンロ自身も驚いている。
「…話は判った。ここの井戸水がおかしいのはな。だが野菜までこうもスカスカして味気無いのは何故だ。」
シヴィーが続けて質問をする。
「どこまで影響が広がっているか判りませんし見当もつきません。ただ、私が思うにこの街とその周辺全てがこの影響下にあります。」ロンロが放った言葉に三人はあからさまに動揺した。
「じ、じゃあ!今日のこのサラダの野菜は元のこの建物と敷地の持ち主、農家の地主さんから頂いたけど!地主さんの畑にまで影響があるってのかい!?それで野菜が収穫前に弱っちゃったって事!?」
料理番のシュングが慌てならがらも言葉を放つ。
「地主さんの畑というとここから結構な距離あるぞ…!いやその前にこの処理場の井戸水だって街の中心部から大分離れている!街が中心部だとするとこの街の水全体もやられているってのか!?」
サグンも慌てている。さっきまでロンロの格好に大笑いしていた二人が真剣な顔つきになった。
「恐らく…野犬が増えてハゲタカみたいな鳥が沢山集まるようになったのも…既に近隣の野山にまで影響が出始めているんだと思います。野山の食料が、弱い生き物から順番にこの水の様な栄養枯渇状態に陥ってやられて死に絶える。それでここまで降りて死肉を漁りに来ているかと…生きる為に。」
ロンロが俯いて答えるのを確認しながらもシヴィーは続ける。
「つまりだ、ロンロ。お前が言っていたこの魔女が空から山ほど振り続ける現象のエネルギー源。それはこの街と周辺の水と大地から生まれる栄養素そのものだというのか?」
「我々魔法使いや魔女と呼ばれる人間以外にも魔力、エーテルが体の内に存在しているのは知っていますよね?それは植物も他の人間以外の動物も。山も川も、そしてこの星もそうなんです。魔学ではこの星もひとつの生き物で命。星から溢れるエネルギーを分け与えてもらって私達は生きていて、存在しているんです。だから栄養素と呼ばれる有機物、それに星からのエーテル。これらが魔女ハルバレラが沢山コピーされて製造され、そしてこの街に降り注ぐエネルギー源だと思います…。自分で言っといて自分でも信じられないんですけど、この辺りにこの星のエネルギーが集まり結晶化して掘り出せる大きなエーテル石鉱山や湧き出るエーテルスポットは存在しません。これ以外に結論は無いんです。」
「星からエネルギーを吸い取ってるっていうのか!?」
サグンがあまりのスケールの大きさに呆然としてしまっている。自分の想像ではとても追いつかない様だ。
「どうやってそんな事を…今でもエーテル利権って大国同士の紛争理由にもなり得るってシロモノなのに!そんな技術があれば世界情勢が変わっちゃうよ…!」
シュングが答える。魔学に詳しいロンロからしても最もな意見であった。
この様な技術があれば世界中どこでも無尽蔵に近いエネルギーを取り出せる。それはここの無数のハルバレラの死体が証明していた。これだけの数の人体コピーと空から降らせる為のエネルギーは膨大な量である。それを特にエーテル施設や天然のエーテル石鉱山が無いこの街から取り出せたのだ。
「星からと言っても限度があると思います。」
ロンロは顔を正面に上げて三人に語りかける。表情は真面目だ。例え服装はダブダブで笑いが出てしまう物であっても事態の深刻さがそれを上回った。
「事実、10日経った今でも影響下はこの街とその周辺だけ。そしてこの事件を起こしたのはハルバレラ。ハルバレラ自身もこの星のエネルギーを全て吸い取って世界を滅ぼそうと思った訳じゃ無いと思います。そんな魔学式はいくら天才しか生まれない魔女、そのハルバレラと言っても到底無理な筈です。」
こんな途方も無い技術を魔学として人類誰もが使える時代が来るのは100年後、いや200年300年。さらにかかるかもしれない。今まで人類が培ってきた数千年の魔法体系・50年前から定義された魔学の常識を根本から覆す余りにも常識外れな技術であった。ハッキリ言って、有り得ないのである。
「じゃあなんだ。ロンロ、お前は首都の警察機構もリッターフラン研究所も自然解決を待っていると昼間に言ったな?それはどういう事なんだ?」
シヴィーが質問をする。いつもぶっきらぼうな彼だが事態が余計にそうさせている。
「そうだ!リッターフラン研に連絡しないとっ!こんな事信じて貰えるかわからないけど!!データを送って!シヴィーさん電話を借ります!」
そう言って慌ててロンロは立ち上がって玄関の傍にある電話の前に走りこもうとした。
か、その立ち上がった瞬間に硬直してその場に立ち止まった。ある事に気づいたのである。
「うっ…!うううううっ!!!!!」
小さな少女は拳を握り締めて震え始めた。
顔は歯を食いしばり体全体が震え、その深い青色をした大きな目には涙すら浮かべている。
ダブダブの服越しからもロンロの震えは三人の警察員に確認できる程だった。
彼女は全て気づいた。リッターフランのやり口に気づいたのだった。
「ど、どうしたのロンロ…」
シュングが心配そうに声をかける。
「ロンロ…そういう事だな。」
シヴィーが察したかの様に答える。
「はい…シヴィーさん…!!私も今気づきました…!リッターフランはこの事を知っていた!!最初の調査で王国警察員からデータを渡されて知っていたんです!!!私がここに派遣される数日前からずっと!!最初から首都の人間はこの街を見捨てるつもりだったんです!!!この街の有機物という栄養素、そしてエーテル!それらが枯渇するのを待っている!!最初の調査から判っていたんです!!文字通り魔女の死体が降り止むまで!!この街と周辺のエーテルが枯れて全てが息絶えてから沈静化するのを!!!今の魔法・魔学の知識ではどうすることも出来ない!!だからといってこんな技術がこの世の中に存在する事を明かしてはならないから!!!最初から見捨てるつもりだったんです!!この街が死ぬまで!!この街周辺のエーテルが完全に耐えて吸い尽くされて!全てが魔女ハルバレラとなって地面に降り注ぎ!生き物が!この街の全ての命が沈静化するその時まで見捨てるつもりなんです!!!」
ロンロは吼えた。ありったけ感情のまま吼えた。
首都の王国兵団警察機構とリッターフラン対魔学研究所はロンロ・フロンコのみならずこの街全てを見捨てるつもりだったのだ。得られたデータからこの周辺の大地から正に命を吸っているこの事件の解決は無理であると早々に悟ったのである。後は死の大地になるまで待つのみであると。動いてしまった力を止める術をどんな最新の魔学テクノロジーや王国所属の大魔法使いの力でも止める事が出来ないと判断した王国警察とリッターフランは傍観する事に決めたのだ。もしこの様な技術があると他の国や過激団体に知られてしまえば新たな火種となる。だからと言ってこの街には大勢の人間が住んでいる。それこそ赤子も子供も老人も病人も。人間だけじゃない家畜も多くの野山に生息する命も。それらを全て見捨てる判断を首都がしたのがロンロには到底許せなかった。
「ロンロ…。」
サグンが声をかけるがその声は届いていなかった。
「落ち着けロンロ、原因は判ったんだ。きっと何か解決の糸口がある筈だ。」
ロンロの近くに寄って肩に手を置き諭すようにシヴィーが呟いた。
「ううううっ…。こんな事って…無いです!!あああああああああああああ!!!!」
ダブダブの姿のままロンロはシヴィーの胸に顔をうずめて泣いた。
まだこの街に来て一日余り、正直街そのものを哀れに思う事よりも、絶望的に自分が見放されて捨て駒にされた事に対する悲しい気持ちがロンロには強かった。でも、それでも寒い中に水路に深く浸ってまで死体を引き上げたシヴィーに、汗水垂らして土だらけになって死体を土葬している二人の姿を彼女は思い返した。そしてバラバラの死体になっても笑うハルバレラも。生きる為に山から降りてくる野犬の群れ、ハゲタカの様な鳥も。駐在所に入る前に見た落葉した木も、味気の無い野菜もそうだ。全ての生き物が飢えに狂って死んでいっている。やがてこの水の影響は街全体に及ぶだろう。食物連鎖のピラミッドと自然の摂理が崩れ初めてこの街の人間の命すらも序々に弱っていくのだ。
ロンロは、それがたまらなく悲しかった。
ハルバレラを怨む気持ちよりも、本国首都の人間と自分が所属するリッターフラン対魔学研究所を怨む気持ちの方が強かった。この事実を隠蔽しなければいくらでも救援物資なりで助ける方法があった筈だ。しかし既に目に見える状態で事は進んでいる。
首都本国からすればこの様な星の命を吸う魔術・魔学式が世の中に存在する事自体があってはならないのだ。無尽蔵とも言える永久機関が存在するという事。多くの戦争紛争の火種になるだろう。この魔技術の秘密を暴かんとする為に多くの命が奪われるであろうし、この国の領土にまで他国が侵攻してくる可能性すらある。エネルギー問題は魔学が普及して様々な生活に利用されるにつれ、それは各国の政治的にも深刻な物になっていたのだ。
だから
国は、
首都は、
警察機構は、
リッターフランは、
この事実を隠蔽したのだ。
それはロンロにも判っていた。
だからと言って、今その場にある命を見捨てる理由では無い。
ロンロの混乱と失意と悲しみの叫び。
それはしばらくシヴィーの胸の中で上がり続けた。
死に絶える夜の街で叫びが鳴り響いた。




