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溢れる恋の応援団は複雑怪奇

 王国兵団警察員の男が乗る馬に引かれた荷台に死体と共に乗っているのは魔女の死体。

それとリッターフラン対魔学研究所の研究員の少女ロンロ・フロンコ。

同行者の死体は先ほどこの町の一番大きな街道沿いにあるパン屋のある建物の前に落下した物と、そのパン屋の建物に直撃した死体。更に死体処理場に向かう道中新たに三つの死体を回収。五つの死体と共にロンロは馬に引かれている。パン屋の屋根を貫いて落下した死体は天井も破壊して落下し、右腕と左足は千切れ、胸には建築用の木の柱が深く突き刺さっている。新たに加わった三つの死体は二つは原型を留めているが、もう一つはどうやら近くの道路標識に落下時に綺麗に直撃したらしく胴体がスッパリ下半身から離れて真っ二つになってしまった。もちろん警察員は慣れたもので両方手際よく回収してしまった。彼も最初は嫌だったであろうが、もう10日も魔女ハルバレラの死体は降り注いできている。慣れてしまったのだろう。


「ううっ…なんでこんな目に…」

ロンロは今になって己の不幸を嘆く。無残な死体はどれもこれも笑っており、そして血を流している。手や足が千切れようが胴体が下半身から切り離されようが、その顔はやっぱり笑っている。そして目の前にある。道が悪く荷台がガタガタ揺れるような場所では死体の顔も揺れる。まるで生きて笑っているように。


「学者先生もキツイだろ。死体と揺られてこの街を観光するのも。無線で仲間から迎えを呼ぶかい?」

彼は懐から小さな黒い箱を取り出した。魔法が魔学として誰もが操れるようになって50年、今では人々の生活に便利な道具として根付いている。これは遠くの特定の人達と連絡が出来る用に魔学の知識で作られ魔力によって動く道具である。


「結構です…。ここにはしばらくは滞在するでしょうから、慣れておかないと…。」

死体から滴り流れる血がロンロの足元まで流れてくる。ロンロはそれを避ける為に荷台の淵に腰をかけている。良く見ると荷台には赤黒いシミがいくつもついている。この10日間で何十体、いやもしかしたら桁が一つ増えて百対体を越える死体がこの荷台によって運ばれていたのかもしれない。


この街に赴任している王国兵団警察員のこの男の名前は「シヴィー」であると名乗った。

シヴィー・レルトン。年齢は38歳で、痩せ型。この街で生まれこの街で王国兵団警察員になったという。結婚はしていないらしい。多少言葉使いが荒く無愛想な性格が幸いしてか女性には余り縁が無い様である。



「事件が起きて3日経った頃、首都の本部から多数の応援が来たよ。学者先生みたいな研究職っぽいのもいたな。4日後には引き上げたがね。」馬に乗ったまま振り返らずシヴィーはロンロに話しかけた。


「シヴィーさん、あの。学者先生って言われる程の者でも無いし私の方が年下ですし、良ければ名前で呼んでください。」


「ん?」シヴィーは顔だけ少し振り向く。


「ロンロ・フロンコ、ファーストネームのロンロで良いです。」


「そうか、じゃあそうさせて貰う。」

彼の顔は再び前を向いた。

口数は決して少ない訳ではないが、やはりシヴィーは何処か無愛想な所がある。


「その、シヴィーさん。さっき言ってた首都からの応援ですけど…。」


「ああ、色々調べてたがな。こっちは下っ端だし、特に詳しい報告は受けてないが纏めてご一行は帰っちまったよ。特に解決の為に何かしたって訳でも無い。だから今日もこうして魔女の死体が街に降り注いでいるって訳だ。」


「ですよね…。」ロンロは項垂れる。

自分が敗戦処理というのを改めて実感する。王国兵団警察もリッターフラン対魔学研究所もロンロに求めているのはただ一つ。後始末。それは「克明に調べあげたがこの不可解な怪事件に解決方法は無し」という証拠をレポートなりに纏めて提出してもらう事である。つまりこれからもきっと彼女に応援は無い。



「…要はロンロは後始末係って訳だな」

またシヴィーが前から振り返らずに言う。


「うっ!!……はい、その、まぁ…その通りです。」

まるで見透かされたかのようなシヴィーの言葉にロンロはヒヤっとする。


「参ったな、解決方法は無しと。いつまでこの街に魔女の死体が降り注ぐんだ。」

シヴィーは顔を上げて空を見上げた。

時間は昼から夕方になろうとしている、少し日が沈んだ様子であった。


「そのですね、きっと首都の警察機構本部も私の所属であるリッターフラン研究所も自然解決を待っているんだと思います。」ロンロが言う。


「は?どういうこった?」


「シヴィーさんはさっき無線を出しましたよね、持っていますよね。それを使い続けて、そう魔力が切れたらどうなりますか?」


「んー。使えなくなる。まぁ駐在所に帰って充魔しないとな。」


「そうそう、そういう事です。」


「あ?つまり今のこの状態、これは何かしらの魔法的なエネルギーに拠って作り出されてるって事か?」


「そうです。そうじゃないと説明つきません。質量保存の法則!これは自然界に置いても魔学としてもどうしても避けられません!どんな深い湖でも水を抜き続ければ枯れますし!どんな豊かな大地でも連作に不向きな食物を作り続ければ栄養素が枯れて連作障害です!」


自分の分野なので少し早口に、そして少し元気を取り戻したロンロは元気良く言葉を続ける。


「だからですね!この魔女の体が作られ空に打ち上げられ…いや空中で生成されているかもしれません!そこは魔女自身が作り出した魔法式によって体が作られているのでしょう!仮説ですけどね!だけどエネルギーはどうするか!?きっと何処かにこの降り注ぐ数多の魔女の体を作る為のエネルギー・スポットがある筈なんです!!そっか!そうよね!そのエネルギー・スポットを絞ってやれば解決します!そうまるで蛇口を捻る様に!」


「…ふーむ。」シヴィーは再び空を見上げる。


「そのスポットさえ探せれば!!」


「で、多数の調査団はそれを見つけられずに、結局は首都にご帰宅なさったと。」


「あ…まぁそうですよね。こんな仮説なら誰でも思いつきます…。」

一瞬元気良くなったロンロはすぐに意気消沈した。全く持ってシヴィーの言う通りである。


「それで?ロンロもやっぱり諦めるのか?」やはりシヴィーは振り向かずにこう言った。


「…この規模は今まで起きた魔学利用犯罪、いや犯罪なのかどうか判りませんが。とにかくこの50年の間に起きた魔法学的な犯罪事例の規模を遥かに超越しています。同じ人間をここまでコピーするなんて。ううん…かなりの高さからハルバレラの体は落下してきている。一人の人間をあれだけの高さまで運ぶのですらかなりのエネルギーと魔学知識が必要です。つまり質量的にも技術的にも今まで起きたどの事例よりも膨大で強大で…。でも…。」



「…。」



「単純な答えですけど、私はハルバレラが可哀想。」


ロンロはそこでなるべく目線を合わせないようにしていたハルバレラの5体の死体に目を落とした。笑ったまま血を流し、体もめちゃくちゃに変形して、いくつかは千切れ、長い黒髪はべったりと血のりで顔や服に張り付いている。無造作に積み上げられた同一人物の死体。まともに弔いもされず。ただただ、この街に落下して家屋を壊し、人の生活を脅かし、忌み嫌われ、怨まれ呪われている。大昔には魔法使い狩りと呼ばれる天性の魔法のセンスがあった人間を迫害する活動があったそうだが、今の彼女の扱いはそれの再来の様である。魔女ハルバレラはこの街に取って人間では無く、正に災いとなり、死体は迫害されているのだ。




「そうか…。」シヴィーは一言だけ答えた。



「だから、せめて。私が如何にか出来るか判らないけど。でも!…やるだけやって調べてみます。ハルバレラに安らかに眠ってもらう様に。だって人は一生のうちに死ぬのは普通たった一度だけなんです。だけどハルバレラはもう私が見ているだけで5回も死んでいる…。あまりにも惨いと思うんです…。」


「そうだな…」


「はい…」




彼らの会話が一旦終わるのを見過ごす様に、二人の行く街道沿いにある3m程の幅がある水路から





『 バシャアアアアアアアアアアアアアアアアンン!!!!!!! 』




と、水面に何かしら重たい物体が叩きつけられる音が上がった。

飛び散った水しぶきが10数mは離れていたロンロ達にも降りかかる。

やっぱりというか、それは確実に。

ハルバレラが空から落ちてきたのだ。



「ヒャア!!!!」とロンロは驚きの声を上げる。

「あーあ、正に水を差したなこりゃ。」と、シヴィーは呆れていた。







ハルバレラの死体をシヴィーが水路から回収して荷台には合計六体の死体が詰まれる。

この街の北西側にある処理場に二人が到着する頃には夕方になっていた。


街の外れの広大な原っぱにポツンと一つ建物があった。馬はその前で止まった。

「俺は体を拭いてくる。何かこの処理場で調べるんだろ?作業している同僚とかもいるが俺の名前を言って置けば恐らくは問題ない。」そう言ってシヴィーは馬から降りて近くにある王国兵団警察の物と思われる建物に入っていく。


「わかりました。シヴィーさんも風邪引かないようにしっかり水を払ってくださいねー。」


ロンロの呼びかけに振り向かず片腕を上げてシヴィーは答えた。

秋も終わりのこの季節に水路に入り、制服のズボンを捲りあげていた彼は見た目にも凄く寒そうだった。


彼と入れ替わる様に二人の警察員の男が建物からやってきた。事情はシヴィーから聞いていたのかロンロに対して不振に思う事も無く、一人は馬を建物の横にある厩舎へ連れて行き、一人は荷台を重そうに押して処理場の奥の方へ運び始めた。ロンロも運ばれる荷台に付いていく。多数の死体をじっくり調査する目的もあるが、彼女の死体がどう処理されるのかも見ておきたかったからだ。


「私も手伝います。」ロンロも荷台を押して運ぶのに加勢した。


「いいよいいよ。今日初めてこの街に来たんだろ?びっくりして疲れてたろう。」


「でもっ…!なんか!…んしょ!! このハルバレラが落ちて死ぬ所を見たから…!せめて最後まで…!」


「ははっ、きりが無いよそれじゃ。1日に多い時は五十体は落ちてくるんだから。」


「ご、五十ぅ!? 貰った資料にはそこまで書いてなかったのに…。」


「確か昨日だったかな?まー多かったね、流石に疲れたよ。」と言いながらもここ10日間で彼も慣れたのか、それでも平気な顔をして荷台を押して運んでいる。


「昨日…発生から9日目でまだそれだけの…。これじゃ魔力源枯欠は期待出来ない…。」ロンロは荷台を押しながらがっくりと頭を垂れた。同時に心の中でどれだけ広大なエネルギー・スポットの存在があるのか?と底知れぬ不安に駆られた。


「まぁ…魔学の事は良く判らないけどさ僕は。魔学が関係してんだろ?専門家ならやるだけやってくれよな、もう正直うんざりだよ。」


「はい…。やるだけ…やるだけやってみあああす…。」



現地入りして僅か1日で既に余りにも大きな難問の壁にロンロは立ち往生した。

ロンロ一人には大きすぎる難題の壁。空から降り注いでは死んでいく魔女・ハルバレラ。

悩めるロンロとうんざりしている警察員の男が押す荷台に揺られ、ハルバレラの死体は頭を揺らして笑っている。




地面に叩きつけられて全身が歪んだ者も。


体が真っ二つになった者も。


手足がちぎれた者も。


柱が胸に突き刺さった者も。


ずぶ濡れの者も。


揺ら揺らと頭を荷台の中で揺らして笑っている。

血を垂れ流しながら、時に臓物を垂れ流しながら。



夕日に照らされて、皆、黄金色に笑っている。





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