【エピローグ】 改めまして初めまして・失恋の魔女
現世に再生されたハルバレラを見届け安堵して意識を失ったロンロ・フロンコが目覚めたのは翌日の昼過ぎになってからであった。ベッドに差し込む明るい光が彼女を深い眠りから目覚めさせた。
「…。ここ?何処?」
記憶の中では休耕地の中心部に倒れ込んだ直前までの記憶しか無かったので自分がベッドの上で寝ている事に些か驚きはした。直に休耕地にある警察員駐在所の二階、自分か何度か寝泊まりした部屋であると理解した。きっとシヴィー達が自分をここまで運んでくれたのだろうと。この街に来てから降り注ぐ死体に相次ぐ衝撃、最後にはハルバレラの復活…その為に徹夜して描いた魔紋式…彼女が魔女の再誕を見届けた際に全ての安堵と疲労と睡眠不足が一度に襲ってきた。まだ16歳の少女と言ってもいい年齢の体と心で受け止めるには限界があり、力尽きて倒れてしまうのは無理もない事であった。
「おはよう…ゴザイマス……。」
ベッドの横にある簡素な椅子に座っている女性がゆっくりと、その声は多少怯えながらも目覚めの挨拶を彼女に行う。ロンロにとっては聞き覚えのある声。でも、知っている声よりずっとはっきりと聞こえる。それはエーテルが振動を放ち義知的に作られた声では無く、肉体から発せられる生の声であったからだ。
「ふえ……ハ、ハルバレラ!!」
ばぁっ!!といきなりベッドから飛び出したロンロがハルバレラの頭と顔をベチベチと何度も叩いてハルバレラを確認をする。間違いない、これは本物の人間の体のハルバレラだと。稀代の魔女・ハルバレラ・ロル・ハレラリアと「初めて」ロンロが面会した瞬間であった。
「チョチョチョチョ…イタイデース!ロンロちゃんサンとてもイタイデーーース!!!!!」
「ハルバレラ!人間の体!!良かった!!本当に!!上手く行ったのね!!」
「イテテテ!!!ちょっと叩くのヤメテクダサイマシ!!!お化粧もシテキタノデスカラネ!!!」
困惑するハルバレラに気付いたロンロは「あ、ゴメンゴメン!へへへへっ…」と謝りひとまずベッドの横に腰を掛けた。恰好はあの時に倒れたままであったが土埃や泥等はついていない。シヴィーさん達が気を使ってくれたのだなと彼女は少し自分の身なりを確認して思う。
そして改めて目の前の椅子に座っている女性、ハルバレラを確認する。見た所は肌の血行も良いし髪もエーテル体の時の様なボサボサでも無く綺麗に整っている。それに記憶より少し美人に見えるのは化粧をしているせいであろうか。黒いワンピースに落ち着いたベージュ色のニットの上着を合わせて大人の女性な恰好であった。
「全部上手くいったんだね…。ほんと良かった。夢みたい…。」
「……貴女のお陰よロンロ。落ち着いて私の肉体の再生が上手く行った理由を考えてみたの。それで私なりに結論を出したのだけれど…ロンロ、貴女は本気で私の肉体が再生すると思っていたのね。驚いたわ…。」
「まぁね!へへへっ…。貴女のエーテル体は本物の魂だって確信があった。もし事故で偶然生まれたコピーだとしたら記憶まで封印する必要ないんだもの。だから、貴女が燃え尽きて一度肉体が滅んだあの魔紋を反転させて物事を単純に逆転させれば良いって思った…ただそれだけよ。」
「ソ・レ・ダ・ケ?」
ハルバレラが目を大きく開いて口を三日月の様な半円にしながらロンロの顔に近づいた。
「え…?何……?」
「違うデショ?貴女は私に自分の意思と記憶と想いを流し込んできました。また生きて出会いましょうって。友達になりましょうって。ソウヨネ?」
「ま、まぁね…ハハハ……。それで貴女があの時、再び同じ嫌な思いを繰り返す事になったとしても今度は命を捨てずに現世に留まってくれる切欠の一つになれば良いかなって…。」
「ソォ・レェ・ダァ・ケェェェェェ?」
今度はその不気味な表情のままハルバレラが猛禽類のフクロウみたいに不自然な首の傾け方をさせてさらにロンロに近寄って来る。
「えええ…!!何よっ!それだけだよ!!」
彼女の表情と勢いに少し気押しされるロンロ。
ハルバレラはその様子を見ると元の大人しい大人の女性の顔に戻り己の体制を戻した。
ハルバレラは窓から外を見つめながら答える。
「ロンロ、私はあの時に。貴女があの私が作った万年筆を使って自分の想いと記憶を流し込んで全てを教えてくれた時に。私も貴女の過去を知ってしまったの。貴女の悲しい思い出、私と似たように夢描いて儚く散った学生時代の恋の思い出。」
ロンロはそれを聞いて狼狽する
「え、えええええええええええ!!!!それは予定外!!ちょっと恥ずかしいから誰にも言わないでよ!!!なんでぇええ!そこまで考えて無かったのにーーーー!!!!」
「ナァアアアアアニイッテンノカシラ!この女子ハ!!!自分だけ私の秘密をまるまる全部知っておいて隠し事シヨウトシテタノカシラーーーー!!!キイイイイイイイイイエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!」
「えーとそれはゴメン、ヘヘヘッ…。で、でも知ったんでしょ!恥ずかしいから誰にも言わないでよ!!」
「アーハイハイ!!イイマセンヨー!!!茶髪で茶色の瞳の彼、ルックナ・ユウヒ君殿方様の事はお互いの秘密にシマショウネーーー!!墓場まで持ってイキマショウネェェェェ!!!!!イイエエエエエエエエエエエエイ!!!!!」
両手にピースのダブルピースをしながらハルバレラがロンロの前で大きく体を動かす。
「だあああから言わないでよ!もおおおお!!!声にも出さないでーーー!!!!」
「アアアアアアアアアヒヒヒヒヒィィ!!!ヒィイイアアアアアハハハハハハ!!!」
ハルバレラの不気味な笑い声が部屋中に響き渡る。どうやら生身でも本来彼女はこんな調子なのだとロンロは身に染みる程に理解した。
「フゥ…でもねロンロ。」
一頻り騒いだハルバレラが椅子に座り直し落ち着いた所でロンロに語りかける。
「それのお陰よ、今こうして私の肉体がが再生出来たのも。現世に生きて戻ろうって思えたのも。」
「ハルバレラ…?」
「私は一人じゃないって本気で思えた。同じ様な痛みを持っている人がこんなに身近にいたなんてね…。それに一晩考えて見て理解したわ。あ、アナタ丸一日寝てたんだけど気づいてらして?」
「エ?ホント!?そういやなんか寝すぎて体が痛い様な…。」
ロンロは背中から腰にかけて、それに片足の膝に違和感があるのに気づく。
「それだけ気力も体力も限界だったのよ。見て、空を。」
ハルバレラが椅子から立ち上がりベッドの横にある窓を名一杯開ける。
外には見事な晴天が広がっていた。冬に入ろうとしている季節の中で少し弱くなった太陽の光であるが明るく大地を照らしていた。あの時の様などんよりとした雲も無い、青空がヒルッターブフランツ市周辺をを照らしていた。
「わぁ……、もしかして死体を降らせていた上空の魔法式も!?」
「そうよロンロ、貴女の狙い通りにね。屋敷の魔紋は元々私が死の間際に無意識で発動した魔法式の痕跡。ならばそれを逆転させて休耕地で発動したのなら…当然打ち消し合って消滅する。それも貴女の予定通りでしょう?」
「へへへ…。でもこんなに上手く行くとは思わなかったなぁ。もう死体は街に降って無いの?」
ハルバレラは笑顔で頷く。
「そっか、良かった…。これでシヴィーさん達も…。」
「天才ね貴女は、この魔女ハルバレラのお墨付きよ。」
「天才は貴女よ、私にはヒルッター理論なんて証明出来ないもの。それに魂の固定化も。屋敷で行っていたペットの研究が偶然発動したから私達は出会えて今、この世に貴女がいるのよ。」
「この街を救い、この大地の死滅を防ぎ、更に私を蘇らせた。そっちの方が凄いと思わない?」
「全部貴女の研究や成果を利用したまでよ。私は。」
「天才よ貴女は…。常識に囚われず、諦めもしなかった。そこが心の弱い私とは違うわ、一度は死を選んでしまった私とはね。ロンロ?貴女は我を通す力のある真の才がある者よ。」
そう言うとハルバレラは右手の人差し指をロンロの方に向けて軽く上にあげる。するとロンロの体が持ち上げられて宙にゆっくりと浮いた。
「わわっ!何!何!?飛んでる!?浮かんでるの!?わああああ!!」
「私は魔女ランクAAA、ハルバレラ・ロル・ハレラリア。ではロンロ、二人で空の散歩と行きましょう。」
「ええっ!?ちょ、ちょっと!!」
そしてハルバレラ自身も空に浮かぶ。
ハルバレラを先頭にして二人は駐在所の二階から空へ飛び出した。
ロンロはハルバレラに引かれる様に青空に飛び出した。
今までの人生で彼女が感じた事も無い浮遊感にロンロはバタバタと慌ててしまう。
「ハルバレラー!!地面には落とさないでよー!!散々貴女が地面に叩きつけられて滅茶苦茶になるのを見て来たんだからー!!!!」
「大丈夫よ、そんな事なんてしないわ。」
ハルバレラはロンロを連れて街が見渡せる上空まで高く高く舞い上がった。
ロンロは改めて本物の魔女の凄さを知る。人間一人をこんなにいとも簡単に持ち上げて空に舞いあげてしまうその凄さに感嘆し、このレベルまで魔の恩恵を全ての魔法の才無き人々が手にする事になるのはまだまだ魔学の歴史が足りないとも思い知らされる。やはり、魔女ハルバレラは稀代の天才であったのだ。
「凄い…。ホントに…、生身一つで空を飛ぶなんて夢みたい……。」
足元に広がる広大な大地を見て驚きの声をあげるロンロ。
ハルバレラはそのロンロの言葉を聞いて少し悲しそうな笑みを浮かべた。
そう、彼。テリナ・エンドが魔法を使えるようになったならやりたかった事。
それは空を思うがままに飛ぶ事だった。
一般人の多くが魔法の憧れの行きつく先は…この広大な空を思うがままに飛び回る事。
決して人には届かぬ究極の憧れ、それは重力という最も大きな枷から解放される事への想いであった。
やがて足元に見える街が小さく、手の平に収まる程度になった高さまで上昇するとハルバレラは止まり、ロンロもそれに続いて止まった。二人は並ぶ様にして浮かんでいる。かなりの上昇を行ったが二人の周りにはうっすらとエーテルの保護膜が張られている。気圧の変化や外気からこれで体は守られていたのだ。それに直に気付いたロンロはまたもや驚きの声をあげる。
「うわぁ…。なるほど、これならこの高さまで上昇しても人体に影響は無い…。この膜、バリアの中では地上と環境を合わせてくれているのねこ。凄い…この力を一般の人が使えるまで…魔学に応用するにはまだまだ時間がかかりそう…。」
「魔学者らしい感想よ、リッターフラン対魔学研究所に16歳で入所するだけはあるわ。」
「へへへ…でも、景色も凄い…。こんな高い視点の光景を生きている間に体験出来るなんて…。あ、このバリア内って声はちゃんと伝わるんだね。」
「ええ。」
「上昇飛行の魔法、バリアの魔法、声つまり音の振動伝達を通信する魔法、それに私を連動させて飛行させる魔法…。最低でも4つも魔法式が一度に展開している。貴女って本当に天才魔女ね!」
ロンロは目を輝かせて横に並んで浮かんでいるハルバレラに語る。
「そう、直にスラスラと具体的に答えられるのは流石です。大体その通り。空を飛ぶ魔法というのは一般人が思い描いている以上に同時に展開しないといけない術式が多いの。だからこそ熟練した、才能ある魔法使いで無いと不可能な芸当ね。」
「だよねぇ…こんなの普通に考えたら奇跡だよ…。凄い…。本当に凄いわハルバレラ。」
ロンロは眼下に広がる絶景を見ながらため息をついた。
「あの人も、テリナ君も。こうやって魔法使いの才を目覚めさせて空を飛ぶ事を夢見てた……。」
「ハルバレラ…。」
「…結局彼は自分の才能を違う事に使っていたのだけれど。」
「あ、うん……。そうだね…。」
ロンロ自身もテピス大学でテリナと話している内にその術中にかかろうとしていた事を思い出した。
あれはテリナの才能の表れの一つであったのだ。そして悲しい事に、それは彼の意思とは無意識的に発動されていたのだ。生物の雄の本能たる物によって発動され、彼の才能をある種蝕んでいたのだった。この事にテリナ自身が早く気づければ良かった。だが彼はその事に最後の最後まで気付かずにその女性の心を取り込む能力に甘えてすらいた。今回の事件はテリナの弱い心がもたらした悲劇でもあった。
「ロンロ、貴女は一つだけ今回の事を勘違いしているわ。」
「え?勘違い…?」
「そう、私はあのテリナ君の魔法に陥った訳じゃないの…。」
「てっきり…。違ったんだね。」
「そんなの魔女の私が気づかなかった訳無いじゃない………。」
「うん…。そこはおかしいと思っていた。」
「私は…彼から放たれる心を盗む魔力に気付いていた…。だけどそれを跳ね除けていた。その術中にかかってしまえば彼はますます無意識的にもその才能を伸ばそうとする。だから、彼の叶えたかった夢のままに才能を伸ばそうとした。だけど、だけど……。」
真っすぐ前を見つめたハルバレラの眼から大粒の涙が零れる。
その涙はハルバレラの周りにある保護バリアをすり抜けて空に拡散していく。
「私はっ…!!魔法とか!!!その影響とか!!!!そんなの!!!関係なく!!!!!ただっ!!純粋に…!!!彼の事が…好きだったのぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!大好きだったのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!初めてだったのおおおおおお!!!!男の人とあんなに一緒におしゃべりしたのも!!!!触れ合えたのも!!!語り合ったのも!!!!!笑いあったのも!!!!!全部っ!!!全部っ!!!!!!うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!」
あの時の様に、魔紋の作用でで巨大化して地面から突き出した時の様にハルバレラは大空で泣きじゃくった。涙が幾度となく溢れそして大空に流れていく。今度の涙はエーテルの涙では無い、実際の液体が彼女の瞳から溢れて流れていく。恋は、彼女の恋は彼女が…再び生を得た事により本当に終わっていくのだ。生きているから痛みがある。痛みがあっても生きていく。人の生は傷つき涙し、それでも歩んでいくしか無いのだから。彼女は再び一人の人間として歩んでいく事を決めたから生き返る事が出来た。だから親友の前で二人きりで涙を流す事にした。
ロンロは横で子供の様に泣きじゃくるハルバレラを見て思った。
傷ついてもまた再び蘇り、生きて歩んでいこうとするハルバレラを愛しく思うと。自分のやってきた事で再び彼女は生を受けたのだから…この先もまた似たように心に傷を負うかもしれないけれど、それでも彼女は現世に帰ってきてくれたと。だから、これで良かったのだと。
「あああああああああああああああ!!!! ぐすっ…もうっ……。天才魔女ハルバレラがこんな姿を見せるのは貴女だけよロンロ。」
「うん。二人だけの秘密にするよ。」
「生き返れて良かった…。貴女という友達も出来たから……。」
「こちらこそハルバレラ。だから私も貴女が戻ってきてくれると信じてたの。」
「マッタク、何もかも計算尽く。天才様はこれだからコマルワー!!!心の中を見透かされてる様でムカツクワーーーー!!!!!!アタシに友達いなかったから自分が友達になって!?そしてそれを希望と現世に戻らせる為のキーにしようとしたんだから!ムッカツクワー!!!!!」
「ちょっと!ハルバレラも私のプライベート覗き見したでしょ!…その、ルックナ君の事を!!」
「そりゃお嬢ちゃんが勝手にーーーーー!?ワタシニーーーー!?流し込んできたー情報ジャ!?アーリマセンカーーーー!?!?!!?」
「そこまで教えるつもり無かったの!何でよもう!!!!もおおおおおう!!!」
「何でもクソもネーーーー!!!お互いスネの傷見せ合ったノヨ!!アヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!ヒィアアアアハハハハハアハハハハハ!!!!!!アーーーーー!!!!!泣いて笑って暴露大会したらお腹空イタワ!!!!!ちょっと超セレブたる私がご馳走してやるからちょっと遅いけどランチにシマスワヨ!!!!めっちゃ食べナサイヨ!!!!!!シヴィーさんと部下の方々も呼びましょうゼ!!!!!!!!!!イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!自由落下ー!!!!!これがサイコーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
ハルバレラはお互いの飛行の魔法を解く。
バリアはそのままであったが二人はそのまま重力に従って急降下を始めた。
「ちょ、ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!何しているのハルバレラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「面白いッショオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!地面ギリギリまでこのまま落ちるから覚悟シナ!!!!!!!めっちゃ覚悟シロヨナ!!!!!!!この高さダカらスゲーゼコレハアアアアアアアアアアアアアアヒヒイイイイヒヒイヒィィアアアアアアアアアアアヒイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!」
「覚悟しろも何も既に落ちてるでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「アヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイヒイイイィイイアアアハハハハッハハハハハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ヒルッターブランツ市の大空にロンロの悲鳴とハルバレラの奇声が響き渡っていった。
こうして二人は再び生きて出会い、友達となったのであった。
お互いの心の秘密を知った、かけがえの無い友人に。
…
……
………
こうしてヒルッターブランツ市で起きた魔女ハルバレラの死体が無数に降り注ぐ「死体降下現象の怪異変」は終わりを告げた。妖異ビゾームは復活して本調子になったハルバレラにより直に消滅させられた。今回の事件は魔法によって大地からエーテルを無限に、それこそ星の死に至るまで吸い尽くす事が出来るという点が反乱分子や他国に知られることを恐れ危険視されてしまい、世に公表される事は無かった。
この事件の真相を知っているのは本国の上層部の一部とリッターフラン対魔学研究所のトップクラスのみ。後はロンロとハルバレラ、そしてシヴィーとシュングとサグンの5人だけであった。
シヴィーとシュングとサグンの三人は事件後、死体処理場からの任を解かれてそれぞれの所属に戻っていった。三人とも今回の件で功績は認められ、(あとは口封じの名目もあってか)それぞれ昇進を果たした。これにはハルバレラの口添えもあったという。シュングとサグンは巡査長となり若くして部下を持つ身となりサグンは最初は浮かれに浮かれたものの同時に仕事量と責任も増加したのにはやれやれとため息を吐いたりもしている。シュングは元々将来的には警察員を止めて食堂を開く夢があったのだが急な出世に人生を狂わされた!と憤慨するも、給料も多少増えたので将来の夢に対する積み立ても繰り上がるとプラス面に捉えてからはしっかり働き始めている。二人共今回の事件で判る通り責任感はあったので中々どうして立派に役目を果たしている様子だ。
シヴィーは二階級も出世してしまいなんと本国務めとなってしまった。
今回の事件で国と警察組織その物に不信感を抱いたのもあって本来は退職も考えていた為に複雑な心境ではあったのだが、新しい環境での新しい仕事は彼の性格合った面もあり警察員は続けている。
ハルバレラは現金から屋敷、所有していた土地等の貯蓄財産、発明での権利や所持していた株式等私財のほぼ全てを投げ打って破壊され尽くしたヒルッターブランツ市の復興と被害金に捧げた。そして街の住民に向かって表向きは魔法実験でのミスという名目で今回の件が発生したと公然で謝罪。大きなニュースとなる。なんとヒルッター理論に関する権利まで放棄した為に魔学系大企業に大きな衝撃を与えるまでになった。ただ今まで個人の発見であって秘匿にされていた部分も多いヒルッター理論の全てが公開された事によりこれから魔学における情報分野の躍進は間違いないと全体的には肯定的に捉えられている。
その後、ハルバレラは首都に移り事務所を開いてそこで魔女として活動する事となった。
必然的にリッターフラン務めで首都住まいのロンロとは頻繁に顔を合わせる様になり仲良く友人付き合いは続いている。大体ハルバレラがロンロに付きまとう感じではあるが、魔学者ロンロにとっては天才魔女との交流はプラスになる面は多い為に関係は悪くない。よくランチを仲良く(時にやかましく)一緒に食べている姿が目撃されている。
ロンロ・フロンコは今回の事件解決後、自分の勤め先であるリッターフラン対魔学研究所のトップたる所長に直に呼び出された。きっと勝手な事をして怒られる、いや下手したら口封じで殺されるのでは無いかと恐る恐る所長室のドアを開けて見ると…そこには笑顔のハルバレラと不機嫌な顔の所長がいた。ハルバレラが先回りしてロンロに被害が及ばぬように所長を説得(脅迫?)していたのだった。私財は無くなってもハルバレラは幼少期から長く国の中枢で活動し貢献してきた天才魔女、国やリッターフランを相手にしてもいくらでも交渉材料はあったという事であった。
偶にロンロはシヴィーに手紙を書く。
何の事は無い日常の事や、あの時の思い出を綴って。
電話もしてみようかと思ったけど…なにか少し恥ずかしい。
同じ首都にいるのだから逢いに行こうと思えば簡単だけど、やっぱりなんだか恥ずかしい。
シヴィーから返事も帰って来るがいつも短く簡素な物だった。
だがいつもまだ子供のロンロが一人暮らしをしているという事もあってそれを気に掛ける文章が添えられており、彼の人柄が滲み出る手紙ばかりであった。ロンロはそれを呼んで彼の姿を思い出すと少し笑みが浮かぶ。
あの事件から三か月…季節は冬を終えて春になろうとしている。
そういえばテリナ・エンドは休学しているそうである。
もしかしたら自分の業に気付いてしまったのかもしれないなと、ロンロは思う。
ハルバレラは今でもロンロと二人きりの時にあの時の事を自虐を込めて笑い話にして語ってくる。
だけど命を絶つ程に身を焦がした恋をしたハルバレラは少しだけ大人になった。
他人の痛みも知った。
自分の痛みも友達に伝えられた。
ハルバレラは自分が一人では無い、たったそれだけだが大きな大きな人生における糧を失恋のお陰で知る事が出来た。手に入れる事が出来たのだ。これは多いな事であった。そしてそれはロンロ・フロンコにとってもそうであった。
魔女ハルバレラ・ロル・ハレラリアとの衝撃の出会いはロンロ・フロンコの人生に置いて大きな意味合いを持つ事になった。
二人は、友達になったのだ。
多くの人がその人生で、出会う事が難しいともされる「親友」になったのだ。
それは運命の恋人を見つけて愛し合う事よりも難しいのかもしれないのだから。




