友達
「アタシ、元に戻レルとオモウ…?」
「上手くいくわ、きっと。」
「ホント…?」
「うん、きっと。…怖い?」
「ウウン…ロンロがワタシの為ニ頑張ッテくれたんでショ?それにその、シヴィーさん達も今まで。」
「そうだよ、みんな頑張ったよ。この街の為に、貴女の為にね。」
「ソウ…。ワタシ、こんなに人に尽くされたの初めてカモネ…。死んでからようやく初めてヨ。」
「そうだね、貴女はずっとずっと今まで与える側だったんだから。」
「え?与える側?」
「そう。ヒルッター理論にしてもあの発見が、エーテルが情報を伝えるという特質を貴女が発見しなければ今頃この世界に電話なんて無かった。情報革命よ。遠くの人と直接会話が出来る様になったのよ、それでどれだけの人々が幸せになったと思う?どれだけの幸せが与えられてきたと思うの?仕事や色々な事で離れてお話出来ない人達なんて、一杯一杯いたのよ。」
「…ソウネ、ソウカモネ。」
「うん、そうだよ。今までそういう事を一度も考えなかったの?」
「ウウン……。周りからも言われ続けて来たから知ッテル。でも、心の何処かで理解していなかったカモ……。」
「どうして?」
「自分に自信ガ…無かったカラカナ……。私ハ……気が触れた狂人で、ナンカコー…色々不安定デ…。今の街の惨状モ、きっと私のその性格が表に現れたンダト…オモウ……ダカラ…。」
「そうだね。うん、その通りだと思う。」
「……。 チョっ!ロンロチャン!そこは否定シテ!!!!」
ハルバレラがエーテル体の両手を伸ばしてロンロの肩を後ろから激しく揺さぶる。
「ああああもう!そうじゃなきゃあんな48本も腕が生えた変態爺さんを街中に這い回らせるなんか発想起きないででしょ!何よアレ!!」
ぐわんぐわん揺さぶられながらロンロが反論した。
「ダッテー!!!その変な爺さんを生で見たら面白いカナーーー!?って!!!ほんとメッチャクチャに面白かったのよサイショハーーーーアアアア!!!それがあんな事にナルナンテ!!!!酷い!!一体全体ドウシテこんな事にナッタノカーーーーシラーーーーー!!!???」
「貴女の願望でしょハルバレラ!まったくもー!あれが貴方のやりたかった事なのね!なんて事!いい迷惑よ! って…あっ! もしかして…。」
「ドシター?ロンロチャン?」
ハルバレラが突然驚いて何かを閃いて固まったロンロの顔を覗き込む。
「そっかー、そうだったんだぁ。」
ロンロがそのまま立ち止まった。
「どした?」
シヴィーがそれに気づいて同じく足を止める。
「ハエ?」
ハルバレラもロンロのその様子を見て不思議そうな(やっぱちょっと不気味な)顔を浮かべた。
「ハルバレラ、貴女は見ていて欲しかったのね。」
空を仰いでロンロが呟く。
「見ていて欲しかった、だと!?」
シヴィーが質問をする。
「ホエ?ハエ?ウエエエエ??」
ハルバレラは生前の自分の事なのに少しも理解出来ていなかった。
「あの彼、テリナ・エンドに。ううん、その人だけじゃない。本当の自分を皆に見て欲しかったのね。」
「見ていて欲しかった?つまり誰かに構われたかったという事か…?」
「はい、その通りです。」
シヴィーの質問にロンロはスッパリと答える。
「チョーットマッテネロンロチャーン…それだとアタシ、ただの我儘で街を一つ壊滅させて国まで動かしテ~。あろうことか星のエネルギーまで奪い取って大地そのものを死滅サセヨーって思ったワケ?ソリャムチャクチャヨ!!!そんな事までシーーーーーマセン!!!ヒーーーーっ!!」
「ハルバレラ…貴女友達いなかったって私に言ったわね?言ったよね?言ったし確かにあの屋敷の中で聞きました!私が初めての友達って!ねぇ!」
「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイィイィィィィイイイ!!!!そんな事ホラ!!!シヴィーさんの前で!!!暴露しちゃダメデショ!!!!!一大スキャンダルよ!!!!魔女よワタシ!!!!!魔女ランクAAAたるハルバレラ・ロル・ハレラリア最大のスキャンダルダワ!!!!!!!ハズカシイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアア!!!!!」
エーテルの体を激しく光らせながらハルバレラが叫ぶ。
「図星じゃん!あとそんな事でスキャンダルにならないわよ!この街の異変の方がよっぽどスキャンダルよ!!スキャンダルっていうか国の歴史と魔学の歴史に延々と残るわよこんなもの!今は首都とリッターフランが情報規制していますけど!!」
「スゲー!!アタシの友達ゼロを結果的に隠してくれている首都万歳!!リッターフラン対魔学研究所万歳!!!ステキーーーー!!!!!!!!!抱イテーーーーーーー!!!!!!エエエエエエエエエエ!!!!」
「何言ってんの!今は私が友達でしょうが!!!!」
今度は逆にロンロがハルバレラのエーテル体を直接掴んでぐわんぐわん揺さぶっている。
「ハイイイイイィイイィィィィ……スマセェェェェェェエエエン!死んでから出来た親友がイマシタァァァァァァァァ…。」
「まったくもー!はぁ…」
ロンロが大きなため息を付く。
「するとどういう事だ…?つまり本当にただ構って欲しかっただけでここまでの騒ぎを起こしたのか?その、ハルバレラ女史は?」
シヴィーがとてもついていけない、理解できないという感情を押し殺しながら質問をする。
「はい…そのまぁ、その通りです。ただ死体降下現象までの切欠はあります。それはハルバレラのプライバシーの事なんで詳しくは言えませんが、その以前話したテリナとの事で…。でも今まで続いているのはそうじゃない。」
「他にも原因が?」
「ええ、小さな子供がだだをこねる様に、そう男の子が好きな女の子にイタズラをして気を引く様な…その、なんというか。我々の反応を楽しんでいたと思うんです。怯え、慌て、泣き、狼狽える。その姿を楽しんでいた。今まで外的接触が極端に少なかったハルバレラはそれらを楽しんでいた。」
「ハイストーップ、ロンロ様ー!誰がタノシンデいましたかー!?私もうシンデマース!人格もほら目の前にいらっしゃりますエーテル体でゴザイマース!誰か何処で反応をタノシンデマシタカー!?」
両手をあげて何かを静止する仕草をするハルバレラ。
「そうね…死体そのもの。いや、そういう貴女の願望が、感情が、自然とその思いを込めた魔法式を描いたんだわ。この空に、この街の遥か上空に貴女の想いの魔法式が渦巻いている。そして大地のエーテルは吸われてエネルギー源となり、精製元となり、生まれ、そして死んで、ハルバレラの無数の死体を降り注がせている。」
再びロンロは空を見上げた。
「ヒィイイイイ!!!!ソソソソソソソ!!ソソソソソンナコトナーーーーイ!!!!!アタシだって自分の住んでる街をこんな風ニしたいなんて!一度もオモッテナアアアアアアイ!!!!!どうして!?私が!?何故!!どうして!あり得ない!!そんな事!!ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデェェェェエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!」
ハルバレラは両手で頭を押さえてメラメラと炎の様に激しくそのエーテル体の体を不安定に揺らす。感情の高まりがエーテルの燃焼を高め始めている。
「ハルバレラ!ちょっと落ち着いて!だから今からそれを止めるんでしょ!」
その様子を見たロンロが慌てる。
しまったと思ったが遅かった。今のハルバレラを形成しているエーテル量は少ない、こんなに強く燃焼し始めたら彼女の意識も蒸発してしまう。そうなればこの街は永遠に呪いから解けないままだ。
「イヤアアア!!!!イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ハルバレラの叫びが市街地から遠く離れ既に農道にまで到達した道のりで響き渡る。
正気を失いつつある彼女はその体を燃やし、どんどん薄れて言っている。
「ハルバレラッ!落ち着いて!お願い!ごめん!!!言い過ぎたから!!!」
発狂して己の魂を自滅に追いやっているハルバレラに近寄ろうとしたロンロであったが何かに気づいたシヴィーに抱き抱えられて阻止された。ロンロの小さな体はシヴィーにあっという間に持ち上げられてしまった。
「聞きなれた音と気配だ!くるぞっ!!!」
そう叫んだシヴィーはロンロを抱えたまま後ろに下がり無理やりハルバレラから引き離した。
「え?何!?シヴィーさん!?」
ロンロがシヴィーの腕の中で何かが落ちて来る気配を感じた瞬間、
「ドドドドドドドドドド!!!」
という凄まじい音が立ち、ハルバレラの周辺が人間程の大きな質量を持った物が大量に高所から落ちて来た。その衝撃で農道で舗装されていないむき出しの地面周辺は一面土煙に覆われる。
「こ、これは…ハルバレラ……。」
「ぐっ!まるで俺達の話を聞いていたかの様な……! まさかな、いや、そうなのか…?」
土煙が落ち着いてその中からうっすらと人影の様な物が見える。
足は無いので人間ではない。
そう、それはハルバレラのエーテル体。
呆然と周りの自分の死体を見つめていた。
「ヒヒ、ヒヒィイイイヒヒヒアアア! ヒハハハッハハハハア!!!!!!」
突然ハルバレラが大声で笑いだし始める。
しかし先程と違いエーテルの揺らぎは見られない。
「貴女の言う通りよロンロ・フロンコ!私が死の間際に発動させた魔法は先程話してくれた仮説通りに発動し続けているワ!!!!残念にも無差別ね!!!オリジナルと言っていい私にも反応している!!激しいエーテル燃焼を感知してその魔法式は!!そうね!!何か騒ぎと勘違いしたのかしら?人が一杯いると思ったのかしら!?そうね、フフっ…!!フフフフ…!!!」
「ハルバレラ…ごめん、言い過ぎた…。」
その謝罪を言うと同時にシヴィーは抱き抱えたロンロを地面に降ろしてあげた。
「ハハハハハハハハ…ハァ………。私は、寂しかったのね……。きっとテリナ君との事はただの切欠…、何があったかは死の間際の記憶は忘れてシマッテいるんだけど…。何か、ううん。きっとそう、想像はついている。だけど、まだ心でそれを認めきれてイナイワ…。怖いのね……、シヌノヨリ………。」
「ハルバレラ…。」
「11歳の頃よ、当然知っているでしょ?貴方ほどの秀才なら。ヒルッター理論、あれの発表から全てが変わった。父と母はその成功から沸き上がった膨大な財産に目がくらみ私なんかどうでも良くなった。天才と持て囃され、私の少女生活は大人と仕事や学術の会話に塗れて埋もれて消滅した…。恋愛なんて…いや、それ以前に同年代の同世代の友達も作る事なく、私は一人で生きるしかなかった。悲しいけど一人で生きれる知恵も財産もあったのだから…。学問の評価や商業的な成功や国から貰える栄誉では無く、私は、私は誰かに見て欲しかった。見て欲しかったのね……自分の気持ち、死んでからようやく気付いた………。私は、誰かと、触れ合いたかったのね………。」
「…なるほどな。」
シヴィーが服に付いた埃を払いながら続けた。
「街から離れたこの周辺にも死体が降り注ぐのを不思議に思っていた。ロンロ、この農道でも何度か落ちたのを見た事あるだろう?なんなら一緒に回収もした。それはこの死体処理場付近でハルバレラ女史が俺達にメッセージを送っていたという事か。俺達に回収されて埋められるのが嬉しかったという事が。」
「そういえば死体処理場に直接降って来た事もありましたね。シュングさんやサグンさんと回収した死体を埋めていた時にですけど。」
ロンロは自分が出向いてこの異変の調査をしていた出先でその時に墜ちてきた数々のハルバレラの死体を思い出した。あれはハルバレラの描いた魔法からのメッセージだったのだ
「ああ、俺も何度か経験した。つまりだ俺ら死体処理班が構っていたからハルバレラ女史の死体はこの近辺にも落ちていた訳か。つまりはこの俺らの二週間は死体降下現象を結果的に引き寄せていた無駄な努力だったという訳か、まさか回収作業その物が死体を寄せ付ける儀式になっていたとは。驚きだ、とてもじゃないがあの二人には伝えられん。泥だらけになり死体の血肉を浴びて、毎日の重労働が逆の結果を招いていたとはな。」
「シヴィーさん!」
ロンロがハルバレラにとって辛い事実となる言葉を投げかけるシヴィーを静止しようとした。
しかしシヴィーは続けた。
「だがね、ハルバレラ女史。俺たちは、俺とシュングとサグン、そしてこのロンロも。貴女の死体を朝から晩まで街を駆け回っていくつもの穴を地面に掘って集めて埋めた。集めて集めて、埋めて埋めてその数は500体を越えた。そしてこれがロンロの提案した魔紋の発動エネルギーとなって貴女を生き返らせる事が出来るかもしれないという。俺達の努力はこういう形で実ろうとしているのだと。判って頂けるかな?」
「…ハイ。」
ハルバレラは俯いたまま返事をした。
彼女の下には無数の自分の死体が無残な姿で転がっている。
大きな血だまりを作りながら。
「そうですよね、シヴィーさん。無駄なじゃなかった。」
ロンロが元気な声で答える。
「ああ、人を一人生き返らせる事が出来るのなら。その人が今まで見続けて来た無残な死体が蘇るって言うんだからな。」
「アゥゥゥ…あの・・・・ごめんなさい…。アリガトウゴザイマス…ありがとう…ごめんなさい…スイマセン…ごめんなさい…すいませんでした‥‥…。」
ハルバレラはどうしていいか判らず、ただ謝る事しか出来なかった。彼女にはそういう対応以外は出来なかったのだ。人の誠意や優しさに直接触れた事が無い彼女はこういう時こうやって謝るしか出来なかった。
「謝る事は無いですよハルバレラ女史、これでも実は少し感謝している。この二週間、ロンロが赴任してからは一週間程か。悪くなかった。何かを成し遂げる喜びとでも言うか…シュングもサグンの二人の部下も頑張ってくれた、よく付いてきてくれた。やってきたロンロも何かと賑やかでね、貴女もご存知でしょう?」
「え!?賑やかって!?私は頑張りましたー!!そんな面白キャラみたいにしないでください!!」
「いやぁ…盗聴するわ死体に物怖じしないわ、なんか変なパジャマ着るわ爆弾使うわ…色々面白かったよ。」
「ええええええーーー!もおお!精一杯頑張ったのに面白かったって!?どうなんですかそれは!!私もう社会人ですよ!立派なレディです!大人の女性です!」
手足をブンブンさせながらとてもレディで大人の女性に見えない仕草でロンロはシヴィーの発言に対して抗議した。子供であった。
「ねぇ、この調子です。面白いじゃないですかハルバレラ女史。」
「ヒ、ヒ……ヒヒ!!ヒヒヒイヒヒ…そうね、そうですね…。ヒヒヒィイヒアアアアアハハハハハヘヘヘヘヒーーーー!!!」
ハルバレラは不気味な笑い声を、今度は響かせていつも通り気色悪く笑い始めた。
「ハルバレラまで!私って自分の勤め先にも裏切られながら必死に頑張ったのに!私こそ評価してよもーーーー!!!!!!」
そういってロンロは子供らしく、年相応の16歳らしく地団駄を踏んで怒る。それを見て今度は二人が声をそろえて笑った。
「さぁ二人共、休耕地の死体処理場へ行こう。この不幸な連鎖を断ち切るのです。この街とこの大地と、この星の。いや…何よりハルバレラ女史、貴女の未来の為にです。」
「もー!!誤魔化さないでください!…でも、そうですね。ハルバレラ?行きましょう。」
「エエ…、ロンロを信じるわワタシ。いやロンロだけじゃない……シヴィーさんとそのお二人の部下の方々のタメニモ…。」
「そう言って貰えると二人も喜びますよ、きっと。」
足元に転がった無数に降り注いだハルバレラの死体に対してシヴィーが簡易的ながら祈りを捧げ、ロンロもそれに続く。ハルバレラは少し困った顔でそれを見つめていた。
そして三人は、いや二人とエーテル体の魔女は再び前を向いて歩きだした。既に市街地を抜けて農場へ続く道のり、周りから建物が減り目の前の景色は畑と畑、その間を通る一筋の舗装されていない乾いた土の農道。その脇を流れる細い水路のみ。遠くの方にはうっすらとロンロとシヴィー達が昨夜必死に描いた巨大な魔紋がある休耕地の今は死体処理場として使われている大きな敷地。
「何か全体の空気が軽くなった気がするな…異変以来張り詰めていたような物が。」
シヴィーが歩きながら空を仰ぐ。
「この街の上空にあるハルバレラの生み出した魔術式が…そうかぁ。」
ロンロも歩きながら空を仰ぎ、一人何かに気づいた様で納得した。
「どういう事だ?」
シヴィーがロンロの方を向いて質問をする。
「気が晴れたんですよ、ねぇハルバレラ。この空の上にあるであろう魔紋もきっとそう。貴女よね?」
自分の後ろにピタっと張り付いて付いてくるハルバレラに向かってロンロは投げかける。
「モー…ハズカシイデショアナタネェアナタトノガタノマエデアナタ…!!ソウデスヨ!!キットネ!!!」
「…?」
何やら良く判らない様子のシヴィー。
「ハルバレラが死の間際に生み出した気持ちですから、この異変を起こしている空の死体を降らせている魔法式は。」
再びロンロが歩きながら空を仰ぐ。
「気持ちか…。構って欲しくてその手段が自分の死体を降らせるとは…。常人には理解できん。」
それを聞いたエーテル体のハルバレラは「ウングッ!!」と低く唸る。彼女のその声の後に再び何やら空気が淀み始めた気がした。いや、その途端、露骨に空に雲が増え何やら湿っぽい陰湿な空気が流れ始めた。
「あ…?すいません、つい…。」
シヴィーが直に謝る。
「あーあもう!ほら見てください!さっきまで見えていた太陽が隠れちゃいましたよ!!お空からも見られているんですから!!」
ロンロがシヴィーについてプンプンと怒りながら注意する。
「スイマセンスイマエエエエン…スイマエエエエエエエエエエエエン……!!」
再びネガティブな気持ちになったハルバレラの感情と完全に空模様がリンクした。
「もーこの人は!さっさと生き返って!!その後にでも自身の膨大な財産から生み出した札束でそこらのイケメン引っ叩いてはべらせなさいよ!!」
「何て事イウノサ!ロンロチャン!ソンナモンデネー!愛ねー!恋ハネー!誠実な恋愛!正しい交際!素敵な思い出!愛のメモリー!ンナモンハ!!発生!!シマセンヨ!!!」
ハルバレラが独特の口調で反論をする。
「目標が高---い!!まずは身の丈にあった交際から始めなさい!!!貴女は社会的地位は高いんだからそういう高みからスタートして良いのよ!!」
自分の後ろにいるハルバレラに対してロンロが持論を叫ぶ。
「エエエエエ!?ヨクナイワヨソレ!不純すぎマセンカネ!!?タノシクネーヨそんな恋ハ!!!」
「何を夢見てんの!大体貴女が描いた良い歳して描いた少女の妄想みたいな理想が身分不相応だったんだからこんな事になってんの!!!まずは男に慣れろ!!!」
自分の事は棚に上げて(子供の頃から勉強漬けで大学を飛び級して卒業、直にリッターフランに就職した彼女が恋愛について語れる筈は本来無く…)叫び続けるロンロ。
「まぁ俺も38で独身だからあまり言えたモンじゃないが…それはちょっとな…。」
さっきから呆れっぱなしのシヴィーがぼそっと呟く。
「良いんですよこの人は!!ほら!!試しにシヴィーさんの背中にぺったり着いてみなさい!!」
「ギャアアアアハズカシィイイイイイイイイイ!!!!無理無理!!!恥ずかしの余りにアタクシの顔面から2億シュアのエーテル熱光波が放射シテシマイソウダワヨ!!!!!!」
エーテルの熱量エネルギーを表す単位「シュア」、2億もあれば街一つぐらい難なく焼き尽くす熱量であった。
その横でロンロとハルバレラの残念なやり取りを見ながらこれからやろうとしている事が本当に上手くいくのかと深いため息を付いたシヴィー。
だがそれで彼女の気が晴れたのか…張り詰めていた辺りの空気が薄れていき、雲も散っていくのがシヴィーにも確認できた。自分の知らない所でロンロがハルバレラと友情を結んでいたのは確かなのだろうなと、その事を目の前で感じた彼はそこに何かの希望を見たのも確かであった。
女二人の騒がしいやり取りが続きながら農道を歩く道のりも終わりを告げる。
休耕地の死体処理場がもう目の前にあるのだ。この2週間、シヴィー達が、そして途中からはロンロも寝泊まりした駐在所として利用した、本来は休耕地での農具置き場や納屋として使われていた建物もはっきりと見えて来た。
休耕地の死体処理場の入り口にはシュングとサグンの二人が銃を構えて並んで立っていた。二人と帰宅と魔女の来訪を心待ちにしていたのだった。二人はシヴィー達の影を見つけると大はしゃぎで手を振り出迎えてくれた。
「巡査長殿ー!ロンロー!!無事でしたかー!!僕たちも大丈夫でーす!!」
シュングが大声で拳銃を持っていない方の手を振っている。
「とりあえず首都からの襲撃はありませんでしたー!!イエエエイみんな生きてるー!!!」
サグンも大声で続く。
「シヴィーさん!」
「うむ…。ひと先ずは安心した。」
二人は顔を合わせて喜びの笑みを浮かべる。
「オオオオオ…シヴィーさんの部下の方々…。ヒィィィィ……。」
ハルバレラが初対面の二人に怯えている。仕事の業務では難なく上っ面の会話が初対面の人でも出来る彼女ではあったが。何分プライベート、いやというより自分の死体を処理し続けてくれていたという負い目もあってか完全に覚えてしまっている。
「何を覚えているのハルバレラ、二人が無事なのも貴女のお陰よ!妖異ビゾーム騒動と屋敷でハルバレラが直に首都の秘密警察を引き付けていてくれていたから二人も、そして私達二人も無事だったんだから!」
笑顔でハルバレラに返すロンロ、シヴィーも続く。
「ああその通りだ、上司として二人を預かる身として安心した。ありがとうございますハルバレラ女史。」
「ソウイワレマシテモ…エエト……元々はワタシが起こした不始末デスカラ…。」
俯いて力無く答えるハルバレラ。体を形成しているエーテルも感情に合わせる様に力無く揺らめその輪郭を不安定にしている。
「いえ…それでも貴女は私の部下を守ってくれた。ハルバレラ女史、貴女はそれで一つ自身の不始末のし尻拭いをしたという事ですよ。ありがとう。」
シヴィーが優しくハルバレラに返す。
「そうよハルバレラ、私なんか首都だけじゃなくきっとリッターフランからも狙われている身なんだから。いやー…職場から狙われるってキッツイけど。」
困ったような笑みでロンロが返した。
「ダト…イイノデスガ……。」
ハルバレラが返事をすると同時に結果的にその命を救われた二人がドタドタと土煙を上げながら走って二人に近寄って来る。
「巡査長殿!特に不審者や異常は見当たりませんでした!…街の方は騒がしそうでしたが何かありました?」サグンがシヴィーに近寄り興奮した様子で話す。
「それでそれで!?魔女ハルバレラ様はどちらにいらっしゃります!?なんかエーテル体のお化けみたいとは聞きましたが!?」シュングはハルバレラを探してキョロキョロと辺りを見渡す。彼女はロンロの陰に隠れてしまって二人からは見えなかった。
「ココ、ココ。」
ロンロが自分の背中の後ろを指さした。
「ヘ?何処です?」
二人がロンロの後ろを覗き込むと「ドモ……コレマデトテモトテモゴメイワクヲオカケシマシタ……。」と、まさに亡霊の様な話し方と姿でひょっこりとハルバレラが姿を現す。
それを見た二人は
「うおおおおおあああああ!!!」
「うへええああぁぁっぁあ!!!!?」
と銃を持った両腕をあげておかしな悲鳴を上げて驚いた。
「ほほほんとにお化けだ!!すげぇえ!!!」
サグンが素直な感想を漏らす。
「わ、わわ、わわわ!!本当だ!本当に魔女ハルバレラ様だ!!!この御顔には見覚えあります!!ていうかずっとここ2週間位見てました!!出血も無く両手両足千切れていなくて脳みそも漏れて無い様で元気そうで何よりでででで!?!?!?」
動転したシュングがおかしな言葉を発した。
まぁここ二週間程は無残な死体のハルバレラしか見ていなかったので無理もない。
「ハルバレラ。」
そう優しくハルバレラに語り掛けたロンロがスっと体をずらし、彼女とシュングとサグンの前を開ける。
その動作の意味にハルバレラは直に気づいた。
だから彼女は勇気を振り絞って声を出して、二人に頭を下げた。
「エ、エット…ソノ…私が起こしました事でお二人にも大変迷惑を…おかけしまして……。すいませんでした…………。ゴメンナサイ………。」
「え!?あ?はいはい!!イエイエ!ハルバレラ様もお元気そうで?何よりです!!」
サグンがキョトンとした顔で頭を下げ返す。
お元気そうで何よりも彼女は幽霊みたいな物であったのだが…。それまで見続けていた死体のハルバレラ達に比べると確かに元気には見えていた。
「ハハハハ!頑張りましたよ僕達!でもこうやって終わりを見届けられるんですから起きなさらず!!いやハルバレラさんが無事で良かったねロンロ!僕も初めて死体の中身を見た感じですっごく嬉しいよ!!本当にね!だって今までこうやって会話なんて出来ませんでしたからね!!」
ハルバレラのエーテル体の瞳から涙が零れた。
二人の泥だらけの姿と、徹夜と緊張で出来たであろう目の隈や表情の疲れにも。
この二週間耐えて来た証拠と言わんばかりのその一目で判る疲れ具合は彼女の心に強烈に刺さった。自分の感情の爆発。それはただの自分の我儘で子供の様な癇癪みたいな物で、その事で大勢の人々に迷惑をかけて。その現実が目の前にあるのに二人は笑って許してくれているのだから。
エーテルの涙は顔から零れ落ちた後、儚い光を放ち消えていった。
彼女はそのまま顔を両手で押さえて蹲る。
その様子を見たロンロがハルバレラの傍に近寄り腰を下げた。
「良かったねハルバレラ、誰も怒ってなんかいないよ。…二人共ね、私とシヴィーさんと、そして貴女の無事を喜んでくれている。それだけよ。」
「うう……ウウウウウウウウ………!!」
顔を押さえた両手から止め止めなくエーテルの涙が零れ続ける。
自分が原因で皆が苦労したのに、自分の子供みたいな我儘で街が滅茶苦茶になっていったと言うのに。その最前線で必死に異変と戦っていたシュングとサグンとシヴィーと、そしてロンロも今度は私を救おうと動いてくれていた。大きな罪悪感と自己嫌悪…だがそこに一筋ではあるが嬉しさもあって…。彼女の感情はグチャグチャにかき回されてしまった。
シヴィーもその二人を見て優し気な顔を浮かべた。
間違いなく今から、これから自分達とそしてロンロとハルバレラの想いが報われようとしているのだなという感触が優しく心を締め付けたからだ。
「さぁ行きましょう、この休耕地の中心部には大きなロンロと私達で描いた魔紋があります。全てを終わらせましょう。」
帽子を押さえてシヴィーが前を見つめた。
「そうですね…。ハルバレラ、立てる?」
「ウン…、アタシ……もう終わらせるカラ…。もう逃げない、きっと…。」
ロンロの問いにハルバレラはゆっくりと両手を顔から離し立ち上がった。
「うん!行こう!この死体降下現象を終わらせに!貴女がまた生を受けて、生まれ変わる為に!!」
リッターフラン対魔学研究所、ロンロ・フロンコ研究員の最後の仕事が始まる。
恋の終わりは新たな始まりであるから、それをハルバレラに教える為に。
だがそれは、恋の終わりに命を散らせた彼女に残酷な現実を再び想起させる事でもあった。




