落ちた死体の笑みは呪いか?メッセージか?
大きな音を立てて落ちてきた魔女は仰向けで倒れている。
全身を酷く歪めて口からは吐血している。
着ている服、暗い紺色ワンピースのような服の腹部辺りも血でじんわりと滲む。
目は大きく見開き、吐血してはいるがその口角はしっかりと上がっていた。
笑っているのである。でも、間違いなく死んでいる。しかしつい先程まで地面に叩きつけられるまでは生きていた痕跡ははっきりとその鮮血で証明していた。
「ハルバレラ…」
ロンロは恐る恐るまだ立ち込める砂埃を払いのけながらハルバレラの死体に近づく。
辺りには落下時の大きな衝撃と物音を聞きつけて人が集まってきていた。
「お嬢ちゃん!そんな死体に寄っちゃ駄目だよ!」
パン屋の店主はロンロに警告したが、
「いえ、これが仕事なんで…ははは…。」と彼女は苦笑いを店主に返し、改めて覚悟を決めて顔を引き締めてハルバレラの死体に近寄った。
「資料で読んだ通り。服を着ている…。ホントにさっきまで生きていたみたい。ううん、心臓も脳も既にダメだろうけど細胞単位じゃまだ生きているかも。」
首元に恐る恐る手を当てて脈を確認してみたが、それは流石に止まっていた。ただ暖かい。人肌の温度、間違いなく落下するつい先程まで彼女、魔女ハルバレラは生きていたのだとロンロは確信した。
疑問が恐怖より勝った彼女はそのまま死体の前で座り込んで考え込む。
どういう原理でこの魔女ハルバレラは空から落ちてきているのか?
この疑問も重要なのだがもう一つ大きな疑問がある
今までこの街に降り注いだ複数の死体が全て同一人物、すなわち同じハルバレラなのである。
困った事に一日に20体も30体も落ちてくるこの魔女は全て同一人物で、そして同じ服を着ている。
クローン技術?でもそんな魔学法はまだまだ難易度が高く理論的な存在で、到底実用段階の物ではない。もし実現出来たとしても今まで10日間で落ちてきた無数の死体、その原材料となる物と生成魔力の事を考えると頭が痛くなる程の物量である。専門的な検知から見ればそれはこの国の年間国家予算でも賄えないであろう、凄まじい専門的な生体原料の物量と魔力生成量が必要となるのであった。そんな事が出来る人材となると最早歴史に残る大魔法使いや魔学の歴史に千年単位で名前を残す偉人となりえる魔学者のみである。そしてそれらの人物をバックアップする大国クラスの様な強大な組織の存在が必要不可欠。あまりにも事件の規模が大きすぎた。
考えを重ねていたロンロはここで一つの結論を出した。つまりはリッターフラン対魔学研究所に持ち込まれた時点でこの件は王国兵団警察機構ではお手上げであり、そしてまた研究所からしてもお手上げの事件なのである。もう10日も経つのに貰った資料には事件の詳細なデータは載せられていたが解決に導くような情報や推測は一切載せられていなかったのである。
そう、つまりは。
「私は敗戦処理担当って事なの!!!!!」
甲高い声を叫びながらロンロは頭を掻き毟った。結んでまとめていた金髪の髪が、まだ若くて艶もハリもある彼女の金色の髪が乱れていく。
大体において地方都市の一つで、程々に発展して人口もそれなりにいるとは言え特に何もない平和なこの街でこんな事件を起こす必要性はゼロである。首都からも結構な距離であり国家転覆を狙うテロリストや侵略を目論む隣国から地理的に見ても尚更、こんな大層で不可解な事件を起こす必要性を感じなかった。むしろこれだけの現象を起こす魔力量があればもっと直接的に街を、いや国家そのものを物理的な破壊魔学兵器にて攻撃出来るからである。
ロンロが自分がリッターフラン研究所及びその依頼元である王国兵団警察機構から送られた敗戦処理担当という事を現地到着してから半日余りで認識して頭を抱えていたその時、街道の魔女落下地点を囲むようにして遠目に集まっていたやじ馬を、荷台を引いてきた馬が掻き分けて進んできた。
馬車はロンロと魔女の死体の前で止まる。
警察機構の馬だけあって良く訓練されているようで栗毛のその馬はピタリとその場にて止まった。
「そこの少女、魔女の死体から離れなさい!興味本位で近寄っちゃいかん!」
馬上から王国兵団警察の黒い制服を着込んだ男性の声がロンロに警告をかけた。
「あー!えっと!私はリッターフラン研から来ました対魔学研究員です!ロンロ・フロンコ、今日から現地入りしました!」 身振り手振りで少し大げさにこの街の現地配属されているであろう王国兵団警察員に向かって言い返す。恐らく近隣の現地住民から通報を受けて駆けつけたのであろう。
「リッターフラン?なんだそれは?」王国兵団警察員は馬から降りて彼女に近寄る。
歳は30代中盤程度に見える、警察員だけあってがっしりとした体格の職務に真面目そうではあるが少し口調が荒い感じの男性である。
「本国の王国兵団からウチのリッターフラン対魔学研究所に依頼があったんです!今回の件で…まぁ私は…後片付けかもしれませんけど」最後の方は小声になっていた。
「ん?ああ、そういえば今朝に上役から聞いたばっかりだ。本国から専門機関の調査員がいらっしゃるとな。それが君か。随分若いが魔学だからかね?魔学専門は若い人員が多いと聞いたが。」
物色するようにロンロを警察員はまじまじと見つめる。
「まぁ、そういう業界ではありますが…。」ロンロは少し後ずさりしながら答える。
「ふーん、魔学、魔法ねぇ。確かに、魔法じゃないと説明出来ないんだがなぁ」
落ちてきた魔女の死体を見つめながら警察員は独り言の様に呟いた。
「どーにも俺には魔法というより呪いに感じるんだがね。」
「えっ?」ロンロは少し驚いて聞き返す。
「いや、呪いに対して確証は無い。このハルバレラにしても生前に何かこの街全体を恨んでいた様な痕跡は無いんだがね。どうにもな。この顔を見ろ。」そういってこの街の警察員は死体に向かって顎を動かした。
魔女の死体は無残にも街道に横たわっていた。
それを大勢の人が遠くから取り囲んで人垣を作っている。
遠くからはから死体を取り囲んだ人々の声がする。
『今回は建物に落ちなくて良かったですねぇ』
『いつまで続くんでしょう…』
『また魔女が血ぃ吐いてるよ!』母親に連れられた幼い子供の声まで聞こえてきた。
笑みを浮かべ、血を吐いて横たわる死体を遠めに沢山の人の声が聞こえてくる。
ロンロは少し悲しくなった。
確かに10日前から続くこの現象は現地住民からして見ればもう見慣れた、今となっては嫌な事だが日常になっているのだろう。しかしロンロは目の前で人が死んでいるのに余りにも冷たいのではないかとも思う。この現象を見慣れていない自分だからそう感じてそう思うんだろうと、実際にこの街で暮らしていれば最早迷惑極まりない死体が降り注ぐ危険で不衛生で不気味な日々。うんざりするのも判る。それでも目の前で人が死んでいる。笑みを浮かべながらではあるが、そこには人が悲しく倒れ死んでいるのである。まだロンロ自身で詳しく死体を調べた訳では無いが…この死体は確かに生きていた。その痕跡がある。赤い血を吐いて、滲ませているのだ。笑みではあるが、感情の痕跡とも言える笑みも浮かべている。感情は正に赤い血以上に人が人として生きていた証拠であるとロンロは考えた。
「呪いですか…。」力ない声でロンロは答える。
「この笑い顔を見な。俺はもう10日前から飽きる程見た。死んだ、いや死ぬと判っている瞬間からこんな笑い顔を浮かべてやがる。なんかやりきった顔だろ。何かこの街に対して恨みがあってこうやって命がけの嫌がらせでやり返してさ、スッキリしているようにしか見えねぇ。まるで呪いだよ。…よっと!!」そう言いながら彼は死体をなんの抵抗も無く乱暴に抱えて馬車で引いてきた荷台に放り投げる。ドサっ!と音がする。乱暴に警察員から投げられ、歪んでいた魔女の死体はさらに歪な姿となってしまった。
「ハルバレラ…」
乱暴に扱われた死体を見てロンロは再び顔を顰めた。
「同情しなさんな、こいつはもうかれこれ何百と町に降り注いでいるんだ。事件初日は弔っていたんだがね。」
「はい、研究所からは報告は受けてます…。でも今日落ちてくるのも、彼女の死体も。初めて見たもので。」
「平時ならばな。俺も一つは祈りを捧げて弔うんだがな。」警察員の男性も少しだけ申し訳なさそうに顔の表情を落としている。
「…これからどうするんですか?ハルバレラの死体は?資料には一箇所に纏められてから処理としか書かれてなくて。」
「まぁ、処理だな。あまり良い感じはしないのはわかるよ。でもしょうがねぇ、あまりにも数が多すぎる。」
ロンロは決心したように真剣な眼差しで警察員を見つめた。
「私も、処理場に同行して良いですか?」
「ん?ああ構わんよ。学者先生には調べて貰わんとね。しかし先生の足はどうする?一応俺も王国警察員だからね。馬の街中での二人乗りは交通法に従って推奨していないんだが。」
「じゃあこの荷台に乗せてください。」
「え?ああ、まぁ先生さんが良いなら…。」
「ありがとうございます。」
「…哀れに見えたかね、魔女が?」
「少しだけ。原因が判りませんら何とも言えないんですが。」
「まぁ初めて見るのなら無理も無い。人間の死体である事は間違いないからな。でもこの街の人間はもう見慣れたよ。こんだけ日常になると麻痺してくんのかな。」警察員は後頭部をゆっくり摩りながら答える。
ロンロは死体の方に視線を向けて「呪いと言われたのが、少し気になりまして。」と答えた。
「ん…。何がだい?」
「確かに笑っています。魔学的な推測では無いし、私の勘働きですけど。…もしかしたら何か伝えたい事があるのかなって。それが気になっています。彼女が何か言いたかった事はなんだろうって。」
ロンロは思った。
笑みは感情で、そして感情は人が人として人格を持ち、物事を考えてそれはまさに生きていた証拠であると。だからこそ笑みの正体を、彼女が笑っている(いた)事実を調べたいと。それが呪いの様な負の感情であったとしても彼女が生きていた証拠。それを調べる事でこの怪奇な事件の正体も判って来るのではないかと。なにより、彼女のメッセージをちゃんと受け止める事で弔いにもなるのでは無いかと、魔女の死体の実物をを目の前にして考えていた。物言わぬ死体は笑みというメッセージを人々に残しているのだ。
「学者先生が色々考えるのは勝手だがね…こっちはもう毎日毎日見てて頭おかしくなりそうだよ。」
表情は少し呆れている。
「私なりに、調べてみます。ハルバレラが空から落ちてくる事を。」
そうロンロ・フロンコが言い終えた瞬間、再び彼女の後方から
『 バァアアアアァァアアアアアアアアアアアアァァァァアアンンン!!!!!! 』
と凄まじい破壊音が聞こえてきた。
近い。
今度は落下時のビリビリとした空気が震える衝撃までロンロの体全体に伝わってきた。
「うわああああああああーーーーーー!!!!!!」
ロンロはまだ慣れていない。
彼女はまた体を硬直させてそのまま飛び上がって驚いた。
「チクショーーーー!!!今度は店に直撃しやがった!!!いい加減にしろおおおお!!!!!」
パン屋の店主は被っていた衛生帽を地面に叩きつけて怒りをあらわにした。
「ヒヒーン!」と荷台を引いてきた警察馬も声を上げて怯える。
『落ちたー!ママまた魔女が落ちたよー!』
『パン屋さんの屋根だわ!あらやだあそこのパンもう買えないわ…食べたら呪われそう…。』
『あーあ、ありゃ店舗全面改装だな。屋根貫通して売り場辺りに落ちたわ。』
『ウチの家じゃなくてよかったぁ…』
見物人達は好き好きに勝手な事を言っていた。
「はーやれやれ。本日はこれで俺が確認しているだけで8体目だ。で、学者先生。これでもまだこの魔女が哀れに見えるかね?」
王国警察員の男性は腕を組みながら落下地点に呆れた目線を送る。
「ううううっ…ハルバレラ、貴女は如何して落ちてくるの!?んもぅ…!!」
落下衝撃の驚きで魔女・ハルバレラに抱いていた同情とも哀れみとも言える感情が少しだけ、ロンロの中で薄れてしまった。
魔女は如何して空から落ちてくるのか?
彼女が空高くから落下する事でこの街に伝えたい事があるとしたら何なのか?
何よりも、一体彼女は笑いながら落下して死んでいく事で何を伝えたいのか。何を成し遂げたいのか。
それはこの街の人々も、もちろん今日この街に到着したばかりのロンロには到底判らない事であった。




