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何処までも明るく透き通る、死する魔女のキミは


「最後に逢った日の翌日からかな、先生の死体が空から降ってきたのは…。とてもショックだったよ。どうして、ハルバレラ先生に一体何が起きたんだろうって今でも思ってる。」


ようやくロンロに受けたヘッドバットのダメージが引いて鼻からの流血も止まったテリナが項垂れて呟く。彼の話が一段楽する、ロンロはテリナ・エンドの視点から二人の出会いと春から続いた密会の様子と事件発生までの経歴を彼が知る限りで全て聞き出していた。







「ハルバレラとの魔力開放特訓の密会、それでテリナさんは魔法が使える様になったと…。ハルバレラは何を想って貴方に他人を催眠状態にかける様な魔法を教えたんでしょう…?」

ロンロは首を傾げながら考え込んだ。

話を聞いた限りで幼少の頃からの夢である飛行の魔法をが目的だった筈である。


「いやいやいや!先生はこんな魔法?なんて僕に教えてくれた事は無かった!先生と特訓してたのは僕の内なる魔力を引き出す為の本当に基礎的な特訓のみだ!…一体何故僕にこんな力が備わったのか、どうしてこんな魔法式を意識せずに描ける様になったのか僕にもさっぱりで!」

先程ロンロに仕掛けた「自我を縛り、操り人形の様に仕立て上げようとした魔法」の発動は故意では無い事を全身の身振りを持ってテリナは否定した。


「…本当ですか?」

怪しいと言わんばかりにロンロがテリナを睨み付ける。


「本当だ!僕にだって、こんな…!一体どうして!?先生と特訓してた時はまるでこんなっ!こんな魔法は一つも具現化しなかった!」


「…まぁいいでしょう。いや良くないですが、くれぐれも一般の女性にはこの様な事をしないでくださいね。普通に犯罪ですよ。犯罪!能力者が無闇に他人に危害を加える魔法を使うなんて…!」


「だからっ!僕はわざとじゃない!信じてくれっ!」

黒髪黒目の美青年テリナ・エンドはその美しい顔を取り乱して無実を訴えかける。


「うーん…。判りました、その件はまぁいいでしょう…。」

とは言え自分の力をコントロール出来ていないとなると尚更性質が悪い。この事はこの街の本来は治安を預かる存在である王国兵団警察機構のシヴィーに話しておいた方が良いだろうとロンロは考えた。



テリナの話を聞くにハルバレラが応用魔機技術の客員教授で招かれてこのテピス大学に赴任してきたのが春先の事で、二人の密会もテリナ側からの接触で同じ時期に始まっている。そして冬になろうかとしているこの時期、つい十三日前までこの密会は続いていた。その間に行った事と言えばテリナの潜在能力を引き上げる為に彼の魔力コントロールを向上させる特訓。それのみ。一体この間に何が二人に起きていたのだろうか。このテリナが無意識の内に人の心と体を縛る魔法を使える様になったのはそれと関係あるのか?そして何より、屋敷で出会ったハルバレラは死ぬ直前の数日間の事を一切忘れていた。一体、ハルバレラに何が起きたというのだろうか?ロンロは屋敷で見つけたテリナの写真の事を思い出す、いくつもの涙の後が残る写真。そしてその写真を見つけた時のハルバレラのエーテルの体が弾け飛ぶかの様なあの過剰な反応…。同じ女性としての直感もあったが、この目の前の容姿端麗の青年テリナを見ているとそれは尚更確信にいたる所もあった。



( やっぱり、そうなの? ハルバレラ…。)



思考を巡らせているとロンロはテリナが最後の日に逢った時に貰ったと言う手紙の事を思い出す。


「そういえば。テリナさんはハルバレラから最後に逢った日、ご自身のお誕生日でしたか?その日に彼女から手紙を貰ったとか…。それは今現在も保管していますか?」


「ん?ああ、まだあるよ。今も鞄の中にいれてあるんだ。…恥ずかしい話だけど空から落ちてきたハルバレラ先生の死体を僕も…幾度と無く目撃したよ。手紙を貰った翌日は僕、誕生日で。お祝いしてくれるって知人がいたから一緒に遊んでて…。明日になったら開封しようかと思っていたらこの事件で。情けないけど怖くてね…。もしかしたらこんな事になったのは自分も原因の一つなんじゃないかって…。まだ手紙を読めていないんだ。」


「では手紙の封を切って無いんですね。」

証拠としては手に触れていないとなると好都合だがその手紙にはきっと、ハルバレラがテリナに宛てた、あの人間関係に怯えるハルバレラがきっと勇気と想いを振り絞って綴った手紙であった筈である。それを考えると少しロンロは胸を締め付けられる様な切なさを覚えた。


「そうだ…。先生からの手紙を君に渡すよ。まだ鞄に入ってる。とても捨てる事は出来なかった。」

テリナは今現在二人の会話の場所として選ばれた研究所の墨に置いてあった自分の鞄を漁り、一通の手紙を取り出してロンロに渡した。お礼を言ってロンロはそれを受け取る。


「ありがとうございます。それと、私に渡されたからには判っているかと思いますが本来は貴方宛の手紙です。後で中身を確認させて貰っても宜しいでしょうか?」


「構わないよ…。情けない話だけど僕には怖くて読む事が出来なかった。本当に僕は情けない男だ…。」

口周りを己の鼻血によって真っ赤に色付かせたテリナが肩を落としながらそう述べる。

黒髪黒目の美青年はランクDのコンプレックスの生まれもあり己に自身が無かった。


( 本当に情けないわ…!ハルバレラはこんな男の何処が良かったの!?)

心の中でロンロが呟く。

何せロンロに対して拘束魔法をかけてきた男が事件後は怖くてハルバレラから貰った手紙の封も切れなかった。そう思われても仕様が無かった。


「後は…誕生日プレゼントに貰った万年筆ですか?一応そちらも確認させて貰っても?」


「うん、こっちも今取り出してきた。これはありがたく使わせて貰ってるよ…。」

青い鼈甲の深い輝きを放つ万年筆をロンロに差し出した。


「これですか。綺麗ですね…。失礼。」

ロンロは万年筆を分解してキャップやペン先、ペン軸、インクタンク等を目視で確認したが特に不自然な点は見つからなかった。これはハルバレラがテリナに向けて送ったごく普通の品物らしい。


「…その万年筆に何かあったのかい?」

不思議そうにテリナがロンロの手先を見ながら質問をする。


「いえ、詳しく調べてみなければ判りませんが構造上では特に何も。これは貴方に送られた誕生日プレゼントその物だと思います。ハルバレラからのですから、大切になさって下さい。」

手先が器用なロンロは分解した万年筆を素早く組み立ててテリナに返す。


「そっか…。ありがとう、そうさせて貰うよ…。」

万年筆を受け取ったテリナは胸ポケットにそれを収めた。


「これで全部ですか…。ハルバレラに関しては。」


「そうだね。ロンロさん、何かあったら僕にも教えてほしい…。先生の事はとっても尊敬していたんだ…。僕がまがりなりにも魔力のコントロールが向上したのも、何もかも全部先生のお陰だ…。子供の頃からの夢だった魔法使いとして覚醒する日をさ…ははっ、その夢を諦め切れずにもがいていた僕の悩みを聞いてくれて、共に歩んでくれて、手を取ってくれたのは先生だけだった……。先生…。」

再び椅子に座ったテリナは項垂れて力なくそう答えた。彼はハルバレラの死に対してとてつもないショックを受けていたのは確かな様子であった。


「判りました。…最後に一つだけ、質問しても宜しいですか?」


「…なんだい?」


「ハルバレラの事をテリナさんはどう想っていましたか?」


「え?どうって先生は先生だよ。魔力才能保持者AAA。雲の上の存在、ランクDの僕にとって憧れの魔女さ。」


「それだけですか?」


「えっと、なんだい?う~ん、それだけと言われても…。ハルバレラ先生はハルバレラ先生で、素敵で頭が良くて美人で皆から尊敬される魔女で、自立してて…やっぱり憧れかな?」


「…そうですか。判りました。今日は勉学のお時間を削ってお話に応じて下さって、どうもありがとうございました。」

その回答を聞いたロンロがお礼の為に頭を下げながら、そして静かに溜息をつく。

やはりこの男はハルバレラの気持ちを何も感じとっていなかったのだと。


質問の意味を理解していなかったテリナは不思議そうな顔のまま

「えーと、元といえば僕が引き止めたんですから気にしないで。」とロンロに返答した瞬間であった。


この研究室のドアが『バーン!』と力強く明けられる。


「いた!こらぁ!テリナー!こんな所でエーテル変換作用学の講義サボってたの!?」


ロンロと同じ金髪の髪にウェーブのかかった髪形の。年の頃はテリナと似た様な感じであろうか?この大学の女生徒と思わしき派手な格好をした人物がこの二人が篭っていた研究所に乱入してくる。この寒くなってきた時期というのに履いているスカートはとても短い。


「テリナぁー!アナタ講義サボれる程単位に余裕あったかしらー?んんー?」

ずがずがとテリナに向かって近寄ってきた女生徒は思いっきり自分の顔をテリナの顔に寄せて笑みを浮かべながらテリナに甘えている様に見えた。


「うわぁ!ナツノメっ!?なんでここが判ったんだよ!」

派手な格好をした学友に接近されてテリナは慌てる。


「ナツノメちゃんはー!テリナの事で知らない事なんかありませーん!んふふふ。」

ウェーブのかかった金髪を揺らしながら満面の笑みでテリナの顔に己の顔を摺り寄せている。


「おいっ!離れろよ!」


「イヤデース! って、テリナ!どしたのその、血だわ!?」


「な、これは!なんでも無いってば!」


「うぁひっどい!?痛くなかった?可愛そうなテリナ…!」

ナツノメという女生徒はテリナの対面に座っていたロンロに気づいて彼女をにらみ付ける。


「アナタ!なんでこんな小さい子が大学にいるの!?テリナに何したの!?」


(この情けない男に思いっきり頭突きしました) と、言いたかったがロンロは口に出すのを止めて

「いやーその、テリナさんには少しお話を聞いてまして…」と口を濁した。


「本当?大体どうやって校舎の中まで入ってきたの!?何の理由があって!?答えなさいよ!」

テリナの傍から離れずにナツノメはロンロに向かって高圧的に話しかける。耳元で大きな声をあげているので彼はとてもうるさそうである。


「ナツノメっ!知らないのかロンロさんを!?君だってこの大学の魔学課の生徒だろ!」

叫びながらナツノメと呼んだ女生徒を体から引き離そうとするが、彼女はちっとも離れてくれずに両手でテリナの顔と体をしっかり掴んでいる。


「はぁ~!?知らないし!有名人?ぜーんぜんそうは見えないけどっ!」


「失礼だろナツノメ!いいから離れろよ!」


目の前で二人がじゃれあっている。

ロンロは思わずこの女生徒ナツノメの目を遠めから覗き込んだ。彼女の大きな瞳はうっすらだが焦点が定まっていない様に見える。遠くからで良く確認できないが…恐らくこの彼女もテリナの魔法に捕らわれているのでは無いかと推測した。魔法発動から時間が経っているせいかエーテルが弱まり、そこまで本格的には呪縛されてはいない様子ではあるのだが…。ロンロが事前に予想した通りこの彼女も、いや他の多くの女性もテリナの無意識から発する意識を縛る魔法に捕らわれている可能性がある。


( だ、だめだコイツ…!!この様子だと本当に無意識で大学中の女を引っ掛け回ってるんじゃ…!? )


それにテリナのこの美形な容姿、これも魔法の効果を後押しされている。

心と体を縛り意のままにする魔法とこの美形の姿成り立ちで落ちない女は早々いない。

それこそこの組み合わせを突破出来る女と言えば魔法対策をしていたロンロと、もしくはこれ以上の魔法的才能を持つ人物に限られる。例えば、魔女・ハルバレラの様な。

…本当にハルバレラはこテリナにこの魔法を教えた訳では無いのだろうか?独学でこの様な人間の思考を操る様な高度な魔法を作り出すのはかなりの才能が必要になる筈であるとロンロは推察する。


「ほんと!ひっどい流血…!鼻の周り真っ赤ジャン!!テリナっ!医務室にいきましょ!」

彼女は立ち上がりグイグイとテリナ・エンドの腕を引っ張り上げて無理やり歩かせ始めた。


「いたたた!止めろよ!!判った!!判ったから!!!そんなに引っ張るなよ!!ロンロさんっ!すいませんここまでで!!何か判明したら僕にも教えてください!この大学にいますから僕っ!いててて!!!!だからもう止めろって!普通に歩くから!」

無理やり引きずられていくテリナはロンロに向かって申し訳なさそうに詫びて来た。

どうやらこの調子だと本当に魔法を意図してコントロール出来ておらず、彼女に対しても無意識で発動させていたようである。


「あのー、テリナさん。一応今回の事は内密で…。」

去り行くテリナにロンロは一言声をかけた。


「もちろんだ! 今日の話は秘密で…」

そうテリナが言いかけたのだが直にナツノメが会話に乱入してくる。


「何よ秘密って!?医務室で全部喋って貰うんだから!!」


そのままナツノメに引っ張られてテリナ・エンドはロンロの目の前から姿を消した。

ナツノメはこの研究室を出る前にロンロの方を思いっきり睨み付けて来たのだが、色々事情を悟ってしまったロンロは呆れ気味の笑顔を返すしか出来なかった。


「ハルバレラが招かれて講義するくらいだから…結構偏差値高い大学だと思うんだけどな…。」


ロンロは呆れ気味に一人呟いた。











(だけど、ハルバレラ。)


あの暗い屋敷で逢ったハルバレラが、ここまで他人と。それも男性と触れ合っていたのはロンロにとって意外な事実であった。他人を拒絶した人生を歩み、両親とも碌に触れ合わず、自分の事を始めての友達と言いながらその事に笑い、感極まって涙まで流したあのハルバレラが…。彼女が春からこの冬になろうとしている今の季節まで、こんなに長い間一体何を想ってあのテリナ・エンドという青年と触れ合っていたのか。もしかしてそれは……。きっと。




これまでの経緯で、

屋敷で出会ったハルバレラ。

テリナの事を怯えた彼女は。

そしてテリナから語られた密会の事実。


あの魔紋が生まれた経緯は、もしかして…と。


答えはもうロンロの中で判っていた。

そしてその証拠が恐らくテリナから託された手紙にきっと書かれているだろう。




「ごめんねハルバレラ。中身を見させて貰うね…。全てが終わったらきっと、謝るから…。」




手に取った手紙を見つめながらロンロはここにはいない、いや、既にこの世にすら存在しない友人・ハルバレラに侘びを入れる。


ロンロはテリナのいなくなった研究室で一人、その手紙の封を開けた。

封の中には一通の便箋。

そこに綴られた文字は生前のハルバレラ本人が書いたと思われる、知性を思わせる整った字体で彼女が書き出した心からの愛の言葉が綴られていた。






……


………


…そして移り行く季節の中で大学の私の研究所の中で貴方と過ごし、触れ合い…。

私の中には暖かい心が芽生えました。


貴方が見せる成長の実感と、それを掴み取った時の貴方の笑顔。

私の心の中でしっかりと焼きついたその笑顔は目を閉じる度に浮かび上がってくるのです。



私は、ハルバレラ・ハレラリアは貴方が好きです。

テリナ・エンド君が好きです。



愛しています。



生徒と先生という立場ではありますが、この想いはもう隠せそうにありません。

この一年の間、貴方と二人きりで過ごせて私はとても、とても楽しかった。


今までの人生でこれ程までに充実感を得た時間は無いでしょう。

11歳の時ヒルッター理論を確立させてそれを纏め上げた時よりも。

幾度と無く様々な難解な魔法式を魔学として落とし込める事に成功した時よりも。

ずっと、ずっと。


この私の心中を告白をする事で…今までの何気ない会話も出来ていた二人の関係が崩れるかもしれないと考えると、少しだけその事が怖いと思う事もあります。


だけどもう隠し通せる自身も私には無いのです。

貴方から貰った誕生日プレゼントの鉢植えを見る度に私の心は熱くなって。

夜の一人の時間ですら貴方との密会のひと時との思い出で満たされて、幸せを感じてしまうのです。




急にこの様な手紙を送ってごめんなさい。


良ければ次の再開の時に返事を貰えると嬉しいです。



誕生日、おめでとうテリナ君。




                           ハルバレラ・ハレラリア







手紙を読み終わったロンロの両目から大粒の涙が落ちてきて、手紙に幾つもの涙の痕を浮かべた。


やはりそうだった。

屋敷の時からロンロには判っていた。

彼女は、死の間際に…いいや。

きっと彼、テリナ・エンドと出会った春から今まで、きっとそう。


ハルバレラは恋をしていたのだ。

彼に、テリナ・エンドから渡された手紙に。

その証拠をこの手紙からしっかりと受け取った。

読み終わったロンロは震え、しばらく一人で泣き続けた。



あのハルバレラが、

他人を恐れていた彼女が、

ここまで勇気を出して、手紙を綴って。

友達もいなかった彼女が、その才能故に孤高の天才にならざるを得なかった彼女が…。

だがそれはあの男、テリナ・エンドには受け入れて貰える事も無く無残に終わっていった。


ハルバレラの初恋であろうこの恋は春から始まり、冬になるこの季節にまるで冷気に当てられた木々の葉の様に散っていったのだ。



ハルバレラの心がまるで乗り移ったの様にロンロは泣いた。

両手で顔を押さえて声を上げて泣いた。

友達の恋の終わりに一人、テピス大学の一室で泣き続けた。

彼女は、この恋に後悔して死んでいったのかもしれない。そう思うとロンロは心をえぐられた様な痛みを感じてしまっていたのだった。


「あんな馬鹿男に…ハルバレラッ! ううっ…!でも、でも!…ホントに好きだったんだね。ハルバレラ…。人を好きになったの、男の人を好きになったの、初めてだったんでしょ…?きっと…!それなのに…!ううっ!」


ロンロは顔をぐしゃぐしゃにして泣く。

自分と友達になろうとした時でさえあんなに勇気を出して身も心も振るわせた彼女。

あのハルバレラが男の人に愛の告白をしようとしたのだ。勇気を出して手紙を書いたのだと。


「でも! …よく頑張ったね、ハルバレラ…。私はまだ男の人に告白するなんて経験が無いから、本当に尊敬するよ…。でも…それで死ぬ事無いじゃない…!! ハルバレラ……。」


彼女の手紙を読んだロンロは確信した。あのハルバレラの屋敷の自室にあった禍々しい魔紋、恋に破れ現世に絶望した死の間際に生み出された物だという事が。恐らくテリナがあの魔法で垂らしこんだ他の女と歩いている所でも目撃したのだろう。いや、あの様子だとテリナはハルバレラを女性として意識していなかったとすら捉えられる。直接彼女として女性を紹介された可能性すらあるとも考えた。そうだったとしたら今すぐにでもテリナの美しい顔面を変形するまで力の限りぶん殴りたい!とロンロは拳に力を込めた。さっきのヘッドバットだけでは到底物足りないとすら思う。だけどそれは、彼からすれば言いがかりだろうとも判っている。ハルバレラの不器用な初恋は、現実に耐え切れなくなった絶望からくる彼女の死という最悪の結果で終わっていたのだったとロンロは確信した。


ロンロは手紙を自分のレザーリュックに仕舞い込むと力無く立ち上がり、テピス大学魔学課棟から外に出る。ハルバレラの心をを知ったのだから、再びあの魔紋を確認してみたいという想いが沸き立つ。でもそれよりも彼女、エーテル体となったハルバレラとは昨日また逢いに行くと約束していたのだ。その約束を果たす為にロンロは涙を拭いて立ち上がり、大学を後にする事にした。



テピス大学の校門を出た所でロンロは振り返って学校全体を見渡した。

ここでハルバレラが恋をして、そして破れて、その男は知ってか知らずか今も別の女とじゃれ回っている。ハルバレラの事を思えばそれは凄く悔しくやりきれない思いである。だからといってテリナに罪はあるだろうかとも考えた。自分の魔力を無意識とは言えそれを使って女を抱きこんでいるのは罪なのだが…。だがハルバレラが彼に恋心を抱いたのは彼女の一方的な物であって、彼にその責任の全てを押し付けるのはまた違うとも思っていた。ましてや、今のハルバレラの死体降下現象の責任を問わせるのは更に見当違いも良い所である。


( だからって、やりきれない…。 )


ロンロがそう考えながらも正面を向いて大学を後にしようとした時、彼女の視界正面から50m程先にある空から人型の物体が空高くから落下してきているのを発見した。


ハルバレラだ。

これが今のハルバレラだ。



「…また死んで、地面に落ちて、そして砕け散るのね。ハルバレラ。」

空から落ちてくるハルバレラを見上げながらロンロは一人呟いた。

やがてハルバレラの死体が



『 ドガッサァアアアアア!! 』



 という音を上げて激しく地面に打ち付けられ、血を流して周囲の地面を赤く染め上げる。

周囲にいた人間や大学正門周りにいた人間が音の方向へ振り返り、距離を取りながらも集まっていく。


『はぁ…、ハルバレラ先生また落ちてきたよ…。』

『大学の中にだってまた落ちてくるよ…。そういやさ、心理学棟の屋上に落ちてきた奴がもう三日ぐらい放置されてるってさ。』

『うぇええ、寒くなってきたとは言えさ。それやべーんじゃね!?』

『やべぇよな…。誰が処理すんだろう…。』


周囲の人間は口々に勝手な事を言って遠目から噂話を立てている。

今日で十三日目、しょうがないとは言え今のロンロはその会話を聞いて不快に感じてしまった。


「あなた達!どいてください!!」


声を荒げながらハルバレラの死体に群がる人垣を掻き分けてロンロはその場所に近寄った。

落下の衝撃で今回も体のあちこちが破け、骨が露出し、頭は割れ、体全体がおかしな方向に曲がり、夥しい血を流しながら横たわっている。

ロンロは死体の近くに屈みこむ。


「私の予想が当たってたとして…、ハルバレラ。恋に破れたからってここまでする必要あったの…?」


その時、ロンロがテリナの睡眠魔法を防いだ後に上着のポケットに入れていたエーテル吸収鉱石のペンダントの鉱石部分が一瞬だけ、薄く光を放つ。


「え…! そんな、このハルバレラの死体にもまだエーテルが残留している…?」


ロンロの予想ではオリジナルのハルバレラが死の間際に展開した魔紋から発生した魔法が、この街に無数の自身の死体を降らせる魔法式を完成させて発動したと見ている。そのエネルギーはこの周辺の大地や水からなる自然界のエーテルエネルギー。どういう原理で大地とシンクロしてそのエーテルを吸い上げているかは疑問ではあるが、このハルバレラの死体にはそのエーテルがまだ微量だが残量しているという事になる。


「えええ…! ハルバレラ。どういう事なの…。」


エーテルの残量が示す証拠は一つ。

エーテルはこの星のエネルギーであり、この星で生きる全ての生き物の命ある光の証拠。

つまりこの十三日間空から振り続けている死体は…。


「ううん、信じられない…。でもこの結果はそうなのね、ハルバレラ…。私はてっきり空中で貴女の死体が大地から吸い上げた有機物とエーテルで精製されて落下してきている物だと思ってた…。純粋な死体が。だってそうでしょ、死体が落下中に何か叫んだとかアクションを起こしたとか、そういう報告なんか無かったし私だってこの三日間で貴女が空から降って来るのを幾度と無く目撃した。でも、そうじゃなかったのね…。」


ロンロはハルバレラの死体にそっと触れ、その瞳を潤ませた。


「ハルバレラ…。この街に今まで落ちてきた五百体以上の貴女、その全部が…この大地に叩きつけられるまで生きていたのね…。魂すらコピーして…。空から生まれて落ちてくるまで、生きていたんだね…。」


生命がその命を終えれば役目が終わったとばかりにエーテルが体から抜け出していく。

そのほとんどは命が終わるその瞬間に放出されるが、肉体の隅々にまで行き渡った体を構成しているエーテルはそれはゆっくりと、自然に。その速度は肉体が腐り朽ち果てるのとシンクロしてるのである。

そのゆっくりと体から排出される僅かなエーテルにロンロが持っていたたエーテル吸収鉱石のペンダントが僅かであるが反応したのだ。


「この世の中に、五百回以上の死を味わった人間が何処にいるっていうの?ほんとに…。」


余りの事に呆然とする。

そしてロンロがこの街に赴任してきてから疑問に思っていた事が一つだけ判明した。

どうして事件発生以来この街やその周辺で人家を初めとした建築物に死体落下の衝撃で破損が起きるという被害が出る一方で、人の頭上に直接落ちてきたような報告が無かったのかを。それは死の間際のハルバレラが魔法の力を己で制御し落下地点を絶妙にずらし、下の人間を回避していたに違いないとロンロは推理していた。そのハルバレラ達の死の間際の最後の行動に、ロンロは泣きながらも呆然として、その後で力なく笑うしかなかった。


やがて人垣を掻き分けて、もう一人の人間が顔を出してくる。

黒髪黒目の美青年、テリナ・エンド。医務室で顔を洗ったのか顔の周りにはもう血は付いていない。

元の容姿端麗の姿となって彼は再びロンロの前の前に現れた。


「騒ぎが起きてたから、もしかしてと思って…。ロンロさんもいたんだね、ハルバレラ先生…。」


ゆっくりと近寄ってくるテリナに気づいたロンロは彼を睨み付けてその場に立ち尽くした。

ふつふつとロンロの中で怒りが沸いて来る。

彼を、テリナ・エンドという存在をこれ以上ハルバレラに近寄らせてはいけないとロンロは思った。

これ以上はルバレラを傷つけさせてはならないと彼女は本能でそう感じ取っていた。



「テリナ!!テリナ・エンドォ!!!」


「な、なんだい!?どうしたの!?」


「そこから一歩も動くな!!!下がれ!!!!それ以上近寄るならお前を刺す!!!お前がハルバレラに近寄る資格は無い!!!!」

ロンロがエーテル・ナイフを懐から取り出してスイッチを入れて展開する。薄い緑色の光で出来た10cm程のエーテル刃が展開したそれを持ってロンロは身構えた。


「ひっ…!!」

テリナはその刃を視界に入れた途端に後ずさりして腰を引いた。エーテルの刃とロンロの怒りの表情に完全に気圧されている。


「下がれ!!!!消えろっ!!!!!!!」

ロンロがエーテル・ナイフを持ったまま一歩、歩を進めた。


「僕が何をしたって…!ただ僕はハルバレラ先生の…!」

完全にロンロの勢いに押されているテリナがロンロの本気を感じて更に後ずさりをする。


「黙れっ!!!!本当に刺されたいのか!!!!?私はあの手紙を読んだ!!!私はお前を許す訳にはいかない!!!!!!!決して!!!!!」

鬼の形相となり歯をむき出しにし、完全に目を据わらせたロンロがテリナを激しく威嚇する。

エーテルの刀身をテリナに向けて伸ばし、彼を今にも襲いかかろうとせんばかりの勢いだ。

深い青色の瞳を険しく引きつらせながらロンロはテリナを睨み付けた


「手紙…?え ?あ、ひっ!ひぃいい!!」

テリナは情けない声を上げ、人垣の中によろけながら無様な姿で走って消えていく。


周りがその二人のやり取りを見て、やがてざわつき始める。

ロンロはテリナが去ったのを確認してエーテル・ナイフのスイッチを切り刀身を仕舞い込んだ。こんな風に人に向かって感情を露にした事の無かったロンロは興奮から肩から息をあげている。


「はぁっ…!はぁ…!テリナ・エンド…!!あんな男、顔ばかりでホントに情けない…っ!!!」

その場でロンロは地団駄を何度か踏んで小さな子供が不満を表すかのような事をする。


「くそっ!くそっ…!うううううっ!!!!」

その場に立ち尽くし、刀身を仕舞い込んだエーテル・ナイフを握り締めたままロンロは人垣に囲まれながら泣いた。テリナ・エンドは追い払った。だけど自分は死に続けるハルバレラに対してこれ以上何も出来ないという無力感に襲われて思わず涙が溢れた。

今も尚、死にながら傷つく彼女に何もしてやれない事への悔しさがこみ上げてきた。



泣き続けるロンロの後ろから、人垣を掻き分けて彼女の聞きなれた声が聞こえる。



「なんだ、何が起きた!?ロンロか!?」

死体落下の一報を無線で聞きつけたシヴィーが死体運びの荷台馬車に乗ってこの場に駆けつけてきていた。馬から降りたシヴィーはロンロに駆け寄る。


「どうした!?何があったんだ!どうしたロンロ!」

シヴィーは立ち尽くして泣いているロンロの肩に手を置いて質問をする。


「うううっ…。ううっ! …男の人って皆、そうなんですか…?」

ロンロは振り返らず、俯いたままシヴィーに質問をする。


「どういう事だ?」


「綺麗な女の人がいればそれを狙って、幾らでも自分の物にしようとするんですか…?この街の市長さんもそうだった…きっと、テリナも…。」


「良く判らんが…。そういう面は確かにあるかもな。」


「やっぱり…。だから浮気とか平気でやるんだ、男の人ばっかり…。だから…。」

ロンロは己の拳を握り締めて体を震わせる。

長い彼女の金髪の、それを結んだ長いポニーテールの髪型も同時に震えた。


「生き物としてはそういう性質があるのは確かだ、同じ男として否定はしない。」


「…。ううっ…!ううう…。」


「だがな、そんな事ばかりしている男がだ、それが世の男の全ての本質だと思われたらそれは心外だ。それが罷り通れば世の中もっと歪な事になってるだろう。それくらいは判るだろ。」


「だけど…だけど!!」

ロンロは振り返って涙を浮かべたままシヴィーを見上げる。

シヴィーの身長は高く、ロンロが彼の顔を見つめるには顔を大きく上げなければならなかった。


「真に思いやりがあればその様な事は決してしない。真に相手を愛していればな、そんな風に相手を傷つける様な事は決してしない筈だ。…いや、まぁ、そうであっても行きずりの相手位はあるかな…?うーん?」

シヴィーは珍しく複雑な表情を浮かべた。イマイチ己の回答に自身が無い様である。これはシヴィー自身がというより世の中の多くの男に対して、その男という生き物の性質に対しての疑問もあっての表情である。


「相手を愛していればですか…。」


「ああそうだ。少なくとも俺はしない。」

それは彼が不器用という点もある。だから38歳にになっても独身なのだ。

もう少し器用に生きていたのなら安定した職業である王国兵団警察機構という職務に、勤務実績も真面目そのもの、顔の容姿もそこまで悪くなく、中年になっても太りすらしていない、それでいて背も高い彼が結婚出来ないという事は無い筈であるから。


「……判りました。シヴィーさんは信じます。へへ…。ありがとう。」

ロンロはその言葉を述べて両手で涙を拭いた。

目の前のシヴィーという男に対してはこの三日間で信頼出来るという確証があったからだ。

彼の不器用で真面目で誠実な性格と言動をロンロはとても良く知っていたからだ。

テリナの様な上辺だけの言葉より、この三日間で彼の背中から感じた行動はそのシヴィーの「俺はしない」という言葉を鵜呑みに出来る程の実績があったからである。


「まぁなんだ、信用してもらえて何よりだ…。それでテピス大学で何か判ったのか?テリナ・エンドの事だ。ハルバレラとの関係は?」

シヴィーはロンロの耳元で小さな声で語りかける。

テリナ・エンドがハルバレラと関係していたという事を内密にしようとした為であった。


「たった今エーテル・ナイフを突きつけてテリナを脅しました…。イラついたんで…。」

少し申し訳なさそうな、そういう表情を浮かべてロンロは返す。


「はぁ!? なんだそりゃ!!??」

予想だにしなかった答えを聞いたシヴィーは声のトーンを上げて驚いたのだった。






ハルバレラの死体を二人は回収して荷台馬車に乗せ、シヴィーに支持されてロンロもそれに飛び乗った。

この死体の落下と、先程のロンロとテリナのやり取りからテピス大学の大勢の人間が取り囲んで二人を注目している。首都からの監視団も街にいるかもしれないのにこれは目立ちすぎて不味い、と、シヴィーはロンロを連れてこの場から離れる事にしたのだった。




「詳しくは今日の夜にでも聞くが…まだ昼の2時程だ。これからどうするつもりだ?」

人垣から離れ、多くの人々の視線から外れた所でシヴィーは己の腕時計を確認しながら後ろの荷台馬車に乗っているロンロに馬上から話しかける。


「やっぱり…もう一度ハルバレラの屋敷に出向いてみようかと思います。現場をもう一度確認しておきたいですし…。それに、やっぱり約束したから。」

シヴィーの背中に向かってロンロは話しかける。

昼の2時とはいえ冬に差し掛かった外の風は冷たい。馬に引かれているとなると尚更。ロンロはエーテル体のハルバレラが約束してくれたお茶の約束を思い出していた。熱々の紅茶が出てくると良いなぁと思う。


「了解だ。一応首都の人間の目もあるからな、俺は外を見張らせて貰おう。」


「ありがとうございます。」


「無茶するなよ、何かあれば大声でもなんでも上げろ。…あの馬鹿でかい屋敷の中だと外の俺まで聞こえてくるか判らんが…。」


「ははっ!屋敷のすぐ近くならともかく、あの大きなの屋敷の中からじゃ外壁の周りまでどんな大声を上げても絶対に聞こえませんね!!ハハハハハッ!」

ロンロはそれを想像して思わず笑い出した。


「…うーぬ。」

シヴィーは真面目に考え込んでしまった。


その姿がますますロンロの笑いを誘った。

この人は本当に不器用で真っ直ぐな人だと、その背中を見て再び思ったのである。


テピス大学からハルバレラの屋敷は距離的に近い。

二人が雑談している間に大きな建物と庭を囲む塀と立派な門構えが見えてくきた。それを確認するとシヴィーが馬車を泊めた。



「正面は守衛がいるから俺は屋敷の裏手に廻る。この街の警察機構は首都と繋がっているが末端の俺らにまでは情報は降りてきていない。何かあれば正面からは守衛の二人が流石に対処するだろう。」


「判りました。シヴィーさんも気をつけて。よっと!」

ロンロはハルバレラの死体が乗った荷台から飛び降りる。


「お前もなロンロ。危なくなったらすぐ逃げろ。」


「はいっ!シヴィーさん、いってきます!」


シヴィーはそれを見て黙って頷き、馬を操り屋敷の裏側へ続く道へと回り込んでいく。ロンロはそれを見届けた後にハルバレラの屋敷の守衛が立つ門前まで足を進める。昨日出会ったあの小太りの王国兵団警察員が今日も守衛として門の前に立っていた。


「こんにちは。」

ロンロはその警察員に頭を下げて挨拶をする。


「昨日のお嬢ちゃん先生じゃないか、こんにちは。今日も調査かい?」

小太りの警察員がロンロを見て挨拶を返す。


「はい、再び屋敷の中に入って大丈夫ですか?」


「ああ構わないよ。…それとお化けなんだけど昨日あの話聞いたら怖くなっちゃって。追っ払ってくれるかい?中に入るんだろ?」


「ははは…まぁ善処します。」

昨日、エーテル体となったハルバレラが潜む屋敷から人目を避けさせる為に誇張して喋ったお化けの事を小太りの警察員はまだ気にしている。想像以上に効果抜群だなぁとロンロは思う。


「じゃ!頼むよ! 今から門を明けてやろう。」

昨日と同じ様に大きなハルバレラ屋敷へと続く鉄製の格子門を彼は開門し、その後に懐から鍵を取り出してロンロに手渡した。


「もう屋敷へ近寄るのも怖いからさ…。屋敷の鍵は渡すから玄関の開錠は頼めるかな…。帰る時に自分に返してね。」

小太りの警察員は気が弱いのか完全にお化け騒動に引け腰である。

きっとハルバレラの死体が自分の近くに落ちる度に悲鳴を上げているだろう。シヴィー達の様に死体処理場に配属されていたらきっと一日目で逃げ出している。


「えーっと、はい。それとですね、上の方から屋敷の警備で何か言われませんでした?」

ロンロは昨日内通したグラレーン市長が彼女が容易くハルバレラの屋敷へ侵入出来た事に対して警備体制に言及していた事を思い出していた。「上に報告」…つまり警察機構に意見を申請したかもしれないのだが。


「ん?特になんも聞いてないけどね?それがどしたんだい?」

男は本当に知らない風な面持ちで即座にロンロに返事をする。


「あーいやー!なら大丈夫です。ハハハっ!いってきまーす。」

誤魔化す様に愛想笑いをした後、屋敷の正面玄関に向かってロンロは小走りで進みだした。

市長が嘆いていた「警察機構と市行政側の情報が分断されている」というのは本当だった。グラレーン市長の意見は警察機構側に届いていなかったのだ。


( 首都側は警察機構も掌握して本当にこの街を見殺しにするつもりなんだ…。)


広いハルバレラ屋敷の正面玄関まで続く庭を進みながらロンロは抱いていた不安がはっきりと確信に至った事を理解した。



ツルバラのツタが絡みついた大きくて立派なアーチを抜け、大きな木製のドアの屋敷正面玄関にロンロが到達する。昨日は守衛の小太りな警察員に開けてもらったが今日は鍵を渡されたのでロンロ自ら開ける事になった。鍵を差し込んでまず開錠して、そして全体重をかけて重い木製の大きなドアを力いっぱい押す。大の男でも開けるのに苦労するこの玄関を小さな女の子のロンロが開けるのは大変だ。


「うぐぐぐぐぐ!ぬーーーーーー!!」


と、唸り声を上げて力を込めてようやく少し、この大きなドアへ女の子一人分が通れる程の僅かな隙間を作る事に成功した。そこから身を滑らせてロンロは今日もこの屋敷に侵入する。いや、今回は屋敷の主に面会の約束が取れているので訪問したと言うほうが適切かもしれない。


屋敷の中は昨日と同じく真っ暗であった。

僅かに開いた大きな木製の玄関ドアの隙間から寒空の弱い太陽の光が差し込んでくる、それのみ。

エーテルを使用する照明魔機は全て停止して屋敷中のドアにカーテンがかけられて閉められている。ロンロが現在いるこの屋敷に見合った大きな玄関ホールも昨日と同じく暗闇に包まれたまま。ふかふかの絨毯の感触のみが足元から伝わってくるのみであった。


「ハルバレラーーー!! 私よ!ロンロ・フロンコ!! 約束通り今日も来たよーーーーー!!」


この屋敷に潜んでいるであろうエーテル体となったハルバレラを呼び出す為にロンロは暗闇に向かって声を張り上げた。しかしその暗闇からは返答は無かった。


「奥の研究室か自室にいるのかな…。」

ロンロが暗闇の中で一人呟きながら鞄からエーテルライトを取り出そうとした、その時であった。



『バッ!』


と、玄関ホールから続く階段の途中でスポットライトが当たった様な光が発生し、そこにはハルバレラがあの不気味な笑顔を浮かべて両手を揃えて登場した。



「ロンロちゃ~~ん♪」



エーテル体のハルバレラがロンロの名前を出して片手を挙げながら歌う。

それが終わると同時に今度はホールの右奥から同じようにスポットライト照明が発生してもう一人のハルバレラ(!?)が登場して同じ様に片腕を上げながら



「ロンロちゃ~~~~~ん♪」



と、同じ様に声を張り上げて歌う。

更に次は屋敷のなんと天井に光が当たり、まるで蝙蝠ぶら下がるように天井にぶら下がっているハルバレラが登場する。彼女も片腕を上げて



「ロンロちゃ~~~~~~~~~~~ん♪」


同じ様に歌いだした。

更に更にそれが終わると今度はホールの左端の壁、階段上、別の天井、右端の壁、ロンロのすぐ隣、奥の扉前、至る所にスポットライトと共にハルバレラのエーテル体が登場して



「「「「「「ロンロちゃ~~~~~~~~~~~~~~~ん♪」」」」」



一斉に同じ様にロンロの名前を出して歌いだす。

そして屋敷の玄関ホールの照明が急に灯り、広い広いホールの全貌が見えた。

そこには…なんと隙間も無い程びっしりと無数のハルバレラがあの不気味な笑顔を浮かべながら屋敷に入ってきたロンロを全員で見つめている。


そして、歌いだす。




「「「「「「「「「「「「ロンロちゃ~~~~~~~~ん♪ 」」」」」」」」」」」」」




「「「「「「「「「「「「ラララララ~~~~~~♪ 」」」」」」」」」」」」」




「「「「「「「「「「「「我が家へいらっしゃぁああああああい♪ 」」」」」」」」」」」」」




軽く百人は居るのではと思われるハルバレラ達が一斉にコーラスを始めてロンロの訪問を歓迎した。

それが終わると全員が狂ったかの様に



「「「「「「「「「「「「 アヒヒヒイヒイヒアアアアアアア!!! 」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「 キエエエアアアハハッハッハア!!! 」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「 イヒヒヒッヒイイアアアアアアアアアア!!! 」」」」」」」」」」」」」



全員が奇声を発しながら笑い始めて屋敷の玄関前ホールは異様な空間と化した。

余りの事に驚いたロンロであったが、段々呆れて来たのも確かであった。


「…ハルバレラ、な、なにしてんのコレ。」

顔を引きつらせながら大勢のハルバレラを見つめてロンロが呟く。


「「「「「「「「「「「「ヒィアハーーー!!!!!私達!合っ体!!!!!!!!」」」」」」」」」


一斉に両手を天井に向かって上げたハルバレラ達はその掛け声と共に一斉にエーテル体となり、ロンロの前で集合してようやく一人のハルバレラとしてロンロの目の前に現れたのだった。


「ヒアヒヒ!いらっしゃいロンロ!約束通り来てくれたのネ!ウウウウウレシイワ!!!!」

何処までも陽気なハルバレラはロンロが今日も自分に逢いに来てくれた事を嬉しそうに笑っている。


「こんにちはハルバレラ…っていうか、さっきの何アレ…?」


「ダッテー、ホラ、今のワタシってエーテルデショ!意識はモチロン一つなんだけどホラホラ、体なんかエーテル操作でどーとでもなるからもう分裂出来まくリヨ!オウ!!デンジャーラース!!!!」


そう言いながら喋るハルバレラの体から一つの塊が分裂してその塊も本体と同じ様な姿になる。ロンロの目の前に二人のハルバレラが現れる。そして二人して顔を見合わせて「アヒヒヒアアアアイヒ!」と気味悪く笑い続けている。


「ちょ…!気味悪いしどっちに喋って良いか判らないし止めて!」

昨日も感じていたが流石にこのテンションには付いていけないとロンロ。


「アラーン残念。」

二人は合体して元の一人に戻る。

もう一人の顔と体が解けてハルバレラ本体に吸収されるような感じで消えていったので見ていて大変気持ちが悪い。


「ま、まぁ凄い技術だと思う…。魔女じゃなかったらエーテル体になったとしてもここまでエーテル操作出来ないしね…。」

ロンロは呆れながらも天才・ハルバレラの魔法知識に感服はした。ここに来るまでハルバレラの事を想い、涙していたのだが…。感傷的になって泣いたり呆れたり感心したり今日は忙しいなと彼女は感じる。


「一人ワタシ運動会や一人ワタシ論弁大会や一人ワタシコーラス部や一人ワタシゲーム大会や一人ワタシ朗読会とか色々出来るワコレ。究極の一人アソビネー!アヒヒヒヒアアアアアアア!!!!!」


奇行を繰り返し陽気に笑うハルバレラとあの手紙の中のハルバレラがどうにもロンロの中で一致しない。少なくともあの男、テリナの前ではどうやらマトモだったのは判明している。ハルバレラという人間を知れば知るほど良く判らなくなる。ロンロの頭は混乱している。


「それでその…。変わった事は無かった?体の事や部屋の魔紋の事で。」


「アーンンンン?特に無いワネー。体は順調ヨ。色々面白いワーこの体!昨日ヵらズーット分裂とか合体を色々繰り返してめっちゃ遊んデタ!遊んでマシタ!!!」

そしてハルバレラは自分の右腕を上げてその右手の平を何十倍にも巨大化して見せた。


「わああああああああああああああ!!!!!」

目の前で巨大になったハルバレラの手を見たロンロがたまらず驚きの声を上げる。


「ネー!オモシロイデショ!なんでもありよこのカラダ!ボインボインにもなれるワヨ!ボイーン!」

と、己の胸を膨張させようとしたのでロンロは「それはいいから、それは!」と彼女を制止した。


「まーその、何も無いなら良かった…。いや良く無い、魔紋の事も何も無かったの?」


「ア~~~~。エーテルボディで遊んでてロクに調べてナイヤ! ゴメン。アヒヒイヒヒヒイヒ。」

右手を元の大きさに戻しながらハルバレラが答える。


「そーーーーーですか。まったくもー。」

天才ハルバレラの自己分析に期待をしていたが空振りを食らった。


しかし死んだ後のハルバレラはとても陽気である。現世の迷い事から開放された為であろうか?それとも元からこんな性格だったのであろうか?テリナが語るハルバレラやあの愛の手紙を綴ったハルバレラの様な繊細な一面が一つも見られない…と、目の前の天才魔女を見てロンロは首を傾げた。


「ロンロ、約束通りお客様にお茶を入れる練習もしたワ。茶葉も菓子もまだ屋敷にあったカラ。客間へドゾー。イエーーーイ!」


ハルバレラは飛び跳ねる様に、いや実際エーテル体となって宙に浮かんでいるのだが、軽快な足取りで玄関ホールの右奥に続く応接室にロンロを手招きしながら進み始めた。昨日のお茶を入れる約束はちゃんと覚えていたのだ。


「…はいはい。待ってよ!私は飛べないんだから!」

苦笑いをしてロンロはそのハルバレラに続く。




出会ってまだ、たった二日の二人。



秀才の魔学者ロンロと天才の魔女ハルバレラ


理屈家のロンロと感性で生きるハルバレラ


研究所という組織の人間のロンロと他人との交流を絶っていた孤独の人間ハルバレラ


金髪の少女ロンロと黒髪の魔女ハルバレラ


魔力才能ゼロのロンロと魔力才能保持AAAのハルバレラ






何もかも正反対の二人であったが。

だがそれ故か、二人はとても馬が合うようになっていた。

何もかもが不揃いの二人ではあったが、それが不思議な噛み合わせの歯車となっていたのだった。









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