裂かれ・裂かれて・魔女は空から落ちてくる
魔女・ハルバレラが死にながら無数にこの町に降り注ぎ始める一ヶ月ほど前 ―
季節が夏の終わりをはっきりと示す冷たい風を運んでくる頃に。
ハルバレラ・ロル・ハレラリアはこの世に生を受けて22回目の誕生日を迎えた。
彼女の大きな屋敷に次々と荷物を積んだ馬車が大勢出入りし、大量のプレゼントの包みとと祝いの言葉を綴ったカードや手紙と、豪華な花束の数々が届く。彼女が11歳の時じゃら始まった毎年行われるこの家の恒例行事の一つである。そう、彼女が11歳の時に提唱したヒルッター理論の発表と功績とその特許で名声と地位と金を手に入れたあの日から今日で11年間、この行事は毎年この日に行われていた。この屋敷の大勢の使用人達によって1階の大広間に次々とこれらは運び込まれていく。プレゼントは使用人達によって次々と開封され花は選り分けられ、祝いのメッセージカードや手紙は纏められて仕分けられる。
ハルバレラ本人はこの無数の贈り物全て、生まれてこの方一切興味が無いので処理は家の物に全部丸投げしている。高価な宝石を散りばめた腕時計や装飾品、彼女の職業柄付き合いのある企業から高価な実験魔機が贈られてくる事もあるがそれも興味無し。必要とあれば自分で購入するかもしくは自分主導でオーダーメイドで製作してしまう。直接自分自身で作り上げる事もある。この国の権力者から、大企業の重役から、同じ魔力才能保持者高ランクの同業者である魔法使い・魔女からも沢山のお祝いの品やメッセージが送られてくるが、ほとんど係わり合いが無いので無視。「だ、だ、だって怖いジャナイ!知らない人からの手紙ナンカァァァァア!!キエエエエエエエイ!!」とは本人の談。
ハルバレラは22歳になった。
そして21歳までの誕生日とは、今回は少しばかり事情が違った。
好きな男性が出来た。
生まれて初めて。
こんな高価な装飾品や高級な実験用魔機や高そうな鉢植え、そのままそれで殴ったら大の大人でも気絶してしまいそうな程のボリュームのある花束なんかはいらない。だって皆ほとんど知らない人かただの数度面会した程度か、それでなくても仕事上でしか会話しない人達からの贈り物。
それより彼女は恋する男性テリナ・エンドから、そう、一言でも良い。
「ハルバレラ先生、誕生日おめでとうございます。」
黒髪黒目の恋した美青年の彼からそう言って貰えるだけでそれは無数の宝石に勝る喜びを得るのだから。
その一言だけで無数の宝石に勝る笑顔を彼女に与えるのだから。
でも、その人生で一番求めて止まない言葉を彼から貰えるだろうかという不安が彼女にはあった。
幾度と無くテピス大学のの応用魔機技術の講義が終わった後に、大学内の自身の研究所で密会を続ける。
二週間に一度、春から始めたこの二人だけの密会は秋になり冬を迎えようとしている今でも続いている。
教え子テリナ・エンド18歳の悩みにして彼の今までの人生で抱き続けた重く苦しいコンプレックス、魔力才能保持者ランクDからの脱却。その為の魔力覚醒に至るまで、二人だけの特訓が密会の主な目的であった。
ある日、彼女がテピスに大学客員教授として招かれて初めての講義が終わった後に彼は突然彼女の元へやってきた。ハルバレラが苦行とする大勢の歳の近い人々の中に飛び込んで、その目線を集める事への疲労感から大学に与えて貰った自身の研究所に引き篭もり力なく項垂れている時に、彼は突然やってきた。天井から文字通りに落ちてきた。彼はテピス大学の学生で年齢もハルバレラに近かった。歳の近い人間と、それも異性と面と向かって二人きりで話すのは魔女ハルバレラにとっては始めての事であった。
驚きと、混乱と、不安と。
それから
喜びと、感動と、ときめきを。
美しい黒髪と大きな黒目を輝かせてテリナという青年はハルバレラに様々な発見を与えてくれた。
男性と話す事の新鮮さと、人と触れ合うという事の意味と、次第に特訓を重ねて内なる力に目覚めていく彼の成長と、そして何より彼という存在を。瞬く間にハルバレラは恋に落ちてしまった。
テリナ・エンドには確かに内に秘めた膨大な魔力を持っていた。とても最底辺のランクDとは言えない彼の内なる魔力の蓄積量を心と体の中に抱えていた。ランクAAA魔力才能保持者最高クラスである魔女・ハルバレラは出会った瞬間からそれを理解した。
ただ、彼は才能の引き出し方を知らない。それ故ランクDで理想と現実の間でもがき、苦しんでいる。
そんな彼の悩みと苦悩を取り去る手助けが出来たら…と最初は思っていたが、今はその想いより彼の事を思えば身勝手ではあるが遥かに優先する事がある。
彼に逢いたい。
逢って、話がしたい。
一緒に居たい。
傍にいるだけで良い。
でも彼はランクDからの脱却、魔力制御特訓が目的でハルバレラに逢いに来ている。それはハルバレラにも判っていたからこそ、自分の誕生日を彼に伝える事が出来なかった。「そんなつもりじゃ無いんです、先生。」そう言われたとしたらきっと立ち直れない自身があるのも。長い間、客員教授として講義をする為にテピス大学へ2週間に一度、大学に足を運ぶ日限定とはいえ半年以上にも渡って続いているこの密会の間に魔法技術の話題以外の会話もする事は多々あった。テリナの同級生の間でこんな話題があったとか、ハルバレラが行った講義の反響とか、新聞に載る程度の世間話とか、季節の移り変わりの様子とか…。でも自分の誕生日を伝える事は出来なかった。今まで恋人も、いや友達すら出来た事が無かったハルバレラにとって人間関係の距離を縮める術は彼女の研究する難解な魔学式の作成よりも困難な事であったのだから。
そう、思っていた。
ハルバレラの誕生日が過ぎ去ってからの、初めての密会の日。
いつもの様にハルバレラの講義が終わって彼女が大学内の自分の研究所にてテリナの訪問を今か今かと天井を見つめて待っていた時、それはやってきた。いつもの通りハルバレラがそっと魔法でテリナの体を支えてゆっくりと天井から降ろす。彼は片腕で小さな植木鉢を抱えて降りてきた。
「ハルバレラ先生、誕生日でしたよね!おめでとうございます!」
テリナ・エンドは大きな黒目を細めて彼女に笑顔で元気良く祝いの言葉を述べる。
信じられなかった。
ハルバレラは彼に誕生日を教えていない、なのに彼は自分の誕生日を知っていた。
何処から?
如何して?
何で?
知ってたの?
え?
え!?
え!!
( …嬉しい )
その感想しか出なかった。ハルバレラは両手で口元を隠しながら女性らしい仕草でその言葉に対して素直に驚く。目の前のテリナはまだ笑っている。
「あ、ありがとうテリナ君…!私、知らせていなかったのに如何から知ったの!?」
「先生のプロフィールなんて有名ですよ!どんだけ雑誌や新聞に名前と顔が載ってるんですか!?自然と目に飛び込んできますって!はははっ!」
「それを見て、覚えててくれたの?」
「はい!それとこれ、誕生日プレゼントです!ははっ、貧乏学生だから大した物は送れないですけどね。良かったら、どうぞ。」
テリナはハルバレラに片腕で持っていた小さな鉢植えを差し出す。
それは土色の素焼きの植木鉢に小さなサボテンがピンク色の花を咲かせていた。
「わぁ…。嬉しい。私、今まで貰った誕生日祝いのどれよりも嬉しい、テリナ君…。」
ハルバレラは心に沸いた言葉そのまま口で表した。
それはどんな高級な贈り物よりも彼女の心に響いた。この小さなサボテンとその花は彼女の目では幾億もの宝石の輝きに勝る贈り物。好きな人から貰った初めての物。いや、他人から貰った始めての心ある物。
「またまた!先生位の資産家ならもっと凄いの貰えるでしょー!ホント何上げて良いか悩みましたよ!で、結局それになって…。大丈夫だったかな?」
「大丈夫よ…。ううん、とっても嬉しい。ありがとうテリナ君…。」
「ははっ!良かった。プレゼントってのは値段じゃ無いですよ値段じゃ! いあー良かったー!」
ハルバレラの心知らずか、テリナは陽気に笑っている。
「テ、テリナ君の誕生日は…!?」
勇気を出してハルバレラは彼に質問をした。自分の誕生日が近づくに従って彼の方も気になっていた。自分の誕生日より本当はこっちを知りたかった。
ハルバレラはこの日、22年間の生涯で生まれて初めて他人の誕生日を聞いた。
「僕ですか?実はですね、次に先生に逢う時の、丁度2週間後が誕生日なんですよ。ははっ、これって僕も最近気付いたんですけど先生とは同じ月の生まれで誕生日が近いんです。…あー僕は何もいりませんよホント!そんな事で気を使って貰っても悪いです!」
「そんな訳にもいかないわ。私は頂いたんですもの…。」
ハルバレラは愛しそうにその鉢植えを両手で抱えて呟いた。
「んー。そうですね、じゃあその鉢植えくらいのお値段のを下さい。先生がいくら大資産家と言ってもあまり高すぎても、僕はまだ学生ですからね。」
「そ、そうね!そうしましょう!じゃあ今度逢う時にお返しをするわ。…ありがとうテリナ君。」
「なんか安物なのに喜んで貰えて、ホント良かった。昨日まで渡そうか渡さないかでずっと悩んでましたよ。先生がこんなの貰って喜ぶかなって。ははっ。」
「フフッ、そんな事は無いわテリナ君。 私、とっても嬉しかった。本当よ…。」
その日、ハルバレラはテリナから貰った鉢植えを両手に大事に抱え、大学から自宅の屋敷まで歩いて持って帰った。帰宅までの道のり何度もそのピンク色の花を咲かせたサボテンの小さな鉢植えを見つめる。その度に笑みがこぼれた。綺麗なピンク色の花も、サボテン自体もこの冬を迎えようとしている季節には不釣合いではあったがそんな事はどうでも良かった。寒い空気が吹き付ける灰色の冬を想わせる空ですら、彼女にはとても輝いて夏のよく晴れた空の様に美しく見えた。気温が落ちてきて元気を無くし始めている街の様子すらも何もかも美しい。今はこの世の全てが美しい。冷たい空気が手を冷やし続けてかじかむのも生きている証拠だと心から感じる。今、ハルバレラは生を、生きる喜びを強く実感していた。
自宅の屋敷へと戻ったハルバレラは自室に一直線に戻り、ベッドの傍にあるサイドテーブルにサボテンの鉢植えを置いた。他の荷物は全て片付けてどかしてしまった。今日からこの場所はテリナ・エンドから貰ったピンク色のサボテンだけの場所となる。その置かれたサボテンをしばらく見つめてまた笑顔になる。彼女のいつもの気持ち悪い笑顔では無く、いつもの様に感情を制御出来ていないかの様なアヒッヒヒアアイアイア!とかアヒヒヒヒ!といった奇声も上げずに、ごく普通の恋する女性の優しく、そして静かな充実した恋する故の笑みであった。
帰宅した彼女は恋する相手、彼の誕生日を知った。
その日からハルバレラは今現在取り掛かっている仕事と研究を全て中断してしまう。
魔機開発企業に送る筈だった資料製作の手が止まり、約束の締め切りが過ぎていく。痺れを切らした担当者からの電話にも出る事は無く、自身の研究結果を纏めた論文の提出日も同様に過ぎ去っていった。論文を掲載する専門誌の編集者からも前述と同じく幾度と無く原稿催促の電話がかかってくる。様々な業務を全て放り出したハルバレラの、その彼女の研究室にはあらゆる方面からの電話が延々と昼夜問わず、それを知らせるベルが屋敷に鳴り響いていた。だが聞こえていないかの様に彼女の意識にはベルの音は届かない。
彼女は全てを放棄して全身全霊を込めてテリナ・エンドが19歳となる時に渡すプレゼントの製作に取り掛かったのである。
「ヒルッター理論」
【エーテル内に情報を組み込み転送させ、遠距離の魔機にて受信させ遠く離れた人物と高度で高密度な情報を共有可能にしたシステム。従来の通信システムにあったエーテルを電気信号等に変換せずとも少量のエーテル内に情報を組み込みそのエーテル自体に指向性を持たせ情報を発信する。】
ヒルッター理論によって判明した事実、エーテルには情報を組み込める。
エーテルはエネルギーであり、伝達媒体でもある。
ハルバレラやテリナの様な魔力才能保持者では無い人間にもエーテルは存在し、それは他の動植物にも存在する。この星に存在する生命全てがその命と体にエーテルを宿らせている。
ならば私は…と、ハルバレラは思う。
この自分が11歳の時に発見したヒルッター理論によって自分の気持ちを伝えようと。
彼女は珍しく外出し、プレゼントを選ぶ為に街に出て直接商品を品定めした。
ある文房具の店で鼈甲で出来た美しい青色の万年筆を見つける。
ハルバレラに取っては値段はそこまで高くない、ただ学生が持つには少し値段が高めであったが、誕生日プレゼントであるのだから構わないだろうと思いそれを販売している店主に伝えて店内在庫を全て購入。
十数本程の青い色の鼈甲で作られた美しい万年筆を購入しこれを誕生日プレゼントとする事にした。
勿論プレゼントとしてテリナに渡すのは一本のみ。自身が提唱したヒルッター理論の原理によって彼女はこの万年筆に決して口には出せない自身の想いを込める事を思いついていたのだ。
初めて行う研究であったの為か万年筆を使ったプレゼントの開発は失敗を重ねた。
屋敷の研究室にある実験用の机の上にはエーテルによって焼け焦げた青い鼈甲の万年筆が既に数本転がっている。失敗によってエーテルが暴走し本体を焼き付けてしまったのだ。この為に彼女は万年筆を纏めて購入していたのである。
いくつかの試作品がその後に完成し、ようやく本人が納得する出来のプレゼントを完成させたのは次の再開まで僅か二日前の事であった。この青い鼈甲の万年筆には特殊なエーテル伝道媒体となるコーティングが彼女の魔法に拠って施された。それは触れた相手に自分の気持ちをエーテル情報として送信し、直接自分の内なる気持ちを感情として伝えられるという物。人間関係に不器用なハルバレラが思いついた、唯一の告白の方法でもあった。
つまりこれをハルバレラが多少の魔力を込めて手渡しすれば…彼女の気持ちを万年筆を通じて微量のエーテル情報として送信され、彼の肌に触れて情報が脳に伝達する。触れたテリナに言葉ではなくハルバレラの感情が伝わるのである。
本来ヒルッター理論でエーテルに情報を組み込んで送信するには何かしらの伝導率の配線媒体や無線による微量のエーテルを直接飛ばす方法を取る。エーテル伝導率の低い無機物にエーテル情報を伝導させるにはエーテルコーティングを施してエーテル伝導体にしてしまうしか方法は無かった。しかしあまりコーティングの際に強いエーテルで包んでしまっても魔力才能保持者には一目で気づかれてしまうし、能力者で無くても目視で確認できてしまうだろう。今の魔学では魔力才能保持者が気が付けない程の薄く繊細なエーテルコーティングで無機物を加工する事は到底出来ない。しかし今、ハルバレラの目の前にあるこの万年筆は魔力才能保持者AAAである魔女ハルバレラ本人にすら集中しなければその薄いエーテルのコーティングの存在を確認できない究極の一品。類まれなるハルバレラの才能がそれを可能としたのだ。
こうして恋の魔女ハルバレラはその才能を遺憾なく発揮し、誕生日プレゼントと同時に彼に恋心を伝える方法を作り上げた。
ハルバレラは完成した万年筆を満足気味に眺める。
これならば万年筆にエーテルの痕跡も発見されず、怪しまれずに渡せるだろうと笑みも浮かんだ。
次に再開する時にこれを渡して、彼に、テリナ・エンドに気持ちを伝える。
でもそれだけじゃない、エーテル情報だけでは無く彼女は言葉にて想いを綴る事にもした。
実験に失敗した方の万年筆を使い、色とりどりの花の模様が描かれた便箋を用意してその想いを綴った。
彼女は今までどんな論文や書類を書く時よりもずっとずっと集中して想いを文字にして書き込んだ。
自分の研究から生まれた理論を使って今の心の気持ちを直接伝える。
そして手紙も送り今までの全ての想いを伝える。
ハルバレラ・ロル・ハレラリア 22歳。
彼女の人生で一番の決断でもあった。
手紙、テリナ・エンドへのラブレターが書き終わる頃。
彼女の両目には押し寄せた感情が涙となって溢れていた。普段の言動とは正反対の爽やかな笑顔と共に。
そしてハルバレラが客員大学として登壇する日がやってくる。その後には何時も通り屋根裏を伝って自分の大学内の研究室に彼がやってくるだろう。髪をよく梳かしてメイクにも力が入り気合を入れる。スーツもいつもより少し胸元が開いた紺色のデザインを採用した。今日は、彼の誕生日なのだから少し、いやかなり身嗜みにも力が入った。もしかしたら、もしかしたら…いつもの密会の後の展開もあるかもしれない。二人で出かける事もあったりするかもしれない。食事とか、その後も…もしかしたら…。それを少し考えるだけで彼女の顔は真っ赤になり全身の血が沸き立ち、頭は沸騰しそうになるほど熱を帯びた。希望と不安が一緒に織り交ぜて彼女の頭と心を高速で駆け巡る。
ヒルッター理論によって、エーテルの力によって想いを伝える為にプレゼントの万年筆は箱に梱包せず直接赤いリボンを結び付けて手渡しする事にする。彼への手紙も懐にしのばせた。
そしてテピス大学のハルバレラの講義、「応用魔機技術」が今日も難なく終了する。
毎度の講義後に受講者から質問が殺到するのだが、今日はいつもより対応を短くして「年末に向けて皆さんに提出してもらう論文のテーマを纏めなければいけませんし、これまでにしますね。フフっ、皆様また二週間後…。」と何時もの外向けの笑顔を周りに振りまいて講義を行った講堂から大学の自分の研究所に足を運ぶ事にした。論文云々は周りに対する早めに質問を切り上げた事へのいい訳である。この後の事を考えるととてもここでボヤボヤしていられなかったのだ。一階の講堂から自分の研究室がある三階に階段をハルバレラは昇った。いつもより、一歩一歩の感触を踏みしめながらゆっくりと。普段ならテリナ・エンドが既に研究室の屋根裏に来ているのではと駆け足になるこの二人の密会の為の道のりも、今日は覚悟を決めた日。彼女はゆっくりと覚悟を決めながら歩いて進んだ。
研究室に入る。
テリナはまだ来ていない。
時間は昼の2時頃を研究所の机の時計が指していた。いつも大体この時間帯で、それから数分した後に彼はゴソゴソと上からやってくる。今か、今かとハルバレラは落ち着く事が出来ずそわそわと歩き回りながらテリナを待っていた。少し、ハルバレラは生きた心地がしなかった。緊張から彼女の体はブルブルと震えている。彼女が22年の人生で初めて人に自分の感情を伝えるのだから。それも、恋の気持ちを。
やがていつも通り、春から繰り返されているこの密会の始まりの音が聞こえてくる。
テリナが屋根裏を伝ってこの研究所の屋根裏までやってきたのだ。これまで繰り返している通りテリナは研究室の天井板をズラしてそこから顔を見せて無邪気に笑顔を振りまく。
「て、テリナ君…!こんにちは。」
ハルバレラは天井から魔法の力でテリナを優しく、普段よりも優しく浮かび上がらせて研究所の床に下ろしてやった。
「先生こんにちは!僕ですね、家で機能魔力コントロールの特訓をしてたんですよ!この前先生と逢った時よりもっと力が出せるようになりましたよ!まぁ少し、ほんの少しだけですけどね。はははっ!」
テリナは春から冬に差し掛かろうとする今までの特訓、この密会の主な目的であるテリナのランクDの魔力才能保持者から上に進む為の魔力コントロールにおいて成長を続けていた。今現在ではエーテルの力を放出して軽い物体、小さな消しゴムやコイン程度ではあったがそれを己の魔力で少し動かせる程までになっていた。ランクAAAの天才ハルバレラの特訓は実に効果があったのだ。特訓当初は手からエーテルの微量な風を出す程度だったテリナの才能はこの密会における特訓で序々に開花しつつある。
「それは良かったわ…!どんどん成長しているのね。」
ハルバレラが彼に向って小さく拍手をする。
「へへへっ。」
テリナが照れ笑いを浮かべる。
「…それと、えっと…。テリナ君。今日誕生日よね。19歳、おめでとう。」
「あ!先生覚えててくれたんですね!嬉しいな、ありがとうございます!」
美しい黒髪を揺らしながらテリナはその美しい顔で笑顔をハルバレラに返す。
「それで…私も誕生日にプレゼントを貰ったから、これお返しも込めてなんだけど。良かったら…。」
ハルバレラはスーツの胸ポケットに入れていた青い鼈甲の輝きを放つ誕生日のお祝いリボンが結ばれた万年筆を差し出した。彼女が作り上げた願いの伝わる、心の気持ちが伝わるプレゼント。直接手渡しする事でハルバレラはまず自分の心をそのまま伝えようとしたのだ。彼に。大好きな恋焦がれる彼に。
「え?うわ! なんか高そう!先生、良いんですか!?」
鼈甲仕立ての万年筆を見てテリナが驚く。
確かに学生が持つには少し高級品であった。
「大丈夫よ…。それに私の方が年上だし。少し豪華でもね、フフッ。」
ハルバレラの中で彼と話しながらも緊張が走る。
いよいよだ。
この万年筆を受け取ればエーテル信号が自分の気持ちを代弁して彼に伝わる。
私の想いを、エーテルが届けてくれる…。
思わず万年筆を握るハルバレラの手に力が入った。
そしてありったけの想いを万年筆に込めたのだった。
でも、少し怖くなって顔は逸らしてしまった。
「ハハハっ、じゃ、ありがたく頂きます。先生ありがとうございます!」
テリナがそのハルバレラの想いが篭った万年筆を手を差し出して受け取った。
その瞬間、ハルバレラの手から青色の鼈甲の本体に薄く薄くコーティングされたエーテルによってテリナの体と心にその恋の魔女の願いは流れていく。
「わぁ!?え! え!?」
万年筆を受け取ったテリナはその流れてきた感情に戸惑う。
それは明らかに自分に向けられた好意の気持ちその物だったのだ。
暖かく、そして胸が締め付けられる様な想いがテリナの体と心の中に走った。
ハルバレラが顔を上げて恐る恐るテリナの表情を覗き込んだ。
呆然としたテリナがその美しく大きな黒い瞳でハルバレラの顔をじっと見つめる。
「え……。先生…。」
「テ、テリナ君…。」
青い鼈甲の万年筆を通じてハルバレラの気持ちはテリナ・エイトの体にエーテル信号として流れ込み、そして彼女が想定していた通りその恋する気持ちは無事、彼に届いたのだ。
「先生…あの……。」
「…。」
二人はしばらく、5分にも満たない時間ではあったが見つめ合う。
テリナは己に流れてきた感情をどう処理して良いか判らない状態ではあったが、その想いを感じ取ったのかしっかりとハルバレラの目と顔を見つめていた。ハルバレラはテリナの顔から目を逸らさずに、少し硬い笑顔ではあったが彼を見つめ返した。やがて、ハルバレラの顔の笑顔から硬さが無くなっていく。
自分の気持ちが通じたという達成感とそれを受け止めてくれようとしている目の前のテリナへ対する想いで彼女の中にふつふつと幸せな気持ちが湧き上がってくる。
僅か5分程度の時間ではあったが二人はこの時、確かに気持ちが通じ合ったような気がした。
「ハルバレラ先生、あの…。なんか、その、急に僕どうしたんだろう…。その、上手く言えないんだけど…。あれ?今日変だな…。」
「テリナ君…。あのね、その。良かったらその貴方に伝えたい事があって。私、手紙を書いたんだけど…。」
ハルバレラが懐からピンク色の封筒に包まれた手紙を出してテリナに渡した。
プレゼントが完成したその日にしたためたハルバレラのテリナへ向けてラブレターであった。
「え?」
「ここでは読まないでね…。フフッ、帰ったら読んで欲しいの。その、ちょっとした事を伝えるだけだから…。大した事じゃないんだけど。うん。」
「は、はい。判りました!」
テリナはその手紙を不思議そうに見つめた後でズボンのポケットに仕舞い込んだ。
( やれる事はやった…。 でも、そんなに直に進展しないか…。エーテル信号で送られる気持ちなんて一瞬だものね…。それでも、それでも私やっちゃった…。)
ハルバレラが恥ずかしそうに俯いていると、テリナが腕時計を見つめて時間を気にし始めた。
「あのっ!先生っ!」
「え!?はい!」
慌ててハルバレラがそのテリナの声に反応する。
「今日その、僕の誕生日だからって誘ってくれた知人がいるんです。今日はもう失礼なんですけどお暇して良いでしょうか!?僕からお願いしての特訓なのに…すいません!!」
彼は両手を合わせてハルバレラに謝罪をする。
「へ? え? あ、ああ うん。ど、どうぞ…誕生日ですものね。」
あれ?と、ハルバレラの気持ちが空回りする。
確かにエーテルを通じ気持ちは彼に届いた筈、なのにどうして。
さっきは見つめ合ったのに、どうして?
何時もは次の講義ギリギリの時間までここに居てくれるのに、いくら誕生日とはいえ今日はどうして?
今から知人に誘われたって言う事は今日は大学そのまま抜け出しちゃうの?どうして?
そんな大切な用事なの?コンプレックスだったランクDを抜け出す為の特訓より優先する事?どうして?
表向きの口調とは裏腹にハルバレラの頭の中で幾つもの「どうして?」が浮かび上がる。
「うぁ、やっば!! アイツ遅れると怒るから!僕の誕生日だって言うのに!それじゃ先生!今日はありがとうございましたー!これ大事にしまーーす!」
テリナは青い鼈甲の万年筆を掲げて笑顔を振りまいた後、普段なら屋根裏から帰る所をそのまま研究所のドアを開けて走って飛び出して行く。
「え?どうしたの…!?テリナ君!?そっちから出ると皆にバレちゃう…!」
思わず過ぎ去ろうとするテリナにハルバレラは声をかけた。
しかしハルバレラの静止する声も聞こえていないかの様にテリナはそのまま廊下を走ってハルバレラの研究室前に立っている警備員の制止も振り切って階段を駆け下りていった。この密会は元々ハルバレラの講義後全ての面会を断って行われていた都合もある。あまり人目に第三者がハルバレラの研究室から出てくるのは好ましい事ではなかった。
「テリナ君!?」
ハルバレラも研究所から飛び出す。しかし既に彼女の目線が届く範囲に彼はいなかった。
直に三階廊下にある外側の窓に近寄る。いつもならここから次の講義の為に別の校舎へ急いで駆け込んでいくテリナの後姿が見れる筈である。急に部屋から飛び出したテリナを探す為に窓から下を見下ろしたハルバレラが見たのは、彼女には信じられない光景であった。
ハルバレラの大学内研究所がある魔学棟から飛び出したテリナは校舎の外で待っていた女の子に急いで駆け寄る。そして息を切らしながらも彼女と楽しげに会話し始めた。傍の女性はそれを見て楽しげに笑っている。テリナと同じぐらいの年頃、学友だろうか?彼に向って少し怒った様なおどけた仕草をしたその女の子は彼に体を近づけて…そう、彼の腕を組んで。テリナも自然と腕を差し出して、二人は歩き出してハルバレラの視界から遠くなっていく。その光景を三階から、窓越しに為す術無くハルバレラは二人の姿が見えなくなるまで見つめていた。
それから先は、どうやって大学から屋敷に戻ったのかハルバレラは覚えていない。
ただ、ただ、頭が真っ白になっていた。
自分が目撃してしまった光景を彼女の脳内ではまだ完全に処理して受け入れる事が出来なかったのだ。
凄まじい疲労感を感じたハルバレラは屋敷に戻るなりスーツを脱ぎ捨て風呂場に直行した。
その様子を出迎えに見た使用人の男は、彼女の顔を見て思わず悲鳴をあげてしまう。
目を何時もより何倍も大きく見開き、歩き方はおぼつかず、顔は青ざめて揺ら揺らと歩くハルバレラ。
いつもより、奇声を発しながら屋敷をうろつく普段の彼女よりもずっとずっと恐ろしいと使用人は思った。
風呂から出た後は普段彼女が着ている様な飾り気も何も無い暗い色のワンピースを着込む。
長い黒髪を禄に乾かしもせずに再びゆらゆらと歩き出した彼女は自室に戻った。
部屋に入って扉に強固な魔法ロックをかけた後、彼女は何もする事も出来ず。
呆然とそのまま部屋の中で立ち尽くした。
「今日はテリナ君の誕生日…19歳の誕生日…。私、伝える筈だった。プレゼントと一緒に………。」
ハルバレラの体が静かに震えだす。
「私の誕生日、鉢植えを貰った…ピンク色の花が咲いた、小さなサボテンの鉢植え………。」
「私、どうして? 私、どうして? 私、どうして…。」
「私、今日、想いを彼に伝えて…二人きりで誕生日を過ごせる筈だった…。だけど…私…私!」
「私!私!私!私!私!」
「ワタシ!ワタシ!ワタシ!ワタシ!ワタシ!ワタシ!!!!!!!!」
ハルバレラはテリナ・エンドから貰ったサイドテーブルの上の鉢植えを見る。
その机には同時に出会ってからしばらくして大学にて隠し撮りしたテリナの写真も添えられていた。
テリナの写真を手に取ると、途端に大粒の涙が止め度無く溢れ始める。
彼女はその写真を本棚から適当な本を取り出してその中に挟んで再び勢い良く本棚に戻した。
写真とは言えもう彼の顔を見るのが辛いから。でも、燃やして捨てる様な事も出来ない。
「ヒィアアアアヒイアアアアハ……。ヒイイイイイアアアアアイヒアアアハァアアアアアハ………。」
『ガリガリガリ!!』と音が聞こえる程爪を立てて彼女は自分の頭皮を両手でかきむしる。
手を離すと両手には長い彼女の千切れた髪と削れた皮膚と、赤い血がべっとりと爪を中心についている。
「アアア、アアアアア……!!アアアア…アアアアアアア…!!!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああアアアああああアアアああああああアアアアアアアアアアアアアアアアあああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
この広い屋敷中に響き渡る様なハルバレラの叫びが、鳴き声がいつまでも続く。
テリナ・エンドは今日が19歳の誕生日だった。
春から続くテリナとの密会、それはランクDであり続ける自身の殻を破る為の、そして幼少の頃からの彼の魔法の力で空をという夢と、コンプレックスを打破する為の魔力制御特訓。テリナにとってはそれ以上のそれ以下でも無かったのだ。彼は、ハルバレラを一人の先生という以上に何も意識もしていなかった。女性としては見ていなかったのだ。ただ、自分だけが、ハルバレラ自身が勘違いして、一人で盛り上がって、半年以上の長い歳月を。彼に恋をし続けて。
でもそれは、彼にはどうでも良くて、彼には他に好きな人がいて、遠目で見たあのセミロングのブラウンの髪色の女の子。二人は仲良く手を組んで、今日は誕生日で、二人でこれから記念を作る為に大学を抜け出して、彼には彼の恋があって、それが本当に彼が愛した女性で、自分は…! ハルバレラの頭の中でようやく窓越しに見た景色の理解が進んでくる。
「ワタシ、ハルバレラは…!!!」
「ただの、勘違いで!!!!今まで!!!ずっと!!!!思い上がりで!!!!!!!!!!!!!」
「いやあぁ…いやぁ…!いやああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
ハルバレラの叫びと共に本能的に発した魔力が、彼女の足元を中心に展開し始める。
「ワタシ…手紙まで渡しテ…あの手紙!!!!!!!!!!!!」
彼女が想いを綴ったラブレター。今頃どうなっているだろうかと彼女は錯乱しかけた頭で考える。
あれをもし彼が開封したら!しかもあの彼女と二人で見る様な事があったら、私は!!ワタシは!!!!!
彼の為に書いたのに、彼を想って書いたのに。
どうして他の女がそれを見る事になるのか、どうして!!!
ハルバレラの鼓動が更に早くなる。
「イヤダ!!!!もう生きたくない!!!!消えてしまいたい!!!!!!!この世から!!消え去って!!!!!!!!!!もう!!!いやダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ハルバレラの体から凄まじい量のエーテルが放出され始めた。
彼女が本能的にその魔女としての才能を持って生命力を燃やし尽くすかの様に放出し始めたのだ。
自身の発したエーテルの光にハルバレラの体が包まれていく。
彼女の足元から自然に描かれた魔紋が床から部屋中に展開し始めた。
『グギィイイイイイイイ!!』
という音を立てながら魔紋の模様が部屋中に走り、その形に沿って部屋中の床や壁や家具を滅多滅多に切り裂き始めた。テリナから貰ったあのピンク色の花を咲かせたサボテンの鉢植えもそこに走った魔紋の亀裂によってサイドテーブルごと真っ二つに切り裂かれた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!テリナ君…ワタシを!ワタシを見て!!!!ワタシを、もっと!!!!!!!!ワタシを!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ワタシをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!彼女じゃなくて!!!!ワタシヲおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!ワタシだって!!!あなたとこの一年間!!!!!!!!!!!!長い間一緒に居たわ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!お願いよオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!ああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ハルバレラの体が凄まじいエーテル光で包まれ始める。
そして部屋中に展開した魔紋は完成しその魔法式を実行し始めた。
魔紋が亀裂から、エーテルの光を噴出し始める。
その魔法はハルバレラが命を燃やして本能で完成させた、無意識の大魔法。
「ヒヒイイヒ、ヒヒイヒヒイイヒ!!!!アアアアアアアアアア!!!!ワタシを!!!ワタシを見つめて!!!!!テリナ君っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!何処にいるの!!!ワタシはここ!!!ワタシを見つけて!!!!!!!!!!!ワタシを見つけて!!!!ワタシを見て!!!!!!!テリナ君!!アアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!ヒヒヒヒイイイイイイヒヒイ!!!アヒヒイイイイイイイ!!!!ヒアアアアアヒヒイヒヒイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼女は激しいエーテル光の中で狂気の笑顔に包まれた。
そして、その命と体を燃やしつくして、
魔法史にも未だ存在しない究極の想いからなる魔法を完成させて、その生命をトリガーとして発動させた。
『 ゴオオオオオオオ!!!!ズガオオオオオオオオオオドオオオオオン!!!!! 』
ハルバレラの屋敷から凄まじい爆音と光が発生した。
これを聞きつけた屋敷中の使用人が、彼女の両親が。他の人間は誰であろうとも普段は近寄る事も禁止されているハルバレラの部屋の前に集まった。扉は開いていた。中からは魔法能力者では無くても確認できる程の凄まじい量のエーテルが噴出している。
決死の覚悟を決めた使用人の一人の男性が恐る恐る彼女の部屋に侵入する。
そこにはハルバレラが本能で発動させ部屋中を切り裂いた魔紋と、そこから未だに湧き出ている大量のエーテル光の痕跡と、そしてハルバレラのだと想われる両足の足首から下までしか残っていなかった。
自身の体を燃やし尽くす程のエーテルを放出したハルバレラは今まで誰もが、この星が始まって以来誰もが生み出した事の無い究極の魔法を完成させた。彼女の体は膨大な量の微粒子エーテルとなって屋敷の自室から拡散し、この街の空に大地に染み渡った。
大地に染み渡ったエーテルは、その大地のエーテルを吸い尽くし始め、それを粒子化して人の目で見えないレベルで空に舞い上げ続けた。
空に舞い上がったエーテルは、大地から送られてくるエネルギーを構成し始め、彼女の人生最後の魔法式を実行段階に移し始めるべく活動を始めた。
彼女は死ぬ間際に彼に自分を見つけて貰う事を求めた。ワタシ自身を見つめて貰う事を。
だけど彼は今何処にいるか判らない。ならば、ならば…。
「ナラバ!!!!!!」
ハルバレラは本能的に魔法式を描き、その命を代償にする程の凄まじい魔紋を展開して究極の魔法を完成させてしまった。今まで到底不可能と言われていた大地や水や自然…そこからエーテルを抽出してしまう究極の魔法を。それをエネルギーにして、彼女は無意識的にとある魔法を死の間際に実行展開した。
自分を彼に、恋した相手テリナ・エンドに見つけて貰う為に。あのブラウン色のセミロングの彼女よりも、自分を見て貰いたいが為に。
彼女は死体となってでもこの命を犠牲にしてでも、無数にこの街に降り注ぐ事にしたのだ。
到底まとなな思考からでは無い。ただ、失恋の痛みに耐え切れなかった彼女は己の余りある才能から放出される魔力を制御出来なかった。だから思い描いた本能的な意思の部分でその思考をそのまま魔法として形を表して実行出来てまったのだ。
この街にとって不幸なのはそのハルバレラの魔女としての才能であある。
死の間際の想いは彼女の才能を持って更に彼女の魔力をブーストさせて何も無い平凡な「自然」からも魔力を抽出する事に成功した。こうして彼女は「彼に見つけて貰う、彼に見て貰いたい」が為に大地のエネルギーが続く限り死体となってこの街に降り注ぐ事になった。
彼女が命と引き換えに放った魔法式が展開した、その翌日から。
この街の空から無数の魔女ハルバレラの死体が降り注ぐ事となった。
人の家の屋根に、ビルの上に、水路の中に、大学の構内に、大通りだろうか路地裏の通路だろかおかまいなしに彼女は笑顔のまま街を破壊しながら、人々の生活を不安に陥れながら、首都の陰謀を駆け巡らせながら空から落ち続けている。
こうして恋の魔女・ハルバレラは空から落ちる様になった。
これは、事件発生から十三日前の出来事である。




