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恋のテリナ Q

ロンロは昨日に引き続いて再び死体処理場の駐在所に泊まらせて貰う事となった。

念のため玄関前の柱から取り外した電話は再び回線を繋いで戻しておく。

まだシュングとサグンは死体埋め作業を行っていたのでロンロも手伝いにいく。

ただっ広い休耕地にある現地へ行ってみると二人は大きな土葬用の穴を今日も一生懸命掘っていたので手伝う事にする。ロンロは二人に掘り出した土を引き上げる役割を頼まれた。取っ手に紐が付いた木製のバケツで引き上げて外に出す。中の二人が土を彫り上げてロンロが引き上げていた。


「うんしょっと、ふー。シュングさーん。今日で合計何体目の死体ですかー?」

ハルバレラ土葬用の穴の中でシャベルを振るうシュングにロンロが問う。

なんせ一度に数十体のハルバレラの死体が埋められる為に大きくて、深い。


「えーとね、最後に巡査長殿が回収してきたので…五百十九体目~~~!」

記念すべき五百体目もたった今彫っている穴に埋められる事が決定した。


「えーと昨日が四百十三体だったから、うわっ!今日だけで四十六体も空からハルバレラが振って来たんですね…。うんしょっ!」

ロンロも土だらけになって作業をしている。

無数に降り注ぐ死体を何度も目撃して大分感覚が麻痺してきたとは言え、ハルバレラとはもう友達になったのだ。彼女に対して未だ何も出来ていないけれど、友達のお墓作りぐらいは手伝いたいというロンロの想いからである。


「それがねー。流石にこの広い街、巡査長殿の回収だけじゃカバーしきれないからねー。街の人が自主的に処理しているのや放置しているのもあっからさ!実際は回収しきれていないのがあるんだ!合計で二百か三百はプラスしても良い位みたいだよ!…っし! じゃあよろしく。無理しないでロンロ、女の子なんだからー!」

サグンが穴の下から声を上げてOKサインを送る。


「はーい!大丈夫でーす!まだいけまーす!」

それを聞いてロンロがバケツを引き上げて土入りのバケツを引き上げた。

考えてみれば回収しきれない死体があって当然であった。シヴィーただ一人で街中の死体を到底カバー出来る物ではない。まだ人員が逃げ出す前は回収係はシヴィー以外にもいたのだろう。しかし、死体処理班が三人となった今ではそれも夢物語だ。


冬が近づき、日が暮れるのも早くなってきた季節。

夜の暗闇に染まろうかとしている死体処理場の中で作業はまだまだ続けられていた。そうでもしないととても三人、今日はロンロ含めて四人ではあるが、この落ちてくる魔女の死体の埋葬処理は到底間に合わないのである。昼間は街中で死体を回収するシヴィーをロンロは見た。ありとあらゆる所に落ちてくる死体を回収する為に時に私有地に入る為に頭を下げ、時に水路に落ちた死体を寒い水の中で服を濡らしながらも引き上げ、時にバラバラに飛び散った死体をシヴィーは拾い集めて回収していた。皆、身と心を削って今の任務をこなしている。こんな現地の悲惨な状況があるのに見捨てる事を選んだ首都の王国兵団警察機構と自分の職場であるリッターフラン対魔学研究所の双方にハラが立つ。

そして、それに何なく従ったこの街の為政者にも。



「くっそー!明日!内線電話が直通したら思いっきり文句いってやるから!!」

怒りを込めてロンロは土が山盛りに詰め込まれた木製のバケツを引き上げる為に、手に持ったロープに力を込めて手繰り寄せた。


シュングとサグンはもう少し土葬する為のこの穴を彫って拡張したかった様子であったが、大分日が沈んできたのを双方が確認したのでもう今日はこれまで、と、話し合って穴から這い出てきた。ロンロもそれに従い作業を止める。その後に昨日と同じ様にハルバレラの死体を手押し車の荷台に二人と一緒に詰め込んだ。死体のハルバレラ達は今日も不気味な笑いを浮かべて死んでいる。死んだら生き物は、人間は物に、ただの物体になる。何をされても何を言われても決して反応はしない。それこそあの屋敷にいたエーテル体のハルバレラは泣いて、笑って、動揺して。アッチの方がよっぽど生を感じられたとロンロは感じる。目の前の血を流しながら腕も足も取れ、時には首まで取れて頭が割れて脳みそまで垂れ流してもまだ笑ったままのハルバレラの死体の数々を見て、心から彼女はそう思った。



休耕地である死体処理場に空いた大きな穴にハルバレラの数十体の死体を放り込み、土をかけてシュング、サグン、ロンロは祈りを捧げる。今日も一日が終わろうとしている。



「そういやさ、ロンロは意識のあるハルバレラと逢ったんだろ?どんな人だった?」

サグンが質問してくる。


「え?うーん。変な人でしたけど、天才でした…。同じ分野にいたからホントに痛感しました…。それと、寂しかったんだろうなって。」


「天才かー。そりゃそうだよな。魔女のお陰でこの街大分発展したからね。僕が子供の頃は隣国と首都までの街道という役割と、あと農業ぐらいしかやる事無い街だったからね。寂しいか…。やっぱ天才って孤独なんだね。」

シュングがシミジミと腕を組んで答える。


「んー、いやそういうのじゃなくて…。いやまぁ孤独だったんですけど…それ以外も何か根本的にズレてたかな…?うん。」

ロンロは複雑な表情をして答えた。あのテンションのハルバレラを説明するのは色々と難しかった。


「寂しくてズレてた?…よく分かねーな天才って。」

サグンがシャベルを肩で抱えながら片手を上げた。


三人は話しながらも道具を片付けて駐在所に戻っていった。

辺りはもう完全に暗く、空気は尚更に冷たい。

死体処理場は町から離れていた為に静かである。

遠くから今にも野犬の息遣いが聞こえて来そうな程、闇の静寂に包まれている。



駐在所の玄関前では丁度厩舎で馬の世話を終えて戻ろうとしたシヴィーがいた。


「ロンロ、さっきホテルから人間が来てお前宛の荷物置いて行った。こんな所に地主のじいさんと警察機構以外の人間が来るのは珍しいからな、驚いたぞ。」


「あーさっき連絡しておきました!料金は大丈夫ですリッターフランで回しときましたから。わーい今日は着替えがバッチリ!」

ロンロが嬉しそうに飛び跳ねた。


「また泊まんのね。物好きだなー。」

サグンが呆れた様に喋る。


「ハハハ!着替えあるなら今日はあのブカブカの制服は着なくて良いね!」

シュングは思い出し笑いも含ませながら答えた。


「ったく、まぁ良い…。部屋なら余ってるからな。」




昨日と同じ様に駐在所に入るとサグンが一番乗りでお風呂に入った。シヴィーは既に事前に入浴している。この三人の役割分担と時間割としては適切であろう。まずシヴィーが入り、仕事が終わったと同時に朝から一番肉代労働をしているサグンがお風呂に入れる。そしてシュングであった。



ロンロもその後にお風呂に入らせて貰った。今日はシュングが「女の子が入るのに悪いから」と掃除と湯の張替えまでしてくれた。ありがたくお礼を言って入浴させて貰う。と、同時に仕事を増やしてしまって申し訳ないという気持ちも沸いた。だが今日は着替えもあるので下着の替えもバッチリで大変気分良く入浴出来る。野犬の声が昨日と同じ様に風呂場の外の窓から聞こえてきたが…二日目なのもあって少し慣れてきた彼女だった。


「ふい~~~~ 一杯運動したから染みる~~~~!」


体の奥から心からの声が思わず漏れる。低い声だ。

エーテルの力が抜け、有機物が大幅に減少した【死につつある水】ではあったがロンロの汗と汚れを洗い、寒い外の気温で冷えた体を温める効果が十分にあった。



「お風呂ご馳走様でしたー!」


ロンロがお風呂から元気良く出てきた。

しかしその姿を見てソファーに座っていたシヴィーがギョっとした表情を浮かべた。


「なんだそれは…!?」


「なんだって、私のパジャマです。」

猫耳がついたフードと一体型になったオレンジ色の着ぐるみの様な格好のロンロ。

オレンジ色の子猫の姿になったロンロは「可愛いでしょ」とでも言いたげに両手を広げてアピールした。

「ほら、見てください!しっぽもついてますよ。」

体を後ろに向けて尻尾をアピール。お尻辺りから綿が詰まった短い尻尾が伸びている。


「えー…いやまぁ…。趣味ならしょうがない…。」

呆れながらシヴィーが返す。


「良いじゃないですか別に!これすっごく暖かいですよ!足先まですっぽり!!頭も完全カバー!冬はこれが無敵です!ちゃんと大人用のサイズですからね!一番小さいSですけど!」

金髪の長いロンロの髪と合わさってオレンジ色の猫の着ぐるみ型パジャマはとても彼女に良く似合っていた。似合っていたがそれは38歳のシヴィーからすると到底普段はお目にかからない物であった。


「わーはっはっは!!!なんだそりゃー!!!可愛いなおい!!」

二階から降りてきたサグンがロンロのその姿を見て指を刺して爆笑している。


「はーい夕食お待ちー!今日はね!事件発生前に作られた缶詰のホウレン草の御浸しを使っているからね!鮮度は保障しないけど味はって…ハハハハハ!!!ヒィーーーー!!!! ハハハハハハ!!」

夕食当番のシュングが両手に夕飯を持ちつつキッチンからやって来た。と、同時にロンロの子猫姿を見たので激しく笑ってしまい危うく夕食を床にぶち撒ける所であった。


「な、何ですか皆さん!?昨日のダブダブ制服パジャマより100倍マシでしょ!!!」

ロンロが両手を振り上げて威嚇する様に反論をする。手の平にはしっかり肉球がついている。


「えええ…、いやまぁ、うむ…うーん?首都には色々売ってるんだな…。」

シヴィーが真面目に首を捻っている。


「ハハハハハハッハ!!!ヒイイイイイイーーー!!ハハハハハハ!!」

シュングが震える体で辛うじて料理をテーブルに置いた後、床に倒れこんで笑い始めた。

相変わらず笑い上戸のシュングは笑いすぎである。


「シュングじゃねぇけど俺も耐えられねー!グハハハハハ!!!」

笑い上戸のシュングは兎も角としてサグンまで指を刺して腹筋を抑えて大笑いしている。


「もーーーー!!このパジャマの良さが判らないなんて!!可愛くてめっちゃくちゃ暖かいのに!!」



この後何とか二人が落ち着いて夕食を食べ始めたのだが、その際シヴィーから「その手でどうやって食べるんだ…?」と突っ込まれた。「これは手袋みたいになっていて取り外せます!ふふん!」とロンロが得意げに肉球パーツの上辺り、手首周辺から取り外したのでそれを見たシュングがまた大笑いし始めた。何だかんだでロンロはこの死体処理場に明るい雰囲気を与えていたのであった。



「まったく!大笑いしちゃって…!すんごく暖かいのに……。」


ロンロのお陰で賑やかだった食事が終わり、今回は歯磨きセットも持参していたので口元もスッキリとして彼女は文句を垂れつつも寝床に入った。昨日借りた、元は逃げ出した警察員が使っていた2階の部屋のベッドだ。揶揄われたのは心外であったがそれでも同じ様な待遇の皆との食事は明るく楽しかった。この暗闇の中ハルバレラは…あのエーテル体のハルバレラは一人で佇んでいるかと思うと彼女は少し心が苦しくなる。外からは野犬の吐息と足音が時折聞こえてくる。彼女の死体のおこぼれを貪って、そして時には掘り返してもいるだろう。


昼間に出会ったハルバレラ。

死体となって出会うハルバレラ。


両者のハルバレラの事を考えると、ロンロは寝床の中で胸が締め付けられた。

あの涙するハルバレラの事も脳裏に浮かんだ。

しかしあの大きな大きな暗闇の屋敷での捜索・探検と、降り注いだハルバレラの死体の回収の数々、土葬作業の手伝いと。目まぐるしく起きた今日の出来事に疲れていた彼女はすぐに深い眠りに付く。16歳で女のロンロにはこの街に来てから起こりうる出来事の数々はどれもハードな物であったのだった。


疲労から深い眠りであったものの、少しだけハルバレラの夢をロンロは見た気がした。










レザーリュックに入れていた目覚まし時計で朝7時に彼女は起床した。

猫型パジャマを脱ぎ、服を着替えて長い髪を髪を縛り素早く身支度をする。

朝起きて見るとリビングのテーブルにロンロの食事が用意されており、その横に小さなメモの置手紙で「おはよう。朝食だよ。」と書かれていたのが添えられていた。多分食事当番のシュングの字である。ロンロとしては特別早起きしてみた物の、やはり死体処理場の面々はその仕事量の多さから既に朝早くから動き始めてるのである。

ロンロが有難くパンと昨日の残りを暖めたホウレン草のスープと目玉焼きを食べていると玄関のドアが空いてシヴィーが帰ってくる。既に彼は朝早くから出発しており、本日一週目の死体回収を終えていた。


「起きたか…。おはよう。」

そう言ってシヴィーはドサっと体重を一気にかけてテーブルの横にあるソファーに落ちる様に座る。


「おはひょう…ございまず!」

ロンロは口一杯にモノを含んだまま挨拶を返した。


「そんな慌てなくて構わん…。良く噛んで食え。」


「ひゃい!…ごくん。 はーい。それと食事、ありがとうございます。」


「後でシュングに礼を言っとけ。」


「はい。…シヴィーさんはもう回収に言ってきたんですね。」


「ああ、夜の間に沢山降ってるからな…。魔女の死体は24時間フル稼働で落ち続ける。」

シヴィーがヤレヤレと言いたげに片腕に持っていた水が入ったビンを開けてその中身を飲んだ。


「そうだ、昼前の10時頃辺りでも電話してみようかと思うんですけど!何か言いたい事ありますか!?代弁しますよ!」


「…。それだがな、何か他にそのテリナという男を捜す手段は無いのか?聞き込みをするとか。写真があってこの街にいる可能性もあれば直ぐとは言えずだが、いずれ見つかるだろう…。一晩改めて考えたんだがやはりな…。」


「私も考えたんですが、やはり時間が無いので…。役所の戸籍データから引っ張ればすぐに済みます。それにこの街のエーテル減少は既に手遅れと言っていいです。行政側が対応すればまだ被害は食い止められます。それに、やっぱり一言いってやりたい!気が治まりません!」

食事用の木製スプーンを持ったままロンロが拳を握り締める。


「まぁなんだ…。お前が言った所で事態は解決しないと思うがな。市長も動かないだろう。」


「ですよね。」

笑ってロンロは答えた。彼女もそれは十分判っていた。この街の裏いる相手は首都、つまりこの国そのものといっても良いのだから。


「判ってるなら何故やるんだ。」


「だからです。リッターフランも巻き込んで国は口封じをしました。きっとここの市長もこういう、国ぐるみで隠蔽していた事の批判をまだ受けていないんだと思います。平気な顔しているんです。…いずれ老人や子供が栄養不足で倒れ初めて、もう時間の問題だと思いますが…。こんなの隠し切れない。そういう意見も沸いてくるのはいずれ…!だけど限界の限界まで知らない振りしようとして!!だからその前に!だからガツン!と、私が直接言ってやりたい!」


「…。」


「…駄目ですか?」

恐る恐るロンロがシヴィーに尋ねた。


「駄目だろうな。」

シヴィーはスッパリと即答した。


「…駄目ですか。」


「平時ならばな、但しもう今日で12日目だ。さっきも街に出たが最早不安から来るストレスで街中おかしくなってきている。誰もが意味も判らず魔女の死体に怯え、怒り、嘆いて、苦しむ。暴動でも起きるんじゃないか?街の空気を感じるとそんな気すら沸いてくる。対象はハルバレラの屋敷か、それとも行政側か。どちらにしろだ、限界は近い。」


「暴動…。」

ロンロは昨日の屋敷から出て直ぐにハルバレラの死体が降り注いでた来た時の事を思い出した。

落ちて千切れたハルバレラの死体を怒りに身を任せて蹴飛ばした男性、これは魔女の呪いだと噂話を怪訝そうにする住民。初めてこの街に来た日もそうだ。パン屋のおじさんは自分の店に落ちてきたハルバレラに憤慨していた。日々落ちてくる死体という恐怖からの街人の不安は…彼女も二日間で肌で感じていた。


「正直お前のやろうとしている事は幼稚で計画性も無い。しかし、こうも思う…。そんな事でもやらないよりマシ、そうも感じる程にこの街の大地が死に始めているという問題、それ以上に人々が追い詰められているという事実がある。確かに目の前にそれはある。だからやってみろ、何か動かねば何も変わらない筈だ。」


「シヴィーさん…。」


「10時か、俺はもう一度回収に行ってくるが…それまでには帰るが、再度の回線侵入と市長との電話には立ち会う。飯食って休んでいろ。」

シヴィーはビンの蓋を閉めて再び立ち上がった。


「シヴィーさん、ありがとう。」


振り返りもせずシヴィーは後姿のまま片腕を上げて外に出た。再び死体運びの荷台馬車に跨って街に出掛けていく。どんな事になろうとも、何も変わらなくても、それでもやりとげなければいけない彼の仕事があるのであった。


ロンロはシヴィーを見送った後に食事を済ませて食器を重ねてキッチンの流し場まで運んだ。泊まらせて貰っている身なので後片付けぐらいはしとこうと思い、流し場横に置いてあるスポンジを取って食器を洗おうとしたのだが…手を滑らせてガシャーン!という音を立てて一枚目の皿を落として割ってしまった。魔機の扱いには長けていた彼女であったが日常家事全般はてんでダメであった。


「ああああ!片付けないと片付けないと!」


慌てて箒とちりとりを探しに部屋に戻ろうとした所で体が他の食器にぶつかった。またガシャーン!という音がする。今度は3枚ほど纏めて落とした。ロンロが朝食で使用していた食器は彼女の手に因って見事に全滅して砕け散った。


「…えええ。」


この後すぐに休憩の為にシュングとサグンが帰ってきたが、二人はロンロから言い訳っぽい話と現場を見て一頻り爆笑した。その後は親切に片付けを手伝ってくれた。


シヴィーは10時頃に帰ってくる。

それまでロンロは食器を割った罪悪感もあった為か、シヴィーに休んでおけと言われたのではあるが二人の手伝いをする事にする。まだ朝の8時頃であったが、二人は既に昨日の仕事終わりに見た程の大きな土葬用の穴を彫り上げていた。聞いてみると毎日これ程の穴を四つから五つは彫り上げるという。ロンロは既にシヴィーの早朝巡回によって集められた、十数体程の死体を穴に運び込むのを手伝った。まだ朝というのにここまでの死体が運び子ばれているのだ。遠くでシュングが夜の間に野犬に掘り返された土地を整理している。サグンは食い散らされた死体の切れ端等を集めて纏め上げて掃除をしていた。

今の季節が気温が低い冬に入ろうかとしている時期で良かったと、作業を手伝っていたロンロは痛感した。

夏場なら死体の腐敗がもっと激しく、そしてこの死体処理場全体が腐臭に包まれていたのであろうから。

この時期だからそこまでならない内になんとか処理できている。不幸中の幸いであるかもしれない。



時計の針が10時に傾きかける。

ロンロは遠めからシヴィーが馬に乗って帰ってくるのを確認した。

それをシュングとサグンの二人に伝えて彼女は駐在所に戻る。

シヴィーはまた街中に降り注いでいたハルバレラの死体を荷台に山盛りに積んで戻ってきた。


ロンロが駐在所の玄関近くの柱にある時計を一人で昨日と同じ様に分解し、配線にアダプターを取り付けてアナログ方式からヒルッター方式に変換させてタブレットに接続した。お皿一つも洗えない彼女ではあるがこういう事は本当に器用にこなせるのであった。


「とうとうやるか。」

集めてきた死体と馬を外の二人に任せたシヴィーが中に入ってきて作業中のロンロに声をかけた。


「おつかれさまです。…今日こそ市長さん本人に繋がれば良いんですが。」

タブレットを操作して役所の回線に侵入しながらロンロが答える。


「無断回線仕様に不正侵入、公務執行妨害に脅迫か。しかも個人情報絡みのな。覚悟はあるか?」


「う゛!具体的に羅列して言わないでくださいよ…!すんごい大罪みたいじゃないですか…。」


「ばかもん、大罪だ。」


「ま、まぁそうですけど!上手くやれば良いじゃないですか!」


「上手くやれば罪には問われないと。ギャングかならず者の思考で結構結構。」


「な、な、なんですか!今になって反対ですかシヴィーさん!?」

ロンロが慌ててタブレットの画面からシヴィーの方を振り向く。


「構わん。やってくれ。今回の責任は俺が負う。個人的に釘を刺しているだけだ。」


「と…いうと?」


「ロンロお前、その慣れた手際を見るとだな。過去にも何度かやってないかと思ってな。やっているとしたら…今後は気をつけろよ。」


「へへへ。まぁその!ちょっとだけ…ちょっとだけですから!それに今までは悪い事していませんし。精々大学の端末に侵入して論文や取り扱いが厳重になっている資料とか漁ってたくらいでして…。せ、成績の改変とか盗聴とかしてませんからね!ほんとに!神に誓って!」


「覗き見程度はやってたんだなお前…。」

シヴィーが呆れた目つきでロンロ見つめた。


「う…!酷い!誘導尋問ですよ!」


ロンロがシヴィーに過去の悪行を見透かされているとシュングとサグンも駐在所に戻ってきた。


「回線ジャックからの脅迫電話ですよねー!」

シュングが明るく大声で犯行声明を話しかけてくる。


「さぁ今までの鬱憤全部晴らして訴えようぜー!市長さん人員応援頼みますわー!」

サグンも後ろから元気良く声を出す。


「なんだお前ら?悪さに関らない方が良いぞ、戻ってろ戻ってろ。」

シヴィーが片腕でシッシッ!という仕草をする。


「そうもいきませんよ。話は昨日しっかり聞きましたし。僕らも立ち合わせてください。」

「うんうん、俺も現場は見ときたいしねー。滅多に無いでしょこんなの。」


「チッ、勝手にしろ。ただし声は出すなよ。特定されたらクビじゃ済まんぞ。」


「「 はーい 」」と学校の子供の様に二人は揃って返事をした。



「…じゃあ、その、皆さん。繋ぎます!それとシヴィーさんが責任を負うって言ってくれましたけど、全部私の独断にしときます。実行犯で計画を立てたのもこの私ですから。だから今回はボイスチェンジャーを切りますね。」

ロンロは床に置いたタブレットを操作してボイスチェンジャー機能をオフにした。


「おい!?」

シヴィーが思わず反応する。


「もう遅いですよー。役所の、昨日見つけた市長さんの使用していると思われる内線番号にはたった今繋げました!それとこのタブレットのマイクでも周辺の声ぐらいは拾っちゃいますから。皆さんお静かに!」

得意げにロンロは三人を見渡して人差し指を口の前に立ててシーッ!というジェスチャーをする。シヴィーは何か言いたげに顔を歪ませていたが気にしない事にした。真面目に今までも、そして今現在も警察員として与えられた役目をこなして働いている彼を巻き込むわけにはいかない。一晩考えての、ロンロなりの決断であった。



シヴィーもシュングもサグンも固唾を飲んでロンロと彼女が操るタブレットを見守った。


ロンロは駐在所の回線から役所の外線に繋ぎ、そこから内線に侵入してこの街の為政者、この街を含むこの周辺のトップ、市長と直接会話して脅迫を初める覚悟を決める。全てはこの謎の魔女の死体降下現象を止める為に。そしてその手がかりとなるかもしれない生前のハルバレラと関係があったと思われる「テリナ」なる人物とコンタクトする為の情報を得たいが故に。脅迫する為の武器は、エーテル減少を隠蔽して死んでいくこの街を見殺しにしている事…。



コール音がする


1回


2回


3回


4回目。「ガチャリ」と電話を取る音が聞こえた。


「来た。」ロンロが思わず声をあげた。

周りの三人も進展した事態に緊張を走らせる。


「…もしもし、私の声が聞こえますか?」

ロンロがゆっくりと、そして恐る恐るタブレットに向かって話しかける。


『ああ、聞こえているよ…。昨日この回線に侵入したのは君だな…?』


「!?」

ロンロの目が大きく見開く。

体もビクっと反応し腰まで届く金髪の髪もそれに沿って揺れる。


(気づかれていたのか…!)

シヴィーが心の中で叫び歯を食いしばる。


『まず君達の要求は判らない。だが言おうとしている事は判る…。この街とその周辺の大地からなるエーテル減少による事だろう。それしか有り得ない…。ハルバレラの死体降下事件から起きる苦情ならもっと堂々と言えば良い筈だろうからね。』


「嘘っ!侵入時の偽装は完璧にしてたのに…!使用履歴だって完全に書き換えた筈!」

ロンロは思わず驚きの声を上げる。


『偽装は完璧だったよ。君もさぞ腕の立つ魔技術者だろう。なんせ国からの観察団も発信源の出所は掴めてていなかった。ただ偽装による侵入した形跡らしきものがあるというだけでね、実にお見事だ。』


「国ですって!首都の警察機構本部が監視しているの!?」


『その通りだ、君の正体はまだ掴めていない様だが。強いて言えば昨日ハルバレラの屋敷に侵入した女の子がいたそうだが…。君か?声も女の子っぽいじゃないか。』


「う゛!」

図星だった。


『そして監視されているのは君では無い。正確には私なのだ。この私グラレーン…この街の責任者である市長の私だ。何故なら、この街の大地の事を首都から正式に通達されたのはこの私だけだ。』


「え…?じゃあ、もしかして!今もこの回線は!?いけない!」

ロンロが慌ててタブレットを操作して接続を切ろうとした時、


『 待てっ!! 』

と、タブレットの音声出力スピーカーの穴から静止する声が駐在所の中で響いた。


「市長…さん?」


『…この回線は大丈夫だ!信用して欲しい!昨日の時点で侵入があったと聞いて私は自宅から役所に跳んで帰ったよ!そして事前に秘密を打ち上げていた…一部のスタッフと幹部を急いで集めてこの回線を独立させたのだ!この回線は問題無い!』

グラレーンと名乗った男は電話越しに回線を切ろうとしたロンロの動きを察知したかの如く、必死にそれを静止させようと語りかけてきている。


「国から監視されているって…どうして?ううん、エーテル減少の事は国家レベルで内密にされている筈だからそれの監視?電話回線にまで網を張るなんて…首都はそこまでしていたの!?」


『その通りだ…。もしこの魔法となり魔学となって今の様な危険な状態が改良され、そして定石化されれば人間はこの星の大地の何処からでもエネルギーを取り出せる。しかしそれは危険だ。大地を滅ぼし、様々な命を吸い尽くす。それだけじゃない。本国としてもこの技術を他の国へ渡す事は有り得ない。この技術を巡って国家間や民族間で紛争すら起きるだろう。首都側はこの街を徹底観察し、そしてどういう結末になるのか見極める事ににしたのだ…。街のエネルギーが全て吸い尽くされて死のうともな!』

グラレーンという男の声は怒りに任せるかのように震えている様だった。


「…じゃあ、もしかして回線を首都に秘密で用意したのは!もしかしたら昨日侵入してきた私とコンタクトを取る為!?ええええええ!!!!」

ロンロはタブレットを見つめながら驚く。

脅迫をしようとしていた相手がまさか自分を察して待ち構えていたのだ。周りの三人もあまりの予想だにしなかった展開に驚きを隠せなかった。シュングなどは理解が追いつかずに大きく空いた口が塞がっていない。


『…こんな事を隠し通せる筈が無い。エーテルは減少して大地は死に続けている。この街の水道に使う水源は主に北東にある山を源流とする川からだが…。源流の方はともかく秘密を打ち上げた職員が数日前に秘密裏に調べていた所がだ…大幅に有機物、栄養素、それにエーテル。全てが基準値を下回ってきている。最早限界だがそれでも国は隠し通そうとしているんだ!恐らくこの事情を見つけて外に大々的に報告しようとする学者やジャーナリスト等は秘密裏に処分されるだろう…。いや、もう何人かは既に。』


「リッターフランもそれに従っているんだ…!」

唇を噛み締めて両手の拳を握り締めてロンロの顔が険しくなる。


『リッターフラン?…リッターフラン対魔学研究所か。初期のこの街に来た調査隊の中にリッターフランから派遣されてきた人員も見かけたな。そこも当然今回の件ではグルだろう。』


「わ、私!そのリッターフランから派遣されてきた調査研究員です!一昨日付けで!名前はロンロ!ロンロ・フロンコって言います!」


「ロンロ…!」

身分を隠さず名乗りあげたロンロに向かって横で様子を伺っていたシヴィーも思わず声が出た。


『なんだと!?そんな報告は受けていない!リッターフランが新たに人材を派遣したと!?』


「当然です。私は…。私はリッターフランから恐らく捨て駒としてこちらに派遣されました。調査員を立て続けに何度も派遣したが誰もこの街で起きている怪現象に対する原因は不明。そう言う建前が国もリッターフランも欲しかった筈です。だからまだリッターフランに入所して一年目の、大した実績の無い去年まで学生だった私が任命されて派遣されてきたんです。捨て駒だったからこんな事情は話されていませんけどね!本来はただの都合の良い言い訳レポートを上げる為の報告要員です!私はっ!」

最後の方は自虐的になってロンロは答える。


『なるほど…。魔学研究員か。それで役所の回線に侵入出来た筈だ。そして君は捨て駒で送り込まれたとは言え、気づいたのだな。この街の異変の原因、大地のエーテル減少に。』


「はい…。最初は私も水からでした。」


『そうか…よくぞ気づいてくれた。そして良く私にコンタクトを取ってくれた。先程も述べたが気をつけてくれ。この事を公にすれば君の命も危ない。』


この会話を聞いた後シヴィーはシュングとサグンに小声で支持を出して辺りを探らせた。ロンロがその会話に出てきた監視団に狙われている可能性も、そしてこの会話も盗み聞きされている可能性があるからだ。サグンはいち早く支持を察知して風呂場や物置などを探索し始めた。シュングもそれを見てようやく気づき、キッチンの窓等からそっと辺りを伺っている。


「市長さんは…秘密を知った事で狙われていたんですね。」


『…今まで何の対策も取れなかった。このままでは老人や子供といった弱者から倒れ始める事になると、秘密を打ち上げた魔学スタッフに聞かされた時は流石に参ったよ…。私も恥ずかしい話だが…崇高な目的があって政治の舞台に立った訳では無い。本来多くの政治家がそうである様に、私も権力を収めていく中でここまで上り詰めた一人だ。…だがそんな私でも流石に、流石に死に行く街をそのままにしておくというのは堪えた…! 何も出来なかった事を許して欲しい。』


「何か…対策は取れなかったんですか?外部から食料や水を運び込むとか…。」


『家族を、今年14歳になる娘を。そして息子と妻を、その他親族も…恥ずかしい話だが愛人も。全て調べ上げられて人質に取られた。正確には監視されているのだが、この街の秘密を匂わせる事をすれば命は無いと。私らには何も出来なかった…。』


タブレットのスピーカー越しに市長の後悔の念が伝わってくる。

既に影響が出始めているこの街を見殺しにするのは崇高な政治目的があって上り詰めたとは到底言えない身とはいえ、トップとして真に辛かったのだ。それも家族を愛する人を人質に取られた状況で、苦労は相当な苦労もあったのであろう。だが、【愛人】という言葉にロンロは「うげぇ!」と小声ではあるが素直に反応してしまう。

16歳の女の子であるロンロには少し、いやかなり抵抗のある単語であった。


「えーと、あの、その…。愛人はともかくとして…!市長さんに聞きたい事があるんです!今日はその為に市長さんとお話がしたくて電話を…そのこんな失礼な形ではりますけど繋げさせてもらいました!」

本来は脅迫して情報を引き出す予定であったのは黙っておく。

もうこれこそ誰にも話すまい。と、ロンロは心の中で堅く誓った。


『ああ…構わん。私も、いやこの場に今!事情を打ち明けて真相を知ったスタッフ全七名が集まっている!私達は君の様な存在を待っていた!国に気付かれず、監視の目を縫って真実に辿り着いて行動する存在を!だからこうして国を欺く様な事までして!私達全員は君の様な存在を待っていた!』


「ええ!?そ、そんな大層な…!というか国側には気付かれずというか…私は相手にもされて無かったといいますか…。ハハハ。」


『構わん!それなら尚更好都合だ!救って欲しい、この街を!死体が降り注ぐこの街を!いやこの街の大地と生命を!話せる限りならいくらでも話し、協力する!その為に特別に秘密裏に!この回線を急造して君からのコールを待っていた…!』


「私で力になれるかどうか…でも一つだけ情報があるんです。『テリナ』という人物の戸籍情報は役所にありますか?男性です!」


『テリナ?…首都からの警察機構からはその様な人物の報告は受けていない…。初耳だ。その男が何か今回の事件に関係あると言うのか!?』


「直接逢って会話して見ないとまだ判りません。ただ、ハルバレラが生前に彼とコンタクトしていた可能性があるのは事実なんです。」


『…生前のハルバレラが!そうか君だったのだな。ハルバレラの屋敷に昨日侵入したのは。そこで何かを見つけたのだな。あの屋敷には調査員も入った、だが君の言うテリナという男の情報までは探し出せなかった。君は見つけたのだな!』


「そ、そうです!あとその…ハルバレラの屋敷なんですが、しばらくはそっとしておいて欲しいかなーって。あそこには魔紋らしき物が残っていました。エーテル密度も濃い状態です。まだ一般の人が踏み入るには危険ですから。」

エーテル体のハルバレラがいる事は黙っておいた。


『判っている。国からも不用意に人を入れるなと言われて警察機構も動いている。…君は気にせず入ったようだが…守衛は何か言ってなかったか?』


「あーいや、リッターフランから来たって言ったらすんなり通してくれましたが…。」


『少し強めに指示を出す様に要請しておくか…。今の警察に私の声が聞き入れて貰えるか不明だが。…判った、まずはそのテリナという男の情報を知る限り詳しく教えて欲しい。名前と性別だけでは見当がつかない。』


ロンロは写真から判るテリナと呼ばれる男性の特徴をあの時シヴィーが言った通りに話した。

瞳と髪は黒色で、年齢は10代後半から20代前半程度。写真から察せられる状態では健康体である事も。

電話越しにグラレーン市長が特徴をスタッフに告げているのが聞こえてくる。


『少し時間が経てば結果が出るだろう。待っていて欲しい。』


「判りました。」


ロンロがそう返事をした所でシヴィーが身を屈めて床に置いてあるタブレットに身を乗り出してきた。


「…市長ですか?この街の北西にある死体処理場の現場の責任者、王国兵団警察員としてこの街に赴任しているシヴィー・レルトン巡査長です。」


『君が?そうか、いつも世話になっている。このリッターフランのお嬢さんとは知り合いなのか!?今までのこの会話も聞いていたと!?』


「シヴィーさん!?」

ロンロが驚いてシヴィーに問いかける。もしバレれば彼も国から狙われてしまう事になる。

しかしシヴィーはロンロと同じ様に身分を自分から明かした。


「不思議な縁あってこのリッターフランから派遣されたロンロと行動を共にしています。会話は拝聴させて貰っていました、…今まで名乗り上げ無かった非礼をお詫びします。そして市長、率直ですがこの死体処理場に応援人員を送り込めませんか?」


『お嬢さんに協力者がいたのか…君達には苦労をかけているが、どうしたと言うのだ?』


「降り注ぐ死体の処理が現在の人員では足りないのです。九名いた職員も六名が逃げ出し、一週間ほど前から私を含めた三人で処理に当たっていますが…この広い街を全てカバーするには既に限界です。どうか行政側からも警察機構に掛け合って貰いたいのです。」


『そんな事が…。私は何も知らされていなかった。…そうか!!首都側は徹底的に私、市制側と警察側の情報をシャットアウトしているのだな。すまなかった…。』

電話越しからも詫びる気持ちが伝わってくる。市長の無念が伝わってきた。


「この街の警察側は新しく作っている第二死体処理場と街の混乱を沈めるのに集中して、こちらに人員を裂こうとする気配が見られません。…頼みます。部下二人の為にも。」

シヴィーはタブレット越しに頭を下げた。

シュングとサグンも見回りから戻ってその様子を見ている。二人が思わず声をあげようとした所でシヴィーがそれを力強く睨み付けて制止した。責任は自分が取ると言った彼の有言実行であった。


『判った。伝えておく。だが期待はしないでくれ。どうもこの街の警察側も既に首都に実権を握られている。私の声が届くかどうか…、こんな情報まで遮断されているとはな…。君達には本当に苦労をかける…。』


「そうですか…。ですが出来るだけ警察側の上に語りかけて貰える様お願いします。」

シヴィーが無念とばかりに目を瞑る。


「シヴィーさん…。」


「気にするなロンロ。俺はここの責任者として当然の事を言ったまでだ。」


「はい…。」





その後しばらくの沈黙がロンロ側と市長側の両者で流れた。

そしてスピーカー越しに市長側に動きがあったのがガサガサと紙を擦る音と遠くからの市長とスタッフの会話が聞こえてくる。テリナの情報が役所の戸籍情報から判明したのだ。


『聞こえているかお嬢さん?』


「は、はいっ!」


『テリナという若者の情報が判明した。よく聞いてくれ。年齢は19歳、フルネームはテリナ・エイト。君らが述べた外見的特徴はほぼ一致している。テピス大学の魔学生だ。魔力才能保持者クラスDだから本籍とは別に個別に戸籍情報が保管されていたんだ。これは確かに可能性があるかもしれん!』


「クラスD!才能者だったなんて!た、確かに!その人が探していたテリナかも!ありがとうございます!」


魔機に頼らずとも生身の肉体のまま魔法式を描け魔法を扱える才能がある人間がいる。

体内の魔力をエーテルに変換して魔法式を描ける人間


それが男なら魔法使い。

女なら魔法使いである。


ハルバレラは魔女である。

それも、この世に生まれる確立はとても低いクラスAAA、稀代の才能を持った魔女が彼女である。


ただ才能にも程度がありその才能によってクラス分けされる。

テリナと呼ばれる男はクラスD。一般人よりも多少才能がある程度であったが、それでも簡単な魔法式なら魔機を使わずに描けて魔法を発言させてしまうであろう能力の持ち主である。魔学が発展し多くの魔法が魔機として才能無き人間にも広まった現代なら特に目立つ才能ではなく、あってもなくても日常生活や就職その他で恵まれる事な無いのだが…。稀にだが突然、些細なきっかけで爆発的にその天性の才能を伸ばす人間もいる。その為に戸籍情報として少しでもその可能性がある人間は個別に管理されていたのだ。


『大学と現住所の場所を伝える。場所はこの街の…』


「はいっ!」

ロンロは会話をしながらタブレットにその情報を入力し始めた。

ようやくここに来て可能性の一筋が見えてきた。





『これでテリナの情報は全部だ…。少しは協力出来たかな?』


「ありがとうございます!ようやく、首都警察の調査団とリッターフランの先を歩ける…。」

今まで、ハルバレラの屋敷探索にしてもこの大地の秘密にしても先行していたこの両者の後追いをするしかなかったロンロ。そんな状態からようやく独自の道が開けた。ここからはロンロしか知る事が出来ない事実なのである。


『少しでもお嬢さんの力になれたら嬉しいよ。くれぐれも慎重にな、決して外部に漏らす事の無いように。無駄に街の人間を混乱させる訳にもいかん。それ以前に警察側が察知した時には君達の命も危ないんだ。』


「はい、ありがとうございます。今の所は大丈夫です。」


『今もこの市長室の窓越しの遠めから、首都からきた警察機構の人間が張って監視しているだろう。表向きただの事務電話の様に済ませているがね…。君らも気をつけてくれ。…それとシヴィー巡査長、先程の話は必ず警察機構に届ける。』


「感謝します市長。よろしくお願いします。」

シヴィーが返事をする。 


「市長さんも気をつけて…。それと愛人とは別れてください!そっちは言い触らしても良いんですよね!?大体娘さんがいるのに!信じられない!!」

愛人の存在に引っかかっていたロンロが強めの口調で訴える。

横で見ていたシヴィーもシュングもサグンもいきなりの訴えに呆れていた。


『ハッハッハ!!じゃあこの長電話は別れ話が拗れた事にしておくか!まぁそれは追々何とかする。では、また何かあったら連絡してくれ。この時間帯なら間違いなく繋がる様に回線も保持しておく。では、健闘を祈る。』


そう言って市長からの会話は終わった。

「ガチャリ」という電話を切る音がする。

回線は途切れてタブレットは無音になった。




「ふーーー!」

と大きなため息をついてロンロが座っていた体を崩して床の上で平べったくなる。

緊張が崩れて顔も一気に緩るんだ。


「…予想外だったな。知られていたとはな。ロンロ、市長のこと全面的に信頼していた様子だが大丈夫か?何故そこまで信用した?もしかして市長も首都側とグルかもしれんぞ。…まぁ俺もそれに乗っかって身分を明かしてしまったんだが。」

訝しめにシヴィーが平べったくなった緩々顔のロンロに語りかける。


「ふぁーい。」


「ふぁーいじゃない!…本当に大丈夫だろうな?」


「だいじょぶれすー。会話しながらも色々調べてましたから。まず昨日市長さんの使用している電話を調べる時に長く使われているアナログ配線には声の癖が焼きついて残るっていったでしょー?あれもほとんど無かったですし。新品というか、普段使っていない場所から配線を引っ張り出してきたんでしょうね。回線もヒルッター方式じゃなくてアナログのでした。他にも定期的にエーテル信号を送ったりして盗聴されていないかとか、こちらを逆探知していないかとか、レスポンス反応から何かしら機器が間に接続されていないかとか回線自体が分配していないかとか、お話しながらも実は色々調査してましたー。うへへへ。」


「まじかー!皿一つ洗えないのにそういう事は達者なんだなー!」

サグンが驚きながら反応した。


「だってプロですもーん!へっへっへ!」

ロンロが立ち上がって笑顔で返す。


「始めて見たよロンロがプロの魔学者らしい所を。お皿何枚も割ってたのが信じられないや。」

シュングも改めて感心している。


「お皿割ったのは…!その、すいません…。ハハハ。」

褒められつつも少し気不味く感じたロンロは素直に謝った。


「ともかくだ、首都側に察知されていないのならそれで良い。…俺も一応は上に意見が言えたしな。肝心の目的は果たせたがテリナだったか?これから調査しにいくなら馬で送ってやる。」


「応援が来ると良いなー。」

「ああ、それまで頑張るか。来てもさ、またすぐ逃げ出されても困るけどよ!」

二人ともその点についてはシヴィーが代弁してくれたので満足していた。


「それにお前ら、いやロンロも俺もだ。市長の言った通り言動には気をつけるぞ。エーテル減少については一切他人に喋るなよ、誰か漏らした奴はいないだろうな?」


「それは大丈夫ですよ巡査長!ここ数日この死体処理場から一歩も出てませーん!」

シュングが胸を張る。

「同じく!地主のじいさんが昨日にでも来てたら漏らしちゃう所だったけどね!」

サグンも答える。


「良かった…。脅迫の件と言い、何か全て上手く回った気がする…。まさか私を待っててくれたなんて。」

ロンロが胸を撫で下ろした。


「ばかもの、今回の件は全て偶然だ。…いや、必然かも知れんな。相手も望んでいたからこそか。まだ昼前だ。今すぐにでも動けば今日中にテリナを探し出して対面する事も可能だろう。いくぞロンロ。」


「はいっ!でもその前に電話機を元に戻します!」

バタバタと回線をタブレットから切り離して電話機に繋ぎ直してロンロはカバンを抱える。

そしてシヴィーと共に外に駆けていった。


これからが勝負だとロンロは思った。

これからはリッターフランの調査報告書で一度も書かれていなかった領域に突入するのだ。愛人がいたけど…市長さんも周りのスタッフも応援してくれている。何よりここで汗水垂らして頑張っている三人の死体処理班の皆も。テリナという男を見つけて事件解決の糸口を見つけなければ!心の底から意欲が沸いて来たのをロンロは感じていた。




そしてハルバレラ。



彼女を救いたい。





彼女がこれ以上空から降り注ぎ、地面に激突して死ぬ事が無い様に。


あの暗闇の屋敷から、両手を振って外に出られる様に。


エーテル体になったとしても、今の彼女は生きる喜びを知り始めているのだから。
















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