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恋の魔女の秘密は一日にして成らず

 「いやー…しかしよく食うなお前。」


あの後、空から落ちてきたたハルバレラの死体を片付けたシヴィーにロンロは昼食を奢って貰っている。

場所的に農地と街を行き来する客を目当てに構えたと思われる軽食屋。そこに二人は入った。木造の古いが小奇麗な店内には二人しか客がいなかった。この怪事件で人々が外出を控えるようになって客商売も上がったりである。


「だって…はんぐぐ…。屋敷の中で色々あって…なんも食べていなかったから。はむぐぐ…。」

目の前にあるのはパンとサラダとパスタと、あとおまけにグラタンにピザも。ロンロは余程お腹が空いていたのかわしわし!と一生懸命にそれらを食べつくしている。シヴィーはコーヒーだけ飲んでその様子を少し呆れて見ていた。


「まだ16だったか。なら無理も無いか…。」


「そですよ!これからまだまだ大きくなりますから!色々!色々と!…はむぐ!」

喋りながらもロンロの手は止まらない。


「…これからどうするつもりだ?そのテリナという男を調べに役所の戸籍課までいくつもりなのか?」


「それしか無いと思うので…はむむぐ!言って見ようかと!」


「そうか…まぁ今は食べとけ。」


「ひあひ!」

目一杯に口に含んだまま返事をしたロンロは言葉にならない音で返事をした。



「ゆっくり食べろゆっくり。…水も飲め。」


「ふあい!」

言われた通りに冷水が入ったジョッキからコップにドクドクと勢い良く注いだロンロはそのまま一気に飲み干した。


「はー!…ん?そういやここのお水美味しいですね?死体処理場の井戸水と違う?」

冷水を勢い良くロンロが不思議そうにコップを見ながら話す。


「山かどっかから汲んできた水を溜め置きしてんだろうな。客も減ったから使う機会も無いだろう。料理も旨かった。旨かったというより違和感が無かったという感じだが。」

シヴィーがコーヒーを飲みながら答える。


「そっか…。もしこの事件が解決してこの怪現象が止まっても…しばらく後遺症としてこの周辺の大地の後遺症は残ると思います。この星の、この大地を巡るエーテルと有機物栄養素の減少。そう簡単には復旧しないでしょうね。」


「例えばだが復旧するくらいならいつまでかかる?」


「正直、判りません。こんな例は世界的に見ても初のケースですから…。個人的な見立てですけど少なくとも半年、ううん1年以上かかるかも。 ずずっ!」

少し落ち込んだ表情を浮かべながらもロンロはパスタを啜った。

食事中に音は立てるのはマナー違反だがそこまで意識がいっていなかった。


「なんだと…! ちっ!下手すれば何年も不味い飯と水が続くって訳か。」

シヴィーが苛立ちを隠せず答えた。


「それもこの件が解決すれば、で。表向き首都は沈黙を決め込みましたから。今のハルバレラの死体が降り注ぐ現象が続けば『原因不明』で済ませて国は対処も何もしませんよ。」


「…お上もやってくれるな。ロンロ、頼むぞ。何が何でも解決してくれ。」


「ぜ、善処します…。その為にはこの街のお役所にいって『テリナ』さんの情報を貰わないと…。」


「それだがな。いきなり赤の他人で特に法的権限も無い俺らが言って連中はその『テリナ』の個人情報を渡してくれるか?って事だが。正直難しいだろう。」


「そうですね…。シヴィーさんが警察員だからと言って捜査令状も無しにそこまで出来ませんよね。」

ロンロも手を止めて口元に手をやり考え込む。


「ああ、悪いが無理だ。」

シヴィーはキッパリと断言した。


「…んー。一つ考えたんですけど。」


「何だ?」


「脅迫、しますか?それでテリナさんの個人情報を聞き出すんです。そうすればさっきシヴィーさんが言った通り最低でも彼の実家の場所くらいは判ります。そこを尋ねれば糸口もある筈です!」


「は!?」

シヴィーが目を見開いて驚く。

こんな彼の表情を初めて見たロンロは少し面白くなってきた。


「私が首都のリッターフランから派遣されて来たとは言え、正直私って、事件処理の為の捨て駒ですから。役所側にリッターフラン対魔学研究所の名前を出しても何の効力も無いと思います。電話等で協力を頼んでも受け入れて貰えないでしょう。」


「それで、誰を脅すんだ…。」


「この街の為政者です!所謂トップ!お偉いサン!!脅しちゃいましょう!そしてテリナさんの個人情報を渡して貰うのです!場合によっては交渉ですよ!エーテル減少問題の事は秘密にしておくから代わりにとでも!」

にっこり笑ってロンロが答える。満面の笑みだ。


「な、何だと!!バカ言え!何か脅し材料があるのか!?」

さらにシヴィーが慌てる。

事件発生まで、いや今も一人のこの街の王国兵団警察員として働いている彼には考えられない事であった。


「ありますよー!良く考えて見てください!」


「い、一体何が…? …! いや!まさかお前!!」


「さーて何でしょう。ニヒヒ。ヒントはこの水です。」

ハルバレラの笑い方が完全にロンロに写っている。

冷水が入ったコップをシヴィーの目の前で揺ら揺らさせながらロンロは上機嫌である。


「やはりな…つまりだ!この街とその周辺のエーテル減少の隠蔽をネタにするつもりだな!!」

テーブルに身を乗り出してシヴィーが若干声のトーンを上げる。


「しーっ!声が大きいですよ!そうです!それ以外ありません!」

ロンロが顔を近づけてシヴィーに注意した。


「しかしだな…!…ッ!それしか無いのか…。まさか警察員の俺が脅迫に関わる事になるとは…。」


「…きっと国から知らされている筈です。ハルバレラの屋敷をそのまま買い取って残しているのもあります!きっと動きますよ。ヒヒヒ!」

耳打ちしながらも嬉しそうにロンロが笑う。


「どうやってコンタクトを取る…。確かにまだこの街の責任者がここを脱出したという情報は無い…。まだこの街にいるのは確実だ…。どうする?」


「一時間…ウウン、頑張れば30分でも時間を貰えれば可能です。」


「何をするつもりだ…?」

シヴィーが更に不安になっている。悪い予感がするとでも言いたげな顔だ。


「死体処理場の駐在所に電話がありますね…。あの回線を利用してこの街の役所回線に忍び込みます!」


「はぁ!?」

シヴィーが驚きを隠せずまた大きな声を出した。普通の警察員として、そしてこの街の住人として平和に38年間という年月を過ごして来た彼の想像を遥かに超えていた。


「しーっ!声!声!」


「いやだが!…本当にそんな事が可能なのか?」


「出来ます。私そういう事やって学生時代から色々遊んでたので…!ヒヒヒ!!」


「頭痛くなってきた…。」


「シヴィーさん達に迷惑はかけませんよ。」

ロンロが笑いながらひそひそ話をする為に乗り出していた身を元に戻し、食事を再開した。


「それでどうするつもりだ…。」


「はむ…!本来は役所端末に直接潜り込んで情報を引き出せれば良かったんですが。電話回線と直結しているような魔機端末はまだ首都でも一部ですし…。はもっ!学生時代もその一部から…。いやいやこの話は関係ないですね。」

食べながらロンロは話し続ける。


「…おいおい。リッターフランってのはそんな組織なのか。」

頭を抱えながらシヴィーが話す。


「電話は有線のエーテル信号を送りあうシステムですからね。仕事として犯罪痕跡の際に電話の履歴を探るぐらい朝飯前です。だから役所の回線に忍び込んで、いや正確には役所のエーテル回線が集まり、外部の回線とも結びつく構内エーテル回線交換機のエーテル痕跡を解析して、そこからお偉いさんの内線番号を見つけ出します。」


「す、凄いな…。本当に可能なのか…。」


「ばーっちり!」

ロンロはそう言いながら上機嫌で纏めたパスタを口に放り込んだ。



しばらくして二人は木造建築の軽食屋から出てきた。

支払いは全部シヴィーが済ませてくれた。ロンロはありがたくお礼を言う。

あの後ロンロはしっかりデザートにアイスクリームとショコラケーキ、ホットコーヒを頼んだ。

彼女がよく食べてよく飲んだ為、出費が予想以上に値上がっただったシヴィーは渋い顔をしていたが…それはこれから行われる犯罪行為に気落ちしていたのもあった。



「はぁ…」

シヴィーが馬に乗りながら溜息をついている。

当たり前だが彼は真面目な警察員なのでやはり気が重い。

エーテル回線ハッキングはいくつものこの国の刑法に触れる立派すぎる犯罪であった。


「もー覚悟を決めてください!こんなにハルバレラの死体が降り注ぐ毎日嫌ですよね!?大地が死に続けるんですよ!私達で突破口を開きましょう!おーーーーっ!!!」

妙にロンロが張り切って後ろの馬に引かれる荷台の中から声を張り上げた。


彼女は再びこの荷台、「死体運びの荷台馬車」に乗った。目的地は昨日ロンロが一夜を過ごした死体処理場である。あの地にある駐在所の電話回線を使用する為だ。同行者はいつもと同じく無数のハルバレラの死体。ハルバレラと友達になった後に見た後の最初の死体は…ロンロに大きなショックを残した。残したのは残したのだがあの後食事前に降ってきた一体、食事後に店から出て見たら更に一体。移動中に更に一体回収して計4体も見てしまったのでロンロの感覚も色々麻痺を起こしてきた。そして事前にシヴィーが回収していた数体も含めて今や10体以上の死体と一緒に荷台の中で揺られている。色々麻痺してきてもしょうがないかもしれない。



「ハルバレラ…もう貴女が死なないように頑張ってみるから、私の犯罪行為も許してね。」

落下の衝撃で無残に形に変形した哀れな姿のハルバレラ達にロンロはそう話しかける。


「バレて首にでもなったら…ええぃ!しかし!…くっ!もうどうにでもなれ!」

シヴィーが馬上でヤケになって一人呟く。

彼の乗る馬も10体以上のハルバレラの死体に二人の人間。重量過多に加え上の人間の不機嫌で言動が荒くなっており、可哀想に大変苦しそうである。


「大丈夫ですよ。もし何かあったら…私がシヴィーさんを養いますから!これで結構高給取りですよ!」

後ろから胸を張ってロンロが答える。


「…殴るぞ。」


「ごめんなさい…。」

しょんぼり。






道中、更に死体を回収する。

死体処理場近くにある道中付近の葉物野菜畑に落ちていた。

この季節に植えて冬も深くなった頃に緑色の葉を渦巻いて大きく実る高山野菜の一種である。ただ植えられた苗のほぼ全部が元気無さそうに萎れているのは、この辺りもエーテル減少と有機栄養素の大幅な喪失で大地が弱っているからであろう。

原因はもちろんハルバレラ。

彼女の無数の死体が大地からエーテルと栄養を吸い上げて降り注ぐ限り、この街に未来は無い。


「この有様を見ればな、お前のやろうとしている事。致し方ないかもしれんな…。」

死体を担ぎながらシヴィーが呟く。

横にいるロンロは衝撃で千切れた足を持ちながら無言で頷いた。





死体処理場に付くと駐在所となっている建物付近にいたシュングとサグンが二人を出迎えてくれた。

馬を止めて荷台を切り離す。いつも通りシュングが荷台を奥の土葬による埋立地へ、サグンが馬を厩舎に連れて行こうとした時にシヴィーが二人を止めた。これからの行動を一応説明しておくべきだと判断したのだ。彼がロンロに目線を送ると彼女も頷いた。ハッキング作戦の事を正直に全て話した。



「はい!!?いいいいいい!?」

「へ…!!? ええええ…え!?」



二人とも予想通りのリアクションをしている。

開いた口が塞がらないとはこの事か。



「ともかくだ、二人共スマンが見ての通り結構な死体量だ。土葬作業をしてくれ。俺は回収した死体量もあるが色々疲れたのでな。一休み…と、言いたいがロンロの悪さに付き合う。この話に乗ってしまったのもあるからな。」


「わ、わかりました…。でも大丈夫なんですかそれ?何かこの街の警察機構支部から制裁、受けません?」

シュングが当然とばかりに質問をした。


「…受けるかもな。」

シヴィーが諦めた様子で答える。


「ダメじゃんそれ…。」

サグンが気落ちして答えた。


「それでもだ、突破口があるならそれに賭ける。今朝言った通りだ、ロンロがそれを判断したのなら俺は最後まで付き合う。お前らに迷惑はかけん、この件はこの死体処理場の警察員メンバーとして全て俺の独断で行った事にする。」

観念した様子でシヴィーが答えた。

彼はここの責任者であるから全て責任を負うつもりであったのだ。


「あのー!皆さん!私を信用してください!回線侵入はバッチリやりますから!」

三人の男と比べて身長で劣るロンロがぴょんぴょん跳ねながらアピールする。


「侵入以降はどうする?目的の人物はこの街にいる市長だな?電話がもし繋がったとする。お前はちゃんとその人物と交渉出来るのか?この件は場合によっては、いや実行犯はお前だ。到底俺一人では庇いきれないんだぞ。何せそういうハッキング技術があるのはお前だけだ。俺らにはそんな技術は無い、調べればすぐ判る事だ。」

腕を組んだシヴィーがロンロに真剣な表情で問う。


「う…!そう言われると自信が…。でも、私…。テリナさんの個人情報の入手以前にその市長に言いたい事もあるんです!」


「テリナの情報以外で知りたい事だと?」

シヴィーが問い詰める。


「そうです。こんな事態になってこの街トップが簡単に国の言う事に素直に従って…!このままエーテル減少が続けばこの街は死に絶えます。小さな子供やお年寄りに病人!栄養不足によりこれらの弱者が真っ先に影響を受けていきます!そんなの許せません!」


「…お前、そんな感情論。いや、ただその怒りをぶつける為に市長に電話しようとしてたのか…。」

シヴィーが諦めた様に首を横に振った後に頭を抱えた。


「そんな感情論の怒りです!こんなの許せません!三人だってそうじゃありませんか!?私はここに来てまだ二日目だけど!!めっっっちゃ言いたいですもん!!酷過ぎます!!!」


「だけどロンロ…そんなエライさんを口で叱っただけで上手くいかないよ…。報復というか、普通にその後警察機構の専門家が調べられて逮捕されるだけだよ…。」

シュングが諦めたかの様に話しかけてくる。


「ああ、ロクな結果にはならねーぜ。もうちょっと冷静になるんだ。」

サグンもそれに続いた。


「でも!私は言いたい!私はハルバレラと友達になったの!なんで友達のこんな姿を見続けなければ行けないのって!この荷台に乗ってるハルバレラの死体も!足も腕も千切れて頭だって取れて!骨は折れて体から飛び出して…こんなの!こんなの酷い!!」」


「…。」

シヴィーは黙ってロンロの叫びを聞いた。


「それに大地のエーテル減少!この街自体が死んでいくっていうのに!下した判断はただ逃げているだけ!何もせずに死んでいくのを!近くの山々の動物も植物も畑の野菜もそしてこの街の人間が死んでいくのを!ハルバレラの死体だって!目を瞑っていれば過ぎ去ると思っているだけ!許せない!!!私は絶対許せない!!!!」



「…ロンロ。」

シヴィーがロンロの名前を呼ぶ。


「ここに来る途中だって死に絶える野菜畑を見ました!皆さんだって水の変化に気付いたでしょ!?もうこれ以上はふがががががが…!!!」途中で背中からシヴィーに口を押さえられてロンロはもがいた。


「な、何するんですか!?」


「よく判った。もう何も言わん、やってみろ。」


「巡査長殿!?」

シュングが詰め寄る。


「そうだな…。ガツンと言ってやりたいのはロンロだけじゃない。俺もだ、いや俺らもだろう。違うか?幾度と無く同僚から逃げられ、残ったのは俺ら三人。勿論応援は来ない。仕事のノルマは増え、それでも毎日ハルバレラの死体は降り注ぐ。おまけにメシは不味くなるわ事件解決のメドも立たん。正直このまま続くと俺らはぶっ倒れて全員魔女の仲間入りだ。」


「…。」

サグンは俯いた。

毎日山盛りに運ばれてくるハルバレラの死体の為に、この元休耕地の畑で巨大な穴を主に掘っているのは彼である。服や体や髪は今日も土だらけで汚れている。この事件が続いて11日目、ここ数日は朝起きるのが辛い。体が悲鳴を上げ始めていた。夜、寝床で横になると全身の骨と筋肉が悲鳴をあげる。20代前半の若い彼ではあったが肉体の疲労は若さではカバーしきれない段階にまで来ていた。


それはシュングも同じであった。彼もサグンの手伝いで大きな穴を掘り上げる手伝いをする。料理を趣味にするシュングは本来優しい性格であった。事件当初はハルバレラの死体を見て一番悲鳴を上げていたのは彼である。次第に慣れていったが、それでも時折辛い物があった。何度も死体を見て嘔吐し、今でも油断すると体の内側から込み上げて来る物がある。心と体、両方から追い詰められてる。次に逃げ出すか倒れるのは自分であろうという自覚すらある。それでも頑張れているのはその優しい性格故に二人に負担を増やして迷惑をかけまいとしている心と、取り残してしまう事へ罪悪感からであった。



「だから…何かしなきゃいけないんだ。俺ら三人だけじゃない、このままいくとこの街は全滅だ。ロンロの見立てだとすぐに事件が解決しても最低で1年、もしくはそれ以上の長期に渡って大地の回復に時間がかかるそうだ。時間は無い。無いんじゃない、事はマイナスに向かって突き進んでいるんだ。」


「…私、ハルバレラの屋敷に入って禍々しい大きな魔紋を見ました。ううん、正確には魔紋じゃなくて何かしら大きな魔法式が発動したその残骸。恐らくはその魔法が発動して今の、この街のハルバレラの死体がが降り注ぐ怪現象が発生したんだと思います。…あんな事出来るの稀代の才能を持つハルバレラだけ。そしてこの魔法式がエネルギーとして求めたのはこの街の全て。この街の土と水に含まれる有機物と、そしてエーテル命の源の全て。でも彼女、ハルバレラはわざとこの魔法を発動した訳じゃ無いと思うんです。事故、そう事故だと思う。」


「事故だって…?」

シュングが疑問をぶつける。


「はい…だって、ハルバレラは。正確にはハルバレラの記憶を持ったエーテル体ですけど、彼女と話して。彼女きっと、死んだのを後悔してたから…。私、そのハルバレラと友達になったんです。だから、事故ならばこれは。今の街の現状はきっと彼女が望んだ事じゃない。だから、解決してあげたいんです!ハルバレラは人々を不幸にする魔法なんか絶対に望んでません!彼女の作り出した魔法理論は!ヒルッター理論もそうですけど!本来人々が幸せになる為の魔法なんですから!!」


「魔女本人?なのか!?それと話をしてきたのかよ…!?」

驚いたサグンは言葉に詰まる。


「ええ…!だから私!やれる所までやります!絶対に!!ハッキングでも犯罪でもなんでも!私この街を救いたい!ううん!いや…!ハルバレラを救いたいもの!」


シュングとサグンに向かってロンロが勇ましく答えた。

彼女は思いを全て吐き出すように二人に向かって声に出した。



「という訳だ。俺も警察員だからな、躊躇している部分もあったがロンロ、お前に賭けてみる。どっちにしろこのままでは俺ら三人、現状を維持出来るのは持ってあと数日だ。俺の馬ですら最近はバテ気味でな。人間がぶっ倒れない道理は最早存在しない。」


「…正直、確かにちょっとツラいかな…へへ。最近ベッドに倒れこんだらすぐ寝ちまうよ。」

サグンが弱音を吐く。


「僕もだよ…。料理だって上手くいかないし、手も足もいつまで動くか…。」

シュングは少し瞳を潤ませた。

息抜きの筈の料理すら上手くいかない日々は彼に相当なダメージを与えていた。



「よし…。決まったな。二人とも責任は俺が持つ。お前らはもし追及が来てもシラを切り通せ。」

シヴィーがロンロの両肩に手を置いて二人に話しかけた。

ロンロはその姿を見上げて、シヴィーに迷惑をかける事を申し訳無く思いながらも少し頼もしさを感じる。


「そうはいきませんよ!」

シュングが涙を指で払って元気良く答えた。


「巡査長殿ばっかりカッコつけないでくださいや!」

サグンも元気良く答える。



「お前ら…。しかしだな。」


「何かあった場合は僕らも出頭します。させて下さい!」

「俺らだって言いたい事山程ありますからね!」


「…スマン。」

巻き込んだ事を申し訳無くもシヴィーは二人の答えが有難かった。

この11日間、三人で頑張ってきた事がたった今証明された。二人は逃げなかった。

シヴィーの胸の中に熱いものが込上げてくる。

三人で死体を回収して、果てしなく土を掘り、埋めて。埋めて。そしてまた集めて集めて。

集めても集めても埋めても埋めても死体が街中に降り注ぐ。

終わりの見えない辛い魔女を埋葬する日々が、それがこの瞬間少し報われた気がしてきた。






「はいストーーーップ!!!!!!!!」

いきなりロンロが声を張り上げる。




「…なんだ?」

いきなり調子を崩されたシヴィー。


「えーとですね!そもそも私はバレる予定とかありませんから!エーテル回線の履歴偽装から消去まで!ボイスチェンジャーだって用意出来ます!大体なんですか!?私が失敗するの前提ですか三人とも!もっと信用してください!!そもそもリッターフランの研究者なんですよ!専・門・機・関の!!この街ぐらいの警察機構ぐらいの技術よりぜーんぜん上回ってます!本部から応援くるのもしばらく先でしょうしね!んもー!!」



「…ははっ!はははは!!そりゃごめんよロンロ!」

シュングが腹を抱えて笑い始めた。彼は笑い上戸でもあった。


「本当だろうな…。こっちはお前、話を聞いた瞬間から今の今も胃が痛くてしょうがないんだが…。」

シヴィーは本当に今まで葛藤していた様子である。


「クックッ!よし!じゃあロンロ!上手くやってくれよ!シュング仕事に戻るぞ!俺らはまずは死体の処理だ!」

サグンが馬を引いて厩舎に向かっていく。


「あいよー!もうちょっとだけ頑張っちゃうよ僕はぁー!」

ハルバレラの死体が満載の荷台を重そうに引っ張って死体処理場の奥にシュングが向かっていった。




「やれやれ…、上手くやれよロンロ。」

ロンロの肩に置いた手に力をこめてシヴィーがロンロに向かって見下ろして告げた。


「やりまっす!やってみせます!」

その手を両方の手で握り返してロンロが力強く宣言した。




二人は駐在所に入り、玄関の傍にあった柱に備え付けの電話機の前に立つ。

ロンロは背負っているレザーリュックから小さな筆箱程の工具箱とタブレットを取り出した。

その小さな工具箱からまずドライバーを取り出して起用に柱と電話機を備え付けている金具を取り外した。

シヴィーがその取り外された電話機を抱えてサポートする。「ありがとうございます。」と手を緩めずにお礼を言うロンロ。次に更にカバンからニッパーを取り出して電話配線を切断した。そしてその切断した配線の先を手際良くニッパーと手でほぐして何やら小さい四角い物体を取り付けた。


「なんだそれは?」

シヴィーが思わず質問した


「えとですね、電話ってかなり原初的な魔機なんです。誕生したの30年以上前でしょ?この街の魔女ハルバレラがエーテルに情報を書き込む事が出来るというのを発見したヒルッター理論が今から11年前で実用化したのが、んー、9年前かな?だからそれ以前のシステムなんです電話って。首都部は序々にヒルッター理論方式の回線に変わってきてますが、まだまだ国全体で見ると小数です。」


「は?…いやスマン専門的でちっとも判らん…。」


「つまりアナログって事ですよ。昔はエーテルを電気に変換したら不思議と理屈も判らず声が乗る!ってぐらいしか判明してなかったんですよね。原理も良く判らず使ってたと。今からハッキングする際にタブレットを使いますから通信方法をヒルッター理論方式に変換するためのモデムアダプターです。」


「そ、そうか…。そのヒルッターなんとかってのは凄いな…。」


「そですよ!ハルバレラのこの発見が魔法文明を50年は進歩させたって言われてます。一種の技術的ブレイクスルーですね。ハルバレラが暮らしているこの街の人なのに。知らなかったんですか?」


「いや、その、勉強不足でスマン…。」

電話を抱えながらシヴィーが何故か謝る。


「あ、もう配線と電話機は切り離したんで床に置いても大丈夫です。」


「ああ…しかしお前ホント手際が良いな。」

呆れ半分、感心半分のシヴィーである。床にゆっくりと電話機を置いた。


「慣れてますからねー。魔学者は魔法は使えませんからその代わりに魔機を沢山扱いますから、一種の魔機技術者の一面だってあるんですよ。えっへん! …そういやこの街って電話回線地中に埋めてる。ハルバレラが行政側に提案したのかなー?」

手を緩めずにロンロが答える。

彼女は喋りながらも前述の変換アダプターから有線接続したタブレットを操作し始めている。


「この街にある役所の番号は…リッターフランからの捜査資料にあったわ。…接続。構内エーテル回線交換機…ああもう電話回数自体かなり多いですね…。死体も降り注いでいるし当然かな…。役所外部からの接続を全て候補から弾いて…役所内線で絞る、最多接続はロビー受付から2Fの…これはどこかの課…。」


ロンロがこの街の役所電話回線の侵入に成功した。

「もう役所内には繋がったのか…!」という驚いた声が聞こえる。

あまりにあっけ無く繋がったのでシヴィーはまだ心の準備が出来ていなかった。


「はい。旧来システムだから侵入自体はとっても簡単。後は内線番号を絞り…。市長室を探します。」

ロンロが床にタブレットを置いてシヴィーには理解出来ない速度で捜査している。

彼は彼女が本物の魔学者であるというのを二日目の今にしてようやく実感できた。


「市長室にいなかった場合は…?」


「内線電話ですから秘書が取る確立も低いでしょう…。市長の私室ならそれはそれでOKですし。そうだ、そうしよっと!この街にいる市長さんって男の人ですよね?」


「確か市長は60代ぐらいの男だが…何をするんだ?」


「回線に癖が残るんです。特定の男性が使用し続けているのならその低い声の癖が残っている筈。旧来システムだとこの辺りがカギとなって探せますね!この癖を持つ回線を探せば良い筈です!」


「そんな事が出来るのか…!しかし年配の男性が使用する電話なぞ役所中にあるだろ…?」

普通に感心してしまったが、シヴィーは残った疑問をロンロにぶつける。


「なので割り振られた内線番号をまず特定しました。候補はP015と、後の残りはP016A P016B P016Cです。これで鑑定結果が出たらビンゴ!!!」


「あ?いや?さっぱりワカラン!」

理解不能と言わんばかりに声を上げるシヴィー。


「番号が近いですから、きっと近い時期に役所内で拡張もしくは設置された内線番号なんですよ。つまりこの番号同士は物理的に近い場所に設置されている確立が高い!普通お偉いさんの専用室の前に秘書の机、もしくは秘書の部屋があるじゃないですか?門番みたいに!そこに電話もある!そして秘書といえば女性!そうじゃなくても若い男性が多いです。もしこの番号で特別低い声の癖が残っている回線があったらそこがきっと正解で!残りは秘書が使う内線電話って訳です!」

ロンロが嬉しそうに答えた。さっきから何やらイキイキしている彼女である。



「候補回線ALLチェック。やっぱりP015の低音変換癖が強い!ここです!!早速電話を繋ぎます!タブレット内でボイスチェンジャーON!これのマイクで会話しますよ!」

ロンロがタブレットを持ち上げて笑顔でシヴィーに見せ付けた。


「お、おい!本当にそれで正解だろうな!市長室か私室のなんだろうな!」


「さー?それは判りません。違ってたらまた再トライ!無音モードにして誤魔化します!」


「 『さー?』ってお前!…ええいもうヤケだ! 繋げ!!」


「よーし!ごーーーー! 市長! たっぷりと話す事あるんだからっ!!」


ロンロは勢い良く捜査してタブレットから市長の内線改選と思われる電話に繋いだ。

今こそ思いの丈を全部ぶちまいてやる!とロンロに気合が入る。

シヴィーも覚悟を決めた。二人はタブレットをじっと見つめる。

この二人とも、言いたい事は一杯あった。

この街の怪現象に正面から取り組んでいるシヴィー。

事件の大元を目撃し、被害者でもあるハルバレラを救いたいロンロ。

二人は、この街のトップに訴えたい言葉が心の中で泉の様に湧き出してきている。



コールして5秒…10秒…30秒…1分…3分…5分……10分……15分。



…。




…しかし



…電話にそのトップが全く出る気配が無い。



「…あれ?」

タブレットを顔の近くまで持ち上げて首を傾げるロンロ。


「…出ないのか。」


「出ません…。おかしいなぁ…確かに繋いでるんだけど…。」


「ロンロ、今は何時だ…。」


「えーと、タブレット時計では。 あ゛!! もう夜の6時でした…。役所なんか閉まってますよねこの時間…ハハ。これだから役所仕事はもー。ハハハハ…。」


「明日やるぞ…。」


「ふぁい…。」

またしょんぼり。




折角気合を入れてロンロの気持ちは見事に萎んでいった。

シヴィーは溜息を付きつつも、やはり少しはホッとしたような顔もしている。





「もう…役所ってもうちょっと融通聞いても良いのに…。いつもコレなんだから。」



彼女の決戦は翌日まで持ち越された。


未だ見えぬハルバレラの秘密を知るかもしれない「テリナ」。

懐から写真を取り出してロンロは彼を見つめる。早く貴方に逢って話をしてみたいと。

しかし何処にいるかも判らない状態ではそれも叶わない。

まずは市長を脅して、いや交渉して彼の居場所を聞きつけなければ何も始まらないのであった。





とりあえず、今晩もここに泊まらせてもらおうと考えていたロンロであった。




リッターフラン対魔学研究所から事件処理の捨て駒としてロンロ・フロンコがこの地にやって来て二日目が終わろうとしている。しかし事件はまだ解決の糸口すら見えていなかった。




ロンロが今日判った事。


それはハルバレラという女性の

弱さと

優しさ、

そして聞きしに勝る天才という事と

…彼女が他人に気持ちを表すのに不器用さが在る、という事のみであった。












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