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恋と悲しみと魔女のハルバレラと・出会いの不幸と幸運の始まりを

 ロンロがハルバレラの屋敷に入って二時間程度の時間が流れた。

時刻は昼を過ぎ、13時になろうとしている。朝食を食べたっきり何も口にしていなかったので流石にお腹も空いてきたなと頭の片隅で考えるようになってきた。彼女はまだ泣き続けるハルバレラの傍にいる。


思えばこのハルバレラの自室、彼女が死んだ時点で魔法によるロックは外れていた。

研究所と同じくこの部屋にも王国兵団警察機構からの調査団も進入している。あの「テリナ」とハルバレラが呼んだ若い男の写真は見つけられなかったのだろか?見つけていたとしたらきっと捜査に向かっていた筈である。しかしロンロが警察機構の報告からリッターフラン対魔学研究所で作られた資料を貰い、そして彼女が何度も読んだそれには一言も「テリナ」と呼ばれる男の記述は存在しなかった。


『世界新興宗教の奇抜な生き物を使った荒行大辞典』

という珍妙な本の中に挟まっていたのが調査団に見つからなかった原因であろうか。


(こんな本に挟んで隠しているなんて、ハルバレラはこの男性の事を誰にも知られたく無かったのかな…。)


やはりテリナという人物に逢ってみたい、と、ロンロは考えた。

その為にどうしたら良いだろうかと思考する。

ハルバレラから得られる情報は今の調子のままだと名前のみである。

この町の警察機構として働いているシヴィーを頼らざるを得ないという結論に達したが、直接事件調査に関与していない、ロンロと同じ様に組織に見放され死体処理場に従事しているシヴィーが何処まで調査出来るだろうかという不安もあった。


(考えても始まらない…か。)


ロンロはこのテリナと呼ばれる男性の写真をそっと懐に忍ばせた。

この写真を手がかりに彼を探し出せるかもしれない。だから、持ち出す事に決めたのだ。

そしてベッドから立ち上がり蹲って泣くハルバレラに声をかける。


「ハルバレラ、私、この屋敷から御暇するわ。行きたい所が出来たの。」


「…グスッ」

ハルバレラが泣き止んだ。そしてもぞもぞと布団の中から姿を現した。


「行っちゃうのねロンロ…。ワタシ…少しサビシイ…。」


「うん。でも明日またここに来るわ。そのエーテルの体、まだ維持出来るでしょ?」

ロンロがハルバレラの体にやさしく触る。柔らかく掴み所が無いエーテルの体だが形はしっかりとある。


「…ええ。元々ペットロスに陥った飼い主の為のその後…って研究だったから。エーテル濃度も高いカラ、しばらくは消えないとオモウの…。」


「よしよし。じゃあ私達、まだ一杯お話出来るわね。明日もきっとここに来るわ、ハルバレラ。」

ロンロが明るく笑って答える。


「ほ、ホントウ…?」


「勿論よ!まだ何も判って無いんだから。それに魔学者としても、何より一人の女としても貴女と話したい事は一杯あるわ。ハルバレラ。」


「そ、そ、ソウナノ…?」


「そーよ!確かに貴女より友達は多いけど魔女の友達なんて流石に貴女が始めてよ、ハルバレラ。」


「へ、ヘヘヘヘ。なんだかテレくさいわ。ヒヒヒ。」

ヒヒヒ笑いが戻り、ハルバレラが普段通りのしゃべり方に戻っていく。






二人はハルバレラの自室を出て、長い通路を歩き階段まで出てそれを下りる。

広い広い、広大な玄関前のホールに辿り着き、木製の大きな扉の前まで辿り着いた。

昼間というのに、広さもあってカーテンを閉めれば光が一切届かず暗い暗い屋敷の中。この果てしなく広く果てしなく暗い屋敷の中でこれからハルバレラが暮らす事を考えるとロンロは気持ちが少し落ち込んだ。


「一人で寂しくない?ハルバレラ?」

見送りに来てくれたハルバレラにロンロは話しかける。


「だ、ダイジョウブよ。い、家ではホトンド自室か研究所に篭って一人だった。あんまり変わらないわーエーテル体になった今と。アヒヒ。」


「そう…。でも明日には必ず来るわ。ううん、この街に滞在している限りは毎日来る。それと一般的に貴女は魔女で『ロル』の称号を持つ有名人。だけど今は死んだ事になっているから…まだ世間には存在を公表しない方が良いと思うの。しばらく屋敷内で潜んでた方が…。」

一応、彼女に外出禁止の釘を刺しておく。

外に出れば自身の、ハルバレラの死体が降り注いでいるのである。その衝撃的な内容を教えるのにも気が引けたし何より世間の目としてこの怪事件から溜まっているフラストレーションが攻撃性となり、集団の暴力となって彼女に向かう可能性もあるからだ。それは避けたかった。


「…ありがとうロンロ。そうね。まだ外に出るのは時期早々ネ。モウチョット体の事を理解シテからじゃないと油断したらまた黒い塊にナリそうだし…。他のエーテル的な刺激を受けたらドウナルカ未知な部分も有るのダワ!あと、そ、それと今度はお茶でも入れてもてなすワ…。や、やった事無いから練習しておく…。」

若くして、11歳で成功してそのままお金に困らなくなったハルバレラは22歳にもなって客人にお茶を自分で振舞った事すら無かった。その点は割と筋金入りお嬢様である。


「ありがとう、楽しみにしているわ。私、甘いの大好きだから。あんまいの!よろしく!」


「ワタシモヨ。頭を使えば脳も体も糖分を求めるワ。でも、もう飲食出来ない体になったケドネ!アヒヒイヒヒ!!」

すっかり普段通りの調子を取り戻したハルバレラは己の不幸を陽気に、そして不気味に笑い飛ばしている。


「あ、ごめん…。つい無神経に…。」

ロンロはしまったと思った。


「何イッテルノ。エーテル体でも味を分かる様に研究すれば良い事ヨ!」


「ええ!?」

ハルバレラの発想に驚く。流石である。


「味覚、いや全ての五感は神経を通じて脳に送られる情報ヨ!ヒヒヒ!この仕組みをそのままエーテル体で再現すれば良いダケ!この研究オモシロソーウ!アヒヒヒヒ!!!」


「す、凄いわね…!そういう発想から研究テーマ生まれるの…。」

やはり彼女は天才であった。ロンロは圧倒されつつも同じ研究者として何処か感心する。

彼女とは色々語りたいことが一杯ある、とロンロの中で再び認識させてくれた。


「ロンロ、ワタシね。」


「なに?」


「今、この瞬間、この時がとても楽しいワ。新しく調べたり挑戦したい事も増えテ。ワタシの部屋にあった魔紋らしき痕跡の解析も進めないとだシ、エーテル体に味覚を発生させる研究もシタイ。アナタという友達も出来たワ。ど、ど、どうしてかしら。ワタシ、きっと生きていた時とても悲しくて辛い事あったのネ。ヒヒヒ!!」

いつもの不気味な喋り方だったが、この時初めて彼女が心から笑った様にロンロは感じられた。

目を細めて両手を胸の前で合わせて本当に楽しそうにハルバレラは笑った。



「そっか。私も貴女の力になるわハルバレラ。仕事じゃなくて、ううんリッターフランの事はもうどうでも良いっていうか…あのバカ研究所!…まぁともかく!今はもう個人的に今回の事を何とか判明したいもの!そうしなきゃ気も収まらないし!」


「リッターフランの悪い話ナラ!今度お茶でも飲みながらたっぷり聞かせてアゲル!ヒヒヒヒヒヒッ!」

「とてもとても楽しみにしておくわハルバレラ。ハハハハ!」


顔を見合わせて二人は笑い合った。

この屋敷にロンロが足を踏み入れて二時間程度、ハルバレラと出会ってからは一時間程度。

しかしこの短時間で二人は、他人から見ても凄く自然に見える程の「友達」になっていた。


重い木製の大きな扉を開けて人一人が辛うじて通れる僅かな隙間を作りロンロがそこから外に出る。

ハルバレラは扉の奥で名残押しそうに手を振って見送った。暗闇の中でハルバレラの笑顔はとても不気味であったが、それも今のロンロにはしっかり「友達の笑顔」として認識できた。





ハルバレラは、死した後に生まれて初めての友達が出来た。


ロンロもまた、生まれて初めて魔女の友達が出来たのだった。






外に出ると暗闇に慣れていた目と体に日差しが眩しかった。明るい昼間の太陽がロンロを照らす。

冬も近くなり肌寒い気温の中、そして薄暗い闇の中にいた彼女にはとても気持ちが良い光だった。


大きな鉄格子の門の前まで歩いてきた所で守衛を担当しているシヴィーの知り合い、小太りの警察員が話しかけてきた。


「どうだい?何か判ったかね?」


「全然、でも目標は出来たかな?」


「何も判らなかったのに目標は出来たのかね?」

小太りの警察員が門を開けてくれながら不思議そうに質問した。

ギギィーという鉄の軋む音が聞こえてゆっくりと門が開く。


「ええ、友達を助けたいの。ううん、もっと知りたいって言うのかな。」


「友達?幽霊とでも友達になったのかね?」


「幽霊は私が退治しました!」

エヘンと胸を張ってロンロは答える。


「えええ!?…ホントにいたんだね…。」


「いましたよ。ハルバレラの残留魔力に引き寄せられてますね。エーテルですからね幽霊も。」

ロンロはいじわるな顔をして守衛に話しかける。話を聞いていたもう一人の向こう側にいる守衛もギョっとした顔をしている。嘘はついていない。


「ほ、本当かい!?ああくわばらくわばら…。ここまでは大丈夫だよね?幽霊こないよね?」

幽霊に怯えた小太りの男があからさまに怯えて質問をしてくる。


「来ませんよ。全然大丈夫、基本的に霊は暗闇を好みますし。ここにいたって自身のエーテルが分散してしまうでしょうから外には出ないでしょう。でも、中は保障出来ませんけどね!ヒヒヒ!」

ロンロはハルバレラの笑い顔と笑い声を真似してみる。


「よかったよ…でも流石魔学者だねお嬢ちゃん…。幽霊いたのにあんな長時間屋敷に篭るなんて。」


「エーテル分野で博士号持ってんですよ!当たり前です!じゃあおじさん!開門してくれてありがとうございましたー!」

そう言い残してロンロは来た方向の道に走っていった。

守衛の人を必要以上に霊というネタを使って脅しておいた。これで中を探索しようとする人も早々出て来ない筈である。しばらくはエーテル体となったハルバレラをそっとして置きたいというロンロの思いからであった。走りながらハルバレラの屋敷の方を振り返る。あの大きな、そして暗い屋敷の中に彼女はいる。この事件がどういう風に終息していくのかは判らない。だけど、事件を解決してハルバレラをきっと暗闇の屋敷の外に出してやろう、という思いがロンロの中に強く生まれた。いつかきっと、彼女を元の生きていた頃の様に自由に外に出してやろうと。エーテル体となった存在が社会に認められるかは分からない。だけど、きっと!!


ロンロが暗闇の館の中で出会った、大切な友達の為に決意していた時。

よく晴れた太陽の明かりの逆光の中、上空からヒュウーという風を切る音が聞こえてくる。そしてそれはやはり…どんどん近づいてくるのであった。ロンロも昨日から幾度と無く、そしてこの街の人にとってはウンザリする程に、11日も前から幾度となく目撃しているいつもの怪現象、彼女は急いで足を止める。




「ハルバレラ!!…もう!!さっき貴女と話したばっかなのよ私ーーーー!!」

落ちてくるハルバレラの死体に向かって叫びながら頭を両腕で抱えて伏せたロンロ。







『 バシイイイイイイイイインン!!!!!!バキボギガア!!!!! 』







強烈な落下音と、骨の砕ける大きな音。

ハルバレラの死体はこの街一番の閑静な住宅地の道に、不吉な音を立てて仰向けで落下し、そして砕けた。直に平たい道に落下した為か衝撃が満遍なく行き渡った死体は、全身の骨が砕け、折れた肋骨は腹を割いて飛び出し、片腕がもげて落下地点に近い大きな家の敷地内にバウンドして生垣を越えて転がる。残りの腕も足もぐちゃぐちゃに曲がっていた。



「ハルバレラ…。もう、どうしてよ…。ハルバレラ!!」


無残な姿にになってしまったハルバレラの死体に近寄り、ロンロはその場で膝から崩れ落ちて泣いた。

もうロンロは本人の記憶を持つエーテル体と友達になってしまった。

降り注ぐ死体は最早他人では無い、この見慣れていた筈であるハルバレラの死体はロンロには残酷な事として写る様になったのだ。


落下音を聞きつけて付近の住民が何人も集まってくる。

皆、とても冷たい目をしている様にロンロには写った。

それも事件の長期化、今日で11日目で当然である。人々は落ちてくる魔女の死体に今日も怯えている。まるで憎む様な目で無残なハルバレラの死体を見つめる。それが今のロンロにはたまらなく悲しい。

自分の家の敷地内で千切れた片腕を見つけた主人の男性は悲鳴を上げ、そしてその後に怒りだした。


「この野郎が!!いい加減にしろ!!!いつまで死体を撒き散らしてんだ!!!!」


千切れた腕をこの逆上した男性の主人は思いっきりその足で蹴飛ばした。

敷地内の生垣を飛び出してロンロとハルバレラの死体の前に蹴飛ばされた片腕が転がってくる。

周りを取り囲む人々からも次々と恨みと呪いの言葉が沸き立つ。


『いつまで続くんだこれ…。』

『あんなに血を撒き散らして…汚いったらありゃしない!』

『うちには落ちてくんなよ!魔女が!』

『汚い汚い汚い!飛び散った血が肉が汚い!誰が掃除するんだ!!』


その人々の声を聞いて更にロンロの心は掻き毟られる。

「うっ…うっ…酷い…。こんな事って酷い…!!」


彼女が何をしたというのか、何故ここまで不幸な目に逢わなければいけないのか。

事件を解決しなければこのままずっと、意識のあるエーテル体のハルバレラは屋敷から出る事が出来ず、そして体は死んでいく。最早、最初の問題であった大地の有機栄養素とエーテルがこのハルバレラが空から降り注ぐ術式に吸われてこの街が死につつある事実も、それすら今のロンロにはどうでも良かった。ただハルバレラを救いたかった。


友達の死体を見続けるのはまだ16歳のロンロには辛い、耐えられない事である。

たった一時間程度の出会いと触れ合いであったが二人には強い絆が生まれた。

魔女としてハルバレラを尊敬して、そして彼女の弱さも知って。お互いに笑いあって。ハルバレラは初めの友達が出来た事に涙を流す程喜んだが、ロンロもまた彼女と友達になれて嬉しかったのだ。それが、今、運命の悪戯か。目の前にはその友達の死体が見るも無残な姿として転がっている。


ロンロは落ちてきた死体を恐る恐る取り囲む人々の輪の中心で蹲って泣き続けた。

先程屋敷の中で、テリナという男の事を思い出そうとして悲しい記憶の扉を一瞬空けられたエーテル体のハルバレラがそうした様に。今度はロンロが泣き崩れた。


「ううっ…ううう…!」




やがて、しばらくして取り囲む人垣を掻き分けて死体運びの荷台馬車を一人の男性が率いてやってきた。シヴィーである。近くの警察員の報告を無線で報告を受けてこの場にやってきたのだ。


「ロンロか!?どうした、何かあったのか!」

馬をその場で止めてシヴィーがロンロに慌てて近寄ってきた。


「シ、シヴィーさん…。うううっ!わああああああ!!」

ロンロはシヴィーに泣きついてその胸の中に飛び込んだ。

彼の胸の中で二日続けて彼女は泣き叫んだ。


「何があったんだ…。どうした?」


シヴィーが質問しようにもロンロは泣き続けているばかりで、しばらく反応せずそのまま泣き続けた。

ロンロの肩を持って彼女を支えてあげた。


『あの娘、どうして泣いているのかしら?』

『近くに魔女の死体が落ちてきてビックリしたんじゃないかね?怖かったろうに』

『しかしよく長い事魔女の死体に近づいていられるね…。普通不気味だろ?』

『死体から呪いが発生しているって話があるわよ!気味悪いったらありゃしない!』


いつまでも泣き崩れるロンロを見て周りの人々が話の種にし始める。


「…。ロンロ、場所を変えるぞ。ここは人目が多すぎる。」

シヴィーはこのままではいささか不味いと判断し、ロンロに再び声をかける。


「ううっ…。シヴィーさん、私…。ハルバレラに逢いました…。」

小声で周りには聞こえない程度の小さな声でシヴィーに告げる。


「なっ!本当か!!…っ! 尚更だ、詳しく話を聞かせろ。場所を変えるが歩けるな?」

流石にシヴィーも驚く。毎日ハルバレラの死体に何十という数で触れ合っている彼からすればそのハルバレラと逢ったと証言するロンロに驚いて当然である。


「はい…。」

ロンロは元気無く、目を赤く腫らしたまま返事をした。

強く力強く泣けば人間は目が腫れる。涙で視界もボヤける。

それすらも今のエーテル体となったハルバレラには体験出来ない事であった。

エーテルの涙は落ちた後すぐに光となって消えた。


ロンロは想う。

( ハルバレラに、もっと生きて欲しかった。

( 友達として色々体験させてあげて、生きている貴女と触れ合いたかった。)


シヴィーは死体を持ち上げて、今回はゆっくりと荷台に降ろした。千切れた腕も埃を払って優しく扱う。ロンロが彼女の為に泣いていたのは他人の機微に鈍い彼でも流石に理解できた。


片腕に馬の手綱を持ち、もう片腕にはロンロの手を握るシヴィー。

彼に手を引かれながらロンロはまだまだ泣き止まない目をこすりながら後を付いていく。

歩きながら、先程思った事をずっと考えていた。






閑静な住宅街を離れ、街の中心部から少し外れて人通りも少なくなった。


「ここなら良いだろう。」


シヴィーは馬の手綱を近くの木に結んだ。

ここは街外れの公園であった。街からその周辺の農業地へ向かう為の、そこを利用する人々の為の休憩所として扱われている場所でもあった。


近くにあるベンチを見つけて二人は腰を降ろした。

シヴィーがロンロに小さな瓶を渡す。


「ジュースだ。飲んどけ。」


「ありがとうございます…。」

ロンロは渡された瓶の蓋を開けようとヒネる。だが開かない。

彼女の今の気落ちして弱った握力では開封は無理であった


「蓋が空きまぜん…!」

泣きべそをかきながらロンロがシヴィーを見つめる。


「…。貸せ。」

まるでお父さんの様にシヴィーは瓶の蓋を開けてやってロンロに手渡した。

中身は甘いソーダ水、それを口にしてロンロは勢い良く流し込む。朝から何も飲み食いしていなかった彼女のお腹に優しく染み渡った。冷えてはいなかったが十分美味しく感じられた。


「おいしい…。」


「昼間は何も食ってないのか?」


「ずっと屋敷に入ってましたから…。」


シヴィーも蓋を空けて中身を飲む。大の男の彼は一気に瓶の中身の半分以上を飲み干した。


「…。ハルバレラに逢ったというのは本当か?そもそも生きている個体がいたのか?信じられんな…。」


「いえ、正確には生きていません。彼女の記憶を焼き付けたエーテル体と逢いました…。」


「エーテル体だと?なんだそれは。生きて無いとするとお化けみたいなモンか?」

シヴィーが不思議な顔をして質問をする。


「原理としては幽霊のそれと全く同じです。ただ、特別な個体でしたが。詳しく説明すると専門的になるので省きます…。でも間違いなく彼女本人でした、紛れもなく。」


「にわかには信じがたいが…お前が言うんなら、そうなんだろう…。本人はこの事件に対して何か言っていたか?何の目的でこんな訳の解らん事を始めたんだ?」


【何のためにこんな事を始めたのか?】

この街の誰しもが想う当然の疑問であった。


「いえ…。エーテル体に記憶を焼き付けた存在だから記憶が完全とも言えなくて…特に事故による死亡前の数日間の出来事、そこは何も彼女は覚えていなくて何も判らなくて…。」


「そこだけ何も覚えていないのか?そのお化けのハルバレラは。」


「本当に今思い返しても不思議で…。幼少期の事から魔法や魔学の専門的な知識まで、それに自分の部屋にある本の種類と内容までキチンと覚えていたのに、本当にそこだけ。忘れている演技をしている風な事も無かったんです。何か、思い出そうとする事に苦しんでいたみたいだし…。」


それを聞いてシヴィーがため息をついて腕を組む。

「結局、何も判らずか…。」


「でも、手がかりは見つけました。コレです。」

ロンロが懐に忍ばせていた「テリナ」と呼ばれる男の写真を取り出す。


「ん?見せてみろ。」

ロンロから渡された写真をシヴィーが手に取り真剣に見つめる。


「彼女、ハルバレラはこの写真を見て激しく反応したんです。そして苦しんでた。この人を探し出せて話を聞ければ何か解決の糸口が掴めるかもって…。」


「…随分とまぁ男前だな、歳も若い。だがこれだけでは情報が少ない。」


「探し出すのは難しいでしょうか?後一つ判ってて、その写真の男性の名前はテリナというそうです。」


「テリナか…。特別変わった名前でも無いな。」


「やっぱり探すの大変かな…。これしか手がかり無いんだけど…。」

ロンロは落ち込んで俯いた。d視界が下を向く。

サグンが洗ってくれたスカートは綺麗になっていたが、先程のハルバレラの落下時に起きた血しぶきがまた少しかかってシミになっていた。


「いや少しは判る事もある。まず髪色だ、黒。それに瞳の色もだ、同じく黒。そして年齢、どう見ても10代後半から20前半といった所だな。肌はどちらかと言うと白色傾向にある。それに表情から見れば十分健康体だ。何か重い病気に罹っているという事も無いだろう。」


「あ、そっか!」

ロンロの顔に明るさが戻る。


「ああ、髪の色と瞳の色と肌色。これは役所で住民登録としてこの街に住んでいるのなら記録されている筈だ。それに名前、テリナと言ったな。更に年齢を考慮すればある程度は絞り込める。少なくともこの街に籍があるのなら現住所はともかく実家の場所ぐらいは判るだろう。」


「わーすごい!流石警察員!!」

ロンロの表情が一気に明るくなった。座ってシヴィーの方を見て万歳までしている。


「…この位は判るだろ。一応魔学とはいえ犯罪を扱う場所の研究員だろロンロも。」

少し呆れた様子でロンロを見返して写真を返すシヴィー。


「へへっ…そういえばリッターフラン対魔学研究所は日々増える魔学を利用した犯罪を解明するための組織でした。」

ロンロが照れくさそうに頭の後ろを掻いた。


「まったく…。まぁ良いちょっと待ってろ。腹ごしらえだ。」

シヴィーがベンチから立ち上がって歩き始めた。ロンロはその後姿を目で追う。

彼がいて良かったと心の底から今、感じていた。

シヴィーはロンロにとってこの街で出会った一番の支えになりつつある。

彼がいなかったらきっと、今もハルバレラの死体の前で蹲って動けなかっただろうと。


「シヴィーさーん!!!」

ロンロも立ち上がってシヴィーの元へ走って駆け寄る。


「なんだ?」


「私も一緒にいきます!何を買うんですか?」


「ちょっと歩いた所にテイクアウト出来る店があるんだ。サンドウィッチでも買ってやろうとな。お前も来るんなら直接店で食っちまうか。」


「わー!…でも水も食物も弱り始めてますからね。味にはあまり期待出来ないかも?野菜とかパサパサしてそう。」


「お前なー、折角奢ってやろうとしてんのに…。」


「はははっ!ありがとうございます!それに領収書切って良いですよ!リッターフラン名義で!ヒヒヒ!」

ロンロに少し、ハルバレラの笑い方が伝染した。


「昼飯代ぐらい構わん…。」

シヴィーが少しむくれて返事をする。


「良いんですか?遠慮しなくて良いですよ?」


「うるせぇ、そこまでケチじゃねぇ。」


「ヒヒヒ!!」

再びロンロがハルバレラを思わせる笑い方をする。


「なんだその気味の悪い笑い方は…。ったく。」


「シヴィーさん。」


「…何だ?」


「ありがとう。さっき私、動けなかった。」


「俺は何もしてねぇよ。」


「ううん、ありがとう。」


「…。そうか。」



二人は並んで歩き出した。

身長が高い分シヴィーの方が歩幅が広く歩く速度もロンロより随分早かった。

ロンロは少し駆け足気味で追いかけていたのだが、それに気づいた彼は少しだけ歩く速度を遅くした。


程なくしてロンロもそれに気づいた。

その事でまたお礼を言おうとしたのだけれど、シヴィーは特に返事をしてはくれなさそうなので黙っていた。無言であったがロンロにはとても心地よい時間に感じられた。



不器用な所もあるけど、この人はとても優しい人だとロンロは想う。

そしてどうやら自分はもしかしたら、この人の事を好きになっているかも。とすら想った。

屋敷に入る前に顔を近づけられてドキドキした時とは違い、今度は自分の気持ちで照れる事も無かった。

シヴィーが接してくれた優しさがロンロには染み渡っている。

だから好きになって当然だとも感じた。


今までの16年間の人生で恋愛経験の無かったロンロはこれが恋なのかイマイチ判らない、でも今のこの無言の時間ですら心地良いと感じている。しばらくこのまま、一時間でも何時間でも歩いていても良いなと思えていた。



そして想う。



ハルバレラ、貴女も恋をしていたの?


幸せな気持ちは湧いて来た?


テリナという人は優しかった?


貴女はどういう風に彼に接していたの?




ねぇハルバレラ…。






ロンロが彼女の事をうっすら考えていた時に、視界の前方から人が落下しているのを目撃した。

「ああっ…」とロンロがその起こり得る悲劇を予想して項垂れる。


「やれやれ、昼飯は少しお預けだ。回収する。」

シヴィーがぼそっと呟く。


「はいっ!…もうハルバレラったら!」




やがて派手な落下音が聞こえて魔女ハルバレラは地に落ちてきた。







やはり、その顔は笑っていた。


血を流して笑っていた。



このハルバレラはロンロという人物の事は判らない。

その事を死体を追いかけながらシヴィーは少し悲しく感じていた。


(それは、不幸どころの話じゃねぇな…。)


彼もまた、ロンロからハルバレラの話を聞いてそう感じていた。





遠くでシヴィーの馬が落下音に驚いて悲鳴をあげている。





今の魔女・ハルバレラは街中に不幸を振りまく存在であった。

この大地の生気を吸い上げながら。







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