表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

無題

作者: 紫御曹司
掲載日:2016/10/25

もし僕が物語に出てくるような優等生だったら? そんなことをたまに考える。勉強ができて、スポーツにも秀でている。明るくて社交的な人。友達も多い。そんな人だったなら、僕の学校生活というものは少しくらいマシになっていただろうに。


 もちろんそんなものは夢物語で、朝になれば憂鬱な一日が始まってしまうし、学校に行けば会いたくない人やいっこうに解けない問題、先生の長い話とちょっとばかりの青空が待っていて、気がつけばまた日が落ちる。そんな毎日が続く。せめて、ずっと続いてくれるのならむしろありがたい。授業なんてみんな寝て、ただ怠惰に過ごせばいい。でも必ずそんな生活にも終わりがやってくるし、現実的に見れば大学にいかねばならないし、そうでなくても働かなければならない。毎日の苦行を無視しようがしまいが、やがて終わってしまうのだ。毎日を大切に過ごすこと、大げさに言えば懸命に生きることは、とても無駄なことに思えてならない。さらに悪いことに、自分という卑劣な人間はその中で振り回され、能力がないために何も得ることがない。最悪だ。自分という人間がこの世にいる意味は何か。そんな大仰な、それでいて逼迫する問題に頭を抱えるのだ。


 だからこそ、何も持たない自分は、持っている者を酷くねたむ。妬むだけで口にはしない。持つものは何だかんだその武器を自慢してくるように思えてくるし、ともすればその切っ先をまわりに向けてくる。そんなことに巻き込まれたくはない。面倒くさい。逆に考えて、そんなことをし得ない自分を褒めているような気がする――所詮、気休めにしかならないが。そんな気休めにすがる自分と、いまなお人の中にいる才能ある人への妬み――。それに気づいてしまってから、僕は日々苛まれている。


今年の冬は寒いですね、と誰かが言っているのを聞いた。いつの間にか街路樹の葉はすっかり無くなっているし、鋭い刃のような風が自転車を押す手に切りかかる。吐く息が白いと気づいたらそれもそのはずで、日もとっぷりと落ちて、すでにあたりに人の気配はなかった。鈴虫すらいなくなってしまった夜道に、アスファルトをたたく音はよくこだました。一歩一歩歩くたびに、僕を避けるように空気は薄くなる気がした。


 さあて、どうしたものか。


 たぶん僕は誰よりも困り顔だっただろう。あるいはそれを通り越して無表情か。寒さが心を縛り付けたのか。


 すでに学校生活というものは半分過ぎてしまっていた。自分が得たものはさあ何だ。いよいよ答えに詰まってしまう。自分は平々凡々な人間だ、と自己評価する。少しの友達と、まあまあの評価。それ以外は何か――。


 考えて、いつもそこで考えるのをやめる。それ以上考えても出てこないこともそうだが、それ以上に自分という空虚な存在を再認識したくないのだ。考えれば考えるほど、他人――思い浮かぶのはいつも決まって自らのすぐ目の前にいる人――との違いをありありと感じてしまう。ここが劣っている、あれも劣っている、なんて数えだしたらきりがない。いまさら自分のほうが優れている点なんて、見つけていられる程の余裕はなかった。渇きを潤すように他人の粗を探し、仮想のかわいそうな子と傷を舐めあう――そんな妄想しかできなくなっていた。まったく、自分のふがいなさには溜息しか出ない。何かを吐き出したところで、何も打開策は見えない。考えようとしない。吐いた息は白い靄になって消えてしまうし、僕の足跡は雑踏に踏まれて判らなくなる。


 だから、まだ僕は一人で歩いている。永遠の夜中を、僕はずっと歩いている。そこに意味なんてない。前を見ろなんていわないでくれ。ぼんやりと見える足元だけで十分だ。なにをしても、しなくても、未来はどうせ変わらない。せめて前に歩き続ける気力だけは奪わないでほしい。お前は弱虫だ、阿呆だと罵られてもかまわない。そんな満たされた者の言葉は所詮満たされたものにしか通用しないし、その良心的な蔑みは耳にたこができるほど聞いた。そんなことは判っている。だが、しかし――僕が走るのを引き止めるような誘惑は僕を掴んでやまない。いまさら、という気持ちで満たされている。僕の中に存在する「ボク」という人間は何かに挑戦することを諦めている。そして僕はそれに従う。僕の努力はすべて無駄になると、才を持たざるものは負け組みだと。


 僕がボクに従ったのはいつごろだったか、そんなことはもう覚えていない。ただ、今はもう引き返せないのだと思い込んでいる。そうして今日も悩み、その答えは自分で出すことはない。寒さに凍ってしまった何かが、いつか溶け出すに違いない――と期待しながら。何かを得た自分の姿を一心に妄想しつづける。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ