2.コイバナ中です
毎日、勉強勉強の日々。頭を使い過ぎて、オーバーヒートしそうなのに私の頭は頑張ってくれている。うん、誇りを被っていなくてよかった。
「はぁ。」
で、今日の午前中は珍しくのんびり過ごしている。マナーの先生が体調不良で急遽休みになり、ポッカリ予定が空いたのだ。それなので、ファーと侍女達と親交を深めると言い訳にして、お茶を挟みガールズトークとなったのだけど、その準備中、侍女の中で一番若く、ほんわりとした性格のイクミが溜息を量産しているのよ。
「イクミ、どうしたの?悩みなら聞くよ。」
「あっ、スイ様。申し訳ありません。」
私の声に我に返ったらしいイクミは深々と頭を下げた。
「謝る必要はないわよ。今は休憩時間みたいなモノだし。で?」
「スイ様、きっと恋ですよ、恋。」
「あっ、そうかも。イクミ、最近綺麗になったもの。」
「そうそう。ヘンにそわそわしている時もあるし。」
「それで、どうしたの?イクミ。」
シェリルまで好奇心を隠そうともしない声を発して、止めを刺した。
「えぇ、その…気になるお方がいまして。」
いやぁ、イクミ、可愛いぃ。頬を赤く染めて、はにかむ笑顔。それ反則よ。
「あぁ、最近、ここに来る回数も時間も少ないものね。」
「はい?」
イクミだけじゃなく、全員の瞳が大きく見開いたまま、私に注がれる。
え?どうして?
「お姉様は、イクミが好意を寄せている男性がどのお方なのか、わかっているのですか?こちらによく来る方なのですか?」
「えっ?皆、知らないの?」
「私、誰にも言っておりませんよ。」
「うん。イクミからは直接声に出しては聞いていないけど、わかるよね?瞳が口以上に語っているから。」
イクミを抜かした五人が一斉に首を横に振っている。
「あぁ、皆のもわかっているよ。言っていいなら、ここで行っちゃうけど。」
「是非。」
食い付いてきたのはシェリルのみ。他の人は自分のをバラされるのは照れ臭いけど、自分以外の人のは聞きたいと表情が物語っている。
「じゃあ、今日の議題は決まりね。」
「そ、そうですね。」
「あの、スイ様。」
「なぁに?」
「ダブっているというか、好きな方が被っている事はないんですよね?」
「もちろん。見事にバラバラよ。じゃなきゃ、修羅場になるでしょ。」
「ですよねぇ。」
安心した様子で同時に溜息。
うんうん、この感じ、久しぶり。地球では半数が結婚しているとか恋人がいるとかで相手の愚痴大会だったし、残りの半数もいろいろな意味で禁句状態だった気がする。私も後者だったとけど…。
でも、ここなら結婚適齢期は35歳から55歳と幅広いし、まだギリに届く年齢の人はいない。シェリルは幸せな結婚生活をしているみたいだし、安心してコイバナが出来るわ。
「スイ様、順番が決まりました。」
淹れたばかりのお茶の香りを楽しみながら一口飲み込むと、マリーが口を開いた。
「もしかして部屋の隅で円陣を組んでいたと思っていたら、覚悟を決めていたの?」
「えぇ、公正にくじで決めました。」
「何故かわたくしまで混ざってしまいました。」
うん、うん。ファーも混ざってくれないとつまらないわよね。
「で、一番手は誰?」
「チサトです。」
チサトは私達の中で一番若い二十九歳。と云ってもあと二ヶ月で成人だけど。
明るく場を盛り上げてくれる気遣い屋さん。紅茶色の髪をポニーテイルにしていて、元気一杯って感じの子だ。
「私が相手を言ってもいいの?」
「もちろんです。スイ様の答え合わせも兼ねていますから。」
「チサトの好きな人は、ねぇ。」
わざともったいぶる口調をすると皆が身を乗り出す。わかりやすい。
「アルの事務方従者のタイガさんでしょ。それにお付き合いしている。違う?」
皆の視線が一気にチサトに移った。
「ど、どうして?」
「うーん。タイガさんの瞳が優しいし、さり気なくチサトの方に触れて誘導したのよ。それが慣れている気がして、あぁ、お付き合いして長いのかなって。」
「えぇ?あのタイガ様が優しい瞳?」
アン、失礼でしょう。まぁ、タイガさんはどっちかというと超が付くほど真面目で感情を露にするタイプじゃないからなぁ。
「で、どう?チサト。」
返事を促すのはマリー。
まぁ、チサトってば真っ赤になっちゃって。
「はい。私、タイガくんとは幼馴染で、その、お付き合いもしていますし、あの、その、こ、婚約もしています。」
「婚約?」
「うん、真面目なタイガさんらしいね。おめでとう、チサト。」
「ありがとうございます。スイ様。」
チサトがはにかんだ笑顔を零す。私達にも笑みが伝染されていく。幸せそうだからね。
「で、次は誰?」
「えぇ。チサトからのろけと云う名のなりそめを聞かないのですか?」
「それは後でゆっくりと。今日はそんなに時間ないから。全員の好きな人を聞きたいもの。」
「そうですね。次はマリーですよね。」
マリーが恥ずかしそうに頬を染めた。
シェリルの次に年上の三十五歳。いつもはしっかり者のお姉さんだけど、その姿は可愛い。ちょっと茶色目が強い金色の髪を右肩に三つ編みしてあり、落ち着いた雰囲気を纏っているのよ。
「マリーらしいと思うのよね。」
「マリーらしい方?」
「あぁ、確かにチサトとタイガ様は少し意外なカップリングですものね。
「それで誰なのですか?お姉様。」
「カツキよね?マリー。」
「…私、そんなにわかりやすい行動していましたか?スイ様。」
「全然。多分、カツキは気付いてないと思うけど、ちょっとした仕草でわかっちゃうのよね、私には。」
そう、昔からそうだったのよ。何故か隠しているつもりだろうけど、私にはわかってしまう。コックリさんかと突っ込まれた時もあったなぁ。占い師かと言われた問いもあった。でも、残念ながらここまでなのよ、私。
「本当にマリーらしいわ。」
「うん、うん。」
「で、次は誰ですか?」
マリーの好きな人発表は大きな驚きもなく、流れてしまうらしい。
「次は姫ですね。」
「でも、姫は聞かずともわかりますよね。」
アンがにやりと笑うと、皆も頷く。
「ルーズベルト様ですよね?」
これで間違いないと言わんばかりの問い掛け。
「ベルではありません。」
「えぇ。」
きっぱり否定するファーに疑いの声。
「タッキーでしょ。」
途端に頬いや首まで真っ赤に染めるファー。
可愛い。そう、この表情が見たかったのよ。
「ルーズベルト様には皆様と違う態度でしたから、てっきり。」
「そうそう。姫は好きな方にだけツンデレになるのかと。」
「ベルは昔から苦手なのです。いつもいつもわたくしをからかうから。」
「あっ、でも、私はベルの気持ち、ちょっとわかるかも。」
「どういう意味ですの?お姉様。」
うっ、責められている気がする。問題発言だったかしら?
「だって、ファー、可愛いもの。特に素直な反応を返されると。」
「わたくしが可愛い?」
「うん、すっごく。」
「嬉しいですわ。お姉様。」
にっこり微笑むお顔も可愛いですわ、ファー。」
「さて、次はアン?それともイクミ?」
「アンです。」
メロンと続けてしまいそうになるのは、私だけ?なんて、寒い事を考えてないで、本題本題。
「アンの好きな人は、喧嘩する程って人よね。」
「あぁ、あの方ですか。」
「えぇ、あの方ですよ。」
と、シェリルと意味が通じているのかわからない会話をしてしまった。
あれ?他の人はわからないの?もしかして。
「ルーイよね、アン。」
「……。」
無言で肯定ですか?アン。
「あっ、いえ、あのぉ。」
「違うの?」
「あっ、いえ、違うと言いますか、その…。」
「未だ自分の中で好きとまでは認めていない。もしくは好きと認めたくないのかな?」
「スイ様。」
「大丈夫。ここにいるメンバーは他言するような人じゃないし、ゆっくり自分と向き合ってみて。良いアドバイスを求められると困るけど、相談してね。グチみたいな話でも気軽にして。もちろん、皆もね。」
「ありがとうございます。スイ様。」
「さて、最後は議題提供者のイクミね。」
「はい。」
うーん、なんか照れ臭い。まぁ、それも仕方ないよね?
「イクミはねぇ、私が言うのもあれだけど、セイでしょう。」
「そ、そうです。」
イクミと私が頬を染めるというおかしな事態発生中。
「お姉様まで照れないでください。こちらにも伝染します。」
「ごめん。」
皆がちょっとモジモジしている。
さて、どうやってこの場を収めよう?周りからみたら怪しい集団よね。
「で、スイ様はどうなのですか?」
一番早く立ち直ったのはチサト。
「はい?私、アルだけど。」
「それはわざわざ聞く必要もなくわかっております。」
アン、その突っ込み、ちょっと尖っていない?
「過去のお話ですよ。あっ、ウィルバルト王子もスイ様に懸想されていらっしゃるのはわかっておりますが、モテましたよね?やっぱり。」
「うんうん。何人位の男性に泣く泣く諦めていただいて、アレク王子をお選びに?」
「は?」
皆、何をおっしゃっていらっしゃるの?もしかして、私、突然、言語理解力が落ちた?
「どのような男性がスイ様に想いを寄せたのでしょう?」
「きっと素敵な方ばかりなのでしょうね。」
「で、本当のところ、どうなのでしょう?スイ様。」
うぇーん。皆が怖いよぉ。ヘルプミー。
と私の助けを求める声が聞こえたのかと思うタイミングでノック音。皆の視線が一斉にドアに向けられた。
「はい。」
「セイだけど入ってもいいかな?」
「どうぞ。」
「セイィィィ。」
私はセイに飛びついた。
これ以上ない救世主です。
「スイ?」
驚きの声を上げたが、ちゃんと私を支えてくれる。さすがセイです。
「どうした?」
「私、全然モテなかったよね。ちょっと皆に説明してよ。」
「は?」
まぁ、これで全てを悟ったら、エスパーか何かだよね?
「とにかく落ち着け。どーどー。」
私の身体を支えてくれている右手でぽんぽんと背中を摩られる。
「私は馬か?」
「うん、大丈夫だな。で?」
「と、とにかく、セイ様もこちらにおかけください。あっ、お時間は平気ですか?」
「あぁ、平気。あっ、ありがとう、イクミ。」
私の横の椅子に案内されたセイにすかさず紅茶が手渡される。
もちろん手渡したのはイクミ。まぁ、嬉しそうなお顔ですね。
「それでどうした?」
紅茶を一口飲んでから、私以外の人物に視線を向けるセイ。
ちょっと失礼だよね?私の救世主様じゃないの?
「早いお話が、スイ様にどんなお方が懸想されたかと。」
「そのような話の流れでございます。」
「まぁ、どうして、その話題になったのかは敢えて聞かないけど、どうせスイのこっくり占い師だろう。」
「何よ。こっくり占い師って、失礼ね。ただコイバナしていただけよ。」
「はいはい。」
私の頭を軽く叩き、流してしまう。まったくと思うが、ムキになるほどじゃないよね。
「結論から言うと、モテたというのかもしれない。」
「やっぱり。」
「はいぃぃ?」
シェリル達の嬉しそうな声と私の不満有々の声が綺麗に重なる。
「まぁ、話は最後まで聞け。特にスイ。」
そ、そう言われたなら、大人しくしましょう。
「顔に不服と書くなよ。」
「だって、事実じゃない。」
「見る視点で事実は変わるんだよ。なぁ、クォーツ。」
「はいですぅ。その呼び掛け待っていました。」
嬉しそうな笑顔を浮かべたクォーツがポンと姿を見せる。
「クォーツはスイの従獣。スイに嘘を付くとは思えない。だから、俺の言う事が間違ってない承認になるだろう。」
「う、うん。確かに…。」
本能というか、何故かそれはわかる。確かにクォーツは私には嘘を付かない。多分、付けないのだろう。もし付けたとしても嘘だとわかってしまう気がする。
「スイに想いを寄せたヤツはいるが、誰一人として告白さえ出来ずにいたな。ほとんどのヤツはさっさと諦め、残りは想いを温め続けている。」
「…聞いた事ない、そんな事。」
『嘘だぁ。』と出そうになった声を飲み込んだ。だって、クォーツまで神妙な顔で大きく頷いているんだよ。
「どうして、告白さえ出来ずに?」
「何故か妨害に遭うんだよ。ありきたりな方法として、ラヴレターを出そうとしたヤツは、学校のスイの机に入れたつもりが別の女子の机に入れてしまい、その女子と付き合う事になってしまった。他に友達や自分でスイを呼び出し告白しようとしたヤツ等も色々な邪魔が入り、想いを告げていない。デートの誘い出しに成功したと喜べば、待合せ場所で友達とバッタリ鉢合わせ。合流になりデートではなくなった。また、別のヤツはデートは出来たが告白も出来ない上に引っ越しで離れ離れ。他にも限もなくあげられるが?」
「はぁ。」
シェリル達が相鎚なのか、溜息なのか、わからない返事を零した。
お願い。その憐れんだ目を向けるのはやめて。
「妨害だけなら諦めないヤツもいただろう。」
「他にも何かあるのですか?」
「当の本人、スイ自身の問題だ。」
「スイ様の?」
あのぉ、セイ、頭を抱えながら首を振るのはやめて。そんな心底、呆れるような事なのですか?
「天然で、他に類を見ないほど鈍感なんだ。」
「えっ?スイ様が鈍感?」
「自分の事、特に異性からの視線や自分の魅力についてですよね?」
「そう、さすがだね。」
シェリルさん、貴女、さすがって褒められる事、多いですね?
「あっ、でも、スイ様から告白したのなら通じ合う事もありますよね?」
「ところが、このスイは告白したこともない。一度だけ告白しようとした時があったけど、それも妨害というか、とにかく出来ずに終わった。」
「その方が遠くへ行ってしまわれたとかですか?」
「いや、そいつに恋人が出来たとデマが流れた。」
「デマだったの?だって、あの子とずっと一緒にいたじゃない。」
「追い回されたの間違いだ。追い払ってもついてきただけだ。」
セイがげっそりした顔で溜息交じりの言葉を吐き出した。
「何でセイがげっそりしているのよ?」
「あいつと友達だからって、俺達もしつこくされたんだよ。スイだって『私達、親友だよねぇ。』とか言われていただろう。」
「た、確かに。嫌というほど振り回された気がするわ。」
当時を思い出してしまい、私までげっそりしてしまった。
美人だけどハデでちょっと我儘で気に入らない事があると怒鳴られたなぁ。
「大変だったのですね?」
うん、同情、ありがとう。
「という事で、スイの初めてもアレクだ。」
何ですか?その締め方は?まぁ、いいけど…。
「さて、そろそろ昼食のお時間ですね。姫とセイ様もご一緒されますよね?」
「そうだね。アレクとスイの邪魔をさせてもらおうかな。」
「はい、あたくしもお姉様と一緒にいたいのでご一緒させていただきます。」
シェリルの合図で皆が動き始めた。
さて、私も午後の授業、頑張ろう。