1話 何者ですか?
よろしくお願いします。
「ちょ、ちょっと待って。」
「いえ、待てません。」
「いやぁぁぁ。」
行き成りすみません。スイです。
唯今、婚約の儀の三日後。麗らかな日差しと眠気に襲われる午後です。それなのに、私は二人に背後から取り押さえられ、服を剥ぎ取られようとされています。これだけ聞くと何事かと思うでしょうが、事実です。
「スイ様、大丈夫です。ここには女性しかいませんよ。」
「そういう問題じゃないの。」
「仕方がないじゃないですか。裸になっていただかないと採寸ができないのです。ウェディングドレスの下着も作るのですから。」
そういう事なのです。
が、裸になるのに最大の問題があるのよぉ。
「えっ?」
私の服を剥いだ侍女のマリー、アン、イクミ、チサトと服飾デザイナーのハナの五人が、私の裸を見て凍り付きました。シェリルだけが苦笑しています。
「愛されているのですね。」
ハナがボソと呟いた。マジマジと私の身体を見て…。
「深く深く愛されているのですね。」
「背中にもありますよ。」
「王子とスイ様のお子様が楽しみです。」
だから、嫌だったのよ。私もね、ちゃんとアルに言ったのよ。『明日、採寸があるから印を控えて欲しい』と。そりゃあ、こっ恥ずかしかったけど、頑張って伝えたのよ。それなのに、途中から…すみません、ほぼ最初の方から、流され翻弄されて、朝気付くと身体中見事な小花だらけになっておりました。アルは悪びれもせずににやりと口元を歪めただけ。
アルのバカァ。
「はいはい、さっさと手を動かしてください。あと、これは少ない方ですよ。」
シェリル…、余分な事を口にしないでください。
これを見られるのが恥ずかしいから、着替えの時、特に背中のファスナーの時、一人で頑張ったのよ。
「はぁ、ふぅ。」
騒々しく採寸が終わり、アルと私の仮住まいで大きく息を吐き出した。
シェリルはハナを城の外までお見送り、アンはカツキとルーイを呼びに行き、マリーとイクミは休憩用のお茶とお菓子調達部隊、チサトはお手洗い。珍しく一人だ。いや、クォーツが一緒にいるのか。姿は見えないけど、いつも一緒にいてくれるからね。
「カツカツカツ、バタン。」
ハイヒールで小走りする高い音に続き、ノックもなしに扉が開かれた。
シェリル達侍女やカツキやルーイ、アルでもないのはわかっているので、どんな客だと視線を向ける。
「なっ。」
私、初めて見ました。ナマオカマ、いや、この人は女装男性と言うべきか?
背が高く、スラっとしていてものすごく美人。一見女性に見えるけど、何か違和感が漂っている。ので、男性で間違いないだろう。
それで私に用があると思っていいのだろうか?
「貴方が創地帝妃ね。私のアレクを返して。」
…アルって、ボーイズラブする人?と言っていいのか?
「私のお腹にはアレクの子がいるのよ。」
この世界では男性も妊娠出来るのか?そこまで医学が進歩している?
「すぐに靴と服を脱いで。いえ、服は緩めるだけでいいから、早く。」
「へ?」
「へ?じゃないわよ。お腹に子供がいる人がそんなハイヒールを履いて、まして小走りするなんて言語道断。それとそんなにコルセットで身体を締め付けるなんて何考えているのよ。男性が妊娠するなんて聞いた事ないけど、お腹に子供がいるなら、ちゃんと母親として、母親と言っていいのか?いえ、親として、子供を守る事を考えなさいよ。それとこの事をアルは知っているの?いえ、知らないわね。アルは誠実な人よ。ちゃんと話さなくちゃ、ダメでしょ。私の所に押しかけて来る前にアルの所に行って話し合いなさい。」
「ぶはははは。」
彼?いや、彼女?が大爆笑を始めた。
真剣に言っている私に失礼じゃないか?それも初対面なんだぞ。
「そこ、身体を折り曲げて、お腹を圧迫しない。」
私が怒鳴っても笑いは止まらないらしい。いや、耳に届いていないのか?
「粋晶。」
バタンと再びドアが開き、登場したのはアル。私の元まで真っ直ぐに駆け寄ってきたと思ったら、ぎゅっときつく抱き締められました。
「大丈夫か?何もされていないな?」
一体、何ですか?まぁ、アルのぬくもりは嬉しいけど。
「スイ、大丈夫か?」
今度は誰ですか?アルと同じように慌てた様子で現れたのはカツキとルーイ。
「スイ様。」
その後のご登場は、アンとマリーとイクミとチサト。
もしかして、一様に慌てた様子から推理するに、私の身に危険が忍び寄っているの?
「本当に本物のアレクか?」
女装男性が目を丸くして口も半開きにしたまま、心底驚いていらっしゃいます。思わず声が出てしまったとばかりの掠れ声。笑いは収まったらしいですね。
「スイ。」
再び、慌てた声が飛び込んで来て、姿を見せたのはセイとフランツ。
「一体、どうしたのよ?」
「無断侵入者がこちらに向かったと言うので。」
と、フランツが口にすると一斉に皆の視線が彼?に向けられる。
…アルはしっかり私を抱えたままだけど。
「あぁ、その人はアルの子を身籠っているんですって。」
「はぁ?」
「はいぃ?」
何だ?その綺麗に揃った呆れ声は?
「粋晶、俺はお前が初めてだ。それはあり得ない。」
…アル、そんな告白こそあり得ません。
ほら、皆、笑いを堪えているじゃないですか。と、一人大笑いしている無断侵入者もいますが…。
「あのぉ。」
この微妙な空気を変えるのは私しかいないらしいので、口を開かせてもらいます。
「ここでは男性も妊娠出来るほど医学が発達しているのですか?」
「スイ?…こちらでも男は妊娠出来ませんよ。何故、急に?」
ありがとう、フランツ。やっぱりそうですか。
「え?だって、彼が妊娠したと言っているからですよ。」
「彼?」
…皆、気付いていなかったのですか?こんな大人数にそんな見開いた瞳で見つめられたら、彼に穴が開いてしまいそうですが?
「こんなに美女に見えるのに?」
「男なんですか?」
「もったいない。」
「あぁ、確かによく見ると男だな。」
「喉仏が隠されていないし。」
好き勝手な事を口にしていますね。
「俺は、男には興味がない。いや、粋晶以外の女性にも興味も沸かない。」
そうですか。ありがとうございます、アル。私もアルが、だ、大好きですよ。
「トントン。」
ノックの後、入室してきたシェリルは一礼後、一時停止。
「どうしたのですか?皆様お揃いで。あら?ルーズベルト様、その格好はどうされました?いくらお顔が中性的とは言え、女装はいかがなものかと思いますが?せめて、城内ではお控えください。」
落ち着いたシェリルの一言。
そうか、この人はルーズベルトさんというのか。今更だけど、男性の名前だよね?
「ルーズベルト?」
「ルーズベルト様?」
どうやら皆さんのお知り合いらしい。が、何のために女装?無断侵入?
「シェリルはさすがだね。すぐに僕とわかるなんて。」
「わかりますが、おふざけはそのへんになさって、さっさと着替えてください。そして、勝手に創地帝妃様のお部屋に侵入なさった理由をお話しください。」
シェリルは静かに怒る人です。ルーズベルトさんを囲む空気が数度下がった気がするよ。
そして、十五分後、私達の部屋で十二人の大人数がお茶を囲んでおります。
何故か私一人、座高が高いのはアルの膝の上にお座りさせられているであります。間違っても胴長短足って意味じゃないからね。でも、お茶もカップも取り辛いので、下ろして貰えると嬉しいのですが。…そうですか。はい、このままでいいです。
「で、ルーズベルト。どうして無断侵入でここに来た?」
「それもあのような格好で?」
「王子が執務室にいる時間を狙っていますよね?」
アルとルーイ、カツキの質問が綺麗に並べられた。
「その前に、彼女を紹介してくれない?それに、僕を紹介してもらえないかな?」
「…。」
アルが無言でフランツに視線を向けた。自分の口から紹介したくないらしい。
「スイ、こちらは木緑ルーズベルト様です。王子の従兄弟に当たる方です。で、ルーズベルト様、こちらが創地帝妃、一色粋晶様です。王子の婚約者でいらっしゃいます。」
「で、本題に戻すが。」
ルーズベルトさんが口を開く前にアルが遮る。
「うぅん。早い話がアレクの婚約者がどんな人物か確認に来た。ほら、アレクってあれだろう。だから、騙されていないか心配で、さ。」
ルーズベルトさんの口調は軽い。私は彼が女性の心を弄びそうで心配です。だって、男装に戻っても?彼は綺麗でした。簡単に女性のハートを鷲掴みに出来そうなんだもん。あっ、でも、ウィルの方が綺麗かな?
「何故、女装で?」
「あのような嘘を?」
カツキとルーイが同時に疑問を投げ掛けた。
「その理由は簡単。美女がアレクの子供を妊娠したと言った時の反応を見る為。そういう時、その人の本性が出るだろう。したら、行き成り服を脱げときた。」
あのぉ、思い出し笑いですか?また、止まらなくなるのですか?
「は?」
「へ?」
「あぁ、妊婦がそんなお腹を締めけるなんて言語道断とか言った?」
「そう、その通り。って、君、誰?」
「俺はスイの双子の兄、星晶です。」
「ふぅん。」
誰と聞いておきながら、興味なさそうな返事だな。
「で、私は不合格?それとも合格?不合格ならそれなりの身の振り方を考える時間くらいくれるんでしょうね?それとも問答無用で追い出すつもりかしら?」
「俺は、粋晶意外と結婚しないし、粋晶とずっと一緒だ。」
アルが膝に乗せたままの私の身体を抱き締めてくれる。
うん、私も同じ気持ちだよ。でもね…。
「ちょ、誰がそんな話をした?」
「王位継承権を破棄して、粋晶と一緒に王宮を出てもいい。」
「アル…。」
そこまで私のために?嬉しいな。
「ありがとう。」
ぎゅっとアルの身体に抱き着き、嬉しさを表現。
「私も着いていきますよ。アレク王子でなければ、帝子仕をしていたくない。」
「私もスイ様に着いていきます。」
「俺も。」
「私も。」
…皆、ありがとう。私、本当に嬉しいです。
「ちょっと、待った。」
ルーズベルトさんの声が上擦っている。
「もうわかったからやめてくれ。充分反省した。悪かったよ。」
「じゃあ、粋晶の事を認めるんだな。」
「この部屋に入った頃から認めている。いや、素晴らしい女性だと思った。アレクの婚約者でなければ、口説きたいくらいだ。」
「粋晶は誰にも渡さない。」
「わかっているって。そのデレデレの顔を見れば、口説いた途端、命が危ないと誰だってわかる。そんな命知らずじゃない。それに、僕には心に決めた女性がいるんだ。」
ルーズベルトさんの言葉の途中にノックの音。
「はい。」
一番都市の若いチサトが立ち上がり、ドアに近づく。
「クリスタルファー様とタツキです。入室を許可いただけますか?」
「どうぞ。」
チサトが私に視線を向けるので頷くと、ドアが開かれる。
「ファー。君の方から僕に会いに来てくれるなんて、嬉しいよ。」
瞬間移動?と思うほど素早くルーズベルトさんがお出迎えに立っていた。
「べ、ベル…。な、何故、ここに?」
「もちろん、ファーに会いに来たんだ。」
嘘付くなぁ。多分、ここにいる全員が心の中で突っ込んだはずだ。
「わたくしは、お姉様に会いに来ただけです。ベルがここにいる事さえ知りませんし、いたとしてもベルには会いたくありません。」
「もう、ファーは照れ屋さんなんだから。」
…違うと思う。少なくてもファーちゃんはツンデレタイプじゃないから、本気の言葉だと思うけど?
「ベル、どいていただけますか。わたくしはお姉様に会いに来たのです。」
「ファーちゃん、いらっしゃい。」
埒があかそうなので、シャシャリ出てみる。ファーちゃん、心底鬱陶しいそうに見えるんだもん。
「お姉様、こんにちは。会いたかったですわ。」
「こんにちは。」
「あら?お兄様までこちらにいらっしゃるなんて、ベルが何かしでかしたのですか?」
何かしでかした前提?
「女装で不法侵入。」
ぼそりと呟いたのはルーイ。面白い事が起こる期待が声に滲んでいます。
「女装、ですか?…ベル、そういう趣味の方だったのですね。いえ、それ自体を否定するつもりはないのですよ。ただ…。」
「違うんだ、ファー。僕にはそんな趣味はない。これには理由があるんだよ。ねぇ、聞いてくれよ。」
ファーちゃんは完全にルーズベルトさんから視線を逸らし、聞く耳を持とうとしない。
まぁ、それにしてもルーズベルトさんのこの慌てよう。ちょっと可哀想かな?
「あっ、お姉様。」
「何?ファーちゃん。」
ファーちゃん、本当に完全無視なのね。この慌てふためいている人を…。
「お姉様、これからは『ちゃん』を付けずに読んでいただけますか?」
「それって、ファーって?」
「そうです。そのように呼んでいただきたいのです。ベルだけがわたくしの事をそんな愛称で呼んでいるので、あまり好きではなかったのですが、お姉様に呼んでいただけるのならこの愛称も好きになれますから。」
「そ、そう?」
よっぽど、ファーちゃん基ファーは、ベルが苦手らしい。
「あっ、じゃあ、僕の事もベルと呼んでよ。」
完全無視の間に復活したらしいルーズベルトさん、いやベルがファーの横から顔を覗かせた。
「スイは近い将来、僕にとっても姉になる人なんだからね。」
…それはファーと結婚したいと言っているのですね?
「なりませんよ。」
「なるって。絶対ファーは僕を好きになる。いや、もうなっている。あっ、スイ。君も僕を応援してくれるよね?」
ベルに両手を握られ、きらきら光る瞳を向けられる。
お願いだから、ここで私を巻き込まないでぇ。
「馴れ馴れしく、粋晶に触れるな。」
背後から助け舟?と思いたい低音の声。振り向こうとするより早く膝を掬われ、身体が宙に浮かびました。
「クリスはいいが、こいつと仲良くなる必要はない。」
「あの?アル?」
いつもの横抱きにされ、アルはずんずん歩き出します。
もしやと思いますが、向かっているのは隣の寝室ではないですよね?
「解散だ。フランツ、二時間休憩だ。あと、シェリル達は三時間後にここに戻ってきてくれ。」
ちょ、ちょっと、その台詞は何ですか?
「はい。」
「頑張ってください。スイ様。」
素直に見送りの言葉をいただいてもよろしいのでしょうか?
「アル?まだお日様も高いですし、お仕事とか…。」
アルは器用です。この重い私を抱えたまま、片手でドアの開け閉めをしてしまいました。
「おしおきだから仕方ない。」
「おしおき?私、何かした?」
「ルーズベルトと仲良く話をしていただろう。」
「はい?」
「粋晶は俺とだけ仲良くすればいいんだ。」
ふわっとベッドに下ろされる。
あの、もしかして、嫉妬ってヤツですか?
「愛しているんだ、粋晶。」
優しいキスが落とされる。
「嫉妬してくれたんでしょう?」
「…あぁ、粋晶だけだ。」
少し頬を染め、苦笑を零した。
可愛いし、嬉しい。
「ありがとう、ア…。」
名前を最後まで呼ぶ声は、唇で塞がれてしまいました。
…そして、二時間後、疲れてうとうとしていた私の頬に口付けを落とし、アルが部屋を出ていきました。
その一時間後、やっと動けるようになった私の元に、にやついた笑みを隠しもしない人達がやってきたのです。
うぅ、とてつもなく恥ずかしかった。
…これが一番のおしおきになっている気がするのは、私の気のせいでしょうか?