三人で登校?
練習試合で和也は4打数3安打の大活躍だった。プロのスカウトの人も来ていたし、いいアピールになった。しかし気を緩めることなく、和也は試合後もグラウンドでマシン相手に打ち込みを行っていた。それを見学していた監督の大石が和也に声を掛けた。
「練習頑張っているな。いい心掛けだ」
「ええ。でもこれくらい当然でしょう」
「何かあったのか?ここ数日練習に取り組む姿勢が格段に良くなった。決して前までが悪かったわけではないけれど」
良くなったのは、玲奈が吹奏楽部に入ることを決めた日から。あれ以来玲奈はグラウンドに姿を見せなくなった。恐らく吹奏楽部の練習が忙しく、顔を出せないのだろう。そんなことはわかっていた。けれども練習には熱が入るようになった。このまま玲奈を見返してやりたい。
「負けてられませんから。監督、絶対甲子園に行きましょう」
和也は力強く言った。
「練習に熱が入っているのは、甲子園に行きたいのもあるけれど、玲奈さんがマネージャーになってくれなかったのが大きいでしょ」
和也の練習を熱心に見守っている人がいた。それは和也と同学年の白川亜美だった。亜美は和也が野球部に入部した時から、マネージャーをしている。言わば野球部での和也を一番知り尽くしている人物であった。
「何だ、亜美か。つまんないことを指摘する暇があったら、ボール拾い手伝ってくれよな」
「図星なくせに。まあ玲奈さんがモチベーションになるなら、悪くはないけど」
和也は何も言い返さず、ボール拾いを始めた。
「同じ屋根の下に好きな人がいて、そして血が繋がっていない。けれども幼なじ
み。まるでマンガみたいだよね」
亜美はボール拾いをしながら、和也の置かれた立場をさらりと話した。
「あっ、そうだ。亜美に交際希望の男子がいたんだった」
ポケットの中からくしゃくしゃになった一枚の紙を取り出した。それを見るなり、亜美はため息をついた。
「要らないっていつも言っているでしょ。どうしてもらってくるわけ?」
紙に書かれていたのは携帯のメールアドレスだった。練習試合で対戦した高校の男子からもらったものであった。
「ほら今日4番でエースだった安達だよ。亜美もよく知っている選手だよ」
「もういいよ。次はちゃんと断わってよ」
亜美は和也から受け取ると、破って捨てた。
「また断るのかよ。しかし女気一つない亜美によく男が群がってくるよな」
そう言われた亜美は和也を睨み付けた。
「とにかく玲奈さんに好かれたいんだったら、結果を出すことね。せいぜい練習することよ」
踵を返すと、亜美は帰ってしまった。怒らせてしまっただろうか。和也は再び一人で練習を続けた。
明日からいよいよゴールデンウィークが始まる。忙しかった吹奏楽部の練習もひと段落する。一体何をしようか。思いを巡らせながら、玲奈は朝食を摂るためにダイニングへやってきた。すると台所で一問答が起きていた。
「どうして起こしてくれなかったんだよ。おかげで朝練遅刻じゃないか」
血相を変えて、和也は怒っていた。
「そんなの知らないわよ。私がいちいち起こさないといけないの?」
由美子と押し問答を続けたが、悪いのは和也だ。仕方なく座って、朝食を摂り始めた。これはしめたと玲奈は思った。
「ねえ、和兄」
「何だよ、玲奈」
不機嫌そうに和也は答えた。
「一緒に登校できるよね、時間的に?」
「うん?ああ、そうだな」
しばらく考えて和也は答えた。玲奈はパチンと手を叩いた。
「よし決まった。今日は三人で登校だ」
玲奈はうれしそうに話すと、洗面場へ向かって行った。
「どうしたんだ、あいつ?」
「うれしいのよ。あの子三人で登校するのが夢だったから」
「へえ、そうなんだ」
和也は知っているのに、あえて知らない体で話した。