玲奈の部活見学
新入生の部活見学日。玲奈はあらかじめ見学しに行く部活の目星をつけていた。
それは野球部、剣道部、吹奏楽部であった。この中から玲奈はマネジャーになる
か、吹奏楽部に入部するかを決めていた。本来は一人でゆっくり見学する予定で
あったが、どうしても玲奈を吹奏楽部へ入れたい瑠美がついてきた。
「まず最初にどこへ行く?」
「野球部」
「おおっ、和也くんの応援に行くんだ」
時間があまり無いので、玲奈は駆け足でグラウンドへ向かった。グラウンドで
は春季大会へ向けて、バッティング練習が行われていた。ちょうど和也が練習し
ていて、新入生が熱心に見学していた。高校での和也の練習を見るのは、これが
初めてであった。
「すごいね、和也くん。エースで4番でしょう。プロからも注目されているって
聞くし」
瑠美の話す通りだった。和也の試合がある日は見に行くことが出来れば、必ず
行っていた。だから高校生になれば、和也のサポートをしたいと玲奈は考えてい
た。
玲奈が見学しに来ていることを確認すると、和也の練習は熱を帯びた。玲奈の
目をこちらに向けなれば、マネージャーを引き受けてくれるはずがない。
「凄いな。玲奈のお兄さんは何でも出来るんだね。憧れるわ」
瑠美の言葉に玲奈は内心ドキッとした。果たして雅治のことはどう考えている
のだろうと。
「和也には甲子園目指してもらいたい。私がサポートしてあげたい気持ち理解出
来るでしょう」
入学式前の玲奈の第一希望は、野球部のマネージャーであった。しかし今は揺
らいでいる。
「玲奈がサポートしなくても、マネージャー希望者はいくらでもいると思うよ。
だから玲奈は……」
玲奈は野球部を後にして、剣道部へ向かった。和也が玲奈がいなくなっとこと
に気づいたのは随分後だった。わずかな滞在時間だったのは、入学式のことがあ
るからだろうか。和也は後悔していた。
瑠美が期待していた吹奏楽部の見学は、わずか5分ほどで終わった。実績十分
である玲奈に対して、緊張した様子の部長の説明があった。しかし玲奈は部室を
見渡すと、早々と切り上げた。それが瑠美には不満であった。
「どうして最後まで部長の話を聞かなかったの?」
吹奏楽部入部を即決で決めた瑠美は、玲奈に噛み付いた。
「別に説明聞かなくても、部室を見ればだいだいわかるじゃない。思っていたよ
り良かったよ」
瑠美にはそのようには全然見えなかった。続いて玲奈は剣道部へ向かった。
「それじゃ私はこれで帰るね。また明日」
「待ってよ、まだ瑠美には付き合ってもらうから」
帰ろうとする瑠美を玲奈は呼び止めて、雅治が所属する剣道部へと向かった。
「私、剣道部には興味ないんだけど」
「まあいいから。私に付き合いなさい」
剣道場では雅治が見学している新入生のために、模範試合を行っていた。防具
で雅治の表情は見えなかったが、玲奈は一つ試したいことがあった。さっそく瑠
美にお願いをする。
「マサ兄応援してあげてよ。きっと喜ぶと思うんだ」
「私が?」
不思議そうに瑠美は玲奈を見た。
「そう、聞こえるようにできるだけ大きな声で」
「わかった、応援すればいいのね」
息を整えて、瑠美は大声で叫んだ。
「増田先輩、ファイト」
会場に大きな声が響いた。瑠美の声に気づいた雅治が、こちらを向いた。表情
はわからないが、応援後の仕草が明らかに変わった。あれだけ攻め込んでいた雅
治が、相手に攻められるようになったのだ。心配した瑠美が玲奈に声をかけた。
「お兄さん、大丈夫?」
「心配しないで。体調とかが悪くなったわけではないから」
玲奈は再度確信した。雅治は瑠美の登場に動揺しているのだと。
「やっぱりね。面倒なことになったわ」
玲奈は独り言のように話すと、体育館を後にした。