入学式当日
いよいよ高校生活が始まる。期待と不安を胸に、玲奈は通学路を雅治と歩いた。
「坂道キツイだろ?」
横を歩く雅治が尋ねた。
「そうだね。でも帰りは下りだから、楽じゃない?」
「行きと帰りが逆だったらいいんだけどな。遅刻しそうな時とかいいじゃない」
「マサ兄、遅刻したことあるの?」
「一度だけね。ペナルティで朝から掃除させられたよ。それからは遅刻していな
い」
雅治は意外な過去を打ち明けてくれた。真面目な性格だから、そんなことは一
度もないと思っていた。
それにしても玲奈は雅治と歩けて、とても楽しかった。由美子が行けないのは、
とんだハプニングだったけれど、雅治から自ら参加すると言ってくれたことは嬉
しかった。これはこれでいい思い出になりそうである。
「東校に入ったら、吹奏楽部に入るの?」
「そうなるのかな。吹奏楽は中学でやりきった感じだから、別の部に入るかもし
れないけれど。今、思案中」
別の高校から、吹奏楽部に入らないかと勧誘を受けたが、玲奈は断った。わず
か一年であるが、雅治と和也と過ごす道を歩んだのだ。
「部活動は重要だからな。慎重に考えたらいいよ」
「そうする」
わずか15分の道のりはあっという間だった。校門に着くと、二人はいったん別
れることになった。
「それじゃまた帰りね。僕は体育館で見させてもらうから」
「今日は私に付き合ってくれてありがとう。いい入学式になりそうな予感がする」
「水くさいこと言うなよ。僕ら兄妹なんだからさ」
「マサ兄」
血は繋がっていない。けれども普通の兄妹のように扱ってくれる雅治のことを、
玲奈は尊敬していた。
「おはよう、玲奈」
玲奈の親友、水川瑠美が声を掛けた。中学では同じ吹奏楽部に所属していた。
「おはよう、瑠美。また同じクラスになれたらいいね」
「そうだね。そうなれたらいいのにね」
瑠美と二人でクラス発表の掲示板へと向かう。緊張の瞬間だ。
二人は顔を見合わせた。互いに手を合わせる。
「同じクラスだ。一緒に過ごせるね」
一気にテンションが上がった玲奈。その勢いで入学式に突入した。
厳かな入学式の間、体育館が緊張に包まれていた。玲奈は式の間、自分が増田
家にやってきたことを思い出していた。
「玲奈ちゃん、ここがあなたの新しい家だよ。これからは遠慮しなくてもいいん
だからね」
右頬に痣を残したまま、玲奈は増田家にやってきた。それを目撃した和也はと
ても驚いていた。傷ついた子供を見るなんて、初めてのことだったのだろう。
「心配するな。俺たちはどんなことがあっても、絶対叩いたり殴ったりはしない
から。だから安心しろよ。この家にいる限り、玲奈のことを守ってやるからさ」
当時8歳の力強い雅治の言葉だった。幼いながらも玲奈の記憶の中には強烈に
残っている。この世界にこんな温かい家族があるなんて、想像もしなかった。そ
して「守る」という言葉が、こんなに力強いものであったということを。
「玲奈、一緒に帰ろうよ」
自己紹介を兼ねたホームルームが終わって、瑠美が声を掛けた。
「申し訳ない。校門でマサ兄、待たせているんだ」
「そうなんだ。仲良いよね、玲奈の兄妹。まるで本物の兄妹みたい」
他の人にもよく言われる。それは玲奈にとっても嬉しいことだった。
「お兄さんによろしく、また明日ね」
瑠美は雅治に頭を下げると、一人で帰って行った。
「お待たせ。今日は入学式に参加してくれてありがとう」
「いやいや、いいんだよ。それよりあの子は誰なの?玲奈の知り合い?」
瑠美のことを、雅治は忘れてしまったのだろうか。玲奈は詳しく説明をした。
すると納得した様子で、こう答えた。
「留美さんって、メガネ掛けてなかった?」
「そうだよ。でも今年に入ってからコンタクトに変えたんだ。でもそれがどうか
した?」
「いや、何でもない。さあ帰ろうか」
確かに瑠美はコンタクトにしてから、雰囲気が変わったように見える。雅治が
気になるのも無理はなかった。