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誰かのヒーロー  作者: カバン
第一章 変化
8/13

藤代 麗―3

静寂が先程までの教室の風景を上塗りする。

炎のように燃えていると錯覚してしまう赤毛は、二つにくくられていて、赤と黄色の配色で複雑な紋様が細やかに施されている西洋の鎧をきて、鎧の下から伸びるスカートから足が見える。

その姿は美しく、整った顔立ちは綺麗であった。


「あなたは…」


藤代の中の奥深くに眠っていた記憶が再び目を覚ます。

忘れるはずもない記憶。しかし、意図的に忘れていた記憶。

私は自分で良いように記憶をかいざんしていたのだ。

父の死を、言葉を。


六歳のとき、目の前にいる赤毛の女性にあっていた。




私がいつものように父と母と公園に遊びに行ったときのことだ。

父が笑い母は私と父が遊んで笑っているのを慈しみ、一種の幸せだった。そんな中、遊んでいる私たちを物欲しげな目で見る女の子がいた。

それが赤毛の子だった。

ピンクのワンピースに透き通るような白い肌、私は思わず「綺麗」とこぼしていた。

私は父にあの子と遊んでくると言って走っていった。


「遊ぼ!」


藤代の無邪気な笑顔が彼女を受け入れる。

赤毛の女の子はそれを了承し、砂場に走って行った。


父はそんな姿を微笑ましく見守り、母は怪我しないように気をつけてねと走っていく子ども達の後ろ姿に声をかけた。


「何して遊ぶ?」


私の問いかけに、赤毛の女の子は満面の笑みで砂場の砂をかき集め


「山を作って橋を作るの」


と砂の山を形成する。


「うん、分かった。じゃあ私は橋を作るね。」


私は山に橋を掛ける。

出来上がった山にはトンネルがありそこを通れるように橋を掛ける。

橋はぐんぐん伸びていき山を中心に円をえがいていく。

中心の山の周りに小さな山が出来上がっていく。

均等並んだ山々。中心から円の半径を描くように伸びた橋は分岐し、二つの方向に別れ、円を描きながらまた中心の山へ戻っていく。


「完成よ。お父さんに見てもらったら?」


赤毛の女の子の唐突に出てきた言葉にうろたえながらそうだねと返していた。


「お父さん!」


藤代の呼びかけよりも早くに父は砂場に歩きだしていた。


「どんなのが出来たのかな~。」


私は笑顔で父を見やり、お山と橋だよと、答えた。

しかし、そこにいるのは父ではないように感じた。

父は私たちを見下ろす。

しかし、その視界に映るものは私たちではなく、私には見えることのない世界。

それが父にははっきりと見えていた。

父から見える世界は砂場の山や橋を上から見た世界だ。


その時の藤代にはわかるはずもない光景だった。

その砂場には悪魔の降臨を意味する魔方陣が描かれていたのだから。


父は砂場に描かれた物の意味を理解したわけではない。

父はすでに術中にはまっていたのだ。

黒く濁った瞳で私を睨む。

私はその時本能的に恐怖を感じた。生まれて初めて感じた殺意がそこにはあった。

あるはずもなかった包丁をいつのまにか父は手にして、恐ろしく早い速度で私の腹部を突き刺した。

皮膚と肉は裂け、フリルがついている白の洋服を上塗りするかのように真っ赤に染まっていく。傷口を覆うようにあふれでる血液は流れ落ちていく。

そして、遅れて痛みがやってくる。

激痛。意識は薄れ、朦朧とする世界は赤に染まる。

つんざくような悲鳴。

それは母のだと知る。


父は病気で死んだんじゃなかった。

私は薄れいく意識の中で、確かに見ていた。

自分自身で消してしまった記憶。

父は自らの首を切り裂いたのだ。

その時の父の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。


(愛せなくてごめんな)


声は聞こえなかったが私には確かにきこえた。

頸動脈に達した刃は力を失った手から抜け落ち、首から溢れんばかりの血飛沫をあげ、膝を折り、うつ伏せに頭から倒れていった。

金切り声をあげる母は私を抱き抱え父を涙目で見る。

母は強かった。脱げかけていたヒールを脱ぎ捨て、裸足で、それも私を抱いた状態で足裏を血でにじませながら走って行ったのだ。

母の腕の中で揺れていたことを記憶がそして体が覚えていた。

公園を出るとき悲鳴を聞いてやって来た野次馬に母は止められ救急車を呼んだからという青年に応急処置を手伝ってもらった。

消えていく視界に映ったのは母の顔ではなく、野次馬でもなく、救急車でもなかった。

最後にみたのは、赤毛の女の子の歪んだ微笑みだった。


(またね、麗ちゃん)




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