小鳥遊 雄大―4
今日の三時、久しぶりに会いたい。あのコーヒー店に来てくれ。
意識が朦朧とする中、その言葉が脳裏を過る。
北条の言葉、急な着信。そして、突然の強盗。
そう、強盗だ。コーヒー店に強盗がきたんだ。
そして…
「あ~、全く、面倒なことになった。」
ここはどこだ?
霞む目を開くと、見たこともない暗い景色、そして路面を引きずられていくのを見た。
ジーンズが引きずられることによりがりごりと音をたてる。
ジャージの襟首を掴まれていることを感じる。何があったか理解できない。
かすかに見えるのは月のような光。空を覆うような葉が一つもない枯れた木々。空にあるあれは月なのだろうか?
定かではない。
言えることは、いつの間にか空に月がでるほど夜になっていたということだ。それだけは分かる。
小鳥遊は再び重い瞼を閉じる。
フェードアウトする視界は凄く心地よく感じた。
何重にも重なる言葉が脳を埋めつくし、次第に小鳥遊は考えることを止め、眠りにつくことを選んだ。
深い眠りは頬を鋭く刺す痛みで覚めることとなった。
「おい、起きろ!」
真っ赤な瞳が視界に映り込む。
見覚えのある顔だった。それはごく最近、いや、今日の出来事だ。
目の前の赤い瞳の男はどうやらあの珈琲店に現れた長身の男のようだった。
こんな目の色だったっけ
「起きたか」
長身の男は目尻をつかみ疲れをあらわにした。
肩をぐるぐると回し、首をゴキゴキとならす。
よく見ると耳の先がとんがっていて、高い鼻に鋭い目付き、口からはみ出すほどのキバ。オールバックの髪型はきっちりときまっており、乱れをゆるさない几帳面な性格が見え隠れするようで、黒いスーツ姿もきっちりとしていた。
「さて、突然だかな、お前は死んでしまったわけだ。で…」
と簡単に話を進めようとする彼の言葉を遮るように小鳥遊は、ちょっとまて…と制した。
こんなにも突然なことはない。さっきまで珈琲店で旧友を待っていただけの自分が死んでしまったなどと誰が信じる。信じる訳がない。
そして、同時に自分の状況を理解した。首に大きな鎖付きの首輪がはめられてあり、牢屋のような蛇かムカデのような奇怪な模様の鉄格子をかいしてはなしてきていたことを。
鎖は赤黒いシミの付いた壁に埋め込まれており、取れそうになかった。
どういうことだ?ここはどこだ??
心の声は身体中を反響する。
思い出すように今日の出来事を振り替える。
強盗、そして羽交い締めにしウエイトレスに拳銃を取るように言ったこと、そのあとの銃声。静寂とともに吹き出す赤い飛沫。
断片的に思い出した記憶は小鳥遊の感じた熱くて苦しい痛みと、どんどん冷たくなる身体を思い出させてくれた。
記憶は曖昧だったがあのあと何があったかはわからなかった。
この男が言っていることは本当なのかと疑ってしまう。
「死んだって、どういうことだよ?」
「そのまんまの意味だ。」
長身の男は四脚の丸椅子に腰掛け、足を組む。
気だるそうな雰囲気を醸し出す男は不釣り合いな目付きで小鳥遊を睨み付ける。萎縮する小鳥遊を気にせず現状について語り出す。
「悪いが説明は下手なんだ。だが、なんとなくでわかってもらうしかない。」
そういい前屈みで鋭い眼光が小鳥遊を硬直させる。
「とにかくお前は今日死んだ。それは変えようのない事実だ。そして今いるここは地獄の牢獄。とりあえず魂の置き場所がないからな。ここに置かさせてもらっているわけだ。」
ものすごく強烈な単語が飛んでくるが口を挟まず聞くことに専念する。
「置き場所がないっていうのはだな、なんだ、あれだ…」
長身の男は急に黙り、頭を掻く。
いいよどむ口をもう一度開き一息吐き出した。
「お前は地獄にまだ来なくてよかった魂なんだ。つまり、お前は間違って死んだ。」
こんなに馬鹿馬鹿しい話しがあるかと苦笑する小鳥遊。見た目の話しだが、三十代ぐらいの男がこんな話しを真面目に言うとなるとなにか滑稽に思う。
そんな思いが顔に出たのか長身の男は怪訝な表情を作る。
何か可笑しいのかと言わんばかりに顔を歪めたが口には出さず、更に話しを続ける。
「まぁとりあえずだ、お前の死は予定になかった死亡だったからな。北条安富が今日のあの時、あの場で自殺するはずだった。だが、ある奴らのおかげで神が作った台本は狂ってしまった。」
椅子に座り直し、反対の足を組む。長身の男の言葉を何度も頭の中で反復させた。北条のこと、間違った死。そして、ある奴ら。
「ある奴らって…?」
小鳥遊が尋ねると、長身の男は少し反りぎみの体制で眉間にしわを寄せて嘆息をつく。
「…悪魔だ」