小鳥遊 雄大―2
男は持っている拳銃をうつ伏せになっている小鳥遊に向けた。
「何しゃべってんだ!」
しゃがみ込み、銃口を小鳥遊のこめかみに突きつけた。
目線を伏せ、突きつけられた拳銃の冷たさを直に感じる。
その鉄の冷たさは、死の冷たさのように感じた。
これは恐怖だった。額から脂汗が流れる。
横のウエイトレスの女性は恐怖から震えが止まりそうにない。
「ちっ」
舌打ちをし、男は再びマスターに向き直った。
マスターはお金を詰めた袋をカウンターに置くと同時にコーヒーカップをおいた。落ち着いた様子で刻み込まれたしわをひとつも動かすことなく男がまた向けてきた拳銃にびくともせず、シュガーラスクを皿に乗せて言った。
「落ち着きなさい。こんなとこにきてもお金はないよ。こんな少しのお金より一杯のコーヒーを飲んで落ち着きなさい。」
そう言ってコーヒーカップにコーヒーを注ぐ。
その冷静な行動が気にくわなかったのか、男はカウンターの装甲であるベニヤ板を激しく蹴りつける。
「なんでそんなに落ち着いていられる!?俺は強盗なんだぞ!」
小鳥遊はその喧騒の中思いを巡らす。
こいつはきっと北条だと。
黒ずくめの男の声は低く、こもりぎみで、まるで北条と同じ声のようなのだ。
小鳥遊がわざわざこの日に友人の松田と会わず、約束を破ってまでここにきたのは、北条と会うためだった。
予定より一時間も遅れているのに連絡すら寄越さなかったのにこの男がその北条ならたまったもんじゃない。
強盗するために呼んだのか?
だが、その為なら何故言わない?協力させるのではなく人質が欲しかったのか?そうだとしても何故この珈琲店に強盗をするんだ?
思考を巡らせるが一向に解決は出来ない。
小鳥遊はいちかばちかもう一度聞こうとした。
すると…
カランカラン。
入店の合図が店内に響いた。
刹那、男は反射的に扉を見る。その一瞬をマスターは見逃さなかった。
淹れたてのコーヒーを男の後頭部目掛けてぶちかけ、あわてふためく男の顔にお金の入った黒ビニールを被せた。
「今のうちに逃げて!」
その声を放つ前にすかさず小鳥遊は立ち上がり、男の脇に手を通し、羽交い締めにした。
虚をつかれた男は何がおきたかわからず、熱っ!え!うわ!と途切れ途切れに言葉をはくだけだった。
流石に少し状況を理解した男は抵抗する。
「ウエイトレスさん拳銃とって!」
「え!?そんな、急に言われましても…」
「早く!」
たじろぐウエイトレスに怒声を放ち、男の抵抗をなんとか食い止める。ウエイトレスはおどおどしながら暴れる男の拳銃に手をかけた。
バン!
その時、発砲音が店内に反響する。
それは耳が千切れそうな轟音で呼吸が静止する。
理解をするのに十秒はかかった。赤い飛沫が自分の胸から吹き出るのを目が追っていた。