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短編いろいろ

至高の料理バトル

作者: はいあか

「さあ、ついにやってまいりました至高の料理バトル決勝戦! 残すは最終ラウンド、デザート対決となります! ステージ上には二人の雄姿、早くも手には皿を持ち、甘い香りとともに火花を散らしております! 二人の気迫はステージからはるか上空、ヘリの実況、解説の元にまで届いています!! さて、決勝に入る前に、一度これまでの試合を振り返ってみましょう」




<第一ラウンド 食前酒>


「まずは第一ラウンド、食前酒からです。今回は両者ともフランス料理の達人と言うこともあり、初戦は互いの手の内を探りにかかると思われていました」

「そうですね。二人ともどちらかと言えば、テクニックで唸らせる料理人です。逆に言えば、力押しが苦手なタイプ。セオリー通りなら、序盤は様子見でしょう」

「そう、静かな幕開けとなると思われました。しかしまさかまさかの大波乱。初戦からギャラリー一掃、大荒れとなりました」

「審査員でさえ、数名はダウンしましたからね」

「山越シェフの草原を吹き抜ける一陣の風のような白ワインが嵐を呼び、海越シェフの少し強めの情熱的な踊り子にも似た赤ワインが炎で迎え撃つ。観客席は熱風に煽られ、一時避難を余儀なくされました」

「ここからすでに、この戦いの熾烈な決勝の予兆がありましたね」

「はい。私たちも実況席から、早くもヘリに移動し、上空から見守る形となりました」




<第二ラウンド オードブル>


「ここからオードブルです。未だ燃え盛る客席に人の姿はなく、生き残った十名の審査員が見守るステージ上には、山越シェフと海越シェフのルール無用の戦いが始められようとしていました」

「ここでの山越シェフの先制は見事でしたね」

「彩り鮮やかなサーモンのマリネから大海が出現、まずは燃える客席の火を消します。対する海越シェフ、海を回遊する鮭の流れに巻き込まれたかのように見えましたが……?」

「このあたりの躱し方はさすがでした。さすがに、山越シェフの元師匠であっただけのことはあります」

「迎え撃つ形となった海越シェフ、さすが海の名は伊達ではありません。泳ぐ鮭を捕まえて、腹を捌いたかと思うと、用意していたサラダにイクラを贅沢に盛り付け」

「目の前でのアレンジに、審査員一同は大興奮でしたね。素晴らしいカウンターでした」

「この勝負、海越シェフに軍配が上がるかと思われました。が、波が引いてみれば審査員の姿は半分に。上空から見ていた限り、大海にさらわれてどうやら沖まで流されていってしまったようです。現在は駿河湾近海で、海上自衛隊に無事保護されたという報告が入ってきております」

「決勝会場の東京から、随分流されてしまいましたねえ」

「この海越シェフ支持の審査員を狙った波状攻撃。山越シェフの十八番『時を泳ぐ鮭タイムスイマー・サーモンズ』が決まり、波乱の勝負は接戦のまま第三ラウンドに持ち越しとなりました」




<第三ラウンド スープ>


「先ほどの海のトラウマがあるのでしょうか、審査員が一様にレインコートを着込みました。しかし予想に反して、運ばれてきたのは二皿のスープ。山越シェフの冷製ヴィシソワーズと海越シェフの和風ブイヤベースを前に、審査員一同唖然とします」

「第一ラウンド、第二ラウンドと飛ばしてきましたからね。このラウンドは相手の出方を窺っていたのでしょう。元師弟だけあって、戦略の立て方も似ていますね」

「スープに口をつける審査員一同。すでに五人になった審査員ですが、ここでも意見が割れました。山越シェフに支持が三、海越シェフ支持が二。この勝負、山越シェフに軍配が上がったと思われました」

「ブイヤベースは海鮮スープ。オードブルでのイクラと、海鮮が重なってしまったことでわずかに評価を落としたようですね。名アレンジではありましたが、その後の明暗を分けました」

「料理の世界は一つの行動が命取りです。これで山越シェフにやや有利か。ギャラリーのない静かな会場に審査が下されようとしたとき、しかし突然ひとりの審査員が発狂。突然に立ち上がり、強靭な筋肉をもって服を破ると同時に隣の審査員に襲い掛かりました」

「何か悪いものでも食べたのでしょうか」

「警察が駆けつけた時には、すでに審査員は全滅しておりました。発狂した審査員も警察に取り押さえられ、全員病院に搬送されました。搬送先で発狂した審査員は、うわ言のように『ウミゴエ、ウミゴエ』と繰り返し、彼に一票を投じる意思を見せ続けていたそうです」

「見上げた執念ですね。いったいどんなスープだったのか、飲んでみたいものです」

「警察ではスープに何か麻薬のようなものが入っているのではと、証拠品を押収しました。――――おや、ここでニュースです。この会場近辺で、警察の車が怪しげな黒い服の集団に襲撃されたようです。搬送していた証拠品を強奪され、運転していた警察は重傷を負って病院に運ばれました。同乗していた同僚の警察官に事情を聴いたところ、『ドーピングコンソメスープが……』と意味の分からない発言をしており、現在、集団の手掛かりを探しているところです」

「物騒な世の中になったものですね」

「ええ。テレビの前の皆さんもどうかご注意ください。……さて、ついに審査員も全滅。この勝負の決着は、私たち実況解説と、テレビの前の皆様だけが目撃するのです」




<第四ラウンド 魚料理>


「魚料理でした」

「おいしそうでした」




<第五ラウンド 肉料理>


「そしてついにメインディッシュ! まずは海越シェフの先制、赤ワイン煮込みのビーフシチュー。ワインで柔らかく煮詰めた牛肉と、たっぷり野菜の溶け込んだシチューによるハーモニーが共鳴振動を巻き起こし、地上に取り付けたカメラを割っていきます」

「海越シェフの必殺『踏みつける雄牛の足キャトル・ミューティレーション』です。この強烈な空気振動の前では、人間など雄牛に踏みつけられる蟻も同然」

「対する山越シェフ、子羊の香草焼きで迎え撃ちます。生後三か月以下の羊をその目で選び抜き、大切に一か月の飼育。そして自らの手で屠殺するという実に手間暇をかけたこの一品。現れるは山越シェフの最終奥義『迷える子羊への鎮魂歌レクイエム・オブ・ストレイシープ』! 天へと昇る羊の群れが、弾丸のように飛来、無差別の攻撃を加えます」

「空も安全ではなかったということですね」

「その通りです。羊の一匹がヘリを襲い、我々も一度墜落、意識を失いました。以降、最終ラウンドまで記憶がありません」







<最終ラウンド デザート>


 人の気配が満ちる。

 一掃したはずのギャラリーが戻ってくる気配に、しかし山越は動じなかった。もはや耳に、痛いほどの歓声も、再び天に向かうヘリの音も聞こえては来ない。聞こえるのは海越の息遣いと、己が心臓の音のみ。

 最終決戦である。そのことが山越の血流を早くさせた。憎いと思った師。料理にまつわるすべてを習った父のような人であり、山越の眼前に、あまりにも高く立ちはだかった男でもある。

「両者一歩も動きません!」

 壊れずに残っていたスピーカーから、実況の声が響く。割れてざらついた声はどこか遠く、山越は目を閉じた。手にした皿にはストロベリーソルベ。やけに重たく感じられた。

「勝負の……勝負の行方はどうなっているのでしょう!?」

 山越は、目を閉じていながらも海越の視線を感じていた。勝利を確信した瞳が、自分に向いているのだ。

 海越のデザートもまた、奇しくも同じストロベリーソルベ。盛り付けは互角。量も過不足ない。だが、奴は笑っている。その余裕がある。

「勝負あったな、山越」

 海越が言った。

「ここまで儂についてくることができたお前を褒めてやろう。だが、まだまだ青二才」

 皿を持つ手が重い。山越は唇を噛みしめた。脂汗が額から滲み、幾筋も頬をつたう。

「勝負……いったいどういうことでしょう!?」

 実況が困惑の声を上げ、山越と海越を見比べる。そして、「アッ」と甲高い声を上げた。

「山越シェフのソルベが……溶けはじめています!」

「……なるほど」

「なにかわかったのですか? 解説の岡原さん」

「どうも、すでに戦いは終わっていたようです。その証拠に、我々や審査員が目を覚ましているでしょう? 逃げ遅れた観客も、そこかしこで意識を取り戻しています」


「…………『ストロベリー・ソルベブレス・オブ・ゴッデス』!」


 実況がつぶやくように口にした。

 ストロベリー・ソルベブレス・オブ・ゴッデス――それは海越の放つ回復の息吹。天上の女神さえも酔いしれる魅惑の味が、すべての生き物に命を与えるのだ。

「それが……私たちを目覚めさせたというのですね。この会場にいたすべての者たちを」

「それだけではないでしょう。もう一つの気配――『ストロベリー・ソルベセブンス・ヘブン』、山越シェフの濃厚なバニラの香りも、この会場に満ちています」

「『ストロベリー・ソルベセブンス・ヘブン』……荒れ狂う勝負の決着が、癒しのデザートであるとは皮肉なものですね」

 実況の視線が、山越と海越に向かう。山越のソルベはもはや見るに堪えない。盛り付けた形を崩し、溶け落ちようとしていた。

 会場全体を癒すだけの力が、山越のソルベにはなかったのだ。


「この勝負、儂の勝ちだ」


 重い皿を震える手で支え、縋りつく山越を突き放すように海越は言った。それは絶対的な宣告だった。この勝負は、確かに海越の勝利だ。山越は自分の体から、力が抜けていくのを感じた。

 重たい敗北が、ついに山越の皿を落とさせた。観衆が見守る中、手から滑り落ちた皿が砕け、溶けたソルベが床に散る。息をのむ客席、嘆きと歓声が、耳に遠く聞こえてくる。

 山越が顔を上げれば、海越の瞳とかち合った。師事していたときに、毎日のように浴びていた視線だ。いつまでも子供を見るような、上から押さえつけるようなその目に、山越は自分のちっぽけさを幾度となく教えられてきた。

 ――だが。

 山越は海越を睨みつける。その表情は、敗者のものではない。瞳には燃える闘志が残っていた。

 ――――まだ終わらない。

 山越は、かつての海越が知る子供ではないのだ。歯を食いしばれば、熱い闘気が呼気となって漏れ出た。

 ――俺は、負けない!


 山越の強い視線に、海越は一瞬たじろいだ。その隙を逃さず、山越は最後の一矢を報いる。

 海越に向かい、体を丸めて弾丸のように突進する。「うおおおおおおおおおお!!!」知らず、口から声があふれていた。

「海越えええええええええ!!!」

「き、貴様! 用意した料理はすべて出したはずなのに、どこにそんな力が!?」

 フルコースのメニューは終わった。だが、料理とは。


 料理とは、人を喜ばすものなのだ!!


「お、おおおおおお!!!!」

 咆哮とともに、山越は持っていた最後の料理を海越の口にねじ込んだ。海越は目を見開き、そして叫んだ。

「ラングドシャッ!!」

 それは断末魔にも似た叫びだった。目を見開いたまま、大きくのけぞり倒れた海越の口には、淡い焼き色のラングドシャがあった。

「観客へのお土産用ラングドシャ……帰りに配るつもりだったものだ」

 息を切らしながら、山越は言った。この『ラングドシャラグナロク』の威力は、未熟な山越の手には余る。もしかしたら、もう二度と焼き菓子はつくれないかもしれない。それでも、不思議と後悔はなかった。

「やま……ごえ……」

 ラングドシャを咀嚼し終えたのか、海越が苦しげにうめいた。時折荒く咳をする。

 焼き菓子だから、喉に詰まっているのだろうか。あわてたようにスタッフが水を取りに行くが、果たして間に合うかはわからない。これもまた、『ラングドシャラグナロク』の威力であった。

「貴様……このことを予感して、隠し持っていたのか……?」

「いいや」

 山越は首を振った。最後の切り札であるとは思っていた。しかし山越は、本来これを勝負の場に出すつもりはなかったのだ。

「ラングドシャはあくまでもお土産用……お客様への、おもてなしの精神だ。これが俺の――――究極の奥義りょうりだ!」

「成長したな……山越……」

 海越は山越を見やり、口元を不敵に歪めた。それから、ゆっくりと目を閉じた。

 一瞬の静寂が、会場を包んだ。


「――――勝者ッ山越ぇええええッ!!!」

 実況が声を張り上げた。会場中が興奮に湧き上がる。山越の料理人としての魂、師を超えた瞬間のドラマ、そのすべてが、人々を興奮の渦へと押し流しているのだ。彼らはみな、勝者である山越を褒め称え、歓迎していた。

 それは心地よいものでもあり、どこか虚しいものでもあると山越は感じた。師をなくした喪失感が、そう思わせているのかもしれない。

 乱れた呼吸を整え、山越は海越を見た。地に倒れ伏した、かつての師を。

 憎み――憧れ続けてきた男を。


 海越は水をもらって飲んでいた。

 ようやくラングドシャを飲み下したようだった。



<次回予告>


「山越シェフの優勝です。彼にはついに、チャンピオンへの挑戦権が与えられます。次回! 最強の魔物りょうりが集う万魔殿キッチンにてチャンピオンが迎え撃つ! 挑戦者は山越シェフ! 全てを飲み込むチャンピオンの万能オリーブオイルに、瀕死の山越シェフは果たしてどう戦いを挑むのか!? お願い、死なないで山越シェフ! 来週もお楽しみに!!」



調べてみたら、プチフールとかいう焼き菓子を出すまでがフルコースなんですね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大変面白かったです。 [一言] はたして至高の料理バトルだったのか、究極の総合格闘技だったのか…。 疑問が残るところでしたが、第4ラウンドを見る限り、やはりこれは「食材と料理人の混合ダブル…
[良い点] とっても面白かったですww 「ラングドシャッ!!」 に吹いたww 次回予告にまた吹いたww 死なないで山越シェフ!!
[一言] これ決勝じゃなかったのかい! もこ○ちさんとのバトルも読みたいと思わせる勢いww オチが最高です 関係のない話ですがもこ○ちと書くともこっちみたいですね おもしろかったです!
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