表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の彼女  作者: 優流
9/23

大神家

俺は大神健人。吸血鬼に対抗できる唯一の種族である人狼一族の大神家の次男坊だ。人狼は吸血鬼から人間を守る役割を担い、人知れず暗躍している。しかし、まあ俺が生まれてから今まで吸血鬼による事件はほとんど無い。ただ最近動きのある吸血鬼がいるらしく、この件は親父と兄貴が担当している。

その代わり俺に与えられた役目は、吸血鬼一族の影宮家の次女影宮流月と、その高校の同級生の監視だった。


「これは不確定情報だが、彼は次女の"運命の人"の可能性が高い」


"運命の人"なんて聞くとロマンチックな関係を連想しがちだが、吸血鬼の場合はその危険性、重大性が羽上がるのはガキの頃から知っている。

人狼にとって、いや、人類にとっても"運命の人"の吸血は阻止しなくてはならない。記録に残る限り、"運命の人"の血を吸った吸血鬼が一人だけいたそうだが、当時の数万の軍隊を一瞬にして全滅させたとか、とにかくその力は凄まじいものだったそうだ。


「もしもの時はわかっているな?」


「一命に代えてでも人間を守るだろ?わかってるよ」


世界を滅ぼすかも知れない力というのがどれ程なのかわからない。だけど、そんなこと起こすわけにはいかない。

役目は順調に進んでいるように見えた。アイツとの接触。適度な交流。監視と護衛の体勢は整った。そう思った矢先に吸血鬼から一通の犯行予告が届き、そこから歯車が狂い始めた。犯行予告には『某日未明より感染者達による吸血パレードを行う』という狂った内容だった。少し前から夫婦を狙った吸血鬼の仕業の事件が数件報告されていた。この事件は親父と兄貴が担当していて、事件では妻、あるいは妻子が吸血されて、夫が行方不明になっているそうだ。おそらく吸血鬼が夫を感染者にして、妻子を襲わせたと親父たちは考えている。もしもこの事件と同一の吸血鬼による犯行予告だとすれば、少なくとも報告を受けている数の感染者が野に放たれる訳だ。一族は狼に変身出来る全ての人狼を召集して、俺も二人の監視を部下に任せて召集に応じた。

だけど、結局何も起きずに待機が一週間続いたある日、影宮とアイツに関する報告が来て俺は焦った。影宮はアイツに告白して、何も知らないアイツはそれに応えたらしい。アイツとの付き合いは短いが、良い奴だ。不器用だし、どんくさいし、いつも自信無さそうだが、良い奴だ。授業中はいつも影宮を見やすい斜め後ろの席に座った。隣にいた俺にはわかる。それだけ影宮のことが好きなんだって。「別れろ」って言ったとこで別れる訳がなかった。だから、俺は何があってもアイツを守ろうって誓った。

そしたら、今度は感染者の襲来。先に駆け付けたのは影宮だったが、影宮にどうこう出来たとは思えないし、かえって影宮の正体がバレたことは俺には好都合だと思っていた。誰だって恋人が吸血鬼で、いつか自分の血を吸うかも知れないと知ったら恐がって別れるはず!!だけど、アイツはまるで他人事のように、事の重大性をどこ吹く風と言わんばかりに、けろっとしている。おまけに襲撃を受けたその日の内に影宮とデートとか……


「アイツの頭ん中はどんだけお花畑なんだよ……」


俺は今、双眼鏡で二人のデートの様子を監視している。何も知らない人間から見れば怪しいストーカーか何かに見えるかも知れないが、ちゃんと人目の付かない場所から監視している。それに二人の近くには頻繁に入れ替えを行って、俺の部下を見張りにつけている。アイツはともかく、影宮には気付かれたくないし、こんなことしているけど、二人のデートの邪魔もしたくない。


「健人様……」


背後からこのくそ暑い炎天下で涼しい顔をしながら黒いスーツとサングラスを掛けた男が現れた。部下の一人、鳴神だ。鳴神家は大神家の分家筋で、狼に変身できなくなった家柄だ。だが、こうして大神家の部下として働いている。


「昨夜からお休みになっておりません。ここは鳴神に任せて、お休みください」


「大丈夫だ。それに感染者は昼間は動けない。いや、動けないことは無いだろうけど、役立たずだ。日中の襲撃は無い」


「おっしゃる通りです。だからこそ、ここは鳴神に……」


「俺が気にしてるのは襲撃じゃなくて影宮のほうだ。休んでいるうちに吸血されたらどうする?お前らじゃあんな女の子一人でも止められない」


むしろ、返り討ちにされて、皆殺しにされるだろう。まあ、影宮の性格を考えるにそんなことはしないだろうけど。

無線がなり、二人が移動するという連絡が入った。おそらく、人気の無いところでのんびりするつもりだろう。


「総員に通達。以降の監視は俺だけで行う。総員、解散」


無線を切り、二人の動向を監視し続けた。


「どうした?解散だぞ、鳴神」


鳴神は少し躊躇いながらその場を離れた。二人に合わせて、俺も場所を移動して、二人の監視を続けた。案の定、二人は人気の無いところで"のんびり"過ごすことになった。



































親指の爪を前歯で剥がしては吐き捨て、爪が元通りになると再び爪を剥がした。足元には大量の剥がした爪。彼は苛立っている。

彼。色白いというよりは青ざめた肌をして、何日もろくな食事と睡眠をとっていない不健康そうなやつれた顔をしている。彼はまた爪を剥がした。

彼は吸血鬼だ。吸血鬼故の驚異的な治癒力で剥がした爪はすぐにもとに戻る。しかし、痛みを感じない訳ではない。生爪を何度も剥がすなんて、考えただけでも痛々しい。それにも関わらず彼は爪を剥がすことに躊躇いがない。


「どいつもこいつも、このくそ暑い中、イチャイチャしやがって……"お前ら"も少し前まではあそこにいたのにな~。ヘヘヘッ」


彼は視線を後ろの日影で怯えている数人の男たちに向けている。男たちは感染者。太陽の日射しに弱く、日光を浴びると数分で体が灰になる。だから、誰も日影から出ない。

携帯電話が鳴った。彼はポケットから携帯電話を取りだし画面を見つめた。着信のようだ。


「もしもし……」


彼は電話の相手と何か話しているようだが、何を話しているかはわからない。しかし、さっきまでストレスを発散するように剥がしていた爪を剥がすのを止めた。やがて、会話が終わり、携帯電話を再びポケットに戻した。

今、私は大神家御当主様よりある吸血鬼の監視を申し使っている。その吸血鬼は最近夫婦を狙い、夫だけを感染者にしていると思われる容疑者の一人だ。だが、こうして監視を続けて、彼は常に数人の感染者を連れていることからまず間違いなく犯人だろう。感染者の顔と被害者の夫の顔を照らし合わせると一致することもわかっている。犯人がわかっていながら、何もしないのは彼の目的がハッキリしないからでもある。幸い、感染者被害は増えていない。


「よお」


突然、背後から声がした。それとほぼ同時に視界から彼の姿が消えていた。背後にいるのは間違いなく彼だ。


「脅されても、何も言わないぞ」


「へえ~。プロ根性ってやつ?」


いつの間にとは驚かない。吸血鬼は足が速い。私と彼のいた場所なら瞬き一つで接近は可能だろう。しかし、それ故に尾行や監視には細心の注意をはらう。まして、彼の監視は数日続いている。


「何故居場所がバレたか?何故監視がバレたか?そう思ってる?ヘヘヘッ」


確かに思ってはいる。だが、だいたい見当はつく。組織の誰かが裏切ったのだ。誰がということを考えるよりも今はこの状況を打開しなくては。


「まあ、そんなに固くなるなって…………ちょっとついてきてよ」


そう言われるや私の体は重力から引き剥がされて、物凄い速さでどこかへ連れていかれる。気圧の急激な変化で耳鳴りがする。都会の喧騒が一瞬にして遠ざかり、やがて静かな森が近づいてきた。

そして、私が連れてこられたのは廃ビルだった。そこには日射しを避けている男たちがざっと40人はいるだろうか。


「あんたならわかるだろ?コイツら皆、感染者だ。ヘヘヘッ」


彼はそう言い残してまたどこかへ消えたが、数分で戻ってきた。今度は両手に同僚二人連れてきた。


「知ってるか?感染者は感染源である吸血鬼に絶対服従なんだ。だけど、言うこと聞かない時がある。どんな時かわかるか?ヘヘヘッ」


答えは単純だった。禁断症状が出ている時は自我が崩壊して、本能や欲望のままに行動してしまう。その時だけは感染源である吸血鬼の命令も無視するだろう。つまり、私や私の同僚を取り囲む感染者達のように餌を与えられた猛獣のような状態だ。

廃ビルの天井から差し込む日射しが弱くなった。


「さあ!お前ら!!今夜は狩りだ!!……その前に喰らいな」


分厚い雲が空を覆い、雨が降りだした。その瞬間、感染者達が一斉に襲いかかってきた。断末魔の叫びは雷鳴に掻き消され、薄れ行く意識で最後に聞こえたのは彼の嫌らしい笑い声だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ