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僕の彼女  作者: 優流
8/23

デート

翌朝。目が覚めたのは9時過ぎだった。

昨夜はあの後にいろいろあって、自宅に帰ったのは3時頃だった。だけど、寝るのに時間はかからなかった。ちなみに、あの後に起きたいろいろあったことの内の一つは今日これからの予定に関わっている。

ベッドから起き上がると押し入れに入れてある収納棚から服を引っ張り出した。しかも、取り出したのはただの私服じゃない。所謂、勝負服だ。まあ、勝負服と言ってはみたものの、お気に入りの紺色のポロシャツと空色のジーンズで、オシャレには程遠い。流月さんを地味と言っていたものの、僕は地味どころか正直ダサい。今度大神に全身コーディネートしてもらおうか。



まあ、そんなことより今日の予定は流月さんとデートだ。



昨夜、あの後。

河川敷にはスーツを着た男たちが現れて、大神のいう事後処理を行う傍ら、僕は僕の彼女の靴がボロボロになっているのに気がついた。考える必要もなく、原因は僕を庇いながら着地した時の衝撃に靴が耐えられなかったのだろう。


「流月さん、明日……いや、今日かな?何か予定入ってる?」


「今日は……何も」


「じゃあ、デートしよ」


事後処理する男たちも男たちの指揮する大神も耳を疑ったように僕に視線を向けた。流月さんもなんだか嬉しいんだか照れているんだかわからない顔をしている。僕、何か変なこと言ったかな?














現在。

遅めの朝食を食べ終え、歯を磨き、寝汗をシャワーで洗い流して身だしなみを整えた。別に流月さんとのデートは今日が初めてではない。

いや、ある意味初めてかも知れない。たぶん、流月さんは今まで自分の正体を隠していた。だから、その分後ろめたさとか楽しめない部分がどうしてもあったと思う。でも、今は違う。僕は僕の知らない流月さんを知ることができたし、流月さんは流月さんで本当の自分を知ってもらうことができたのだ。だから、今日は新しい記念日にしよう。

財布の中身を確認して、忘れ物は無いか確認して、最後に身だしなみを整えた。気合いも充分。お金も万全。僕は僕史上最大武装で玄関を開けた。


「こんなんで大丈夫かな……」


最大武装と言っておきながら、何となく自信が無い。
















デートの待ち合わせ場所は親睦会の集合場所と同じ駅前の広場。暑い日差しが照り付ける場所を避けて、隅の日陰で流月さんの到着を待った。待ち合わせ時間より30分程度早く到着しているから、流月さん到着までは少し余裕があるだろうと鷹をくくっていた。


「お待たせ」


「わっ!?」


突然僕の目の前に流月さんが現れた。どこからか近づいて来たのに気づかなかったのではなく、文字通り突然僕の目の前に現れたのだ。親睦会の時もそうだったけど、あの時も流月さんは気配も無く僕の後ろに現れた。


「驚いた?」


「驚くよ、そりゃ」


「フフフ♪」


流月さんは歌うように笑った。いつもとは雰囲気が違う。服装もいつもとは少し違う。ダボダボのジーンズは脚のラインがわかるくらいぴしっとしたものを履いているし、ボサボサの髪も整えている。


「なんだか嬉しそうだね」


「うん。なんだか、気持ちが楽になって……」


やっぱり今までは吸血鬼ということを隠していたことが不安だったんだろう。一緒にカラオケに行ったり、映画を見たり、食事したり、ドライブしている時も流月さんはどこか悲しげなとこがあった。表に出していないつもりだっただろうけど、僕は流月さんの態度や仕草から何かあることを感じ取っていた。だからこそ、今目の前にいる流月さんが楽になっているのがわかるし、嬉しいと思う。


「僕は流月さんとは違うし、たぶん僕には出来なくて、流月さんに出来ることは多いと思う。でも、流月さんのことを支えたいって思ってるんだ」


「うん。ありがと」


「だから、何かある時はちゃんと言ってね。無理には言わなくていいけど、言ってくれなきゃわからないこともあるんだからさ。例えば……今日はどんな靴が欲しいとか」


約束の時間より30分程度早く逢えたのに、もう10分くらい経っている。それに今日は流月さんの靴を買いにきたんだ。一応他の靴を履いているようだけど、有言実行。今日の予定には変更無し。


「今日はバイトも休みだし、時間はたっぷりあるよ」


「うん!」


「早速行こうか」


僕は流月さんに手を差し伸べ、流月さんはその手を恥ずかしそうに握った。夏でもひんやりする流月さんの手が気持ちいい。


「気になったんだけど、流月さんの手が冷たいのって……」


「ううん、ただの冷え性」


吸血鬼との関連性を否定された。どうやら僕が思っているほどずっと人間らしい。




それから僕と流月さんは数件を靴屋を見て回った。ハイヒールとか履いてみたけど、歩きにくそうにしていたから却下した。本人もハイヒールは好きじゃないそうだ。普段からスニーカーや運動靴を履いているから、履き慣れている物の方がいいだろう。


「君はハイヒールとかのほうが好き?」


「いや、別に。ハイヒールは足に悪いって聞いたこともあるし……ただ、どんなものかなって思っただけ」


「でも、私……君が好きなら背伸び、するよ?」


「背伸びしなくたって、そのままの流月さんが好きだよ」


そんなことを言うと流月さんは頭から湯気が出るほど顔を真っ赤に染めた。可愛いったらありゃしない。

最終的に僕には流月さんに似合う靴を見つけることが出来なくて、流月さん本人が気に入った靴を見つけて、それをプレゼントすることになった。さすがにスポーツ用品店でランニングシューズを選びそうになった時は全力で却下したけどね。でも、最終的に選んだ靴は相当気に入ったらしく、履かずに目を輝かせながら眺めていた。


「僕が選んだ訳じゃないけど、気に入ったみたいだね」


「うん!大事に飾っておく!!」


可愛い!!


「いや、そこは履こうよ」


僕と流月さんは笑いあった。

昼食は近くのカフェで食べることにした。その間中、流月さんは新しい靴を大事に抱き抱えていた。たぶん、履くのは当分先だろう。でも、幸せそうに笑う流月さんが可愛くて仕方なかった。


「思ったより早く終わったけど、このあとどうしたい?」


「う~ん……二人でゆっくりしたいかな」


子供みたいにはしゃいで、幸せそうに笑っているけど、流月さんはやっぱり人混みが苦手らしい。昼食を終えた僕と流月さんは駐車場に向かった。


「どこか静かな場所に行こうね」


「うん」


僕は車のエンジンをかけて、冷房を全開にして車を走らせた。


















僕と流月さんが通っている大学は町の喧騒からだいぶ離れた周囲を森に囲まれた場所にある。そこから少し走れば舗装された山道があって、ほとんど人は来ない。この間、流月さんの頬にキスした場所だ。

ここに来る間、流月さんは新しい靴を見ては嬉しそうに笑ったり、大事に抱き抱えたりを繰り返している。着いた後もしばらくそのままだったから、ちょっと寂しかった。だから、ちょっとイタズラをしようと思う。


「流月さん……」


僕は流月さんが乗っている助手席の向こう側に手を伸ばして、無理矢理座席を倒して、そのまま流月さんにのしかかった。


「え?な、なに?」


「ちょっとイタズラしようと思って……」


僕は流月さんが身動き取れないように右腕で体を抱き締めて、左腕は頭に回した。まあ、僕のことを軽々抱き抱えることができる流月さんが身動き取れないということはないだろう。抵抗されればひとたまりまない。でも、流月さんは抵抗しなかった。

僕は顔を流月さんの耳元に近づけて、左手で流月さんの耳にかかる髪を退けた。


「嫌なら嫌って言っていいんだよ?」


こっちはイタズラする準備は万端。何をされるかわからなくて怖がっているのか流月さんは震えていた。


「い、嫌……じゃないよ」


「……わかった」


僕は肺が満杯になるまで息を吸って、口を流月さんの耳に近づけると、そっと、たっぷり時間をかけて、肺の空気を全て流月さんの耳に吹き掛けた。少し身を捩る流月さんの体を右腕でしっかり抱き締めて身動き取れないようにした。それでも僕はまだ残っている肺の空気をゆっくり吹き掛けた。たっぷり1分間かけて。吹き掛ける息を出来る限り一定にして。多少苦しくても吹き掛けた。

吹き終わると体が酸素を求めて呼吸が荒れた。流月さんも蕩けた顔をしている。もっとイタズラしたくなって、流月さんの耳を甘噛みをして、呼吸が整うと同じことを繰り返した。


「あっ……やめ……て……」


少し痙攣したように震わす流月さんの体を抱き締めて放さなかった。息を耳に吹き掛けるのを止めなかった。


「ダメ。止めないよ」


「なんで?なんで今日はこんな……」


僕は流月さんの耳から口を離して、首にキスをした。そして、そのまま流月さんの血を吸う吸血鬼のように首を吸った。




大量の空気を吸っては吹き掛けて、吸っては吹き掛けて、最後に流月さんの首もとにキスマークを付けるくらい首を吸ったお陰で、弱冠酸欠状態。僕と流月さんは二人とも呼吸を荒くしている。


「流月さん……」


すっかり蕩けた顔をしている流月さんを見つめながら、頭を撫でた。


「な、なんで?今日はこんな意地悪なの?」


流月さんが甘ったるい声で聞いた。


「嫌いになんかなるもんか。放すもんか。流月さんは僕のものなんだからね」


冷静になって思い返せばなんて恥ずかしいことを言っていたのだろうと思うけど、その時の気持ちを一言で表すならこうだ。


「流月さん……愛してる」


流月さんは泣き出しそうになりながら、僕を壊す勢いで抱き締めた。


「私も愛してる」


無償の愛、アガペーなんて高尚なものは僕にも流月さんにもわからないけど、今の気持ちを言葉に表すなら、愛以上の言葉を僕は知らない。抱き締めて、お互いの耳元で囁いて、でも、いくら言っても言い足りなくて。



















でも、どんなに相手を想おうと、いや、想えばこそ"人間"と"吸血鬼"という事実が心に食い込んだ。

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