僕が諦めない理由
ほんの僅かに衝動よりも理性が勝っていたお陰で、流月の禁断症状は落ち着いた。でも、それは一時的なもので、次に発作が起きた時、今と同じように治まる保証は無い。
とりあえず僕はまだ生きている。
あの後、僕と大神は森の奥に建てられた吸血鬼の隠れ家に案内された。隠れ家と言っても、樹海にひっそり佇む建物にしては、あまりにも高級感のある料亭のような隠れ家だった。樹海の中に無ければきっと旅行雑誌とかで取り上げられているであろうクオリティーの高さ。そもそも樹海だから誰も来ないから、豪華な造りにしたそうだ。
「改めて自己紹介するね。私は流月の父です。こちらは妻です」
初めて向かい合う恋人の両親に僕は緊張していた。
「は、はじめまして……流月さんとお付き合いさせていただいております……」
「君のことは流月から聞いているよ。何度も流月を助けてくれたそうじゃないか」
「……いえ、僕は何も。むしろ、僕のほうがいつも助けてもらってます……」
「瀕死の流月ちゃんに自分の血を飲ませたんでしょ?」
「すみません。そうする以外に、流月……さんを助ける方法が思い付かなくて……後先考えない軽率な行動でした。本当にすみませんでした」
「いいえ。あなたは流月ちゃんの命の恩人よ。責任を感じる必要はないわ」
「そうだとも」
ご両親は笑顔で接してくれた。許しているのか、それとも本心の裏返しか。後者ではないと思う僕は都合が良すぎるかな。
「でも、現状の責任は君にあるのは代わりないわ」
背後から龍月さんの声がした。
「龍月。彼のお陰で、流月は助かったんだ。そんな言い方……」
「いえ、龍月さんの言う通りです。僕には責任があります」
「責任って言っても、どうしようもないじゃないか。禁断症状は何とかなっても、君との暮らしはあり得ない。いくらお互いを想っていても、こればかりはどうしようもできない。
こういうことは言いたくないけど、流月とは別れてくれないかな?それが君のためだ」
かなり控え目に、尚且つ回りくどい言い回しをされた。
「影宮さん。それはコイツのことを思って言ってる言葉じゃないですね?」
僕が口にする前に大神が僕の気持ちを代弁してくれた。客観的に状況を見れる分冷静だ。たぶん、ご両親は僕のことを理由にすれば、納得するとでも思っているのかな。
「真祖、美月」
僕は確信を突く名前を口にした。ご両親は驚きを隠せずに視線を泳がせるけど、すぐに視線を龍月さんに向けた。確かに「美月」の名前は龍月さんに教えてもらった。
「僕を拉致監禁した"青白い肌の男"が連れていた感染者達ですけど、"彼"が死んだ後、人間に戻ったそうです。海外の吸血鬼伝説には、自分を吸血鬼にした吸血鬼を殺すことで、人間に戻ったとあります」
「それは所詮伝説だよ。誰かの空想さ」
「僕もそう思いました。でも、僕の目の前には吸血鬼がいます。隣には人狼がいます。この伝説だってただの空想ではない可能性はありませんか?」
「……君はつまり、美月様を殺して流月や私達を人間にしようって言っているのかな?」
「そうです。そのためにはお義父さんに美月の居場所を教えていただきたいと思っています」
大きな古びた時計が時間を刻む音だけが、沈黙の中で鳴り続いている。
「美月様は君を拉致した吸血鬼と同様に凄まじい治癒力を持っている…………という話だ。殴打では死なないし、刺殺、毒殺、その他如何なる方法でも死なない……らしい」
「それは問題無いです」
大神が隣から割っては入り、持参した鞄から木箱を取り出した。随分古い木箱のようだけど、それを取り出した瞬間、流月のご両親は立ち上がり、急に身構えた。
「どうして"鬼殺しの釘"が!?持ち出しは禁止のはずです!!」
「禁止だが、持ち出せないわけじゃない。でも、"これ"なら真祖・美月と言えど殺せるんじゃないですか?」
ご両親は言葉を詰まらせている。どうやら大丈夫なようだ。
「…………た、ただ、残念ですが、美月様はもう亡くなっています」
流月のお母さんが平常心を絞り出したような声で言った。たぶん、嘘だと思う。
「はるばる、ここまで来てもらって申し訳ないけど、君の希望を叶えることはできない。諦めてくれ」
僕にはご両親が揺れ動いているように見えた。何に揺れ動いているのかはわからない。たぶん、大人の事情とか吸血鬼の事情があるのだと思う。
「諦めません。流月は僕の運命の人です。流月にとっても僕が運命の人だと思っています。それを殺すかも知れないから別れるとか意味もわからない理由では諦められません。
もし、流月を人間に……あるいは今の禁断症状が出ないようにする可能性があるなら、試さずには終われません。いえ、可能性が無くたって、何もしないのは嫌です!」
アニメの見すぎだと思った。「可能性が0じゃないなら諦めない」とか「不可能を可能にしてみせる」とか。でも、目の前で恋人が苦しんでいて、それを救う方法があるかも知れない。それをどうして試す前に諦められる訳がない。
「だって、運命の二人は幸せになるために生まれてきたんだから」




