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僕の彼女  作者: 優流
20/23

僕が怒る理由

道のりは長かった。県を一つ跨いだと思うし、途中、小休止も入れたけど、ほとんど走り続けても目的地に到着したのは夕方頃だった。その頃には大神のケガはほとんど治っていた。吸血鬼は特殊能力もあるのかと感心していたら、どうやら龍月さんが特別らしい。

とにかく、僕達は目的地に到着した。到着したのは森の入口だった。しかも、立ち入り禁止や危険という看板が数多く並び、行く手を遮っている。道を間違えたかと確認して見るけど、現在地と目的地は一致している。


「ここからは歩きよ」


僕達は車を降りて、入口に向かい合った。


「さ、行きましょ。お茶くらいは出してあげる」


龍月さんは何食わぬ顔で森の中へと入っていった。たぶん、この道を何度も通っているからなのか、歩き慣れているようにも見える。

一方の僕は悪寒を感じるわけではないけど、何だか体が震える。


「ここまで来て、怖じ気づいたか?」


「い、いや。ちょっと緊張するだけ」


強がりではなかった。吸血鬼に何度か襲われて、死に目にも遭っている。今さら恐いものはない。理性はそう判断しているようだけど、本能的な部分がこの森に入ることを拒絶しているようだった。


「早く来いよ。置いていかれるぞ?」


僕が踏み出すのを躊躇っている間に龍月さんはかなり進んでいるし、大神も僕より前にいた。

僕はここに流月に逢いに来たんだ。躊躇う必要はない。


「大神。もしもの時は、車だけでも家に返してね」


「お前のミイラなんか持って帰れねえって」


僕は森に踏み入れた。この時は気づかなかったけど、この森の入口の看板の中に、『これより先は樹海のため、立ち入りを堅く禁じる』という看板があったそうだ。















夏場ということもあり、森の中はとにかく蒸し暑い。西の空に横たわる朱色の太陽の明かりが空を紫色に染めている。大神は先に歩いている龍月さんの匂いを辿っているようだけど、人間の僕にはそれが唯一の頼りだ。懐中電灯は用意していないし、仮にあったとしても、虫が寄ってくるのは嫌だ。

そんなことを考えていたら、大神の鉄板みたいな背中にぶつかった。


「あ、ごめ…………」


謝ろうとした瞬間に何かが変わったのを感じた。まとわりつく蒸し暑い空気も僕の血を狙う蚊も紫色の空も、五感で感じ取れるものは変わっていない。でも、何かが変わった。一番原始的で、人間にはもう無くなりかけている生物としての感覚が無理矢理表層に現れて、警鐘を鳴らしているような感覚だ。

大神は変化を僕より先に感知して牙を剥き、何かに対して威嚇している。


「逃げて!!」


前方から龍月さんの声が聞こえた。でも、その声よりも速く事態が動き出した。僕の目の前にいた大神は僕の視界から消え去り、近くの木の幹に体を打ち付けた。そして、大神の替わりに血のような紅い髪が特徴的な女性が目の前に立っていた。

見た目は僕の知っているものと違うけど、認識するには100分の1秒程度もかからなかったと思う。見た瞬間に彼女が誰なのか認識できた。


「久しぶりだね、流月」


目の前に現れたのは間違いなく流月だった。髪の色も違うし、弱冠やつれているけど、流月だ。

流月は少し俯いて、前髪の間から僕を見ている。


「何が……何が久しぶりだねよ!!」


流月は僕の胸ぐらを掴んで、そのまま近くの木の幹に体を押し付けて軽々と持ち上げた。


「何で!?何でこんなところまで来たのよ!?」


「流月、止めなさい!!」


流月の後を追ってきたように何人かの吸血鬼が現れた。屈強な体つきの吸血鬼もいれば、休日の会社員みたいなジャージ姿の吸血鬼もいる。男性だけでなく、女性の吸血鬼もいる。


「流月……彼を放しなさい……」


眼鏡をかけた中年の吸血鬼が前に出てきた。たぶん、流月のお父さんだろう。口元が流月に似ている。


「流月……さんの、お父さん……ですか?流月さんと、お付き合い……」


「うるさい!!」


自己紹介する前に流月に地面に投げ飛ばされた。


「何で来たのよ!?

お姉ちゃんに別れるように伝えてもらったでしょ!?

死に目にも遭ったでしょ!?

なのに、何で来たのよ!?

何しに来たのよ!?

何、自己紹介してんのよ!?

私が苦しむのもわかるでしょ!?

私が苦しむのを見て、面白の!?



どうして君はそんなにバカなのよ!!!!」


地面に仰向けになっている僕の上に股がり、胸ぐらを掴んで無茶苦茶な力で僕の上半身を揺らした。


「流月、止めなさい!!」


視界が滅茶苦茶に動く中で女性の吸血鬼が流月に駆け寄ってきた。たぶん、お母さんだろう。


「うるさい!!」


流月がお母さんを睨み付けると目に見えない力で女性の体が吹き飛ばされた。幸い、お父さんや他の吸血鬼の人達が回り込んで、お母さんを捕まえていた。


「見てよ、私を…………吸血鬼なんだよ?

普通の女の子じゃないの……

力は君よりずっと強いし、髪だって真っ赤になっちゃった……」


「ふ、不謹慎だけど……僕は嫌いじゃないよ、その髪」


「うるさい!!何も言うな!!」


「撫でてもいい?」


「私に触らないで!!」


「それは……ちょっとショックだな……」


これは本当にショックだった。


「苦しいのがわからないの!?

こうやって触ってるだけで、君の血の流れを感じる……

私の目の前に私の渇きを癒せる泉があるの!!

吸いたい……

吸いたい……

吸いたい……

















君の血を吸いたい!!

吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!吸いたい!!


吸いたい!!


でも、吸いたくない!!!!

…………わからないの?」


流月は必死に吸血衝動を抑えながら泣いていた。たぶん、叫んだり、暴れたりしていないと理性を保てないんだと思う。


「わからないよ……他人の気持ちなんかわかるわけがない……

もし僕の目の前に『貴方の気持ちがわかります』『貴方の考えがわかります』なんて言う人が現れたら、僕はその人を信頼できない。信頼しない。だって、他人の気持ちなんかわかるはずがない。

だから、僕は流月の気持ちなんかわからない!!」


「最っ低!!アンタの血、一滴残らず吸ってやる!!

吸ってやる……吸ってやる……吸ってやる……吸ってやる……吸ってやる……吸ってやる……吸ってやる……


吸ってやる!!!!」


沈黙。世界中のありとあらゆる音がその一瞬だけ完全に沈黙したような静けさに包まれた。

流月は口を開けて、照れながら笑った時に見せる八重歯を僕の首筋に近づけた。流月のご両親と龍月さんが流月を止めようと走り出そうとしていた。大神も同様に流月から僕を守ろうと走り出そうとしていた。違いとすれば、力ずくで止めようとしている影宮家の人達と、流月を殺してでも止めようとしている大神という感じだろうか。


「まだ質問に答えてなかったね。何しに来たか?そんなの流月が僕の恋人だから逢いに来ただけだよ」


八重歯が皮膚を貫く直前で止まった。影宮家の人達も大神も動きが止まった。


「僕はね、流月の気持ちも状態もわからない。

だから、逢いに来た。

逢って話したかった。

何か方法は無いのか相談に来た。

話して、わかり合うために来たんだ。

わからないからって、わからないままでいいはずがない。

僕の血を吸いたくないから別れるって聞いたけど、そんなの認めない。そんな訳がわからない理由で別れるなんて認めない。他に好きな人ができたとか、僕が嫌いなら別だけど、それ以外の理由は認めないよ」


「そ、そんな……」


「こんな束縛したがる最低な男と付き合うことになった自分を恨みな。残念だったね……フフフ……」


僕は精一杯意地悪な口調で言ってみたつもりだけど、どうだったかな。


「そんなの……ずるい。別れられないじゃない……」


「これでも結構怒ってるからね」


へらへらして怒っているようには、たぶん見えないと思う。だけど、僕は本当に怒っている。


「そんなに苦しんでいるのには、僕にも原因がある。でも、僕を死なせたくないからって、別れたくもないのに別れるなんて言わないでよ」


僕は流月を抱き締めて、汚い手で頭を撫でた。


「僕が怒っているのは何も話さないで僕の気持ちも考えないで、自己解決しようとしたことだよ。今度こんなことしたら許さないからね」


その時はどんなオシオキをしようかな。


「ごめん……ごめんね……」


でも、今日はこれくらいで許してあげよう。

泣いている流月が落ち着くまで、僕は流月を抱き締めて頭を撫でた。

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