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僕の彼女  作者: 優流
19/23

吸血鬼でも良かった

哲学の授業で"問答"という言葉を教わった。先生は例として「鶏と卵、どちらが先に発生したのか」というものを挙げた。僕は卵じゃないかなって思うんだよね。だって、ある日突然ただの鳥が鶏にはならないでしょ。

まあ、突然変異ってことなら話は別なんだろうけど。






















時間は少し遡って、僕がまだ入院していた時。ちょうど大神から"あの後の、さらに後のこと"のことを聞いた時にまで遡る。


「でも、実はまだもう1つ言っていないことがある」


「1つ?」


「ああ、お前を誘拐した大勢の感染者達のことだ」


僕のことを誘拐するだけならまだしも、流月に乱暴しようとしたことを思い出すと、殺してしまいたいほどの感情が沸き上がった。正直、そんな人達がどうなったかなんて知りたくもない。


「お前に輸血している最中に全員が人間に戻った。まあ、ある程度の後遺症はあったけどな」


大神の話を聞いて、驚きや疑問が浮かぶよりも先に、感染者が人間に戻ったという事実を僕は知っていることを思い出した。事実というよりも、事例と言ったほうが正確かも知れない。僕は以前、興味本意で手に取ったファンタジー要素に関わる本の吸血鬼のページに書いてあった内容を思い出したんだ。


「ねえ、この国の吸血鬼の起源ってわかる?」


「あ、ああ、まあなんとなく……。ほら、いつだか話しただろ?過去に一度だけ"運命の人"の血を吸った吸血鬼がいるって。何でも、その吸血鬼が気まぐれに自分の眷族(けんぞく)…………」


大神は何か思い当たったように言葉を打ち切った。


「"眷族"……吸血鬼に噛まれて吸血鬼になった人間のことだよね。それって、今で言う"感染者"のことじゃない?」


「確かに現存する吸血鬼の一族は、その時の末裔だ。眷族っていう呼び方は少し前から感染者って呼ばれるようになった」


「もしかしたら、その吸血鬼を殺せば、その吸血鬼の眷族の末裔にあたる吸血鬼も人間に戻るんじゃない?」


青白い肌の男に感染させられた感染者達は、青白い肌の男が死んだ後で人間に戻った。興味本意で手に取った本にも自分を吸血鬼にした吸血鬼を殺すことで人間に戻るという記述がある。もちろん、それは過去の伝説や小説の設定なんかを集約したもので、事実ではないかも知れない。初めて感染者に襲撃された日までの僕なら吸血鬼も人狼も誰かの頭の中の空想の産物か何かだと思っていた。

でも、今は違う。僕の彼女は吸血鬼だし、目の前には人狼がいる。感染者が人間に戻るという事例も確認された。仮説ではあるけど、流月達を人間にすることができる可能性が見えた。


「だとしても、その吸血鬼がいる保証なんて……」


確かにその通り。何百年前かわからないけど、そんな吸血鬼がいる可能性は低い。でも、僕には言える。


「いや、いる」


「なんでだ?」


「"運命の人"の血を吸った吸血鬼の記録は、その吸血鬼だけ。でも、人狼や吸血鬼の間では、"運命の人"の血を吸うことで、何が起きるか知っている。

それって、つまり、今もその吸血鬼の状態を観察できるからなんじゃない?人体実験じゃないけど、症例みたいなものが目の前にあるから、どうなるか言い伝えとしてじゃなくて、ちゃんとした知識として存在しているんじゃない?」


半分強引なつじつま合わせだったと思う。ひょっとしたら、そうあってほしいという願望だったかも知れない。確信は少なくとも無かった。あるのは僅かな可能性。


「ねえ、大神…………いくつか頼みがあるんだけど……」


変なテンションもすっかり落ち着いて、僕の胸には固い決意が宿った。


「頼みってなんだよ」


「いろいろあるけど、一番重要なのは一つ。…………僕を流月に逢わせて」


「…………今の話、可能性は限り無く低い。この国の吸血鬼の起源になった吸血鬼が誰で、どこにいるのかもわからない。そもそも、もしその吸血鬼が実在していても、わかったとして、影宮流月が人間になる可能性はさらに低いぞ?いなかったらどうする?」


大神はいつになく険しい顔をしている。たぶん、僕の覚悟を見極めているんだろう。


「それでも僕は流月に逢いたい」























現在。


「吸血鬼の起源のことを何か知っていたら教えてください!!」


既に起源の吸血鬼がいることで話を進めていた。さっきも言ったけど、半ば願望だった。ここで可能性を否定されてしまったら、たぶん、僕は立ち直れない。だから、僕の疑問に対して、答えてほしいという気持ちと、答えを聞くのが恐いという気持ちが入り交じって気持ち悪い。

龍月さんはただ黙っているだけだった。


「…………真祖(しんそ)。名は美月(みづき)


聞き慣れない単語と名前が出た。


「真祖は、ある日突然吸血鬼として目覚めた人をのことを言うわ。そして、あなたが言う起源の吸血鬼は美月。文字通り美しい月のような吸血鬼だそうよ」


僕の胸にあった希望の灯火が明るさをました。


「そして…………確かに今も実在するわ」


全身の血が煮えたぎるように興奮した。


「どこですか!?どこに美月はいるんですか!?」


「ちょっと落ち着いて。確かにいるけど、居場所は知らないわ。お父さんとかなら知ってるかも知れないけど……」


「連れていけないって言うんですね?でも、お願いします!!僕を流月のところに案内してください!!」


残暑がもたらす鋭い陽射しが車内に突き刺さった。すぐ近くでは電車や新幹線が行き交い、その音が少しだけ車の中にも聞こえてくる。さっきまで感じていた悪寒は消え、興奮したせいか、汗が額から噴き出た。


「俺からも頼みます」


車の外に突然大神が現れた。しかし、大神の状態は異常だった。着ている服はボロボロで、全身血塗れの状態だ。この血は明らかに返り血ではなく、自分の血だ。

僕は慌てて車の外に出ようとしたけど、それより先に龍月さんが外に出ていた。


「このケガ、どうしたのよ!?」


龍月さんは見ているのも痛々しい大神のケガの具合を心配そうに見つめている。


「い、今救急車を……」


僕はスマートフォンを取り出して、救急車を呼ぼうとした。


「いや、俺のことは気にするな。ちょっと……親父と喧嘩しただけだ。龍月さん、悪いんですけど、治療お願いします」


何があったのかわからないけど、少なくとも僕に関係しているのは間違いない。だから、申し訳ない気持ちで押し潰されそうだ。

そんな僕に構わず、龍月さんは大神を抱えて、車の助手席に大神の寝かせて、自分はその後ろに座った。


「大神……ホントに病院行かなくていいの?」


「平気よ、私がいるから」


龍月さんは後部座席から大神のケガに手を回すと、傷口に手を当てた。大神は一瞬、痛みに顔を歪ませるけど、しばらくすると安らかな顔になった。


「悪いけど、車を出してくれる?見られたくないから……ほら、ここに向かって走りなさい」


龍月さんは僕に自分のスマートフォンを渡して、大神のケガの手当てをした。よく見ると、触れている傷口がゆっくりとだけど、でも、普通よりずっと速く治っているのがわかった。これも吸血鬼の特殊能力か何かなんだろう。確かにこれは人に見られてはいけない。渡されたスマートフォンはカーナビのアプリが起動してあり、どこか遠い場所までの案内が表示されている。


「しばらく、ケンちゃんの治療で手が離せないから、家まで連れていってくれる?」


僕はルームミラーで龍月さんの様子を確認したが、どうやら僕を流月に逢わせないよりも、大神のケガの治療のほうが大事らしい。


「物は言い様ですね」


僕は車のエンジンをかけて、スマートフォンから流れる音声に従って車を走らせた。


「ずっと気になっていたんですけど、大神とはやけに親しいですね」


「え?ええ……まあ……高校の先輩と後輩だったから」


大神はそんな素振りは見せなかったけど、たぶん龍月さんが大神の呼び出しに応じたのも、僕の知らない関係があったからなんだろう。それを詮索するつもりはないけど。


「私からも聞かせて。死ぬかも知れないのに、どうしてそこまでして流月ちゃんに逢いたいの?」


「どうして」と聞かれてすぐには答えが言えなかった。でも、僕の中で一番答えに近いものを口にした。


「運命の人と出逢えたら、龍月さんはどうしますか? 僕は単純に二人で幸せになりたいって思います。だって、そうなるために生まれてきた二人なんだから。

今の状況は幸せには程遠い。だから、逢いたいって思うんだと思います………っていう答えじゃダメですか?」


「流月ちゃんの言う通り……ホントに頭のネジが緩いみたいね」


自分の恋人にそんなことを家族にまで伝えられていたかと思うとショックは大きい。


「でも、だからなのかな……流月ちゃんね『私、吸血鬼でも良かったんだ』って、泣いていたわ」


不意に初めて感染者に襲撃された次の日のデートを思い出した。流月が僕の胸に顔を押し付けて何か言っていた。あの時は聞き取れなかったけど、たぶん、そう言っていたんだと思う。


「吸血鬼でも良かったんだ……か……」

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