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僕の彼女  作者: 優流
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癪に障る女

人が、あるいは自分が死ぬ瞬間の感覚を想像したことがある。呼吸も鼓動も意識も全て遮断されて、痛みも苦しみも恐怖さえ伴わない感覚。まあ、それは老衰とか病気の場合だろうし、俺の場合、何度か死に目に遭っているから、そういう場合は恐怖を伴わないということはないだろう。もちろん、それらは俺の想像であって、実際に死ぬ感覚は死ぬ時にしかわからない。

でも、目の前で眠っているコイツはきっと自分が死んだと思って、目を覚まさないのだろうな。呼吸も鼓動も無ければ確かに死んでいるようにしか見えない。だけど、コイツは生きている。幸いなことにまだ生きていて、死んだように眠っている。




俺は病室の一室にいる。ついさっきまで、コイツの両親がいたが、四六時中コイツのそばにいて疲れきっているようだったから少しの間、俺が見ていることにして休んでもらっている。

















あの後。コイツが影宮に自分の血を吸わせた後のことを思い出そう。














まとわりつく数十人の感染者達の相手をしている最中、アイツが影宮に自分の血を吸わせようとしているのが見えた。なぜそんなことをするのか俺には理解できない。でも、今まさにアイツが影宮に自分の血を吸わせようとしているのは紛れもない事実。


「バカな真似は止めろ!!」


俺を排除しようと襲いかかる感染者達を振り払い、アイツに向かって叫んだ。でも、もう遅かった。

微かに開いた口にアイツの血が吸い込まれていった。その瞬間、それまで虫の息だった影宮が突然物凄い勢いで起き上がり、アイツの手の傷口に自分の口を押し付け、アイツの血を吸血した。その光景は化物が獲物を捕食しているだけのはずなのに、その場にいる全員が戦慄を覚えたように固まり、その光景に見いっていた。

俺も目の前で友達が殺される様を眺めているほどバカじゃないつもりだ。ただの吸血なら止めに入れた。それが俺の役目であり、俺個人としてもそうするつもりでいた。でも、出来なかった。その時、何が起きているのかわからなかったからだ。ただ眼前の出来事を見聞きした通りに思い出すなら、まず影宮のボサボサの黒髪が艶のある紅に染まった。血を一口吸うごとに爆発でも起きているかのような鼓動が大気と空間を揺らした。治癒限界で折れたままの骨も、無くなっていた片腕も、瞬く間に元通りに治癒されていく。


「お、オイ!!それ以上吸ったらソイツが死ぬぞ!!」


目の前の現象に呆気に取られていたが、我に返って、慌てて叫んだ。だが、そんなことで影宮が止まるとは思えない。感染者達を払いのけ、影宮を止めにはいった。


「止めろ!!それ以上吸ったら、お前の恋人が死ぬぞ!?恋人を殺す気か!?」


俺は力一杯影宮をアイツから引き離そうとした。だが、影宮はびくとも動かなかった。俺も結構鍛えているつもりだし、人狼が腕力で遅れをとるなんて思ってもみなかった。


「邪魔ぁ!!」


俺は影宮に振り払われ、そのまま反対側の壁に叩きつけられた。凄まじい力だった。これが"運命の人"の血を吸った吸血鬼の力なのだと文字通り身をもって思い知った。だからこそ、俺には影宮を殺してでもアイツを守る義務があった。既に虫の息だが、まだ生きている。だが、これ以上吸血されるのがマズイのは医学の知識の無い脳筋の俺でもわかる。

影宮は再び血を吸おうとアイツの手の傷口に口を近づけた。


「止めろ!それ以上吸ったら本当に恋人が死ぬぞ!!」


その声が届いたのか、影宮は近づけた口をなんとか離そうと体が激しく震え始めた。影宮の自制心が"運命の人"の血を欲する乾きを必死に押さえているんだろう。だが、その自制心がいつまで保てるかわからない。俺は痛む体に鞭打って、影宮に駆け寄ろうとした。

だが、邪魔が入った。今回の一件の首謀者、名前もわからない青白い肌の男が俺の目の前に現れた。


「面白いとこなんだから邪魔すんなよ。ヘヘヘッ」


青白い肌の男に蹴り飛ばされて、俺は再び壁に叩きつけられた。


「ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘッ!!そうだ!!殺せ!!ソイツの血を一滴残らず吸血してしまえ!!ヘヘヘッ!!その時、お前はどんな顔で絶望するのかな!?ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘッ!!」


青白い肌の男が影宮に吸血を促すように、狂ったように笑っている。だが、それまで禁断症状が出ているように震えていた影宮の体が、固まってしまったように震えが止まった。


「うるさいっ!!」


鋭い眼光を光らせ、青白い肌の男を睨み付けると見えない力の波動が影宮から放たれ、青白い肌の男に襲いかかった。青白い肌の男は突然の攻撃を耐えることは出来たが、自分の理解の範囲を越える攻撃に戸惑いを隠せないでいた。


「お、お前ら!!この女を殺せ!!」


俺も感染者が感染源の吸血鬼の命令に絶対服従だと言うのは知っている。だが、感染源であるはずの青白い肌の男の命令に対して感染者は誰一人動かなかった。いや、動けないというのが正しいかも知れない。

影宮の様子は尋常ではない。血のような艶のある紅い髪は逆立ち、空間を震わせるほどの"力"の奔流が影宮の周りで渦巻いている。感染者ごときに手に負えないのは見てわかる。おそらく、感染者達自身その事を青白い肌の男より理解しているが故に動けないのだろう。


「チッ!役立たず!!」


青白い肌の男は感染者達を見捨てて、自分一人逃げようとした。しかし、一瞬で影宮が青白い肌の男の逃げ道に立ち塞がった。あまりの速さに俺も影宮の動きを捉えることが出来なかった。

青白い肌の男が逃げようと踵を返すが、その先に再び影宮が現れた。


「クソッ!!」


再び踵を返す。

その先に影宮が現れる。

更に返す。

再び現れる。

その繰り返しだった。しかも、青白い肌の男が踵を返す度に影宮は高速移動を利用して、自分の分身、いや、残像を残して青白い肌の男の逃げ道を全て遮った。


「「「「逃がさない」」」」


影宮の声が幾重にも重なって聞こえる。


「な、何なんだよ、お前は!?どうしてそんなことが出来るんだ!?"運命の人"の血を吸ったという点なら同じはずだ!!」


青白い肌の男に恐怖の色が見え始めた。血の気が引いて、青白い肌が更に青くなっている。

だが、青白い肌の男の言う通り、"運命の人"の血を吸っているという点においては二人は同じで、影宮と青白い肌の男の差は吸った血の量だけだろう。吸った量の少ない影宮のほうが青白い肌の男を圧倒しているのは不思議だ。

影宮の残像が少しずつ消え、元の一人になって青白い肌の男と対峙した。


「あなたが吸った血が"運命の人"の血じゃなかったのかもね」


影宮は優雅な足取りで青白い肌の男の脇を通りすぎた。特に何をするわけでもなく、ただ青白い肌の男の横を通りすぎただけだったが、影宮は両手に青白い肌の男の片腕を持っていた。

何が起きたのか理解出来ないまま、青白い肌の男は片腕をもがれた痛みで悲鳴を上げた。青白い肌の男の肩から噴き出る大量の血が床を赤く染めた。


「ク、クソッ!!ナメるな!!この程度……!!」


青白い肌の男の傷口は瞬く間に塞がり、影宮にもがれた片腕も物凄い速さで元の形を取り戻そうとしている。


「この程度なら簡単に治るんだよ、このクソ女!!もう一度ズダズタにして…………!!」


青白い肌の男が全て言い切る前に影宮が動いた。

影宮は青白い肌の男の懐に潜り込み、両手で突き飛ばした。突き飛ばされた青白い肌の男は感染者達をボーリングのピンみたいに弾き飛ばして、壁に激突した。

わずかに攻撃の余韻を残して静寂に包まれた。青白い肌の男は既に治癒限界で、治りかけていた腕の再生は止まり、壁に叩きつけられた時に負った骨折などのケガも治る見込みはないようだ。


「な…………何で?何でだよ……」


青白い肌の男はそのまま二度と目覚めることなく深い眠りについた。

























現在。

あの時の影宮は圧倒的と言う言葉以外に言葉が見つからない。それから遅れて現れた親父と兄貴と俺の部下が現れて、用意してきた輸血用の血をコイツに輸血した。その間に影宮は姿を消していた。辛うじて生きているコイツは一命をとりとめたものの、この三日間寝たきりで、目を覚ます兆しはない。


「まったく……いつまで寝てるんだよ。親父さんもお袋さんも心配しているんだぞ?」


俺も心配している。やっぱりコイツは俺にとって、いや、俺を構成する一部だ。今まで出会ってきた全員、影宮も含む全員が俺の一部だ。その一部が欠けることで俺が俺じゃなくなることはないが、大事なものが欠けるのは嫌だ。


「お前みたいなやつは初めて見たよ。俺の正体を知って、去ったやつは大勢いた。お前だけだよ、こんな化け物と友達でいられるのは……」


我ながら自虐的なことを言ってしまった。


「ずいぶん……ふぁ~……感傷的だね」


「は?」


寝起きで重い瞼を片方だけ何とか開けて、窓から差し込む日光を避ける吸血鬼のように布団に潜り込んだ。


「お、オイ!!いつから起きてた!?」


「さっきだよ、さっき。それよりもう少し……」


「オイ!!寝るな!!」


俺は力任せにコイツが被っている布団を剥いだ。


「ぎゃぁぁぁぁ。焼けるぅぅぅぅぅ」


「なんだよ、その吸血鬼かぶれな台詞。しかも、棒読み」


台詞だけ聞けばコイツが感染者になってしまったようにも思えるが、コイツが感染者でないのは確認済みだ。

俺はコイツが目を覚ましたことが正直に嬉しかった。だが、コイツはそうでも無さそうだ。


「ねえ、流月は……?」


コイツにとって目覚めたそばにいるのは影宮であってほしかったんだろうか。


「流月ちゃんはもうあなたに逢わないって」


音もなく、病室に一人の女が現れた。美容室でセットしたばかりの髪を窓から吹き込む風に靡かせ、少し露出度の高い服を着ている女。スタイルが良くて美人なのが癪に障る。


「はじめまして。流月ちゃんの姉の龍月(たつき)です」


癪に障る女だ。

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