拒絶された男
周囲を総勢約60人の感染者と人狼に囲まれ、流月さんは青白い肌の男に捕まっている。吸血鬼の流月さんを取り押さえるほどの力を人間が持っているとは思えない。おそらく、この青白い肌の男は周囲を取り囲む感染者達の感染源となった吸血鬼だろう。
人狼を裏切った鳴神さんは常に銃口を僕に向けたまま、僕を監視している。次に下手に動いたら脚くらい撃ち抜かれるかも知れない。
「いやあ、助かりましたよ、鳴神さん!あなたのお陰で、この二人の捕獲に成功しました。ヘヘヘッ」
青白い肌の男は親しげに鳴神さんと話している。それだけ付き合いが長いのか、それともこういう人間性なのか。
「そ、その人を放してください」
青白い肌の男は冷ややかな視線で僕を眺めた。すると、僕を嘲笑うように舌を出した。
「おい、からかうのは止めて、そろそろ始めろ。その内、健人やその親と兄貴もやってくる。アンタがいくら強かろうが、厄介だぞ」
「わかってますよ、鳴神さん。今こうして"簡単に"この状況を作れているのはあなたのお陰だ」
気のせいかも知れないけど、背筋に嫌な緊張感が走る。
「あなたのお陰で、邪魔な監視役を一網打尽に出来た。これだけの感染者がいると血が足りなくてね。でも、その心配はなくなった。"あなたのお陰ですよ"」
視線を鳴神さん達から、周囲に向けた。スーツを着た人狼側の人間は僕や青白い肌の男に視線を向けているけど、感染者達は近くの人間、人狼側の人間を見ている。嫌な予感がする。
「私はお前に情報を与える。その代わり、お前は私の夢の手伝いをする。…………これからは人狼と吸血鬼の時代だ!!劣等な人間を家畜にして、吸血鬼が血の吸い、私達が世界を統治する!!これはそのための一歩だ!!」
「そう。大事な大事な一歩。だから、踏み外せば、脆く崩れる。ヘヘヘッ……ヘヘヘヘヘヘ!!」
青白い肌の男が不気味に笑った瞬間、感染者達が近くのスーツの男達に襲い掛かった。銃声と叫び声が空間を支配して、僕の見る世界は一瞬にして地獄絵図さながらの惨劇が広がった。一人の人間に対して二人から三人以上の感染者が群がり、スーツの男達の血を文字通り一滴残らず吸血していた。
青白い肌の男はまるで、オーケストラに耳を傾けるかのように銃声と叫び声に酔いしれている。一方で、何が起きているかわからない様子の鳴神さんが銃口を青白い肌の男に向けた。
「貴様!?一体何のつもりだ!?今すぐ止めさせろ!!」
しかし、銃口を向けられる程度の脅しでは青白い肌の男は全く動じない。僕にやったみたいに、嘲笑うように舌を出して見せた。
「アンタらは確かに有益な情報をもたらした。誰が誰の"運命の人"の可能性があるか……でも、実はアンタらの情報はほとんど宛になんかしてない。可能性なんていう曖昧なものに振り回される程、俺はバカじゃない」
「なんだと?」
「見えるんだよ。"運命の赤い糸"が。誰が誰の"運命の人"なのか、俺には一目でわかる」
青白い肌の男の瞳が紅く光っている。
「俺がアンタを必要としていたのは、アンタが連れてくるだろう同志、つまり、人間の血だけだ」
「さ、最初から……そのつもりで?」
全てを悟ったかのように、鳴神さんは弾倉に込められた残弾を青白い肌の男に向けて発砲した。銃弾は確かに男の頭を撃ち抜いた。でも、男は平然と立ち続け、撃ち抜かれた傷も物凄い速さで治り、鳴神さんを嘲笑った。
「最初からアンタは俺の部下の餌だったのさ」
数人の感染者達が鳴神さんに群がった。鳴神さんの姿は感染者達に隠れてしまったけど、青白い肌の男に向かって伸ばした手だけが見えていた。叫び声が一つ、また一つ消えていくごとに鳴神さんの手も枯れた植物のように痩せ細り、やがて力を失った。
廃墟に静寂が戻った。
青白い肌の男は聞いてもいないこれまでの経緯を話始めた。
「俺には他人の運命の人がわかる。ここにいる感染者達は皆それぞれ運命の人と結ばれ、家庭を持ったり、これからそうなろうとしている奴ばかりだ。いや、"これからそうなるはずだった"か。
俺はこういう奴らを選んで、男のほうを感染者にして自分の手で自分の運命の人を殺させた。そりゃ、見物だったぜ~!?ヘヘヘッヘヘヘッ!!
だけど、少し派手にやり過ぎちまった。人狼が俺の周りをかぎまわり出して、しぶしぶ"趣味"を自粛していた。だが、ここまで増やすのはなかなか大変だったからな。処分するのも忍びない。だから、大量の血が欲しかった。
そこにお前らの情報を持った鳴神が現れた。アイツは『新世界の神になる』とか言っていたが、これは好都合だった。アイツから俺を監視している人狼の情報を聞き出し、感染者の餌にする。さらに以前から知っているお前らの捕獲に協力させ、鳴神や一緒にいた奴らを感染者の餌に出来た。邪魔者の排除と目的の達成を果たした訳だ!!ヘヘヘッ……ヘヘヘヘヘヘヘヘヘッヘヘヘッッ!!」
青白い肌の男は満足げに笑った。
「な、何でこんなことをするんですか!?僕らがあなたに何かしましたか!?」
彼は突然笑いやみ、感染者に合図を送ると数人の感染者が僕の背後に現れ、僕を取り押さえた。抵抗してみるものの、その何倍もの力で押さえられているからびくともしない。流月さんも同様に数人の感染者に押さえられている。抵抗はしているようだけど、数の上で流月さんにも抵抗できないようだ。
「お前らが俺に何をしたか?…………そんなの決まってるだろ?」
彼は僕の髪を鷲掴みにして、持ち上げると耳元で囁いた。
「何も」
一瞬意味がわからなかった。たぶん、これだけ聞いても何かわかる人なんていない。
「ヘヘヘッ。いや、お前らに限らずここにいる全員、俺に何かしていたわけじゃないんだよね~」
彼は僕の髪を放して、愉快そうに笑っている。ただ、笑い終えると深い悲しみと憎しみが篭った眼差しで僕を睨んだ。
「俺にも"運命の人"がいた。お嬢ちゃんならわかるだろ?"運命の人"がいる辛さを。
彼女といることがただただ嬉しくて、幸せで……あの幸せを壊したくない一心で、俺は自分の正体を隠し続けた。
だけど、彼女は俺が何か隠し事をしていることに気付き、執拗に問い詰めてきた。だから、俺は勇気を出して正体を明かした。
そしたら、どうなったと思う?」
「わかりません」
「簡単さ。掌を返されたのさ。
あれだけ愛し合って!!
あれだけ将来のことを語り!!
ずっと!!
いつか俺より彼女が先に老いて、死んだとしても!!
俺はこの命、この体が散るその時まで愛し続けるって決めていたのに!!
死が二人を別つまでずっと一緒だと信じていたのに!!
あの女は俺が吸血鬼だと知って、自分の血が狙われているかも知れないと知って!!
……俺を拒絶した」
青白い肌の男はかつて隣にいた"運命の人"との思い出を思い出すように項垂れて、声をあげて泣き出した。
「その後、俺は彼女の血を吸った。一滴残らず全て!!そのお陰で、俺は"渇き"から解放された。そして、運命の赤い糸を見る"目"を手に入れた」
「つまり、あなたのやってることは単なる嫉妬の八つ当たり?」
「否定はしないさ。いや、肯定しよう。俺はただ"そっち側"にいたかっただけさ」
青白い肌の男がやったことを知って、どんな意図があるか知ったところで、彼のやったことは過ち以外の何でもない。憐れにも思えたけど、やっぱり間違ってる。
「さて、お喋りはここまでだ。そろそろ俺の八つ当たりに付き合えよ」
彼の笑みに残酷さが帯びた。