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僕の彼女  作者: 優流
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僕の高校時代を数分で

人を好きになる。

誰かに恋をする。

例えば学校の同じクラスの斜め前の席にいる異性に視線を向ける。

例えば気がつくと特定の異性のことを考えている。

例えばその異性が自分以外の同性と仲良くしているのにイライラする。

例えばその異性と仲良くなりたいって思う。


たぶん、それは間違いなく恋しちゃってると思う。

だから、僕も恋していたんだろうね。



























"彼女"と知り合う……と言うより、"彼女という人を知った"のは、高校に入学してすぐだった。何しろ同じクラスだからね。

入学してからしばらくはほとんどの生徒がしっかり黒の制服を着ているけど、しばらくすると誰が始めた訳でもなく、制服を着崩し始めて、窮屈な制服が少しだけ緩くなった。それは男女問わないけど、程度の差はある。最早制服を着ずにジャージ姿の不良生徒もいれば、制服の第一ボタンを一つ外しただけの男子生徒やスカートの丈を短くした女子生徒もいる。

もちろん、高校生らしくちゃんと着崩すことなく制服を着る人も大勢いる。だから、特別"彼女"が珍しい生徒ではないのだが、僕は何故か"彼女"のことが気になった。

黒のセーラー服を着て、スカートの丈はちゃんと膝より下。一度も染めた痕跡の無い黒髪はボサボサで、目が見えないほど前髪が伸びている。ハッキリ言って"彼女"は地味だ。地味過ぎて逆に目立った。少なくとも僕にとっては。

"彼女"には仲が良い同性も異性もいないようで、いつも一人で本を読んでいる。クラスから無視される類いのいじめを受けている訳でもなく、誰かと接点を持つことが極端に少ない。そんな"彼女"に声をかける機会なんてなかった。たぶん、僕は頭では話す必要がないと判断していたのかも知れないけど、心のほうが話したいと思っていたんだろうね。なんか胸の辺りがチクチクしちゃうんだ。

そんな僕が"彼女"と接点を持ったのは夏休みの直前だった。






その日はやたら暑く、夏服の男子は少しでも涼しくなろうと、制服のズボンの裾を巻き上げたり、教科書とかを団扇にしていた。オシャレな生徒はコンビニに売ってある扇子なんか使っている。対して、女子生徒は制服を巻き上げたりすることが出来ない代わりに、汗拭きシートやタオルで汗を拭いている。

教室を見渡せば半数以上が死んでいる。その中で"彼女"は生き残っていた。先生が走らせるチョークの跡をノートに書き写して、先生の説明を聞き入っている。

夏服になってわかったことがある。それは"彼女"の肌がやたら白いこと。日焼けの跡もない。"彼女"は体が弱いらしく、体育の授業はほぼ見学している。幸い、それについて何か文句を言う人はいない。逆に言えば、それだけクラスが"彼女"に対して興味を示していないことになる。たぶん、僕くらいなものだろう。

だから、突然ノートを走らせていたシャーペンが止まり、グッタリしたのを見たときは驚いた。


「ええ、この時は……あれ?どうしたの?」


先生の説明が途切れた原因は僕が立ち上がっていたから。視線は一斉に僕に向けられたけど、気にしなかった。それより気になったのは"彼女"の様子だった。グッタリして、呼吸が浅くて荒い。汗はかいていないけど、体が冷たい。


「影宮さんがどうかしたのか?」


先生が僕に問い掛ける。

グッタリした"彼女"。影宮流月。かげみやるつき。それが"彼女"の名前。


「影宮さん?影宮さん!?」


僕は体を揺らして流月さんを呼んだ。でも、唸っているばかりで、反応が帰ってこない。


「ちょっ!!保健室に連れていって!!」


「は、はい!!」


僕は夢中で流月さんの体を抱き抱えて、教室を出た。先生もついてきて、教室で死んでいた生徒もこの騒ぎで甦った。でも、その頃にはもう僕らは保健室に向かって、教室にはいなかった。

保健室では熱中症ということで応急措置と救急車を呼んだ。


「君は悪いけど、影宮さんの貴重品とかまとめて持ってきてくれる?あと授業は自習で」


「はい……」


僕は足早に教室に戻った。

教室にはスマートフォンを弄ったり、再び死んでいる生徒がいて、僕が教室に入るや、視線を一斉に向けられた。


「先生が自習だってさ」


「あいつは?」


あいつ。流月さんの名前を知っている生徒はどれくらいいたんだろうって思った。


「影宮さんなら熱中症みたい。今救急車呼んだとこだよ」


セミと自動車が走る音に紛れて、救急車のサイレンが聞こえてきた。僕は流月さんの机と机の脇にかけてある鞄を漁って貴重品があるかどうか確認した。スマートフォンも財布もその他貴重品と思われるものは全部揃ってある。

次第に救急車が近づいてきたから、急いで保健室に向かった。




一連の騒動で立ち会ったのはここまで。保健室には担任が待っていて、僕が持ってきた貴重品を受け取り、一緒に救急車に乗り込んだ。

走り去る救急車は見ていないが、教室に戻る途中、救急車がサイレンを鳴らして走り始めた。

翌日、流月さんは学校を休んだけど、ホームルームの時間に担任からは命に別状はないことと、熱中症の注意を指導された。これで熱中症を理由に授業をサボる生徒が出なければいいんだけど。


「それから、影宮さんのご両親が娘を助けてくれてありがとうって言ってたぞ」


担任が僕のことを見ながら言った。


「こいつ、急に立ち上がって、影宮さんのことお姫様抱っこしてたよな~」


クラスが笑う中、僕は一人恥ずかしそうに俯いた。無我夢中だったから、どんな風に何をしたかなんて覚えていなかった。

流月さんが学校に来たのは、その翌日だった。いつも通りのホームルーム。いつも通りの午前中。流月さんはいつもと変わらない様子で過ごしているように見えたけど、心なしかそわそわしているようだった。


そして、昼休み。


クラスの仲が良いメンバーといつも通り弁当を食べている。視線を流月さんに向ければ、彼女もいつも通り小さい弁当を食べている。

昼食が終わり、昼休みになって、クラスメートが散り散りになった頃、いつもならトイレに行く以外立つことがない流月さんが立ち上がり、ゆっくり恐る恐る僕のほうに近づいてきた。その様子を教室に残る誰もが見ていた。


「あ、あの……」


声の第一印象。声が小さい。


「お、一昨日は、あ、ああ、ありがとう、ございました」


そして、生まれたての子猫みたいな声をしている。


「ああ、いや、それよりもう体調は大丈夫なんですか?」


「は、はい。大丈夫です」


「よかった。先生が具合が悪いときは無理せずに言うんだよって言ってましたよ」


「はい。き、気を付けます。本当に、ああ、ありがとうございました」


そう言って、流月さんは深々と頭を下げて、自分の席に戻っていった。

これが僕たちの始めての会話。おかしなことにこれが高校最後の会話でもあった。

夏休みが来て、夏休みが終わって、真っ黒に日焼けしたクラスメートの中でやっぱり流月さんだけが白い肌をしていた。

夏の暑さが和らぎ、秋が来た。日焼けの跡もそこそこに残し、文化祭の準備に励む。

文化祭が終われば冬は間近。日に日に制服の中が厚くなり、雪が降る頃には恋人がいる人といない人のテンションがおかしくなっていた。

そして、また春。クラス替えがあり、知らないクラスメートと知り合う機会が増えた。もちろん、一年の時と同じクラスの人もいる。その中に流月さんもいた。でも、あの日以来、クラスで顔を合わせても、廊下で擦れ違っても、勇気を出して朝に挨拶してみても、流月さんは軽く会釈するだけで、会話まで発展しなかった。


「僕、何か嫌なことしたかな~?」


当時の僕はその事で頭がいっぱいだった。そして、その年も去年と同じように過ぎ去った。イベント的なことを言えば、修学旅行や後輩が出来たことで年下の恋人が出来た人もいるらしい。まあ僕には無縁だったけど。

もうひとつ。翌年に控えた進路の相談。進路によって翌年のクラス替えに影響が出てくる。進学する人は進学クラス。就職する人は就職クラスという具合だ。僕は特にやりたいこともなかったから、親に勧められるまま進学を選んだ。

高校最後の春。クラスにはまた流月さんがいた。その頃にはもう挨拶することもなかったけど、正直寂しくもあった。もう話すこともないって思った。案の定、彼女と話す機会はなく、あっという間に月日は過ぎ去った。運良く大学受験に合格して、翌年からは大学生。なんだか実感が湧かない。そんなことより、流月さんにもう会えないほうが重大でもあった。

卒業式当日は後輩の女子生徒が好きな先輩の第二ボタンを求めて奮闘していた。同級生同士は「また会おうね」とか「連絡するよ」とか「免許取ったらドライブに行こうぜ」とか、高校での絆は一生ものだと思いながら見ていた。

高校の絆は一生もの。つまり、ここで絆を持てなかった人とは今後も関係を築けないんだろう。そう思うと胸が苦しくて、僕は流月さんを探していたけど、もう流月さんは家に帰った後だったそうだ。

その時僕はようやく気がついた。


「そっか……流月さんのことが好きだったんだ……」

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