第8話 凶星化(ネメシス)
統夜は思いっ切り斬りかかった。統夜の速度はウォーウルフ・ロードの反応速度を上回った。
ブロンズソードがウォーウルフ・ロードの身体を裂く。だが、効果は薄かった。浅く斬っただけだ。
反撃として繰り出される爪。身を翻してギリギリ回避。
「【ファイア】!」
【ファイア】がウォーウルフ・ロードに直撃する。
「ギャウッ!!」
効いた。転生者の恩恵で、並の人間よりも遥かに強い統夜だからこそ、ウォーウルフ・ロードにダメージを与えられた。彼の実力はまだ未知数だ。だが、同レベル帯よりも遥かに強いのは確かだ。
首から右前足にかけて火傷が残る。
ウォーウルフ達に大打撃を与えた【ファイア】でも、その程度でしかない。
魔力残存量は……50。少し回復したが、【ファイア】を使ったことによって減少した。
「ちくしょう……」
ウォーウルフ・ロードに対する普通の戦法は、多対一による持久戦だ。
タイマン張ろうなんて考える人間は、Aランク以上だ。
「行くぞ……テメェッ!!」
統夜は再び斬りかかった。
その頃、ロートンのギルドでは。
「何だと!?」
ギルドマスターの部屋にて、その部屋の主であるギルドマスターは、ギルド調査官の報告を聞いて、驚きの声を上げた。
「それは真か!?」
ギルドマスターは、元Aランク冒険者のお爺さんだった。白髪で白い髭、至って普通な老人にも見える。だが、昔は冒険者として活躍した人物である。
「はい!! ロートン南部の森に、ウォーウルフ・ロードを含むウォーウルフの群れが確認されました」
「急いで討伐隊を向かわせるのだ!!」
ウォーウルフが街の近くの森にいるのは危険すぎる。ウォーウルフはDランク冒険者やCランク冒険者でも単独戦闘は厳しい。それほどの相手なのだ。
「只今準備中です。しかし、事態はさらにマズいです」
「なんだと?」
「ウォーウルフの群れは、ウォードッグの巣を占領しました。ですが、その巣の破壊依頼を受けた冒険者がいます」
「なに!?」
「トウヤ・カゲナシというF1ランク冒険者です」
トウヤ・カゲナシ。
看板受付嬢のサラが言っていた黒髪黒目の少年冒険者のことだろう。驚くべきハイペースで依頼を遂行する、将来有望な新人冒険者だとか。
「なんてことだ……早く救出するのだ!」
「御意!」
そう言うと、大急ぎでギルド調査官は部屋を出て行った。
入れ替わりに入ってくるのはサラだ。
「マスター!」
サラは必死の形相だ。
「どうにかして、彼を助けてください。トウヤさんはまだ15歳なんです!」
「分かっておる。今、救援部隊を編成しておる。ギルド兵も何人か行く。後10分で準備は完了だ。落ち着け!!」
「……は、はい。すみません……」
落ち着いたサラに、ギルドマスターは優しく笑う。
「なぁに。心配せんで良い。君が気に入った奴だ。案外、ウォーウルフ達を殲滅しておるかもよ?」
「そんなこと……」
サラはここで、統夜がウォードッグ30体を倒したことを思い出した。
「あるかもしれないですね……」
その言葉に、ギルドマスターは笑った。
その10分後、ギルド兵5人、Dランク冒険者10人による討伐・救援隊が派遣された。
統夜とウォーウルフ・ロードは睨み合った。双方傷だらけである。
統夜の魔力は0。ブロンズソードも刃こぼれが激しい。現在においては、ほぼ打撃武器である。
とはいえ、統夜のパワーで振り下ろすとかなりの威力になるが。
ウォーウルフ・ロードの爪は欠け、尻尾も切り落とされている。さらに右目を喪失。
双方、満身創痍である。
「ガルゥッ!!」
ウォーウルフ・ロードが凄まじい勢いで統夜に飛びかかる。統夜にそれを受け止める力はない。身を捻って回避する。
できた隙を有効利用するため、統夜は斬りかかった。
ガンッ!!
もはや切れ味はない。だが、ゴキリという骨が折れる音が聞こえた。
「ギャウッ!!」
悲鳴を上げるウォーウルフ・ロードが、苦し紛れに前足を振るう。
それが統夜を打ち据えた。
「ぐあっ!?」
10m近く吹き飛ぶ統夜。意識が飛びそうになる。だが、それでは死んでしまう。
統夜はどうにか意識を繋ぎ止めた。だが、受け身はとれずに衝撃が襲う。
「うぐっ……!」
肋骨がいくつかやられている。痛みが統夜を襲う。
「ぐっ……く……」
どうにか立ち上がる統夜。
「まったく……話が……違うぜ……」
Eランク試験で何故にCランクの化け物と戦わされるのか。
「ちくしょ……う……後で……報酬の上乗せを……要求してやる……」
当然の権利だ。
「まだ……死ぬわけにはいかねぇ!」
統夜は再び斬りかかった。
救援部隊は、急いで現場に向かっていた。その中に、統夜と同年代の美少女がいた。
「早くしないと……」
彼女の名前はリリネア・オルトリン。Dランク冒険者である。
彼女は、事情を聞いたとき、一番に救援部隊に名乗りを上げた冒険者だ。同年代の少年が窮地と聞いて、黙ってはいられなかった。
「大丈夫なのかよ……。F1ランクが1人でウォーウルフの群れだぜ?」
「ああ。9割方、既に餌になってるな」
「気の毒なこった。聞けば、将来有望な若造だったって話じゃねぇか」
「ああ。一週間でFランクを卒業する猛者だと」
「うっへぇ。どんなハイペースでやっても1ヶ月はかかるはずだがな」
「曰く、1日に3つ4つの依頼をこなしてたらしい」
「マジかよ……」
「ああ。だが、そんな優秀でも、低レベルなんだろうよ。人間性が優れてても、レベルが低けりゃ話にならん。人生これからって時に……可哀想にな……」
「だな……」
リリネアは冒険者の男達が話すその言葉に、胸が締め付けられるような思いをした。
自分だって興味があったのだ。同年代の冒険者は今のところはいないし、そもそも友達もいなかった。
彼女は姓を名乗ることができる身分……つまり、貴族だったのだ。
貴族でも、冒険者をやっている人間はそこそこいる。貴族は剣術を学ぶ。それの実践の場として、冒険者をやっているのだ。
とりあえず、そんな彼女だが、貴族という身分もさることながら、戦闘志向であることが、友人を作れなくしていた。貴族であるのに、優雅な暮らしはせず、戦いに身を置くリリネアを、不気味に思っているのだろう。
いない、といっても、少しはいる。数人のみで、全員女の子だが。
同じ学園の生徒だ。ロートン学園中等部三年。来年で高等部に入る。ただ、高等部は王都にしか存在しない。
来年からは王都に住み込みで、学園生活を送る。
閑話休題。
リリネアは、まだ見ぬ少年がどういった人物なのか、興味を持った。
だから死んでほしくない。実際のところ、同年代の子供が絶望的状況に立たされているのが見ていられないというのもある。
そういった意味で、リリネアは焦りに焦っていた。どうにかして少年を救いたいと。
彼女は、現在の貴族には珍しい、高潔な精神の持ち主だった。
「そろそろじゃないのか?」
誰かが言った。その時だ。
突然、爆発音が聞こえた。地面を揺るがす衝撃。
「な、なんだ!?」
「森の中だ! 近いぞ!」
「走れ! 行くぞ!」
冒険者やギルド兵が森に走り込んでいく。
「死んじゃダメだからね……」
まだ見ぬ少年に、リリネアはそう呟き、先に突入した者達に続いた。
その1分前……
「ぐっ……く……」
「グ、グル……」
双方ダメージは致命的だと言える。
統夜とウォーウルフ・ロードの戦いは最終局面に移行していた。
「行くぜ……!」
ズタズタの身体を叱咤して突っ込む。
相変わらず、ウォーウルフ・ロードの反応速度を上回る速度だ。かなり無理はしている。だが、負ければ死あるのみ。
やるしかない。
ガキンという鈍い音が鳴る。もはや打撃武器であるブロンズソード。それでも戦う統夜。
体中の骨が折られているウォーウルフ・ロード。生きるため、仲間の仇をとるためにウォーウルフ・ロードは戦う。
統夜が何度目か分からない斬撃とは名ばかりの打撃を加える。
バキリ。
統夜は目を見開いた。いや、むしろ、今まで保っていたことが奇跡だったのだろう。
統夜の視線の先で……
ブロンズソードはへし折れた。
「……しまッ!!」
しまった、と言い切る前に、前足の一撃を食らう。
統夜は地面をバウンドし、木にぶつかってようやく止まった。
大量のウォーウルフの死骸の中で行われた死闘は、統夜の敗北で決着が着こうとしていた。
「ぐ……くそ……」
神に、期待されて連れてこられたのに、このザマだ。
この世界を甘く見ていたわけじゃない。だが、己を過信していたようだった。
神に頼み事をされ、特別な力を得ても、所詮は人なのだ。
「は、ははは……こんな、簡単な、ことにも……気づかない、なんて……」
統夜は力を欲した。あの時のように。自分は大した人間じゃない。理解している。それでも、あの時のように力を求めてしまう。抗う力を。
テロリストを射殺したときのように。
「負けて……」
統夜は力を込める。全身に、末端に、中心に。そして叫ぶ。
「たまるかぁぁぁぁぁッ!!」
統夜はズタズタの身体を無理やり起こし、ウォーウルフ・ロードと相対した。
その時、何かが聞こえた。
……【凶星化】発動。
魔力が回復していく。相変わらず、身体は傷だらけだが、力が満ちてくる。もはや溢れ出しそうなレベルだ。
と、同時に恐怖する。現在の自分では、この力を使いこなすことはできない。
あまりにも強大だ。だが、勝つためには仕方ない。
「行くぞ……狼野郎……!」
最後の攻撃だ。
それを理解したのだろうか。
ウォーウルフ・ロードが身構える。
「【凶星雷光】!」
魔力が一気に0になり、巨大な魔法陣が統夜の前に形成される。その一瞬後に、赤と黒に彩られた禍々しい1つの雷撃が、ウォーウルフ・ロードを貫いた。
ウォーウルフ・ロードに大穴を空け、さらに後方の木々をなぎ倒す。
規格外の威力。爆発音。
大穴を空けられたウォーウルフ・ロードはパタリと倒れた。統夜も膝をつく。
周囲には死体が散乱している。
「ハァハァ……倒した、のか?」
いや、もう確信している。あんな大穴を空けられて生きていられる生物は存在しない。
「勝った、か……」
【凶星化】はもう停止している。【凶星雷光】をぶっ放した時点で停止した。
しばらくすると、人間の気配が近づいてきた。
統夜は膝をついた姿勢のまま、動けずにいた。
リリネアを含めた救援部隊は、目の前の惨状を見て、息を呑んだ。
「な、なんだよ、これ……」
ウォードッグの死骸、ウォーウルフの死骸、ウォーウルフ・ロードの惨たらしい死骸……
そして、膝をつき、肩で息をする黒髪レザー装備の少年。手には折れた剣。
(まさか……これを彼1人で……?)
リリネアは戦慄した。リリネアだけではない。この場にいる全ての人間が驚愕するしかなかった。
黒髪の少年がリリネアの方を向いた。
リリネアはドキリとした。
少年の目は、闇夜のような漆黒。思わず呑み込まれそうな感覚に捕らわれる。
そして、少年は力尽きたかのように倒れた。