第4話 採取のはずが……
翌朝、統夜は依頼ボードを確認した。ギルドに設置されている、昔ながらの大きな古時計みたいな時計で時間を確認すると、午前7時だ。
冒険者は誰一人として起きていない時間帯だ。
統夜はFランク依頼ボードで、採取依頼か討伐依頼を探した。だが、討伐依頼はなかった。
「と、すれば……」
やはり採取依頼だろう。採取依頼は豊富に出されていた。
一通り見た末に、統夜は依頼を決めた。
採取依頼
依頼者 医者
依頼物 ユピナ草20本
報酬金 800ロンド
ユピナ草は薬品の材料になる薬草だ。
汎用性が高く、需要もある。それ故に価格が高くなったり品薄になったりすることも多い。
ユピナ草を使った薬品の現在の相場は、1つ400ロンド。それなりに高い。
貧民の月収が8000ロンド程度のことを考えると、やや高すぎる。
ふと、昨日の女の子のことを思い出す。
「病気に効く治癒薬の材料は……」
ユピナ草、ウォードッグの肝、月光キノコに加え、回復系魔法である。
治癒薬には回復系魔法のエネルギーを貯蔵する働きがあり、そのエネルギーを病気の回復方面にのみ放出する性質がある。
回復魔法は、【ファーストエイド】がある。初歩の初歩だが、マナ制御力の高い統夜なら、効率良くエネルギーを加えることが可能だ。治癒薬に魔法を加える場合、魔法の強さよりも術者のマナ制御力によって、品質が上下する。
統夜なら、一級品の治癒薬を製作することだって可能かもしれない。
「よし……」
統夜のやることは決まった。
ウォードッグを探し出して肝をとること。
ユピナ草を余分に採取すること。
月光キノコを採取すること。
帰ってから治癒薬を作ること。
統夜はそれらを胸に刻み、依頼を受注した。
ここはロートンから南に行った森。
統夜は現在、依頼+αを実行中だった。
まずはユピナ草だ。ユピナ草は、綺麗な川岸の森林にしか生えないという特殊な性質を持っている。ロートン付近を流れるロートン川は、綺麗で穏やかなことで有名だ。
なので、ロートンではユピナ草がよく採れる。なので、ロートンのギルドではFランク依頼として、ユピナ草の採取がある。
ただ、魔物も多いため、一般人では危険だ。なので、冒険者に依頼するのだ。
「さてと……ユピナ草はどこかな~?」
ユピナ草を見つけるのは難しくはないらしい。簡単に採れるのに価格が高騰する。やはり、自生条件が極めて限定されているからだろう。そして、高騰するせいで、貧しい人々には薬が回らない。
「なんだかなぁ~」
当然といえば当然だ。医者や薬剤師だって慈善事業ではないのだ。
「俺が考えても仕方ないか……って、あったあった」
川岸近くの木の根元にユピナ草を発見した。かなり数がある。
「よし。とりあえず30本くらいかな」
20本は依頼の分、10本は自分で作る分だ。
ユピナ草はすぐに集まった。あるところにはたくさんあるのだ。
「次は……ウォードッグか……」
ウォードッグは群れで活動するFランク魔物だ。1体1体は弱いが、群れで襲われるとDランク冒険者でも不覚をとることがあるらしい。
「俺、レベル1なんだけど……大丈夫だよな?」
統夜は独り、呟いた。当たり前だが答えてくれる声はない。
ただ、‘応えて’くれる声はあった。
「ガルゥッ!!」
「へ?」
間抜けな声を出しながら統夜は振り返る。視線の先には……
30頭にも及ぶ、ウォードッグ軍団がいた。
「あれれ?」
おかしい。ウォードッグは普通、5頭くらいの群れで活動してるはずなのだ。何故にその6倍の数がいるのか。
実は、30頭の群れは共通の敵を前に、合流して協力体制を敷いているだけなのだ。ウォードッグは、Fランク魔物でありながら、勘は鋭い。
危険を察知したのだ。特に、統夜は世の理を歪めて生まれた存在。魔力の質が違っていた。
これを感知できる魔物は、ウォードッグの他にはAランク以上にしか存在しない。
ウォードッグは弱いが、勘だけはAランク以上なのだ。
そんなことを知らない統夜は、慌てるだけだった。
「ハァ!? なにこれ!?」
事前情報が全く違う。5頭前後の群のはずなのに。
「だぁ~!! ちくしょう!! やってやる!!」
もはやヤケクソである。
それを感じ取ったのか、ウォードッグ達は統夜に襲いかかる。
「ちきしょ!! 【ファイア】!!」
とりあえず、牽制のつもりで【ファイア】を出す。前に突き出した手の前に、複雑な赤い紋様……魔法陣が現れ、そこから一発の火球が飛び出す。
思いの外大きい。テニスボールくらいかと思っていたが、バスケットボールくらいはあった。
そのまま火球は突き進み……
爆音と共に、先頭の2体を吹き飛ばした。
「ありゃ?」
統夜は少し混乱する。レベル1の人間の初級魔法で、ウォードッグは吹き飛ぶものなのだろうか。
そして気付く。マナ制御力だ。
「なるほど……魔法は俺の得意分野ってわけか」
まだ剣を使ってはいないので何とも言えないが。ただ、使い方は神に教えてもらった。
「何だろう……自分が卑怯者に思えてきた」
チートすぎる。統夜は自身をそう評価した。
まだ2体を倒しただけ。魔力残量は……90。
【ファイア】は10使うようだ。
魔力残量は、意識すれば感知できる。これは統夜のチートではなく、この世界では当たり前らしいが。
襲いかかった2体の命が刈り取られ、出鼻を挫かれたウォードッグ達だが、どうにか我に返ったようだ。
まだやる気だ。
「いいぜ……やってやる……【雷光】!」
統夜はクラス魔法【雷光】を使用した。
【雷光】は、一般6属性以外の攻撃魔法で、名前の通り、属性は雷だ。
【雷光】の魔法陣が統夜の前に現れ、複数の雷撃がウォードッグを襲った。
威力は絶大だった。1つの雷撃が複数のウォードッグの命を奪う。
5本の雷撃により、18頭が死亡した。さすがに、残ったウォードッグもたじろいだ。
魔力残量は……30。
【雷光】の魔力消費は60らしい。燃費は悪いが、強力な必殺技である。
しかも、【雷光】はLv1という表記があった。つまり、まだまだ成長する……というか、最弱でこれだ。さらに強くなるのだろう。ついでに燃費も悪くなるのだろうが。
残り10頭のウォードッグ。まだ逃げない。
「どうせなら……」
統夜はブロンズソードを抜いた。安物の剣である。だが、ウォードッグ相手なら不足はない。
「行くぜッ!!」
統夜は思いっ切り足を踏み出した。
「うおっ!?」
異世界転生者の恩恵だろうか。ちょっとおかしな速度でウォードッグに接近した。
スピード0の状態から、自動車が大きな道を走るくらい……毎時60キロくらいにまで加速した。
ウォードッグも驚きの表情……かどうかは分からないが、多分驚いている。なにせ、統夜本人も驚いたから。
あっという間にウォードッグに近づいた統夜は、思いっ切りブロンズソードを振り下ろした。
切れ味が良くない、安価な量産品のブロンズソードでは、そう簡単にスパッと斬れるものではない。
グシャリといった感覚と共に、ウォードッグの首が斬れた。というよりも、規格外の力で首が押し潰された。
どちらにせよ死んでいる。
次々と襲いかかるウォードッグ。それを切り裂く統夜。
一般的な冒険者であるDランク冒険者も真っ青になる光景だ。
結果、魔法に焼かれたウォードッグの死骸と身体の構造的弱点がピンポイントで押し潰されたかのようなウォードッグの死骸に囲まれる、返り血にまみれた冷酷な少年……みたいな光景ができた。
ちっちゃい子は近寄ってはいけないというレベルだ。
「ふぅ……終わったか」
戦闘態勢を解く統夜。すると、頭に声が響いた。
レベルアップしました。(1→3)
体力が上がりました。
魔力が上がりました。
特殊能力が増えました。
まるでゲームのインフォ(お知らせ)のようだ。
ステータス確認をしたいのが山々だが……
「まずは換金部位と肝の回収かな」
なにせ30匹分。マジックポーチが無ければ危なかっただろう。
そして、換金部位であるウォードッグの牙と、必要となる分の肝を集めた。魔物は、ほっとけばマナに分解されるらしい。
ちなみに、魔物の血もマナに分解されるため、返り血が付いても、数時間後には何ともない。
「じゃ、ステータス確認でもしますか」
統夜はステータスを開いて、中身を確認した。
名前 トウヤ・カゲナシ
15歳
男
レベル3
クラス 凶星戦士
熟練度 5/1000
体力315
魔力35/180
個人魔法
ファイア、アクア、ウィンド、アース、ライト、ダーク、ファーストエイド
クラス魔法
雷光(Lv1)、マジックショット(Lv1)
特殊能力
凶星化、索敵(Lv1)、ステルス(Lv1)
どうやら、索敵とステルスという斥候のような特殊能力を得たようだ。索敵はほとんどの冒険者が得られる能力だが、ステルスはわりかし珍しいはずだ。
少なくとも、皆が皆使える能力ではない。
あと、気づいたことが1つ。魔力は1分で1回復するらしい。少なくとも現状においては。
その後、統夜は月光キノコも発見することに成功した。
目的を完遂した統夜は、意気揚々とロートンへ帰還した。
ギルドで、統夜は依頼完遂の報告と、ウォードッグの換金部位の売却を行った。元々の報酬800ロンドと、ウォードッグ換金部位30頭分を併せると、3800ロンドだ。
たった1日でこれほど稼げる冒険者とは、命をかける代わりにおいしい職業なんだな、と統夜は思った。
だが、Fランク冒険者としては異常で、受付嬢の表情も微妙に引きつっていた。
とりあえず、統夜は売店で空き瓶を購入し、自分の部屋で治癒薬の調合を始めた。
肝、ユピナ草、月光キノコをすり潰し、粉末状にする。それを水を入れた瓶に入れ、よくかき混ぜて溶かし込む。
そしてここからが重要だ。
「【ファーストエイド】!」
瓶の中に入っている液体に、回復魔法のエネルギーを込める。今は茶色く濁った色をしているが、これが白くなったら完成だ。
十数秒後、治癒薬は白く濁った色になった。完成である。
「よし! 残りも作っちゃおう!」
統夜は計10本の治癒薬を作ったのだった。