第2話 商業都市ロートン
商業都市ロートン。
まるで要塞のように高さ20mの城壁で周囲を囲い、さらにその周囲を堀で固めた、防御力の高い城塞都市だ。
そもそも、ロートンは元々要塞だったらしく、ここらを治める国……ローゼンタリア王国の一大防衛拠点だったそうだ。
当時、隣国のエスパイア帝国と戦争状態であり、ローゼンタリア王国は劣勢に立たされたそうだ。だが、そんな戦況を覆したのが、このロートン要塞だった。
大損害を受けた帝国軍は撤退。そのすぐ後に行われた王国軍の反攻作戦によって帝国軍は母国まで退却、ローゼンタリア王国は元の領土を全て取り返した。
その後、戦線は膠着状態になり、終戦。
それが120年前だ。現在のローゼンタリア王国とエスパイア帝国は同盟国であり、友好国でもある。
そして、ロートン要塞は、帝国軍からではなく魔物から守るための要塞と化し、人々が次第に集まった結果、さらに城壁の増築も行われ、今の商業都市ロートンになったわけだ。
ロートン中央の要塞地区は、領主の城となっている。
「ここがロートンか……」
跳ね橋を渡りながら、統夜は言った。堀は10mほどの幅があり、跳ね橋もかなり大きくて丈夫だった。
たくさんの人が通行しているが、動物の耳と尻尾を持った人間……獣人や耳の長いエルフ、ちっちゃくてムキムキなドワーフもいる。
この国にも奴隷というものがあるが、それは使用人と同類の扱いなので、ぞんざいな扱いは禁止されているし、権利も法律によって保障されている。
そのため、奴隷になる人も多いだとか。特に亜人。人間以外の種族だ。
ドワーフは生産系で役に立つため、そういうことは少ないが、獣人やエルフは奴隷になることが多いようだ。もっとも、奴隷だからといって、暴力を振るわれることは少ないが。
ただ、蔑視されたり誹謗中傷を受けたりすることは多い。無能の誹りを受けるのだ。
奴隷には、生活関係の仕事を受け持つ使用人と、戦闘関係を受け持つ従者奴隷がいる。
そんな奴隷の知識を思い出しながら、統夜は通用門をくぐった。門番兵には怪しまれることはなかった。
街並みは、まさにファンタジーだった。石畳の道に、石造りの中世ヨーロッパ風の建造物。木製もあるが、やはりファンタジーな建造物だ。
東京や大阪には届かないものの、人通りは多く、ぼ~っとしてると人にぶつかりそうだ。
統夜はギルドに行く前に、街を一回りしてみることにした。
ロートンは中央から、要塞地区、貴族街、商業区、中層区、下層区に分かれている。
要塞地区は領主の城だ。
貴族街は名の通り貴族が住む市街地だが、貴族街と商業区の間には門があり、貴族であるか、通行証を持っていなければ入れない。
商業区には店が立ち並び、ロートンの経済を動かしている。冒険者ギルドや商業ギルド、職人ギルドはここにある。
中層区はまぁまぁの暮らしをしている一般人が暮らす街だ。
そして、下層区は比較的貧乏な人々が暮らしている。治安が悪いわけではないため、安心していいだろう。
下層区には奴隷売買店があり、奴隷の売買が行われている。
統夜がいるのは下層区だが、思ったよりかは綺麗である。ただ、下層区の中でも格差があり、どん底の人もいれば、中層区市民よりも少し下程度の人もいる。
どこにでも格差はあるんだなぁ~、という感想を抱きながら歩いている統夜に声がかかった。
「あ、あの……」
見ると、バスケットに花を入れたみすぼらしい、統夜より少し年下の少女だった。美少女というほどではないが、可愛らしい外見をしている。
「ん?」
統夜はどうしたのか、と思って話を聞くことにした。
「お花……買ってくれませんか……? お母さんが病気で、薬が欲しいんです……!」
敵の命なら眉一つ動かさずに奪える自身がある統夜でも、そういう話には弱かったりする。
「いくら?」
「その……10ロンドです」
この世界の貨幣の共通単位として、ロンドがある。
1ロンドは小銅貨、10ロンドは大銅貨、100ロンドは小銀貨、1000ロンドは大銀貨、10000ロンドは金貨、100000ロンドは金板……といった感じである。
基本的に、市民が扱うのはせいぜい銀貨くらいだ。
金貨は大規模な取引で扱われることが多い。
物価について話すと、50ロンドでそれなりに上等なものが食べられるそうだ。リンゴとかは1個8ロンドとか、そういう感じらしい。1ロンド10円前後、といった感じだろう。一般月収が2万ロンドであることからも伺える。
統夜は10000ロンド持っているが、金貨で持っているわけではない。銀貨や銅貨で持っている。マジックポーチの財布的な役割のところに入れてある。そこから小銀貨1枚を取り出し、花を1本と交換した。
「え? あ、あの……10ロンドですよ?」
「ああ、構わない。……お母さんを大切にするんだよ?」
「あ、ありがとうございます!」
女の子は笑顔で礼を言った。笑った顔は、美少女と呼ばれる女の子に負けず劣らずかわいい顔だった。そのまま、少女は花売りを続けていった。
去っていく少女を見ながら統夜は思う。
自分にも親を助けるチャンスがあったならば、と。
下層区を抜け、今度は中層区だ。こちらにはあまり格差は見られない。下層区よりも綺麗な街並みで、なんだか一番ファンタジーな雰囲気を醸し出している。
商業区で店を持ち、中層区で暮らす人もいるらしい。基本的に店=家なのだが。
中層区に店がないわけではない。太陽を見れば、もうお昼時なのが分かる。統夜は中層区の大通り沿いで見つけた飲食店で昼食をとることにした。
中は洋風の食堂といった感じの風景だった。
適当な席に座り、統夜はメニューを見た。名前だけだが、ある程度は予想がつくものばかりだった。なにせ、パスタやコーンスープといったヨーロッパ風の食べ物がメニューに載っていたからだ。
食用魔物とかがいるから、あっちの世界と全く同じ材料というわけではなさそうだが、少なくとも見知った食べ物だろう。
ちなみに、メニューが読めるのは、神のおかげである。日本語に翻訳されるのだから、苦労はない。
「ご注文はお決まりですか?」
ダンディーなオジサンが、統夜の席の近くまで来て尋ねた。
「ん~。じゃ、ミートスパゲティを頼む」
「かしこまりました」
そう言って、ダンディーなオジサンはカウンターへと戻っていった。
出てきたミートスパゲティは、あっちの世界とは何の変わり映えもなかった。美味しかったし、何も言うことはない。
飲み物もオレンジジュースを頼んだ。
これだけお値段48ロンド。
昼食を終えた統夜は、次に商業区に向かった。ここにはギルドがあるので、ギルド登録もしなければならない。
商業区には屋台もたくさんあり、活気に満ちていた。こういう雰囲気は、統夜としてもわりと好きだ。
商業都市と言われるだけあって、商業は盛んである。
日用品から武器まで、たくさんの商品が売られていた。これらの店は、商業ギルドには入っていない。職人ギルドや商業ギルドは冒険者から魔物の素材を買い取る。
そして、加工したものを売るのだ。つまり、魔物の素材を使ったものはギルドが売る。それ以外はギルド以外だ。
武器も金属製ならギルド以外でも売れる。
「で、ここがギルドか」
ギルドは商業区でも一際大きな建物だった。冒険者用の宿泊施設や酒場、商業ギルドや職人ギルドの売店も兼ねているため、大きくなってしまうのだ。田舎の方になると、売店がなかったり宿泊施設がなかったりするので、幾ばくか小さくなるが。
「さて、と。いっちょやりますか」
そう言って、統夜はギルドに入っていった。