第17話 ダンジョン【Ⅷ】
隠された最終層は、巨大な大聖堂のようなフィールドだった。
ひとつの広大な部屋で形成されており、四角形を描くように配置された直径5mは超えようかという白い柱が、荘厳な雰囲気を漂わせていた。
辺りは不思議と明るい。もちろん、火などはない。優しい、神聖なるものを感じさせる光だ。
それが、壁や床、柱から発せられているのに気づく。
その中に、一際存在感を放つ者がいた。
黒い鱗に覆われた力強いフォルム。
全長30mはいこうかという、巨大な黒龍だった。
4本足と巨大な翼。それらによる運動能力は、一般的な人間種を遥かに超えるだろう。
「……貴公が試練を受けるものか」
「ああ」
やはり、この黒龍も人語が話せるようだ。
「……私の名はケルト。2つの剣と魔法具を護り、資格のある者に渡す役目を持つブラックドラゴンだ」
ブラックドラゴン。Sランク魔物である。正直に言って、統夜が戦って勝てる相手ではない。Sランク冒険者でも複数でかからないと命が危ない相手だ。
「案ずるな。私と潰し合うわけではない。貴公は発展途上。まだまだ強くなれる。それを見越して、資格があるかを判断する」
「俺に何をさせるつもりだ?」
「貴公には……こいつと戦ってもらう」
ケルトの背後から出てきたのは……
「ミノタウロス……」
れっきとしたBランク魔物だった。
「最低限、こいつは倒すのだ。そして、その戦いでまき散らされる魔力の質、意志、量で判断する」
「なるほど……」
つまり、最低限、ミノタウロスは倒さなければならないし、ミノタウロスを倒したぐらいで、合格するとは限らない。
戦いの中で、統夜の魔力を見極めるらしい。
「準備はいいか?」
「いつでも」
「ガルゥ!!」
統夜がゴーストナイト(?)に貰った剣を構え、ミノタウロスが大きな戦斧を構える。
ミノタウロスの身長は5mはある。その分、戦斧も巨大だった。
「では……始めッ!!」
先に駆け出したのは統夜だった。
「行くぜ……【ファイアストーム】!」
走りながら【ファイアストーム】を放つ。もちろん、効かないだろうとは統夜も思っている。だが、牽制にはなる。
「ガル……」
案の定、防御をしたミノタウロス。その間に接近し、斬りかかる。
【火炎斬】だ。白銀の剣が赤い炎を纏い、一閃。
「ガウ!?」
斬ったのは右足。脹ら脛辺りだ。
貰った剣が強力なのか、浅くはあるが、きっちり斬れた。
鮮血が飛び、ミノタウロスが怒る。
「グルァ!!」
「ほぅ……魔法剣か。ガーディアンから受け取ったのか……」
ケルトがそう呟く。どうやら、この白銀の剣はフォルネウスという銘だそうだ。
統夜は、フォルネウスをしっかりと握り締め、ミノタウロスに果敢に斬りかかった。
【奪命斬・弐ノ型】で、ミノタウロスの腹を斬る。痛みに叫び声を上げながらも、ミノタウロスは戦斧を振り下ろす。地面が割れる一撃だ。
しかし、統夜は恐れない。死線を潜り抜けた経験が、統夜に勇気と自信を与えていた。彼の凄まじい猛攻撃は、Bランク魔物であるミノタウロスを押している。
統夜の気迫は、見ている者を震い上がらせる程のものだった。物理的破壊力があれば、半径10m以内の一般人は全滅といったレベルだ。
統夜の戦闘を、ケルトは興味深そうに見ているのだった……
ミノタウロスが巨大な戦斧を振り回す。統夜はそれを避け、ミノタウロスを斬る。
小さなダメージは確実にミノタウロスを追い詰めていた。
ミノタウロスと統夜の攻防は、既に20分を超えていた。
統夜は未だに無傷だが、流石に疲弊している。ミノタウロスも傷つき、出血している。
ミノタウロスには、魔法はあまり効果なかった。元々、魔法に対して防御力が高く、このミノタウロスはさらに魔法防御系の身体強化魔法を覚えていた。故に、魔法のダメージは二段構えの装甲でなかなか通らないのだ。【雷光】ですら、皮膚を火傷させる程度である。
普通、ミノタウロスは腕力強化以外は身体強化魔法を覚えない。このミノタウロスは特殊だと言える。
「せやッ!!」
気合いの声と共に、統夜の斬撃がミノタウロスを捉える。
「ガウ!」
ミノタウロスの戦斧が統夜に向けて振り下ろされる。統夜は、右に避け、さらに斬りかかる。
爆発音に似た轟音が鳴る。戦斧が地面を叩き割ったのだ。あれを一撃でも食らえば、あの世行きは確定である。
統夜は【氷結斬】でミノタウロスの左足を攻撃。左足は氷づけになった。
「グルァ!!」
いきなり左足が動かなくなったことに苛立ちを感じているのだろう。ミノタウロスは怒りの声を上げる。
「そこッ!!」
統夜は全力で跳ぶ。転生者の恩恵で、身体能力が既に人外である統夜は、体長5mのミノタウロスの顔面の前まで飛び上がった。
ミノタウロスの目が、統夜を捉える。だが、次の瞬間、視界の半分が消失した。
「グルァァァァァァァッ!?」
統夜の剣撃は、ミノタウロスの左目を斬っていた。ミノタウロスは激痛と怒りで、凄まじい声を上げる。
だが、それが統夜に思わぬ不幸を与えた。
視界が消失して気が動転したのか、痛みのせいなのかは知らないが、ミノタウロスが戦斧を無茶苦茶に振り回し始めたのだ。今までは統夜を狙った攻撃だった。しかし、今は不規則でデタラメだ。
「くっ……」
統夜にとって、それはマズい事態だった。
予測不能。
無茶苦茶に振り回される戦斧の軌道は予測不能だった。
そして……
「うぐぁッ!?」
デタラメに振り回された戦斧が、統夜を打ち据えた。凄まじい衝撃で、統夜はかなりの距離、吹き飛ばされた。
ミノタウロスの戦斧は、ほぼ全ての一撃がフェータルダメージとなる。何をとっても致命的な威力を持っているのだ。
それは、デタラメに振り回された一撃にも言えることだ。
統夜は、今の一撃で瀕死に近いダメージを負ったのだった……
時間は遡り、ロートン山岳迷宮入口付近の休憩所にて。
「……遅い……」
ロートン山岳迷宮入口付近には、村にも似た休憩地点がある。ここで、準備を整えてダンジョンに挑むのだ。
そこの休憩所にて、先ほどダンジョンから戻ってきた冒険者達が集まっていたのだった。最初は12人いたパーティーだったが、今は半数以下の5人である。先ほどの声の主は、赤毛の少女、リリネアである。
彼女が遅いと言っているのは、黒髪の剣士に対してである。
「嬢ちゃん……少し落ち着け。焦ったところで、俺達には何もできやしない」
そう言うのは、筋肉隆々の冒険者であるガリスだ。
「分かってるわよ……」
リリネアはそう言ったが、やはり割り切れない部分もあった。やはり止めた方が良かったのではないかと、今更ながら思う。
「しかし……トウヤといったか? アイツ……妙な奴だったな」
「……どういうこと?」
ガリスの呟きに、リリネアは勿論、他のメンバーも興味を示した。
「Eランク冒険者のクセに、あそこまでソロで来たんだ。隠れながら来たと言っていたが、全く戦わずに来れるはずはない」
「確かに……」
メンバーの1人が同意を示した。
「あと……雰囲気がな」
「雰囲気?」
リリネアは怪訝そうに聞き返した。
「ああ。何か……俺達とは違う雰囲気だった。強者の雰囲気だけじゃない。何か……異質な雰囲気だった」
「………………」
リリネアにはさっぱりだった。確かに、彼は強いと思う。ランクは自分の方が上だが、実力は決してかなわないだろう。
それは、目の前のCランク冒険者ガリスにも言えることだ。ガリスでさえ、統夜にはかなわないのではないか。リリネアはそう思っていた。
そんな時だ。
彼女達に奇跡が起こったのは。
休憩所のドアが開かれ、誰かが入ってきた。リリネアは横目でそれを見た瞬間、目を疑った。
「……イ、イリヤ!?」
その声で、ガリスやその他のメンバーも気づく。入ってきたのは、死んだと思っていた少女イリヤであった。
「イリヤ!」
思わず、リリネアはイリヤに抱きついた。
「リ、リリィ……苦しいよ……」
「あ、ご、ごめん」
あまりのことで、力加減を間違えたリリネアだった。
「嬢ちゃん……生きてたのか」
ガリスが目を丸くして言った。
「はい。……あとの6人は亡くなられましたが……」
残念そうにイリヤは言った。
「いや、嬢ちゃんだけでも生きてたのは奇跡だ。……トウヤに助けられたのか?」
「はい。私に治療を施してくれました」
「……そのトウヤはどこ?」
リリネアの質問に、イリヤの表情が一瞬だけだが引きつった。
「彼は……先に行っちゃった」
「へ?」
予期せぬ返答に、リリネアは素っ頓狂な声を上げてしまった。他のメンバーも「は?」といった表情である。
「ゴーレムは?」
リリネアは、障害となるであろう脅威について尋ねた。イリヤは、少々ぎこちないながらも、ちゃんと統夜との約束を守ろうとした。
「……ゴーレムはいなかったよ。何もいなかった」
「……そんなバカな」
ガリスは怪訝そうな顔で呟いた。イリヤは慌てて付け足す。
「で、でも、ゴーレムが現れること自体、そもそも有り得なかったはずです。それを考えれば、消えても不思議じゃありませんよ!」
イリヤの言葉には、同意できる面と納得できない面が混在していた。
だが、ガリスは言った。
「……そうだな。確かに、ゴーレムが現れることは本来有り得なかった事態だ。ならば、消えるという事態が発生しても不思議じゃない」
ガリスはそう締めくくった。
「さぁ。もう夜だ。全員、部屋に行って寝ろ。明日から忙しいぞ。道具の補充や武具の整備があるからな」
ガリスの声を聞き、メンバーは一斉に部屋へ向かった。
「嬢ちゃん、お前に話がある」
「え? あ、私ですか?」
「そうだ。……赤い嬢ちゃんは先に部屋に行っててくれ」
「分かったわ。……てか、赤い嬢ちゃんってなによ」
「赤いじゃねぇか」
「うっさいわね!!」
リリネアも部屋に行き、イリヤと2人きりになったガリスは口を開いた。
「嬢ちゃん。トウヤはゴーレムを倒したんだろう?」
「……ッ!?」
イリヤは目を見開き、顔を引きつらせた。
「やっぱりか……」
ガリスは確信した。統夜はただ者ではない。何か得体の知れない力を持った存在だと。
「嬢ちゃんはあいつに口止めされたんだな」
図星なことを言われ、イリヤは目を逸らす。
「何で実力を隠すかは分からないが……俺も協力するべきだろうな」
「はい?」
イリヤは、ガリスの言葉の意味が理解できなかった。
「彼が実力を隠すのには理由がある。もしかしたら、自分が異常な力を持っていることを自覚してて、面倒事を避けるために隠しているのかもしれない」
「……………」
イリヤは、統夜に対して申し訳ない気持ちになった。
「それでも嬢ちゃんを助けたって事は、トウヤはいい奴なんだろうよ。そういう奴、俺は好きだぜ。てなわけで、俺はトウヤに協力する」
「……ホモですか?」
「何故そうなる!?」
イリヤの純粋そうな姿からは想像できない、おぞましい単語が出てきたことにガリスは恐怖を感じた。いろんな意味で。
「冗談です。良かったです。約束を破ることにならなくて」
「そうだな。じゃ、嬢ちゃんも寝ろ。疲れたろ?」
「はい。……おやすみなさい」
「おやすみ」
こうして彼らの夜は過ぎていった。
「か……は……」
統夜が致命的な一撃を食らったのを、ブラックドラゴンのケルトは冷静に見つめていた。
20年ぶりの今回の挑戦者は、非常に奇妙だった。魔力の量、質は非常に優秀だった。まさかブラックドラゴンである自分が、人間である統夜にマナ制御力で負けるとは思ってもみなかった。
それだけ見れば、今までで最も優秀な挑戦者だ。しかし、最低限の条件であるミノタウロスを倒すという条件を満たしていない。
事故に近い形とはいえ、瀕死にすらなっている。ケルトは、非常に残念な気持ちになった。
挑戦者を死なせてはいけないという戒めに従い、ケルトは試練を終了しようとした。
だが、突如として統夜から放たれた異質の魔力に、ケルトは意識を向けた。
荒々しさや禍々しさと同時に、優しさや神々しさも含む、矛盾を無理矢理押さえつけ、理をねじ曲げたかのようなあまりにも歪、かつ、美しい魔力だった。
「これは……?」
ケルトでさえ、驚愕した。ケルトは2000年の時を生きたドラゴンである。その長い人生(龍生?)の中でも、このような魔力は感じたことはなかった。
統夜は既に立ち上がっていた。魔力が発光し、視覚で捉えられるようになる。
……いや、違う。
発光などしていない。それでは、彼が赤い魔力の他に黒い魔力を纏っていることが説明できない。
つまり、と、ケルトは結論に達した。
濃度が高まった魔力が物質化し始めているのだろう。それが光を反射して赤く見え、光を反射しないがために黒く見える。
どちらも実体がない魔力には有り得ないことだ。
だが、濃度が濃くなって凄まじい生命的圧力がかかると、魔力は物質化を始める。
異常なマナ制御力である。神や邪神に匹敵するのではないか、と思うくらいに。
「……くくく。面白い」
ケルトは、人知れず笑っていた。
【凶星化】。
それが発動した。2回目である。1回目はウォーウルフ・ロードのときだ。
(……なんなんだろうな。これ……)
自分でも怖くなる力だ。一気に力が溢れてくる。漏れ出すくらいに。
その漏れ出した力が、自分を纏う赤と黒の魔力だ。僅かずつ漏れ出す力だけでも異常な力を秘めている。
統夜はミノタウロスを睨んだ。ミノタウロスは、もはや仔羊のように怯えている。それくらい、統夜の雰囲気は圧倒的だった。
「死んでもらう……【凶星雷光】!」
いつぞや、ウォーウルフ・ロードを葬った規格外の魔法【凶星雷光】が発動する。
禍々しい魔法陣から解き放たれた暴虐の権化は、ミノタウロスの命を刈り取った。
魔法防御力など、完全に無視している。
赤と黒で構成された禍々しい1本の雷撃は、ミノタウロスの上半身は粉々に穿ち、フィールドの柱の1本を吹き飛ばした。
下半身だけとなったミノタウロスは、ゆっくりと倒れていった。
同時に、空中を舞っていた柱の残骸が地面に叩きつけられた。
「しかと見届けたぞ」
ケルトは統夜に言った。
「貴公は、剣と魔法具を受け取る人間として相応しい」
「そうか……」
息も絶え絶えながら、統夜は応えた。
「聞いても……いいか?」
「なんだ?」
ケルトは首を傾げた。もう統夜からは魔力放出はされていない。だが、ケルトが首を傾げたのは、統夜が質問をしたからであって、魔力は関係ない。
「その剣が……ここに隠された……経緯を、教えて、くれないか?」
「いいだろう」
そもそも説明する気だったケルトは頷いた。だがその前に……
「【キュア】!」
ケルトは統夜に回復魔法をかけた。
「……ありがとう」
「礼には及ばぬ。これは試練である。終わったのだから、これくらいは当たり前だ」
ケルトはそう答えた。
「では、剣と魔法具について説明しよう……」
彼の説明は30分以上かけて行われた。
800年前、この地にはネバーザという帝国があった。彼の国は、凄まじい国力をもち、圧倒的な強さを持っていた。
だが、その栄光も儚く崩れ去る。
邪神。
知能を持った、魔物を超えた魔物。
それがネバーザを襲ったのだ。たった3体の邪神とそれに率いられる何十万という数の魔物に、ネバーザはおろか、周辺国も危機に陥った。
その時だ。ネバーザは邪神を倒すための力を持った武器を開発する。
それは、成長する剣。
それにより、魔物達は一掃され、邪神も倒された。
だが、どの国も疲弊し、国としての体裁を整えてはいなかった。ネバーザも例外ではない。
ネバーザの崩壊と共に、成長する剣の製造法は闇に葬り去られた。
だが、2本の剣と魔法具が後の世のために残された。
邪神が再び現れたとき、それを倒すために。
「それが、私が守る剣の正体だ」
ケルトは言う。そのために、ネバーザの竜騎士団の龍であったケルトは、この地を護り続けていたのだそうだ。
「そうか……」
「これがその剣だ。銘はない。貴公がつけよ」
この層の天井から何かが降りてくる。それは、宙に浮いたままの2本の剣。
そして、黒いコート。
2本の剣は、白と黒だった。
「白の方は聖、黒の方は暗黒、という特殊な属性を持っている。この剣に認められれば、聖魔法と暗黒魔法を使えるようになるだろう。私の使命はここまでだ」
もうやることはないという風に、ケルトは言った。
「そうか……お疲れさん」
「ふん……」
ケルトは鼻を鳴らすと、一気に飛び上がった。空中にワームホールらしき何かを作り出すと、その中へ飛び込んだ。ワームホールはすぐに消えた。
同時に、転移門が解放される。
統夜は黒いコートと2本の剣を取り、転移門に飛び込んだ。